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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第二十六話 京都守護職・其の貳

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新選組が幕閣に宛てて軍事総裁職・松平容保の指揮下に入りたいとの嘆願書を提出し、十日も経つのにその返事はなかなか来なかった。待ち人とはなかなか来ないものと相場が決まっているがそれにしても遅すぎる。今か今かとやきもきしている内に内に年号が文久三年から元治元年に改元され、さらに月も変わりとうとう三月になってしまった。

「なかなか返事が来ないな・・・・・いつになったら来るんだ、上書の返答は。」

 苛立ちを露わにしながら近藤は親指の爪を噛んだ。たかだか数十人の浪士集団の上書など幕府にとっては些細なことなのだろうが、新選組にとっては将来に関わる重要事項である。このままずるずると京都警備に甘んじる恐れと相まって近藤の焦りはますます募る。

「気長に待とうぜ、近藤さん。上があんな状況だ。俺達の嘆願書なんて後回しだろうよ。」

 そんな近藤に対して、土方が宥め役に回っていた。普段はむしろせっかちとも言っても良い土方が何故これほどまでに落ち着き払っているのか。それは『参与会議』における混乱があった。



 松平容保や、春嶽らが参加していた参預会議の体制は、参預諸侯間の意見の不一致からなかなか上手く機能しなかった。この状況を危惧した朝廷側の中川宮は、問題の不一致を斡旋しようと松平春嶽が京都守護職に就任した次の日、参預諸侯を自邸に招いて酒席を設けたのである。しかし、この酒席が問題を大きくしてしまったのだ。

「この三人は天下の大愚物、大奸物であり、後見職たる自分と一緒にしないで欲しい。」

 この席上、泥酔した徳川慶喜は中川宮に対し、島津久光・松平春嶽・伊達宗城を指さしてこんな暴言を発したのである。
 この言葉に島津久光が完全に参預会議を見限った。松平春嶽や薩摩藩家老の小松帯刀らが関係修復を模索するが、二月二十五日に山内容堂が京都を退去、来る三月九日に慶喜が参預を辞任してしまうことになる。
 そのままぐずぐずと参預会議は体制崩壊となるのだが、その不穏な動きは新・京都守護職との事務的な打ち合わせの際、土方は聞かされていた。

「参預会議がこんなんじゃ、長州征伐へ向かう藩もいくつか欠けちまうだろう。それこそ俺達の思うつぼだ。お偉いさん達に好き勝手やって貰おうぜ。」

 どっしりと構えているというよりは、むしろ上層部のいざこざを楽しんでいるような土方の風情である。他人の喧嘩は大きければ大きいほど見ごたえがある----------土方の目はそんな色を含んでいた。

「そうは言ってもなぁ・・・・。」

 土方の意地の悪い言葉に近藤は眉を顰める。基本的にお人好しな近藤はそこまで割り切る事が出来ない。待たされる苛立ちはあるし、困惑しきりだ。

「ま、忘れた頃にやって・・・・・。」

 その時である。どたばたと騒々しい足音と共に副長室の襖が乱暴に開けられたのだ。そしてそれと同時に起きたが転がり込むように副長室に飛び込んできた。

「土方さん、大変です!桝屋に・・・・・!」

 肩で息をしながら土方に何かを喋ろうとする沖田だったが、舌がもつれてなかなか言葉になら無い。しかし、『桝屋』との言葉を聞いて土方の表情が豹変した。

「桝屋だと!一体何があったって言うんだ!」

 よりによって目を付けていた桝屋に何があったというのか。土方は沖田の肩を掴み問い質す。

「こ・・・・・こんな張り紙が・・・・・とにかく見てください。桝屋の店先に貼り付けてあったんです。」

 沖田が差し出したそれは体制側を批判する檄文であった。土方は沖田からその檄文をひったくるとまじまじとその文面を見つめる。

「桝屋は・・・・・何を考えているんだ。馬鹿じゃねぇのか?」

 土方は呆れたように呟いた。そもそもこんな物を店先に張ってしまったら奉行所や京都守護職から睨まれてしまうではないか。それとも桝屋以外のものが桝屋を陥れるために貼り付けたのか----------土方は他に何か知っているかとばかりに沖田を睨む。

