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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十四話 パレンバン号の開国勧告・其の参

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 パレンバン号に乗り込んだ次の日、斉正は長崎奉行・伊沢政義に呼び出された。その場には福岡藩主・黒田長溥も同席している。

「これはパレンバン号からの国書の訳です。これを呼んで貴殿達の意見をお聞かせ願いたい」

 伊沢が差し出した書状を斉正と黒田が覗き込む。それは阿蘭陀国王からの国書の翻訳文があった。ただしあくまでも訳文のみで、原文は勿論阿蘭陀語の写しも斉正らの目の前には差し出されなかった。

「あの・・・・・・原文の写しはないのですか?」

 斉正が伊沢に訊ねるが、伊沢は首を横に振る。

「それは機密にあたります。いくら長崎御番を勤められているお二方にもそれは見せられませぬ」

 伊沢は重々しくそう言ったが、伊沢本人でさえ原文、そしてその写しを見る事は出来なかったのだろう。これでは幕府に都合の良いように訳されても判らない。斉正は仕方なく差し出された訳文に目を走らせた。

(微妙にコープス殿が仰っていた状況と違う気がする)

 それが書面での言葉と直接人間同志が話し合う言葉との違いなのか、それとも別の要素が入ってきているのか斉正には判りかねたが、斉正は都合良く翻訳された国書よりコープスの生の言葉を信じたいと直感的に感じた。

「佐賀公、貴殿はどう思われますかな?特に貴殿はパレンバン号に乗船もされております。この書状以外の情報もお持ちでは?」

 どうやら伊沢もこの訳書は幕府の都合によりねじ曲げられていると感じているらしい。たった二、三年の任期しかない長崎奉行でさえそう思うのである。自分の直感はあながち間違っていないと斉正は自信を持った。

「私は・・・・・・出来る事なら阿蘭陀の厚意を受けて、欧州諸国と対等な立場で開国した方がよろしいかと思います。使節の話に因りますと、パレンバン号でさえ諸外国の軍艦に比べたら小さきものだと・・・・・・それでも最新式の鉄製大砲の破壊力、そして正確さは目を見張るものがあります。あのような軍艦がもう一艘やってきて日本を攻めたら我々はひとたまりもありませんよ」

 なまじ昨日その現場を見てきた斉正の言葉だけに伊沢、そして黒田も息を呑む。

「そんな軍艦を持つ、全ての国に対して一気に開国をする事は非常に危険でしょう。でしたら阿蘭陀の仲介の上、我々を対等に扱ってくれる国から一国ずつ順に開国をしていった方が安心だと思うのですが」

 パレンバン号を間近で見てしまった今、近い将来の開国はやむを得まいと思う。それでも一気に数カ国と国交を結ぶ事になってしまえばその戦力の差に圧倒されて日本側に不利な条件での開国を余儀なくされるような気がした。だったら阿蘭陀を仲介役に頼んでできるだけ同等の立場で、しかもこちらに無理のない速度での開国を考えた方が良いのではないか――――――斉正は拙いながらも自分の考えを吐露した。その斉正の意見に伊沢も黒田も頷く。

「確かに・・・・・・あれ以上の軍艦を持つ国、しかも数カ国に一気になだれ込まれたら、我々は清国のような目に遭ってしまいますね。しかし、幕府が納得するでしょうか?」

 斉正の意見に大筋で合意しながらも、黒田は一番の懸案――――――幕府全体の思惑を心配する。

「確かに、幕府は大きな変化を望まないでしょうね。しかし長崎で起こった事は実際目にしたものが訴えるべきでしょう」

 不安げな黒田に対し、二歳年上の斉正は力強く説得し始めた。

「これはあくまでも長崎御番に関わり、軍艦を見たものの意見として幕府に進言するべきです。残念ながら私の参勤は来年ですが、それまでにパレンバン号の視察をさらに行い、江戸により多くの情報を持って参勤したいと考えております」

 斉正の力強い言葉に黒田も徐々に安心の表情を見せ始める。

「黒田殿、申し訳ございませんが、参勤で江戸に上がった際、私の意見も述べて戴けますでしょうか。今回を逃してしまえば我々は諸外国の軍門に下る事になります。開国か、それとも軍備のさらなる強化か――――――幕府の財政を鑑みたら開国の方が無難かと思われます」

