FC2ブログ

「葵と杏葉」
葵と杏葉・世嗣編

葵と杏葉世嗣編 第十四話 別邸炎上・其の貳

 ←幕末歳時記 其の拾参・中秋の名月(徳川家茂&和宮) →葵と杏葉世嗣編 第十五話 別邸炎上・其の参
 暖かい春の日の宵、幻想的な行灯の灯が部屋を照らす中、直孝の手元を照らす蝋燭だけが唯一現実をさらけ出すかの如く強い光を放つ。
 皆が見守る中、直孝は眉間に皺を寄せながら江戸藩邸の経済状況がつぶさに書かれた帳簿を読み込んでいた。いつになく深刻なその表情から誰も直孝に声をかけることが出来ない。ほんのりと桜花の香りが漂い、満月に近いおぼろ月も風流な春の夜に似つかわしくない重苦しい空気が部屋を押しつぶすようである。

「ひでぇな・・・・・・ここの勘定方は一体何をやっているんだ?ええ?」

 どれほどの時間が経過したのだろうか。ようやく帳簿から目をあげると、眉間に皺を寄せ、斉正の隣に縮こまっている勘定方の責任者である石井に毒づいた。父親に似たところなど微塵もない端正な顔で凄まれると、相手は却って怯え、落ち込む事をこの男はよく知っている。妙なところで器用さを見せる妾腹の兄に対し、斉正は感心してしまった。

「そもそも米切手を出しておきながら、米相場が一番落ちる冬場に払渡期日を設定する馬鹿がどこにいやがる!おおかた『期日を長く設定した方が、切手が売れる』とか吹き込まれて米問屋の言いなりになっているんだろうが。もうひと月かふた月早くすれば一石あたり銀二匁から四匁くらい高く売れるんだぞ!去年は相場師が細工をしやがってたまたま冬場に米相場が上がっていたから例年よりはまだましだが・・・・・・」

 語尾の方がやや口籠もってしまったのは何か後ろ暗いことでもあるのだろうか。直孝は何かを誤魔化すかのように言い立てると、帳簿を畳の上に開いた。



 米切手とは、蔵屋敷が蔵米の所有者に発券した米の保管証明書、すなわち蔵預り切手の事である。蔵米切手とも言われる米切手は、初めは発行後三十日以内に米の蔵出しを行うことが義務づけられていたが、蔵屋敷を営む商人の信用の高さから徐々に流通証券としての性格を持ち、為替の代用品として支払に利用されたり転売が行われるようになっていった。
 一方諸藩の蔵屋敷でも規定期間内に米を取りに来る商人の少なさに目をつけて翌年以後の収穫分の米切手を発行して財政赤字を補おうとする藩が現れた。この為、実際の在庫以上の米切手が出されて不渡りの可能性も出てきたので、江戸幕府は諸藩には発行規制を、商人たちには切手の保護策を打ち出した程である。
 大坂堂島米会所に所属する米仲買・米方両替である『浜方』と呼ばれる商人から、米切手を担保として融資を受ける『浜方先納』と呼ばれる融資を得ることもあったが、この方法は通常の大名貸の方法では融資が受けられなくなった藩が採ることが多かった。もちろん佐賀藩もこの手法を取らざるを得なくなってしまった藩の一つである。




「兄上、米というものは月によってそれほど価格が変るものなのですか?」

 普段、物の値段というものに全く触れることが無い斉正は、帳簿を見ながら不思議そうに兄に尋ねる。尤も帳簿を見たところで読めるはずもないのだが、この数字が並んだ不思議な書き付けは、斉正の好奇心をかき立ててしまったようである。

「大名のお世継ぎがよくもまぁ物に値段があることを知っているな」

 算盤を弾くことは武士にあるまじき事と言われていた時代である。藩主や世嗣程の身分を持つ人間が、物に値段が付いているのを知っている事自体、決して褒められる事ではない。

「そんながらの悪ぃ事を吹き込んだのはおおかた小城あたりか――――――残念ながら米の値段は毎日変る。だから安い時に買って高い時に売るのが理想なんだが、佐賀藩家中の奴等は賭博まがいの米相場にはとんと疎いらしい。いっそ小城の藩主殿に勘定方の指導を頼んだ方がいいんじゃねぇのか?」