「知りませんよ。そんな目で睨まれても何も出てきやしませんって・・・・・そもそも桝屋自身もしらを切っていますし。ただあの『桝屋』ですからねぇ・・・・・。」

 沖田も訳が解らないと首を竦める。しかし桝屋の言葉を信じることは出来なかった。

「総司、幹部達を集めろ。いや、試衛館の奴等だけで良い。今夜緊急の幹部会を開く。」

「承知。」

 沖田は近藤と土方に一礼すると、即座に副長室から飛び出した。



 その日の夜、試衛館出身の信頼できる幹部数人と山崎を呼び出し幹部会議が行われた。

「高札ならばまだ理解出来る。しかしてめぇの家に貼り付けるか?」

「余計に怪しまれるよなぁ。」

 永倉と原田は顔を見合わせ、怪訝そうな表情を浮かべる。

「桝屋に直接聞いてみたら『こんな事する訳無い』と言っていました。確かにこんな事を言ったら店は取りつぶしですしねぇ。」

「よく言うぜ。」

 沖田の報告に、永倉が鼻の頭に皺を寄せる。

「山崎。おめぇ、何か掴んでいないか?」

 表向きの出来事だけでは判らない事も裏から見れば何かが判るかも知れない。土方はここしばらく桝屋を探索させている山崎に尋ねた。

「へぇ・・・・・どうも大きな意味での『こちら側』の動きに感づいてしもうたようで・・・・。」

「どういう事だ?」

 土方が眉を顰め、さらに山崎に尋ねる。

「福井藩や京都奉行所が桝屋を嗅ぎ周り始めてまして・・・・・わてや島田はんも簡単に近寄れんようになってしもうて困ってるんです。特に福井藩の連中は新しく京都守護職の任に就いたばかりですから・・・・・半月ばかりじゃしゃあないんでしょうが、あれじゃあ警戒されてまいます。」

 どうやら今まで上手くいっていたものが、福井藩という新参者のせいでめちゃくちゃにされたというのである。繊細な捜査が必要とされる京都での仕事でこれは痛い。

「・・・・・くそったれが!」

 土方は毒づく。新選組の脱走者から慎重に糸をたぐり寄せ、大きな魚が捕まえられそうな糸口をようやく掴めそうになったこの時点で感づかれるとは・・・・・。京都警備とは別に、桝屋絡みの件だけは自分達の手で片づけなければ新選組の矜持が許さない。

「せやけど、今回の張り紙事件で福井の藩士や奉行所の目は多少緩くなるんやないでしょうか。あくまでも桝屋は被害者扱いですから・・・・・ほとぼりが冷めた頃、桝屋側の動きが活発になるんやないかと思われます。」

「・・・・・というか、後々動きやすくするために今回の細工を施したって言った方が良いんじゃないですか?」

 山崎と土方の会話に珍しく沖田が入ってくる。

「珍しく勘が冴えてるじゃねぇか、総司。」

「やだなぁ。いつも冴えていますって。」

 土方の茶化しに対し、沖田は子供のように無邪気に笑った。

「・・・・・どちらにしろ、わざわざ動くって事は後ろ暗いことがあるんだろう。山崎、お前はそのまま桝屋を張っていてくれ。俺は明日幕府側に福井の件を伝えてくる。俺達が会津について長州征伐に出向くにしろ、京都に残るにしろ奴等のやり方じゃ長州に足下を掬われる。以上、解散!」

