FC2ブログ

「雑  記」
烏のおぼえ書き

烏のおぼえ書き~其の三百二十九・昭和初期の食事事情 とにかく米、こめ、コメ!

 ←拍手お返事&今度の土曜日、あのバケモノ集団と戦うのか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル →烏のまかない処・其の四百三十・新米のおにぎり
一通り『昭和初期の服装』について語って来ましたが、今回から『日常の食生活』について少しずつ語っていきたいと思います(*^_^*)

当時、外食産業はありましたが現代のように気軽に行けるものではありませんでした。普通の主婦や子供が外食できるのは冠婚葬祭のイベントごとくらいでしょうか・・・。そんな生活を送っていた人々がどんなご飯を食べていたのか、以下に紹介させていただきます。

昭和8年の『婦人之友』5月号に掲載された『料理暦・5月の献立』という模範メニューには、こんなものが紹介されておりました。

◆夕飯のおかず
・鰹生姜焼き&湯豆腐
・小茄子丸煮&鳥そぼろがけ
・春雨おひたし

◆昼飯のおかず
・鯵の干物
・そら豆の甘煮

この雑誌、どうやら上級サラリーマン世帯を想定しているらしく『トーストとベーコン』やら『伊勢海老の具足煮』なども登場するので参考にしづらいところもあるのですが、それでも判るのがおかずの少なさ!副菜を入れても2~3品だけ、大体のおうちでは一汁一菜が当たり前だったと思われます。その理由はお米の量(゚∀゚)
婦人雑誌に出ている個別家計のデータになりますが、収入に対して食費が30%、その半分以上が米代だったそうです。大人3人家族で月12円/月収80円とか子供を含む6人家族で月17円/月収100円とか。
因みに当時のコメの価格は白米10kg=2円46銭、これが12円分だと約50kgになるでしょうか。それを大人三人で食べていたことになります。現在の日本人は一人5kg弱くらいですのでかなり多いですよね~。戦前、戦後と一番変化をしたのはこのお米の量かもしれません。



【創作関連】
本当に『主食』とはよく言ったものです(^_^;)昭和初期というか戦後しばらくまでは『ごはん+その他』だったのでしょう。ご飯でお腹を満たし、そのご飯を食べすすめるためのちょっとしたおかずというかご飯のお供があるという程度(^_^;)
栄養学なんてない時代だったから仕方ないのでしょうが、ほとんどがお米っていうのも・・・う~ん(-_-;)おかず好きとしてはちょっと悲しいものがありますねぇ(´・ω・`)
なおコメ関係のネタに関しては来週にまとめて書かせていただきます(次回はお米の価格&都市部と農村との違いなどを取り上げるので、ソッチのほうがねたになる(^_^;))




【参考・引用文献】
「月給100円サラリーマン」の時代(岩瀬 彰 著  ちくま文庫)


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ 
INランキング参加中v
ご協力の程、よろしくお願い致しますm(_ _)m
 お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


関連記事
スポンサーサイト






 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&今度の土曜日、あのバケモノ集団と戦うのか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル】へ  【烏のまかない処・其の四百三十・新米のおにぎり】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【拍手お返事&今度の土曜日、あのバケモノ集団と戦うのか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル】へ
  • 【烏のまかない処・其の四百三十・新米のおにぎり】へ