 嫌みを多分に含んだ直孝の言葉に石井は気の毒なほどうなだれる。

「まぁ、米の売り買いは色々せっつかれるから仕方がねぇとしてもだ・・・・・・だが、この利息はどういう事だ?これじゃあ烏金じゃねぇか!」

 直孝は帳簿に挟まれていた大名貸の借用書を指ではじく。

「小判建て、二十五両に対して月一分――――――確かに百両くらいまでならこの位で良いかもしれねぇが、五百両以上も借りているのにこの利率はふんだくりすぎだ。こんだけ借りているんなら月三朱(一分=四朱)でもいいんじゃないか?こんな所からしか借りることができねぇのか、佐賀は!」

 直孝はさらに突っ込んだ話をする。ちなみに『小判建て、二十五両に対して月一分』というのは小判二十五両に対して一ヶ月一分(一両の四分の一)の利息が付くという事である。一年で三両、約一割二分の年率である。
 中には二割もの年率を取る貸金業者も居るので、この利息は決して高い方ではないのだが、借りる金が多くなればなるほど利息が安くなる仕組みになっている江戸時代の貸金業者としては気持ち割高なのは否めない。

「はい。長年の付き合いというものが・・・・・・」

 現代でも言えることだが、長年付き合いのある業者との癒着はそうそう断ち切れるものではない。しかも借金を抱えている身としては、まずその借金を返さないことには関係を断ち切りたくても断ち切れないのだ。そうこうしているうちに借金は雪だるま式に増えてゆき、身動きが取れなくなってゆくのである。

「請役の武雄は?茂義はこの事を知っているのか?」

「はい。ですが、貸してくれるところから借りなければわが藩は参勤どころか江戸登城もままなりませぬ。しかも抜け荷なんて江戸では監視の目が厳しすぎて・・・・・・」

 大名貸から金を借りるくらいなら、たとえ咎めを受けても抜け荷の方が利息が付かない分ましである。それ故、抜け荷に手を出す藩も多くなってきているが、さすがに佐賀藩ほどの大藩になると江戸藩邸の監視は厳しくなる。

「・・・・・・なるほどな。抜け荷をやるにしてもそれを計画するだけの余裕も江戸にはねぇって事か」

「直孝、そなた、抜け荷抜け荷と先ほどからわめいておるが、城で何が起こっているのか?我々にも判るように説明せよ」

 先ほどからやけに直孝が気にしている『抜け荷』という言葉が気になり、風吹が尋ねる。確かに抜け荷は問題だが、直孝が神経質になるほどのものなのだろうか、と思ったのだ。

「・・・・・・姫君付きの女官殿は頭の回転が速すぎますな。実は近年中にあの間宮を勘定奉行付きにして、各国の経済状況を調べさせようとする動きがあり申す。これは金四郎の兄ぃ、もとい勘定奉行の子息直々に教えて貰ったこと故ほぼ間違いないかと」

 さすがに旗本という立場故か、風吹に対してはがらりと言葉遣いが変る。しかもその変わり身も嫌みも無くやってしまうのが直孝である。尤もそういう部分が無骨な茂義に嫌がられるのだが・・・・・・。
 この時期から丁度二年後、間宮林蔵は勘定奉行配下となり、主に西国から九州にかけて各藩の偵察をおこなっている。そしてその下準備としてすでに間宮の配下が西国へ出向しているというのだ。現代と違い、方言によって地元民かそうでないかが判ってしまう為、数年をかけて言葉を覚えなくてはならないのである。

「薩摩あたりはかなり怪しいみたいですが、さすがに御台様のご実家故、うやむやになるでしょう。そうなると近場の佐賀や熊本、萩あたりがとばっちりを喰うことになると思われます。国許で変なことをしていなければいいのですが、上様の御不興もありますし」

「その旨、父上に申し上げた方がいいのではないですか、兄上」

 直孝の言葉に斉正は焦りを見せる。確かに愚かで我儘な父親かも知れないが、斉正にとってたった一人の父親なのである。

「そうじゃな。今は抜け荷に手を出しておらずとも、これからどうなるか判ったものではない。早々に書状を出して注意を促すべきじゃろう」

 斉正の言葉に盛姫も賛同する。

「しかしなぁ」

 幼い夫婦の心遣いに対して、直孝は渋い表情を浮かべ腕組みをする。

「いっそ親父殿に隠居して貰って貞丸、おまえが藩主になった方が幕府の心証も良いし、内証の立て直しもできるんじゃねぇか?家中の権力争いがどうなっているか知ったこっちゃねぇが、外から見ればその方がよっぽどいいと思うがな」

