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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第三十話 さらば、愛しき人・其の参

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 死というものは、得てして逝ってしまう者よりも遺されてしまった者により深い悲しみをを与える。それは斉正と盛姫の二人にとっても例外ではなかった。
 盛姫逝去の第一報の後、江戸藩邸から次々と押し寄せてくる葬儀関連の連絡事項、幕府を始め大名各家から舞い込んでくるお悔やみの手紙、その他諸々の『盛姫の死』に関係する全ての事柄が、斉正の気力を奪ってゆく。
 病に苦しんでいた愛しい人の傍に居てやることが出来ず、その死に目に立ち会うことさえ叶わなかった――――――次から次へと押し寄せてくる情報は斉正をさらに苦しめ、落ち込ませた。そんな斉正の許に、とうとう『盛姫の死』を決定づけてしまうものが届けられたのである。

「姫君様の御遺髪が・・・・・・江戸藩邸から送られてきました」

 家臣の一人が、届けられたばかりの盛姫の遺髪が収められている桐箱を斉正の前へ差し出した。

「・・・・・・判った。それをこちらへ」

 家臣から差し出された桐箱を受け取ると、斉正は恐る恐るその桐箱を開いた。中には薄紙に包まれた、一尺ばかりの長さのものが収められている。その薄紙をそっとめくると、今さっき切られたばかりのように艶めいている黒髪が現れた。斉正がその一房を手に取ると、その髪は懐かしい手触りを斉正の手に伝えてくる――――――明らかにその手触りは盛姫の髪のものであった。

「国子殿・・・・・・」

 震える手で斉正は盛姫の遺髪を握りしめた。生前と変わらぬその肌ざわりに新たな悲しみが沸き上がり、斉正の目から涙が零れる。

「殿・・・・・・高傳寺の墓所にこちらはお納めしても宜しいでしょうか?」

 涙をこぼし続けながら遺髪を握りしめる斉正に、家臣は恐る恐る尋ねるが、斉正は頭を横に振り否やを示した。

「一房は・・・・・・我が手許に。残りを高傳寺に収めるように」

 遺髪の全てを遺髪墓に収めてしまうには、あまりにも斉正は憔悴しすぎている。玩具を手放さぬ幼子のように、斉正は盛姫の遺髪を強く握りしめたまま家臣に命じた。

「・・・・・・御意」

 斉正のあまりの憔悴ぶり、そして盛姫に対する執着ぶりに家臣は困惑しつつ、遺髪の一部を受け取って斉正の前から下がっていった。

「何故・・・・・・疱瘡なんかで命を落としてしまったのか」

 家臣が下がっていった後、斉正は傍に控えていた松根に呟く。

「殿・・・・・・これも運命にございます。若君や姫君らに罹らなかっただけ姫君様に感謝しなくては」

 斉正を慰めるつもりで松根はそう答えたのだが、それは却って斉正の怒りに火を付けてしまった。

「そんなもの、出来る訳ないだろう!国子殿はたった一人で逝ってしまったのだぞ。私を置いて・・・・・・」

 せめて参勤までもっていてくれたならばと、悔しげに斉正は言い捨てる。そんな斉正の悔しさ、そして苛立ちをさらに増大させる知らせが江戸からやってきたのは、その二刻後であった。



「・・・・・・なんだと?もう一度申してみよ」

 いつになく機嫌が悪いと判る低い声が、斉正の口から漏れる。その声音にただ報告に来ただけであるはずの家臣は、ブルブルと震えだした。

「あの・・・・・その、ですから・・・・・・」

 普段、家臣に対して機嫌の悪さを露わにすることのない斉正だけに、その苛立ちは余計に恐ろしく家臣には感じられる。もつれる舌を何とか整えようとするのだが、そう思えば思うほどうまく言葉が出てこない。そんな家臣にさらなる苛立ちを露わにしながら、斉正は問い質した。

