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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十七話 姫君の懐妊と九歳の側室・其の参

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 盛姫の体調を気遣い、名残惜しそうに表屋敷へ帰って行く斉正を見送ったあと、濱が責姫に対して語りかけた。

「殿と姫君様ってとってもすてきですよねぇ。まるで源氏物語の光の君と紫の上みたい。あ、でも姫君様の方がお歳が上だから藤壺の宮かしら」

 九歳という幼さも勿論あるのだろうが、濱は母・風吹と違い夢見がちな乙女らしい。その瞳は空想に潤み、宙をさまよっている。

「そう・・・・・・かなぁ。妾には普通の父上様と母上様にしか思えないけど」

 盛姫とは血が繋がっていないものの、責姫にとって斉正と盛姫は父母である。自分の親と恋愛物語を結びつけることが出来ず、戸惑いの表情を浮かべている。というより空想にどっぷり浸かっている濱を奇異な目で見ているといった方が良いかもしれない。

「濱は夢を見過ぎだと思うよ。きっと濱の父上や母上だって源氏物語の二人みたいに愛情深いと思うけど」

 自分の両親、そして絵草紙の夫婦しか知らない責姫は夢見がちな濱を窘めるようにそう言った。しかし一ヶ月後、責姫はそれが彼女の思い違いだと痛切に思い知らされる事になる。



 この年の佐賀藩参勤は正式なものではなく、パレンバン号が持ってきた阿蘭陀国王の国書の件を相談する為に斉正が私的に江戸にやってきたものである。その分供揃えをとことん簡略化出来たため、ほんの少しだけ予算に余裕があった。
 その分、ほんの少しでも体調が思わしくない盛姫の傍についていたいと、斉正は三月初旬まで出立をずらしたのだが、そんな斉正を窘めたのは他でもない盛姫であった。

「貞丸、妾は大丈夫じゃ・・・・・・風吹や颯、健子や濱もおる。したが、国許はそうはいかぬであろう。外国船の来港も多くなっておるし、いざという時藩主がおらなんだでは話にならぬ。妾は・・・・・・どんなことがあっても貞丸の子を無事産んでみせるから、安心せい」

 いつまでも幼子のように盛姫に纏わり付き、なかなか佐賀に戻ろうとしない斉正に業を煮やしたのか、藩主としての務めを指摘し盛姫は斉正を佐賀へ帰そうとする。

「絶対ですよ、国子殿。私の目の届かぬところで死んだりしないでください。でなければ佐賀に向かうことなど・・・・・・」

 盛姫に促されているにも拘わらず、斉正はうだうだと言訳をして盛姫から離れようとしない。それを見ていた風吹の方が斉正を怒鳴りつけかねない空気を漂わせていたが、それを目で制し、盛姫は斉正を安心させるように優しく、深い声で斉正に囁いた。

「約束しよう・・・・・・妾は死なぬ。共に白髪になるまで、いつまでも貞丸と共におるから、安心せい」

 つわりに苦しむ中、盛姫は斉正を心配させないよう笑顔を見せる。そんな盛姫を目の当たりにして斉正もようやく心を決めた。

「解りました。では来年の秋に・・・・・・絶対に待っていてくださいよ、国子殿。約束、ですからね」

 むしろ自分に言い聞かせるように盛姫に何度も、何度も約束を取り付けたあと、ようやく斉正は後ろ髪を引かれる思いで江戸を後にした。




 そして斉正が恐れていたように――――――これが二人の永遠の別れとなってしまった。幸せだった二人にはあまりに不釣り合いな辛く、悲しい恋の結末は、この別れから一年も経たない内にやって来ることになる。




 斉正と入れ替わるように江戸にやってきたのは茂義であった。勿論『側室工作』の為である。

「藩邸の表には濱の正体はばれていないみたいだな。お前にしちゃ上出来じゃないか、風吹」

 茂義としては最上級の褒め言葉なのだが、どうしても一言多くなってしまう。勿論それをさらりと聞き流してくれるほど風吹は甘くない。

「・・・・・・『おまえにしちゃ上出来』とはどういう事ですか!まるで私がろくに細工もできない大うつけだと言わんばかりのその物言い、冗談じゃありません!」

「本当のことを言って何が悪い!お喋り揃いの女どもに箝口令を布いて機密を守ったことを褒めてやっているって言うのに!」

「その物言いが気に入らないと言っているのです!おなごだからと見くびってその上から見下したような物言いが!」

「本当にかわいげがないな、お前は!」

「お互い様でございましょう!」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐ大人二人を、襖の隙間からそっと覗いていたのは濱と責姫であった。