「承知しました。確かに幕府は金の掛かる事は嫌いですものね」

 冗談めかして言った黒田の言葉に、その場にいた三人は思わず大声で笑い出してしまった。



 九月の乗船以降も斉正は長崎へ足を運び、コープスや軍艦の艦長と会談を重ねる予定であった。この年、佐賀本藩の参勤は無かった為、二ヶ月に一度はパレンバン号を訪れることができると算段をしていたのだが、そんな斉正に対し思わぬ知らせが年末に舞い込んだのである。

『佐賀藩はパレンバン号の接待で多額に出費を強いられたと聞く。故に来年の秋の参勤を免除する』

 佐賀城二の丸が燃え、幕府から二万両の借金をした時でさえも免除されなかった参勤の免除が、幕府から申し渡されたのだ。
 そもそも佐賀藩の借金は斉直が崩御してからの五年間でほぼ返済していた。パレンバン号の視察一回につき多大な金品の支払いがあるが、その分の借金を足しても向こう数年でそれらは返済できるだろう。
 これは明らかに開国をした方が良いと進言した斉正を、江戸に近づけないための策略であった。実は幕府上層部以外で『阿蘭陀国王からの国書』の訳書を読んだのは斉正や黒田だけではなかった。後に攘夷派の再先鋒としてその名を轟かせる水戸藩主・徳川斉昭もまた訳書を見せられ幕府から意見を求められていたのである。

「開国なんてとんでもない!夷狄の戯言など蹴散らせば良かろう!」

 何せ御三家のひとつ、水戸藩の藩主の藩主であり知識人としても名高い斉昭の意見である。そしてその意見は出来る事なら現状を変えたくないという『事なかれ主義』の幕府上層部の大部分の人間に都合の良いものであった。
 黒田が参勤で江戸に参府した時にはすでに幕府の意見はほぼ固まっており、六月に老中に再任された水野ら開国推進派は劣勢になっていたのである。そこへ実際に軍艦へ乗り込んだ斉正の生々しい意見は、『事なかれ主義派』の幕府上層部にとって邪魔者以外何でもない。
 斉正の参勤免除、そしてこの二ヶ月後に起こる開国派の老中・水野忠邦の再度老中解任など、国書への返事こそまだ出していなかったものの幕府の意見は『現状維持』に固まり鎖国続行へ動き出していた。



「こんな時こそ江戸に出向き、報告をしなければならないというのに・・・・・・」

 むしろ、今すぐ江戸に出向けと言われればすぐにはせ参じてであろう。それどころか江戸に来るなというのである。斉正は手にした参勤免除の書状を握り潰す。

「殿・・・・・・」

 傍に控えていた茂真が心配そうに斉正の顔を覗き込んだ。斉正の尽力を踏みにじる幕府の仕打ちに、茂真も沈痛な表情を浮かべる。そんな兄を心配させまいと斉正は無理に笑顔を作り茂真に語りかけた。

「・・・・・・兄上、たとえ幕府に許されなくても私は江戸に出向きます。『参勤』を免除という事ですからいつもの半分、否、三分の一の供揃えで充分でしょう。あくまでも私的な江戸参府として今度の秋に江戸へ上がります」

「しかし、老中だって失脚しているのですよ。そんな勝手な事を・・・・・・」

 下手をしたら謹慎、改易などの罰則もあり得るかも知れない。茂真はさらに表情を曇らせる。

「そこまで間抜けはいたしません。ただ長崎御番を任されたものとして、コープス殿が教えてくれた事象を全て幕府に報告する義務があります」

 斉正はそう言いながら松根に命じ紙と硯を持って来させる。

「まだパレンバン号は長崎にいるんです。阿蘭陀以上の強国と対等に交渉できる機会をみすみす逃してはどうなる事になるか判りません。とりあえず来秋、私的な参府をする事を幕府に許しを貰いましょう」

 そして斉正は幕府に対し、散布の許可を貰うための手紙をしたため始めた。



 そんな幕府のごたごたの中、結局パレンバン号が出立するまでに国書の返事は間に合わなかった。そしてパレンバン号が長崎から出立してから一ヶ月後、阿蘭陀商船に頼む形で幕府は国書の返事をする。
 それは正式な開国拒否、そして阿蘭陀とだけ国交を結び続けるという手紙であった。阿蘭陀との国交は維持するとの幕府の返事を受けた阿蘭陀側は、それ以上開国勧告を強要する事は無く、この件は結局お流れとなってしまった。

「・・・・・・開国がまかり成らぬのなら、せめて防御だけでももっとしっかりさせなければ」

 阿蘭陀の国書に対する幕府からの返事を知った斉正は、決意も新たに江戸へ向かって出立した。その江戸行への途中、いつもの如く伊豆韮山へ立ち寄り、江川へ挨拶がてらパレンバン号に関わる一連の出来事を吐露する。

