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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十五話 姫君の懐妊と九歳の側室・其の壹

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 阿蘭陀を通じての段階的な開国、そして海防強化を訴えながらも老中にまともに取り合って貰えなかった斉正は、失意の中佐賀藩邸に帰り着くとその脚で黒門へと向かった。

「国子殿・・・・・・」

 盛姫の顔を見て一瞬笑顔を見せた斉正だったが、その表情はすぐに曇ってしまう。斉正のその表情を見て盛姫は何かを察したらしく、苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

「その表情ではそなたの申し出は無下にされたのじゃろう、貞丸」

 盛姫に図星を指され、斉正は頭を掻きながらぼやき始める。

「ええ。あそこまで老中が、いえ・・・・・・幕府が物分かりが悪いとは思いませんでした。浦賀にパレンバン号以上に大きなコロンバス号が来たというのに、他人事だとしか思っていないようです」

 もやもやとしていた思いを一気に吐き出すと、斉正は大きな溜息を吐いた。盛姫に愚痴を零してもしょうがないと思うが、幕府の対応に対するやるせなさは盛姫に対する気遣いを上回ってしまう。それほど斉正は幕府の対応に失望していた。そんな斉正に対し盛姫は思わぬ事を尋ねる。

「貞丸は・・・・・・老中から浦賀での出来事を記した文書は渡して貰えなかったのか?」

 まさか盛姫の口から表の、しかも浦賀に来た軍艦関連の文書の話が出るとは思わなかった斉正は、びっくりして目を丸くした。

「いいえ・・・・・・『機密』なんだそうですよ。韮山で江川殿に聞いた話の方が遙かに詳細でした。ああ、こんな事だったらもっと江川殿にしつこく聞き出しておくんでした」

 後悔後に立たずとばかりに再び大仰に溜息を吐いた斉正の様子があまりにおかしかったのか、盛姫は愉快げに笑いだす。それに対し斉正は子供のようにぷうっ、と頬を膨らました。

「笑い事じゃありませんよ、国子殿。長崎御番の役に立てようと思っていたのに」

 拗ね方まで子供じみだした斉正をさすがに気の毒だと思ったのか、盛姫はようやく笑いを収め、軽く左手を挙げ颯を近くに呼びつける。

「おおかたそんな事だろうと思うての・・・・・・颯、例のものをこちらに持って参れ」

 盛姫の命令に颯は一礼して一度部屋から退出する。そして暫くの後、何か紙の束を持ってきて斉正の前に差し出した。

「こ、これは!」

 それを見た瞬間、斉正は絶句する。それは浦賀にやってきたコロンバス号の詳細な絵図、そして搭載されていた大砲や武器などの情報だったのである。

「どうせ表側からではまともに取り合って貰えぬであろうと・・・・・・大奥を通じて集めておいたものじゃ」

 盛姫はそれらの資料の入手法方を説明したが、斉正はただひたすらそれらの資料を貪り読む。その姿は玩具絵に夢中になる童のようであった。

「ほんに・・・・・・貞丸はいつまで経っても『貞丸』のままじゃな」

 ころころと笑い出す盛姫につられ周囲の女官達も笑い出す。その声にようやく斉正は自分のやらかしたことを自覚した。

「あ・・・・・・申し訳ありません。つい夢中になって」

 コロンバス号の資料に夢中になりすぎて我を忘れてしまう――――――これでは『貞丸のまま』と指摘されても何も言えない。

「構うことはない。次から次へと南蛮船がやって来る時勢、長崎御番を任されておるのじゃから当然じゃ。ただ、その夢中になりようが妾が佐賀に嫁いできた頃のままじゃ」

 そういう盛姫も若い頃から変わっていないと斉正は思う。結婚して二十年弱、御褥御免の年齢を過ぎてもその姿は若々しく、二十代半ばと言われても知らない人間なら信じてしまうだろう。
 それに加え、さり気なく年下の良人に寄り添い、助けてくれる心遣いは年齢と共に深みを増している。嫁いできたばかりの盛姫と、今の盛姫のどちらが好きかと言われれば、迷いなく今の盛姫を斉正は取るだろう。斉正は盛姫と目を見合わせ思わず笑ってしまった。