「何故、我が鍋島家の菩提寺・賢崇寺でなく、芝の増上寺に国子殿を埋葬しなくてはならぬのだ!」

 気の毒な家臣が斉正に報告しにきた事、それは盛姫の埋葬場所に関するものであった。家臣からの報告によると、今までの慣例により徳川家の子女は他家へ嫁いでいても徳川家の菩提寺に埋葬する決まりだと幕府から連絡があったとの事である。それはとりもなおさず、斉正と盛姫は一緒の墓所に入ることが出来ないという事を意味していた。

「それが・・・・・・か、慣例だと、ば、幕府から・・・・・・」

「それでは説明になっておらぬ!下がれ!」

 気の毒にも斉正の逆鱗に触れてしまった家臣は、そのまま逃げる様に斉正の目の前から去っていった。

「殿、あまり下の者に当たるのは如何なものかと」

 さすがに見かねた茂真が斉正を窘めるが、普段兄を立てる斉正としては珍しく茂真に食ってかかる。

「では、兄上は二世を誓った相手と別々の墓所に入ることを望むのですか!私と国子殿は夫婦なのですよ?それなのに・・・・・・」

「――――――それが身分というものです」

 茂真の的を射た鋭い言葉に言葉に斉正は言葉を失った。盛姫が生きていた時には全く感じなかった、外様大名と徳川宗家の身分の差――――――その事実を突きつけられ、斉正は愕然とする。
 先の大樹公が子沢山でなければ、盛姫が鍋島家に降嫁してくる事はまず無かっただろう。先の藩主による『押しつけられた感』と、盛姫自身の気さくさで身分の事などすっかり忘れていた斉正だったが、本当であれば結婚はおろか、声を聞くことさえ許されない相手だったという事に今更ながら気付かされる。

「共に墓所に入ることが出来るのは・・・・・・この遺髪だけなのか」

 斉正は懐から懐紙に包んだ盛姫の遺髪を取り出し、ぽろぽろと涙をこぼし始めたのだった。



 佐賀における盛姫の葬儀はは、倹約令施行の最中であるにも拘わらず盛大に行われた。質素倹約を重んじる斉正らしからぬ行為に皆驚きを見せたが、それだけ斉正の悲しみが深かったと言えるだろう。盛姫は文蕭夫人と謚せられ、高傳寺の歴代藩主・正室と並んで遺髪が埋葬された。
 一方、江戸での葬儀は藩邸にて慎ましやかに行われた。これは盛姫の遺言でもあり、藩主が江戸不在だった事も関係している。ただ、佐賀から各家の代表者もやって来るなどの準備もあり、埋葬はおよそ一ヶ月後の三月十日になってしまった。
 盛姫の亡骸は他の姫君達同様増上寺の一角に収められ、増上寺によって孝盛院殿天譽順和至善大姉と諡された。



 その葬儀の三日前、武雄の代表者として江戸にやってきた茂義は、すぐさま風吹との面会を希望した。実は盛姫の死後、風吹もまた疱瘡に罹患したとの連絡を受けていたのである。盛姫を看病していたことが祟ったのだろう。幸い一命は取り留めたが、病気が病気なだけにやはり心配である。

「おい、風吹。身体の方は大丈夫か!」

 茂義は、すでに落飾してしまった風吹の顔を見て愕然とした。

「・・・・・・醜いでしょう?疱瘡になり、こんな見目になってしまっても、姫君様のあとを追うことも叶わず生き恥を晒しております」

 自嘲気味に笑いながら風吹は袖も捲り上げ、疱瘡の痕を茂義に晒す。盛姫ほどではなかったが、風吹もそれなりに整った容姿をしている。その美しいかんばせ一面、否、身体一面にに醜い瘡の痕が残ってしまったのである。なまじ整った容姿をしていただけにその醜さが一層際立つ。
 茂義は何とも言えない表情を浮かべながら風吹の手を取ったが、その同情を含んだ視線が風吹の矜持を傷つけた。急にまなじりを吊り上げると茂義の手を振り払い、いつもの如き啖呵を切ったのである。