「なるほど・・・・・・長崎でもそんな事があったのですか」

 斉正の話を聞いた後、江川は呆れたように呟いた。

「長崎でも、とは?」

 伊豆でも何かあったのだろうかと斉正は江川に尋ねるが、江川は伊豆ではないが、と前置きした上で話し出す。

「浦賀にもね・・・・・・やってきたんですよ。亜米利加のビッドル艦隊という奴が」

 江川は声を潜めた。長崎と違って浦賀には数隻、そしてその中でもコロンバス号は七十六門もの大砲を有する巨大軍艦だったと江川は熱弁を振るう。

「しかもいきなり通商条約締結を要求してきましてね・・・・・・佐賀公が阿蘭陀使節から聞いた『のど元に刃を突きつけられる』とはまさにあのことですよ。今回は十日ばかりで消えてくれましたけど、のど元過ぎれば何とやら・・・・・・幕府は何も考えちゃいない!」

 当座の間、川越藩と忍藩に沿岸警備を命じていたが、それさえも今は解除してしまったと江川は憤慨する。そんな憤懣やるかたないといった江川の言葉に、斉正は唖然としながら聞き入ってしまった。
 パレンバン号などまだまだ紳士的ではないか――――――そんな酷い状況に遭いながら幕府はまだ開国も、そして防衛強化も考えないのだろうか。斉正は落ち込む。

「ただでさえ『参勤免除』の身、無理に自身の意見を押しつけない方が賢明でしょう。ただパレンバン号の報告だけ――――――妻女のお立場もあります」

「・・・・・・そうですね。悔しいですけど」

 何もかもが後手後手に回っている――――――否、回っているのならまだ良いだろう。後手後手にさえ手が回っていない現状に、斉正は情けなさを感じた。



 江戸に到着した斉正は、許可を得るなり早々に江戸城に上がり、パレンバン号の内部状況、そしてコープスの話を私情を含めず全て報告した。

「なるほど・・・・・・それだけの威力を持つとなると少しは海防に力を入れた方が良いのか。一応海防掛を設置はしたが」

 斉正の話を聞いた老中・阿部正弘は腕組みをしながら唸る。

「我が藩も国産方を拡充し、阿蘭陀軍艦に搭載されていた鉄製の大砲鋳造の研究を始めております。もし、可能でしたら幕府においても・・・・・・」

「それは難しいだろうな。何せこれがない」

 と阿部は親指と人差し指で円を作った。そして海防掛の設置が限度だと斉正の申し出を突っぱねる。

「ま、どちらにしても終わってしまった事だ」

 その言葉に斉正は、阿部がこの一連の事件に関して本気で憂えていない事を悟った。

(確かに耳の痛い話かも知れないが、それだけにきちんと正面から取り組まなくてはならないのに)

 自身の国に降りかかりそうな、否、すでに降りかかっている災難に対しまるで他人事のような阿部の対応――――――幕府のあまりにもぞんざいな対応に失望を感じ、斉正は外桜田の江戸藩邸に帰っていった。



UP DATE 2011.03.09

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パレンバン号の開国勧告・・・・・結局阿蘭陀の厚意は無視されて現状維持と相成りました(>_<)しかも開国推進派の排除の動きも・・・・・。
参勤免除に関しては『久米博士九十年回顧録』という文献に記載されているのですが、よりによって直接オランダ軍艦に直接乗り込んだ本人に対し参勤免除って・・・・・理由としてパレンバン号への接待に莫大な費用が掛ったからとなっているのですが、むしろ水野忠邦の再解任など開国派に対する一連の排除の動きのように私個人としては思えてなりません。
江川さんも海防の強化を幕府に申し立てているのですが暖簾に腕押し状態だったらしいですし・・・・・なので弘化二年末~弘化三年春の参勤は無かった可能性が高いです。(実際はどうなのか手許の資料及びネットでも判りませんでした。調べ方が悪いのは重々承知しておりますが・・・・・スミマセン><)

なので今回ラストから次回から始まる『姫君懐妊と九歳の側室』の間の江戸参府はあくまでもこの話独自の『幻の参府』となります事をご了承くださいませ。


次回更新予定は3/16、『姫君懐妊と九歳の側室』という身も蓋もないタイトルから想像出来るような甘めの展開になると思われます(^_^;)
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