 土方の低い声に試衛館の者達がすっと部屋から退出する。先ほどの熱気が嘘のように部屋は静寂に包まれた。



 明けて三月二日、近藤と土方は連れだって二条城へ赴き、京都所司代・因幡長門守窮状を訴えた。

「・・・・・お前達からもその件が出るとはな。」

 近藤、土方の話を聞いた因幡が腕組みをして唸る。

「お前達からも・・・・とは、どのような意味でしょうか?」

 近藤が不思議そうに因幡に訊ねる。

「京都町奉行所からも福井藩の少々乱暴な捜査について苦情が出ている。新選組も乱暴だったが町奉行所の縄張りは荒らさなかったと、な。」

 因幡は軽く溜息を吐き続けた。どうやら評判が良かった会津に負けじと肩に力が入っているのか気合いが入りすぎた捜査が問題になっているらしい。

「そなた達の意見、しかと承った。京都町奉行所からも話が出ていることだし、この件は一考の余地があるな。」

 意外にもあっさりと訴えが通ってしまいそうな様子に二人は呆気にとられた。



 そして次の日、思わぬ事態になった。新選組からの上書を受け『新選組を従来通り松平容保の支配下に置く』ことが内定したと因幡長門守から新選組に通達があったのである。
 つまり新選組は今まで通り会津藩預かりまま、長州征伐にも参加できる可能性が出てきたのだ。これはあくまでも内定であり、会津藩にはこれから通達するとの事であった。

「これで俺達も長州討伐に、否、攘夷を決行することが出来るぞ!」

 軍事総裁職の直属であれば長州討伐は勿論、さらに大きな仕事をすることができるだろう。よっぽどこの事が嬉しかったのか、この次の日から花見を兼ねた祝いの宴が連日連夜催され京雀たちの噂の種になったのは予断である。



 三月十日、京都所司代より事後承諾という形で会津藩に新選組の会津藩所属が要請された。これのより正式に新選組は会津藩預かりと決定したのである。

「これでとりあえず一安心、ってところですかね。」

 正式な届けがなされた事を知った沖田の言葉に原田や永倉が頷いた。

「まったくだよ。あのまま新しい京都守護職に付け、なんて言われたらぶった切っていたかも知れねぇな。」

「また物騒な・・・・京雀たちにまたとやかく言われますよ。それでなくても遊びすぎだって後ろ指を指されているんですから。」

 そう言いながらも皆嬉しげである。やはりさらなる立身出世は晴れがましいのだろう。しかし彼らの喜びはまだ早すぎたのである。そもそも何故彼らが会津藩預かりとしてあっさり認められたのか----------その意味を深く考えれば自ずと答えは見えていたはずなのに、彼らはさらなる立身出世への期待に夢中になってしまいその事に思い至ることが出来なかったのだった。
 新選組の宴がひと段落した四月、幕府は長州征伐に対して明確な方針が定まらぬまま五日に松平春嶽を京都守護職から解任、七日に松平容保が再び京都守護職に復職してしまったのである。この決定は長州討伐に喜び勇んで出向くつもりになっていた新選組にとって、まさに青天の霹靂であった。



UP DATE 2011.03.25


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新選組の願いが叶い、『軍事総裁職』松平容保の配下になれたと思ったら、上司は再び京都守護職に逆戻り・・・・・出世できると思ったのに(笑)。世の中そんなもんです。この時期、長州藩を追い出したものの、政局を任された参預会議がぐだぐだでしたからねぇ。そのどさくさに紛れて自分達の要望を叶えることはできたものの、結局京都警備の仕事に従事することになります。彼らとしてはもっと大きな仕事をしたかったんでしょうけど、この二ヶ月後に起こる『池田屋事変』で新選組=京都の治安維持のレッテルがべったりと貼り付けられることに(爆)。しばらくの間は京都警護から脱却しようと奮闘する(悪あがきをする?)新選組の描写が続きそうです。


次回更新は4/1、京都守護職に逆戻りしてしまった会津藩ですが、まだまだ不安定要素がありまして・・・・・容保様の体調もまだ戻りませんしね。そのあたりを中心に展開いたしますv
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