 二年ぶりに再開した愛娘・責姫の挨拶を受けた後、斉正と盛姫は寝所へ入っていった。

「健子もだいぶ大きくなりましたね。以前は子供子供していたのに」

 子供の成長は驚くほど早い。ましてや二年に一度しか逢えない娘の成長は斉正にとってあまりにも早く感じてしまう。

「あの子ももう七つ・・・・・・七歳の祝いも終えた事じゃし、もう娘の仲間入りじゃ」

 褥に入りながら盛姫も斉正の意見に同意した。

「そうなると濱も八つですね。茂義が見たら感動するんじゃないかな」

 盛姫に続き褥に入り込んだ斉正は武雄にいる茂義を思い出しながら呟く。自分は二年に一度娘に会うことができるが、茂義はここ三、四年娘の顔を見ていない。

「・・・・・・子供達はどんどん成長して変化してゆくのに、何故大人は変わることが出来ないんでしょうかね。情けなくなってきます」

 どうやら斉正は昼間の江戸城でのことを言っているらしい。褥の中に入れば仕事のことは滅多に口に出さない斉正とは思えない愚痴に、盛姫は心配そうに眉を顰める。

「何だか・・・・・・幕府を説得するのにも疲れてしまいました」

 そんな盛姫に甘えるかの如く斉正はぼやくと、赤子のように盛姫の胸のあたりに顔を埋めた。

「貞丸・・・・・・何も幕府に振り回されることはない。所詮幕府は江戸城の中でしかものを見ておらぬ」

 盛姫は斉正の頭を優しく抱えながら耳元で囁く。その姿は妻というよりむしろ母親のようであった。

「実際に見聞きし、触れているのは貞丸だけじゃ・・・・・・そうでなければ判断できぬ物事も少なくないし、これからますます多くなっていくであろう。幕府の命令を待っていてのでは手遅れになるやも知れぬ」

「国子殿・・・・・・」

 斉正は盛姫の胸許から見上げるように盛姫の顔を見つめる。そんな斉正の頭を撫でながら盛姫はまるで我が子に語りかける母親のように優しく、そして甘く囁いた。

「たとえどんな事になろうとも・・・・・・日の本中が貞丸の敵になろうとも妾だけはそなたの味方じゃ」

「ありがとう・・・・・・ございます。国子殿」

 斉正は盛姫の身体を強く抱きしめ、その柔らかな唇を貪る。まるで昼間の煩わしさを忘れるように、斉正は盛姫の身体に溺れていった。



 そう、いつもと変わらぬ夫婦の交わり――――――ただ、この交わりがいつもと違うのは、芽吹くことを諦めた芽が出て、盛姫の身体の中で息づき始めたことであった。



 盛姫の体調の変化に風吹ら女官達が気が付いたのは弘化二年の年末の事であった。毎月半ば頃に来るはずの月役が、年が押し迫り、明後日には新しい年になるという時期になっても一向に来る気配が無いのである。

「風吹殿、まさか三十五歳のお若さで『上がる』なんて事はありませんよねぇ」

 盛姫の体調記録を記していた颯が、さすがにこれはおかしいと風吹に相談した。さすがに『上がる』の一言に風吹が激怒する。

「迂闊なことを言うな、颯!そもそもこんな急に上がるなんて事は無かろう?先月までそれこそ計ったように来ておったものがいきなり無くなるなんてあるはずもない!」

「しかし実際にお馬は来ておりませぬ。あの、誠に言いにくいのですが、もしかしてご懐妊・・・・・・」

 そう言いかけた颯の口許を風吹は強い力で押さえつけた。そのあまりの勢いに颯は窒息しそうになり手足をばたばたとばたつかせる。風吹は颯が迂闊なことを再度口走らないようにゆっくりと己の手を颯の口許から離すと、素早く耳打ちした。

「颯、今の一言誰にも漏らすな。至急伊東玄朴を黒門へ呼べ」

「承知」

 懐妊にしろ病にしろ盛姫の身体に何かが起こり始めている――――――風吹は即座に颯に命じ、伊東に使いを出させた。



 半刻後、取る物も取りあえず佐賀藩邸にやってきた伊東は一通り盛姫を診察し、女官らが記載した体調記録を舐めるように吟味した後、苦々しい表情を浮かべる。

「・・・・・・間違いなくご懐妊ですな」

 明らかに怒りを押さえつけている、憮然とした表情で伊東は言い放った。

「姫君様・・・・・・あれほど申したでありましょう。御褥御免後のご懐妊に関して、命の保証はできないと。幾ら私の腕をもってしても責任は負えまぜぬ!」

 伊東の激怒にはそれ相応の理由がある。普通の出産でさえ命がけだった時代、三十歳以上の初産は普通の出産以上に死亡率が上がる高齢出産として扱われ忌避されていた。斉正と盛姫の大名夫婦とは思えない仲の良さに、その可能性を感じていた伊東は事あるごとに盛姫や女官達に注意していたのに、盛姫の懐妊を防げなかったのである。
 しかしそんな伊東の小言の半分も盛姫は聞いていなかった。否、聞いていたのは『懐妊』の二文字だけだと言った方が正しいだろう。

