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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十三話 パレンバン号の開国勧告・其の貳

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 コープスが思わず漏らした開国勧告という言葉――――――何を意味するかはっきりとは解らないが、この国の未来に関わる重要事項だということだけはコープスの語感から理解出来た。

(わざわざ軍艦で国書を届けに来るほどだ。単純な開国ではなく、もっと深い意味があるものに違いない)

 その事はきっとコープスが詳しく話してくれるに違いない――――――斉正は自分でも驚くほど楽天的に腹をくくった。

『では、まだ日が高いうちに我が軍艦による砲撃演習をお見せしましょう。演習をするにはここは狭すぎるので、これから一度ナガサキ湾を出ます。もし軍事的な事で何か質問がございましたら後ほどまとめて受け付けますので、演習中は水兵達に声を掛けないようにお願いします』

 コープスは斉正にも判るよう、ゆっくりと、できるだけ簡潔な阿蘭陀語を使って説明をするが、さすがに半分くらいしか斉正は聞き取れない。通詞の助けを借りながらコープスの言葉を理解した。

『では、よろしくお願いします』

 斉正は心の中の不安感を気取られないよう、努めて明るい笑顔を作りコープスに向ける。そんな斉正の心情を知ってか知らずか、コープスも同様の笑みを浮かべて斉正の手を再び握った。



 秋風を帆にいっぱい受けながら、斉正とその家臣三十一名を乗せたパレンバン号はゆっくりと長崎港を離れる。

『我々のパレンバン号は欧羅巴諸国の中でごく平均的な軍艦です。もっと大きく、性能の良い軍艦は多くある――――――つまり、その気になれば日本のような小さな国はあっという間に蹂躙されてしまうのです。その証拠をこれからお見せしましょう』

 そう斉正に語りかけたコープスが左手を挙げた瞬間、鼓膜を破りかねない大音響と共に空に向かって砲弾が打ち放たれたのである。あらかじめ耳栓をしていた佐賀藩の藩士達もその音に思わず両手で耳を覆ってしまった。
 砲弾は秋の空に吸い込まれるように高々と上がり、遙か彼方の水面に派手な水飛沫を上げて落ちる。ざっと見積もっても青銅製のモルチール砲の二倍弱は距離が出ているようだ。風の向きもあるだろうが、それを差し引いてもかなりの飛距離である。

「あ・・・・・・あんなに飛ぶのか、鉄製のモルチール砲は」

 近くにいた松根が思わず感嘆の声を上げてしまうほど、その威力はすさまじい。だが、それ以上に斉正の目を引いたのは砲弾を撃った水兵達の機敏な動きであった。
 庶民達に比べたら武士も機敏な方だが、水兵達の動きはそれを遙かに凌駕している。武雄の軍事演習で西洋式の身体の動かし方は見た事があるが、やはり本物は違うのか、ここまで驚愕した事はない。

『彼らの動きも、訓練によるものなのですか?』

 砲撃の合間を縫って斉正は隣にいたコープスに訊ねる。

『ええ。特に優秀という水兵を連れてきた訳ではありませんが、あの程度なら誰でも出来ますよ』

 特に自慢するでもなく、さらりと言ってのけたコープスの言葉に斉正は愕然とした。

『誰でも・・・・・・って』

『ええ、文字通り誰でもです。つい最近まで我々も海上帝国の名を欲しいままにしていたのですが、仏蘭西との戦争で国力を消耗しました。その頃に比べたらこの程度の水兵はごくごく平凡な部類に入るでしょう・・・・・・他国はもっとすごいですよ』

『そうなのですか?そんな事を言われてしまったら我が国の軍は・・・・・・子供同然でじゃないですか』

 どうやら謙遜ではなく、ありのままの事実をコープスは言っているようである。それだけに斉正は自領佐賀藩、ひいては幕府や日本全体の軍の貧相さに打ちのめされそうになった。

『兵士だけではありません。小さな港しか持つ事ができない阿蘭陀と違い、他国はさらに大きな軍艦を持っています。この程度で驚いていてはいけませんよ。これが世界の現実です』

 コープスは笑いながら指を指し示す。

『見ていてください。今度はあそこに浮かべた浮きをめがけて砲撃します。遠くに飛ばすだけでは役に立ちませんからね。正確さも重要なんです』

 その瞬間、激しい爆音が軍艦に響き渡り、浮きの上に立てた旗が砲弾によって見事に打ち砕かれた。



 一通りの演習が終わった後、長崎港に戻りながら斉正は船長室に通された。

『ところで貴方は幕府の考えをご存じですか?こちらに来てはや二ヶ月、幕府から国書の返事について何も連絡がないのです。いくら何でも遅すぎる』

 先ほどの穏やかさと打って変わり、幕府の事を話すコープスは苛立ちを露わにする。

『幕府は国書の内容を長崎御番を勤めている我々はもとより、御三家にもその内容を明かしていないらしいと、我が藩の江戸藩邸から知らせがありました。今回の阿蘭陀からの国書に対して幕府はあまりにも慎重すぎる――――――それほど重大な内容を知らずに、このまま警護に当たって我々は務めを果たせるのか心許ないのです。一体国書には何が書いてあったのですか?』