「・・・・・・妾の父上様と母上様とはかなり違うね。濱の父上と母上は」

「・・・・・・申し訳ございません。なっていない両親で」

 大人げない喧嘩をしている茂義と風吹とは対照的に八歳と九歳とは思えぬ会話をする幼子二人――――――否、大人が頼りないから子供がしっかりしていると言うべきなのだろうか。

「確かにあの二人からすれば、妾の父上様と母上様は源氏物語に出てくる光の君と藤壺の君に近いかも知れないけど・・・・・・」

「そうでございますよ!殿様はきっと今の世に生まれた光の君に違いありません!」

 両親の大人げない夫婦喧嘩を目の前に逃避しているのか、それとも幼子特有のものなのか、どうも濱は思い込みが激しいところがある。むしろ一つ年下の責姫の方が物事を引いて見る傾向がある、というか濱の危うさに危機感を感じ、引いてしまっているのかも知れない。
 濱のこの思い込みの強い性格は、女官としては致命的な欠点かも知れないが、自分自身さえ騙すことができるので偽装側室としてはむしろ向いているのかも知れない。そんな我が娘の性格を見越した上で風吹も濱を盛姫の代役としてのだろう。

「・・・・・・そろそろ母上様の所に戻ろうか」

「・・・・・・そうですね」

 二人はいつまでも喧嘩を止めようとしない濱の両親を置き去りに、盛姫の許へと向かって行った。



 大人げない痴話喧嘩から逃げ出してきた幼子を、優しく迎えたのは盛姫であった。

「健子、濱。相変わらず風吹と茂義は痴話喧嘩をしておるのか」

 床から上体を起こした盛姫は、やってきた二人に対して声を掛ける。一時期のひどい状況から脱却しつつも、未だ予断を許さない。しかし、盛姫はそんな中でも凜としていて己を崩すことはなかった。その姿を純粋に美しいと濱は素直に思う。

「はい、母上様。母上様は父上様とあのような大喧嘩はなされた事はございますか?」

 責姫にとって茂義と風吹のやりとりはあまりにも刺激が強すぎたのだろう。そんな責姫の質問に盛姫は優しく答えた。

「さすがにあれはないな。したが、風吹や茂義にとって、互いの腹の内を洗いざらい吐き出し、己が意見をぶつけ合うということも互いに信頼していなければ出来ぬ事じゃ。夫婦にはそれぞれの形があるのじゃぞ」

 ここ最近、かろうじて膨らみ始めてきた腹を撫でながら盛姫は微笑んだ。

「健子の父上様と妾とは・・・・・・妾の方が年も、身分も上じゃったからのう。最初は遠慮や怯えがあったのやもしれぬ」

「最初は?」

 盛姫の意味深な言葉に今度は濱が訊ねる。

「ほんに最初だけじゃ。十二歳で無理矢理剃らされた月代も痛々しゅうての・・・・・・祝言の際、気を遣いすぎて呑まなくてもよい三三九度を全部飲み干してしもうたのじゃ」

 懐かしそうに盛姫が笑う。

「そして・・・・・・その後どうなったのですか?」

 盛姫の話に濱が食いつく。

「勿論酔っぱらってしもうて、冬場の夜中に延々二刻、『お船』の話を聞かされてしもうた」

 その瞬間、責姫や濱が笑い出した。どうやら斉正の『船道楽』は幼い二人も知っているらしい。その笑いに誘われて盛姫も思わず笑い出す。

「人というものは必ず一つ二つ欠点があるものじゃ。殿の船道楽もそうじゃし、妾の琴下手もそうじゃ。風吹や茂義のけんか腰の口調も欠点と言えば欠点なのかもしれぬが、その欠点さえ全て受け入れて相手を愛おしいと思えるかどうか・・・・・・それが夫婦というものじゃろう」

 盛姫は目の前にいる二人の幼子に噛んで含めるように言って聞かせる。この時代、娘の婚期は極めて早い。よっぽどの事が無い限りあと数年で二人ともどこかに嫁ぐことになるだろう。それまでに手遅れにならないようにと、体調が悪い中でも盛姫は必死に夫婦とは何か、大人になるとはどういう事かということを事あるごとに二人に教えていた。
 伊東玄朴に指摘され、実際のつわりの苦しさから、盛姫は何かを覚悟していたのかも知れない。己の全てを伝えるように盛姫の話は続いていた。



それから五ヶ月が経過した――――――。



 弘化三年八月二十七日、昨日から一昼夜続く陣痛に盛姫はもがき苦しんでいた。すでに産婆や女官達が部屋に詰めて盛姫の出産に当たっているが、なかなか生まれそうにない。このままでは盛姫の体力も、そして生まれてくる子供の体力も限界を超えてしまうだろう。そんな状況の中、伊東玄朴は隣の控えの間でじっと隣の部屋の様子を伺っていた。