 水と油のように相反する茂義と直孝であるが、この点だけは意見が一致していた。早々に現藩主に隠居して貰い、斉正に跡を継いで貰った方が藩の為だと・・・・・・。だが、当の斉正がそれを否定する。

「私は・・・・・・米に相場がというものがあることすら知らなかった無知な人間です。まだまだ藩主にはなれません」

 斉正は俯いて呟く。いざ重要な決定をする時、周囲を、そして自分を冷酷なほど観察してしまう斉正の最大の長所であり短所でもある部分が出てしまうのだ。

「おめぇは何でもかんでも見え過ぎちまうのがいけねぇな。たまには片眼を瞑ることも必要だが・・・・・・それが出来るようになるまでは無理か」

 直孝は異母弟を見つめながら、軽く溜息を吐く。

「じゃあ、俺は幕府の動きを数日中にまとめるから、それまでに親父への嘆願書を書いておいてくれ。くれぐれも馬鹿な真似をしてくれるなよ、ってな」

 そう言って直孝が帳簿を閉じ、手に取ったその時である。はらりと一枚、紙切れが帳簿からこぼれ落ちたのだ。その紙を手に取りまじまじと見た直孝の顔色が豹変する。

「おい・・・・・この『長崎警護の件』っていうのは何のことだ?」

 今までにない怒気を含んだ声で直孝は石井に詰め寄る。

「抜け荷なら他藩も手をつけていることだから大目に見もするが、この件に関してはいくら親父殿でも許す訳にゃいかねぇ。事と次第によっちゃあ親父殿に腹ぁかっさばいて貰う事になるぜ。判っている事だけでいい、あらいざらい白状しやがれ!」

 その紙切れに書いてあった事は『フェートン号事件』を起こしてしまった藩として絶対にやってはいけないことが書かれてあったのである。抜け荷などという生やさしいものでは決してない。

「お、お許し下さいませ!す、全て話します!ですから何卒ご容赦を・・・・・・!」

 直孝の怒りに怯えながらも、石井の告白が始まった。



 それからひと月後の五月半ば、茂義はようやく佐賀に辿り着き、藩主に対して品川の別邸を焼き払ったことを自ら打ち明けた。

「何だと!儂の別邸を・・・・・・壊しただと!」

 怒りに打ち震える斉直は手近にあった脇息を茂義に投げつける。それは茂義の頭に当たり、脇息の角によって傷ついたこめかみから血が一筋流れてゆく。

「御意にございます。でなければ・・・・・・」

 幕府に抜け荷の疑惑がかけられてしまう、と言いかけた茂義の言葉を斉直は遮ってしまった。

「言い訳など聞く耳持たぬ!切腹じゃ!請役を罷免の上、切腹を申しつける!とっとと儂の前から去ね!」

 周囲のものが宥めようとしたが無駄であった。癇癪を起こし、手のつけられなくなった斉直の前から茂義はただ立ち去ることしか出来ず、本当に藩主に伝えなければならなかった事――――――すなわち以後の行動に気をつけなければ幕府に睨まれ、斉直自らの命に拘わるという事を一言も伝えられなかった。

(もし殿が改易や切腹になった場合、それもまた運命か)

斉直の声を背に聞きながら茂義は立ち去っていった。



 佐賀城下の自身の拝領屋敷に戻った茂義の許に、その夜改めて請役罷免及び五日後の切腹の命令が伝えられた。覚悟をしていただけに茂義の態度は驚くほど落ち着き、さばさばしたものであった為、命を伝えに来た使者の方が驚いた程である。
 切腹までの五日間、茂義の身柄は直堯が預かる事になり、預り人である直堯は介錯人三名を選出したり切腹場を整えたりと多忙を極める事になる。その間を見ては藩主に掛け合い茂義の切腹を取りやめてくれるようにと訴えていたが、なかなか聞き入れてくれないと茂義にぼやく事もしばしばであった。