 コープスの苛立ちに同調するように、斉正も自分の考えを吐き出した。その率直な言葉にむしろ好感を抱いたのか、ようやくコープスは落ち着きをとり戻す。

『・・・・・・貴方なら言っても大丈夫でしょう。あの国書は阿蘭陀を仲介とし、欧羅巴諸外国と『対等な』立場で開国をするべきだとショーグンに勧告したものなのです。対等でなければ諸外国の植民地政策の餌食になる・・・・・・それを防ぐためにもいち早く動かなくてはならないのに、未だに幕府から返事が返ってこないのです。このままでは日本も清国と同じ運命を辿りかねません』

 そこまで一気に吐き出すと、コープスは言葉を詰まらせた。



 オランダによる開国勧告の経緯は次の通りである。

 阿片戦争による清国の惨状を受け、今まで強化していた異国船打払令を緩和、老中真田信濃守が将軍の決裁の許に『薪水給与令』を決定した。この事を阿蘭陀商館長グラディソに依頼して諸外国へ通達しようとしたのだが、この方針に危機感を感じたのは阿蘭陀植民大臣・バウドだったのである。

『こんな法令を諸外国に伝えててしまったら、燃料や食料の補給を求めて他国が押しかけてしまうだろう。間違いなく衝突が起こるだろうし、最悪清国の二の舞だ!』

 そしてバウドは国王の裁可を得て開国勧告へと踏み切った。この際国王は日本に造詣の深いフォン・シーボルトの助言を受けている。
 目先の商売だけを考えるのであればこの開国勧告は阿蘭陀にとって不利である。それでなくても列強諸国に押され阿蘭陀の立場は弱いものとなっているだけに日本との交易独占は捨てがたい魅力があるが、今回に限り目先の打算は捨て開国勧告に踏み切ったのには理由がある。
 長い目で見た場合、日本が強引に開国を強要されて国土を荒らされるよりも、平和理に開国に移行すれば安定した交易も続けられると判断したからである。さらに阿蘭陀が仲介に当たれば日本に対する優位を維持できるとの思惑もあった。

『阿片戦争後の世界情勢を鑑みて、日本の鎖国維持は早晩困難になるだろう。自発的に開国し、対等な立場で諸外国との国交を開いた方が良い』

 西洋諸国から見れば当たり前の判断であったが、二百年の鎖国による安穏に浸っていた日本人にとってはまさに青天の霹靂ともいえる提案――――――それが今回の開国勧告である。



「対等な立場で国交を開く・・・・・・ですって!」

 思わぬ言葉に斉正は思わず日本語で叫んでしまった。藩主の言葉に周囲にいた家臣達も目を丸くする。斉正の口から飛び出した単語の意味を通詞に確認した後、コープスはできるだけ穏やかな声で語りかける。

『ええ。このまま殻に閉じこもっていてもそう遠くない未来に開国を迫られる事になるでしょう。のど元に刃を突きつけられ、心の準備さえできないうちに無理矢理開国を迫られるか、それとも備えを万全とし、我々の仲介で開国をするか――――――前者であれば間違いなく清国の二の舞となり、列強国の植民地となるでしょう』

 通詞の訳す言葉を聞きながら斉正の顔はどんどん青ざめてゆく。

『では、何故・・・・・・』

 と言いかけて斉正は言葉に詰まった。そして通詞に頼み自分の言葉を訳すよう伝え日本語で話し始める。

「阿蘭陀は我が国を植民地にしようとしないのですか?このような軍艦があれば赤子の手をひねるに簡単にできる事でしょう」

 さすがに軍艦一艘だけでは不可能だろうが、阿蘭陀軍全ての軍艦が出張ってくれば決して不可能ではない。もしかしたら軍艦を見ただけで幕府は阿蘭陀軍の前に屈してしまうかもしれない。

『確かに・・・・・・貴方たちが人の話を理解しない野蛮人であればそうしたでしょうね。言葉で説得するより砲弾を撃ち込んでしまった方が楽ですから。しかし、貴方たちは違うでしょう?』

 コープスの言葉がどんどん熱を帯びてくる。

『独自の文化を持ちながらも違う文化を認め、それを理解しようとする能力があなた方にはある。実際鎖国をしていなかった清国よりも我々と、しかも年に一度の交易しかしていなかったあなた方の方が欧羅巴の情勢や阿片戦争の意味をきちんと理解している。それが何故可能なのかは私には判りませんが・・・・・・少なくとも我々西欧諸国の規範に則って話し合いをする事ができる国だと私はこの二ヶ月で感じました。だからこそ幕府の返事が遅い事が歯がゆくてならないのです』

『そうなのですか・・・・・・』

 コープスの言葉に斉正は眉を顰め、唇を噛みしめた。対等に渡り合える能力を認められながら、判断の遅さがその良さを打ち消している現状に情けなさを感じてしまう。しかしそれを嘆いている余裕は今の斉正にはないのである。