「ねぇ、母上様は大丈夫なの、玄朴先生?」

 まんじりとしている伊東玄朴に対し、女官達の目を盗んでやってきた責姫と濱が訊ねる。

「小さい姫様達・・・・・・こればかりは解りませぬ。ややを産むと言うことはおなごが命を賭けること。特に姫君様は少々お歳を召されすぎていますので、命を落とす危険が非常に高いのです。ですから、本来この場に居てはならぬはずの私めが控えているのですよ」

 強突張りでお調子者と後ろ指を指されることが多い伊東だが、どうやら子供は嫌いではないらしい。好々爺そのものの口調で不安そうな表情を浮かべる責姫や濱を慰める。
 しかし、その耳は盛姫の息づかい、悲鳴などを聞き漏らすまいとしていた。いざとなったら子供か母親、どちらかだけでも助けなければならない。その判断を誤れば母子両方の命を失いかねないのが今回の出産なのである。出産そのものは特に腕の立つ産婆に頼み込んで任せているが、産婆でさえ手に負えなくなった時は伊東が出て行かねばならない。
 伊東の腰にはいざとなったら赤子を助ける為、盛姫の腹を割く小刀が差してあり、懐には盛姫の心臓を動かす為、赤子の命を奪いかねない劇薬が忍ばせてある。
 すでにこの事は盛姫本人や女官達、そして斉正にもしつこく言い聞かせ、許可を取ってある。出来ることなら両方とも無駄になって欲しいところだが、こればかりはどうすることもできない。

「こればかりは神仏にお祈りするしか・・・・・・」

 その時である。


――――――ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ!


 元気な泣き声と共に女官達の嬉しげなはしゃぎ声が聞こえてきた。ややは無事だった――――――伊東や、幼子二人の間に安堵の空気が流れる。

「姫君様!元気な男の子でございます!御世継ぎでございますよ、姫君様!」

 その次の瞬間、風吹の声が聞こえてきた。盛姫の返事はあるのか――――――伊東は懐に忍ばせた劇薬を握りしめる。

「・・・・・・まことか。これで、貞丸に顔向けが出来るの」

 思った以上に元気そうな盛姫の声が襖の向こうから聞こえてきたのだ。

「良かった!母上様も、ややも元気だ!」

「うん!これで殿様も喜んでくれますね!」

 はしゃぐ二人のちいさ姫のとなりで伊東はへなへなと座り込む。これから産後の肥立ちの問題はあれど、一番大きな山は越えることが出来た――――――保身や名誉を飛び越えた部分で、伊東はほっと胸をなで下ろした。



 盛姫の出産の成功、そして世継ぎとなる男子が生まれたことは仕立ての早飛脚ですぐさま佐賀に知らされた。出産の成功だけでなく、待望の男子誕生に佐賀城が沸く中、産んだ男の子は斉正自身によって淳一郎と名付けられた。のちに佐賀藩十代目藩主・直大となる幼子は、『鍋島茂卿の女・濱』の子として幕府へ届けられることになる。



UP DATE 2011.03.30

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盛姫、何とか無事男の子を出産しましたv(史実では鍋島濱の実子です。)しかし、まだまだ予断を許さない状況は続いています。・・・・・そもそも話の中で悲しい予告をしてしまいましたし(T_T)
ここまで来てしまいましたのでネタバレをしてしまいますが、盛姫は三十七歳という若さで命を落としております。これから佐賀の発展が始まるという時で、むしろこれから盛姫の政治力が必要とされただけに、斉正としてはショックだったでしょう。悲しい恋の結末については次回から始まる改革編最終話『さらば、愛しき人』にて語っていきたいと思います。


・・・・・で、普通ならここで斉正と盛姫の恋は終了するはずで、次のヒロイン候補・濱との話が中心となりそうなのですが、拙宅の斉正はうじうじと盛姫を思い続けそうなのですよ。つい最近調べて解ったのですが、維新派に気遣って神道に改宗したついでに盛姫の遺骨を芝・増上寺から奪還し、ちゃっかり自分の隣のお墓に埋葬しているんですよ。浅学で他の例を存じ上げないのですが、他にそこまでした殿様を知らなくて・・・・・さらに時代を考えると徳川宗家の出である妻への執心を見せるようなことをして疑われなかったのか、と心配になってしまいます(笑)。改葬までして自分の隣のお墓に埋葬するくらいだからやっぱり盛姫に対して未練はあったんじゃないかということで、しばらく・・・・・というか最後の最後まで斉正の盛姫への片思いは続きそうです。

次回更新は4/6、『さらば、愛しき人』になります。
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