「諦めろ、捨若。あの殿が自らの遊興を咎めるものを生かしておくとは思えぬ」

 ぼやく直堯に対し、むしろ宥めるように茂義は親友を諭す。自身の近辺を片付けながら切腹の日を待つ茂義であったが、不思議と恐怖は感じなかった。斉正の事も直堯や盛姫が付いていれば大丈夫だろう。
 そう思いながらも茂義の心の中にはただ一つだけ、思い残しがある事を自覚していた。それは江戸で出会った一人の女性への恋心であった。江戸にいる時はただ生意気で気の強い女子としか思わなかったが――――――否、思わないようにしていたのだが、江戸を離れ、切腹を目の当たりにした今になって風吹への未練が頭をもたげてきたのである。
 最後の最後まで思い出すのは媚びとは無縁の憎々しげにつんとすました顔だが、それも彼女らしいと茂義は思う。

「あいつなら・・・・・・姫君一筋で一生を過ごすだろうしな」

 決して自分以外の男の妻になる事はないだろうと茂義は思い込もうとする。それは風吹を他の誰にも取られたくないという我儘な想いであった。



 そして切腹当日。どんよりとした空の下、茂義は浅葱色の切腹裃を身につけ、三方を白木綿の幕で張り巡らされた切腹場の縁なし畳の上に正座をしていた。背後には白張りの屏風半双が置かれ、介添え役の介錯人が切腹刀を三宝に乗せて茂義の斜め前に控えている。ただ、茂義の首を斬る役の介錯人と、預り人兼立会人である直堯がまだ来ていないのだ。こんな時に人を待たせるとは、と茂義が苛立ちを感じ始めたその時である。

「おい、富八郎!」

 息を切らせて切腹場に直堯が飛び込んできたのである。

「おい、いつまで待たせる気だ、捨若。いい加減待ちくたびれたぞ。」

 冗談めかしながら茂義は屈託無い笑顔を直堯に見せる。だが、そんな茂義に構っていられないとばかりに直堯は茂義に駆け寄り肩を掴む。

「切腹は取りやめだ!江戸から・・・・・・とんでもない知らせがやってきた。急いで城に上がってくれ。どうしてもおまえの力が必要なんだ、富八郎!」


 それは世嗣斉正及び妻盛姫連名の、佐賀藩改易にもなりかねない重要懸案が書かれた書状であった。



UP DATE 2009.9.16

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。
押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






歴史物を書きながら経済に苦しめられるとは・・・・・がんばって見ましたけどあちこちぼろだらけだと思われます(苦笑)。aboutページには『フィクションです』と予防線を張っておりますがあまりにもヒドイ(^^;)
そしてこの話をUPする直前に届いた超一級資料『近世武雄史談』のネタがあまりにもドラマチック過ぎて・・・・・正直今まで書いた物全部書き直したいくらい面白いネタがつまり放題です><。今回、その端っこの部分を無理矢理詰め込んでしまいましたが・・・・・・。『長崎警護』の件は次回に詳細を書かせて頂きます。
(直孝のうしろぐら~いところは六話にずれ込みます。彼の趣味に関わる事なのでv)

次回更新予定は9月24日のお昼頃を予定しております。いつもより12時間ほどお時間を下さいませ。
(連休中は旦那の相手が・・・・・家事の手抜きも出来やしない・苦笑)



《参考文献》
◆Wikipedia 米切手
◆Wikipedia 大名貸
◆江戸物価事典  小野武雄著  展望社  2009年6月5日発行
◆お旗本の家計事情と暮らしの知恵  小川恭一著  つくばね舎  1999年7月15日発行
◆近世武雄史談 鍋島茂義とその時代  武雄市図書館・歴史資料館編  2007年3月31日発行
◆江戸町奉行所事典  笹間良彦著  柏書房  1991年1月25日発行
◆三田村鳶魚 江戸武家事典  稲垣史生編  青蛙書房  昭和33年11月5日発行
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【幕末歳時記 其の拾参・中秋の名月(徳川家茂&和宮)】へ  【葵と杏葉世嗣編 第十五話 別邸炎上・其の参】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【幕末歳時記 其の拾参・中秋の名月(徳川家茂&和宮)】へ
  • 【葵と杏葉世嗣編 第十五話 別邸炎上・其の参】へ