「やっと・・・・・・やっと貞丸のややを妊ることが出来たのじゃな」

 ふわふわと夢見心地の盛姫に対し、周囲の女官達は至って冷静であった。

「伊東よ、この件他言無用ぞ。もし漏らしたあかつきには・・・・・・」

「承知しております。というかこんな事、言えるはずもないでしょう。私が診ていたにも拘わらずご懐妊などと・・・・・・私の名誉にも関わります!」

 御褥御免をとうに過ぎた年齢での初産は、極めて危険である上に『いい歳をして子を孕んだ』と後ろ指を指される醜聞でもある。ある意味若い未婚の母以上に社会的に許されないと言ってもいいだろう。それを防ぐのも女官や侍医の務めであるのだが、それが出来なかったことになる。

「ならばよい。しかし、誰を姫君様の代わりに立てるか」

 正直これは斉正と盛姫の初夜の時以上の難問であった。あの時は一過性で良かったが、ややが生まれるまで盛姫の懐妊はひた隠しにしなければならなかったし、身代わりにしてもそれ相応の身分の者、そして口の固い者を選ばねばならない。

「佐賀に年頃の娘が居るかどうか・・・・・・それとも側室の一人をこちらに寄越して貰うか・・・・・・」

 この醜聞をどうひた隠すか――――――風吹は考え込む。その時である。

「母上様、どうしたの?怖い顔をして」

どこから潜り込んだのか娘の濱が風吹の顔を覗き込んだのだ。普段ならそんなやんちゃをする我が娘を叱り飛ばす風吹であったが、今回ばかりは叱りもせず娘のじっと見つめる。

「・・・・・・背に腹は代えられぬか。否、武雄の先代領主と私の娘である濱にしか、この務めは果たせぬな」

 風吹は口の中でぶつぶつと呟きながら、頭の中で一つの考えをまとめ始めた。『御褥御免を過ぎた姫君様の懐妊』という醜聞は佐賀のためにも、そして徳川のためにも絶対に隠し通さなくてはならない。

「風吹殿・・・・・・何をお考えでございますか?」

 風吹の決意に満ちた表情に一抹の不安を感じた伊東が目を細め、風吹に訊ねる。その疑わしげな伊東の言葉に、風吹は決意に満ちた、重々しい声で答えた。

「・・・・・当座の間、濱を佐賀公の側室として仕えさせ、姫君様のお産みになる御子の『母親』になって貰います。絶対に外に・・・・・・藩邸の表にも漏らしてはならぬこの機密を守るためには仕方がないでしょう」

 風吹のとんでもないその一言に、盛姫を始め伊東、そして女官達は全員顔を強張らせた。



UP DATE 2011.03.16

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ようやく・・・・・ようやく盛姫と斉正の間に子供が出来ました♪
しかしちょっと遅すぎたようで・・・・・二十代なら万々歳の懐妊ですが、三十代になるといわゆる高齢出産って奴であまり歓迎されなかったんですよね~。当時の医療技術を考えれば当然なんですけど、いかに出産が命がけかよく判ります。
さすがにこれが表だってしまうと、とんでもないスキャンダルとして武士階級は勿論、江戸のお喋り雀たちの格好の餌食になってしまうのでひた隠しにしなくてはなりません。そこで白羽の矢が立ったのがまだ八歳(年が明けると九歳になります)のお濱ちゃん。『とりあえず側室にしたててカムフラージュしよう』と風吹は画策しますが、果たして上手く事が運ぶのでしょうか・・・・・茂義パパが色々と煩そうだなぁ。いくらカムフラージュとはいえ(苦笑)


次回更新は特に何もなければ3/23、風吹の作戦の顛末を中心に展開します。
(これだけ地震が多いと何があるか判りませんし・・・・・何もないことを願います><)
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