「長崎御番の御役を務め、毎年阿蘭陀船に乗船させて貰っている私でさえ開国という言葉に戸惑っております。ですから江戸にある幕府ではさらに混乱に陥っているのでしょう。やはり・・・・・・開国は避けられないのでしょうか?」

 幕府が動けないのなら、せめて自分だけでも話を聞いておくべきだろうと、斉正はコープスに質問をする。

『ええ。向こう十年のうちに確実に。すでに日本に目を着けている国も少なくありません。確かにいきなり開国しろと言われて混乱しているというのは判ります。阿蘭陀船に最も馴染んでいる筈の貴方でさえ戸惑っているのですから。もしかしたら私は国書の返事を貰えないかも知れませんね』

『そんな事は・・・・・!』

 無い、と言おうとしたが、コープスの指摘があまりにも的を射ていたため斉正は言葉に詰まった。そんな斉正を見つめながらコープスは少し悲しげな笑みを浮かべた。

『江戸は遠いのでしょう?もしかしたら我々が想像している以上にあちらでは混乱しているのかも知れない。まぁ、それは半分諦めて返事を待つ事にしましょう。国にもそう知らせておきます。ただし・・・・・・』

『ただし?』

『・・・・・・これだけは忘れないでください。あなた方の国の規範を無視し、いきなりのど元に刃や銃口を突きつけるような輩がやってきても、国交を開くのは止めた方がいいでしょう。そういう奴等は国交を開いた後も調子に乗って無理難題をふっかけてきます』

 まるで予言の如きその言葉に、斉正はごくり、と唾を飲み込んだ。



 砲撃演習、そしてコープスと斉正の会談は予定の時間を大幅に過ぎ、二刻半にも及んだ。長崎港が夕日に染まる頃、パレンバン号が長崎港に再び入港し、斉正ら一行が艀に乗って陸地に帰ってきた。それと引き替えに陸地からは佐賀からの贈答品――――――言ってしまえば今回軍艦に乗船するための船賃――――――がパレンバン号に積まれてゆく。

「殿、お帰りなさいませ。パレンバン号の中は如何でしたか?」

 請役という立場も忘れ、港まで出向いていた茂真が斉正に声を掛ける。請役として、それ以上に兄として心配でしょうがなかったらしい。

「やはり軍艦です。今までの商船とは比べものにならないほどの軍備、そして水兵達の動きでした」

 そう話すものの、いつものように阿蘭陀船に乗った興奮が斉正から感じ取れない。むしろ思い詰めたような緊張感ばかりを漂わせている斉正に茂真は不審なものを感じた。

「・・・・・・珍しいですね、船酔いでもいたしましたか?顔色が宜しくないように思えますが」

 茂真の言葉に斉正は弱々しく笑顔を返したが、その笑顔はすぐに消えた。

「後ほど詳細は話します。ただ・・・・・・」

 斉正は夕日に染まるパレンバン号を見つめながら呟いた。

「我々は今までとは比べものにならないほど真剣に、長崎御番を勤めなければならなくなりそうです。何故茂義に対してもっと強く出て、平山らの斬首を止めなかったのか・・・・・・私はものすごく後悔しております」

 日本にとって味方であるはずのパレンバン号でさえ恐ろしい海の魔物の様に見える。これが日本に害を及ぼそうとしている国の軍艦であったら――――――斉正の背筋が震える。

「物見遊山がてらに長崎御番を勤める事が出来る時代は終わりに近づいているみたいです。幕府がどう出るか判りませんが、我々は独自に長崎を・・・・・・この国を守る算段をしたほうが良さそうです」

 まるで頭から血を被ったように夕日が斉正の全身を照らす。その姿は斉正がこれから歩むであろう険しい道のりを予感させた。



UP DATE 2011.03.01

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パレンバン号が持ってきた国書の内容、そして裏事情が明らかになりました。私も資料を当たるまで全く知らなかったのですが、オランダの植民大臣がこの開国勧告を提案したとは・・・この時期のヨーロッバにおける植民地政策は微妙な駆け引きだとか素早い判断が必要だったのでしょう。それだけに早く国書のお返事が欲しかったところなのに、なかなか返事はやってこない・・・斉正がパレンバン号に乗り込んだのはまさにそんな時期でした。慎重な幕府に苛立っていたところへ親オランダ派の斉正がやってきたのですから、その歓迎ぶりは相当なものだったそうです。

こんな感じでオランダ側の思惑を知った斉正ですが、この直後すぐさま江戸へ参勤いたします。果たして幕府の状況はどうなっているのか、斉正自身は開国を望むのかそれとも暫く鎖国を続けるべきだと考えているのか、次回そのあたりを中心に取り上げていきたいと思います。


次回更新は3/9、『パレンバン号~』以降6話がプライベートな話が中心となりますので、その前の最後の一話、政治色が濃い話を頑張りたいと思います(^_^)
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