「そんな同情の目で見るならいっそ笑ってくださいませ!追い腹も許されぬ、死に損ないの醜女なんて・・・・・・!」

 溜まっていた鬱憤を全て茂義に叩き付けた風吹だったが、次の瞬間茂義の太い腕に抱きすくめられて言葉を失った。

「どうやら病も『鬼風吹』も向こうっ気だけには勝てなかったようだな・・・・・・それだけぎゃんぎゃん騒げれば大丈夫だ。それにお前がわめくほど大した『あばた』じゃないぞ。むしろ俺にとっては他の男にお前が言い寄られる心配が無くなっただけありがたいが」

 らしくもない口説き文句を囁きながら再び茂義は風吹の目を覗き込む。

「俺が惚れたのはお前の見目じゃない。その可愛げのない、気の強い中身だって事を忘れるな。暫くは姫君様の菩提を弔うのも悪く無いが・・・・・・気が済んだら俺の傍に戻ってこい。お前の場所はいつでも空けておいてやるから」

 どこまでも優しい茂義の言葉に、風吹の目からぽろぽろと涙が零れ始めた。だが、それでも素直になれないところが風吹である。

「・・・・・・そんな優しい言葉で私を騙そうとしても、騙されませぬ!」

 泣きじゃくりながらも弱みは見せないと風吹は意地を張る。しかしその心の内は茂義が一番理解していた。子供の頃から仕えていた主を目の前で失い、それでもその直後からの雑多な事務の中、人前で泣くことも叶わなかった風吹の深い悲しみを・・・・・・。茂義はただ黙って風吹を抱きしめ、風吹の泣くままにしていた。



 江戸藩邸での葬儀も無事終わり、茂義によって伊東玄朴の手紙が斉正に届けられたのは、四月に入ってすぐのことであった。

「松根、読んでおいてくれ。おおかた半分以上は言訳だと思うが。あと、侍医はそのまま続けるようにと返事を書いておいてくれ。国子殿はともかく、子供達は疱瘡から守ってくれているから辞めさせる理由もない」

 魂の抜けたような、ぼんやりとした口調で斉正は松根に命じた。伊東としては侍医に取り立てて貰いながら盛姫を病で身罷らせてしまったのである。この事は侍医の地位を失っても文句は言えない失態だ。だが、その手紙には斉正が思いもしなかったが書かれていたのである。

「殿、『牛痘』とやらを輸入してくれ、と書いてあるのですが・・・・・・これは医学館の者の方が解るやも知れませぬ。ちょっと私めには書いてあることが理解しがたくて」

 困惑する松根が、斉正に伊東からの手紙を渡す。

「牛・・・・・・痘だと?何だ、それは?」

 斉正は松根から手紙を受け取り、中身を読み出した。斉正が思ったとおり言訳も書いてあったが、その言訳が斉正の予想とまず違っていた。

『阿蘭陀では牛痘を使った種痘によって、疱瘡を予防する方法が確立されております。それさえ輸入して貰っていれば姫君様を死なせることは無かったでしょう。もし許されるのであれば今からでも遅くはありません。若君と姫君に種痘を施し、二度と疱瘡に罹らなくしてみせましょう』

 と、盛姫の死を『種痘を受けられなかった所為』としているのである。伊東の言訳の意外性にも驚きはしたが、それ以上に盛姫を死に追いやった病を防ぐ方法があるという伊東の提言に、斉正は興味をそそられた。そしてそれを読み進めていく内に、死人のようにどんよりしていた斉正の瞳に徐々に光が戻ってきたのである。

「松根・・・・・・楢林先生を大至急至急呼んでくれ。ここに書かれていることが本当なのか、検証して貰う必要がある」

「御意!」

 盛姫の死以来、ようやく生気を取り戻しつつある斉正の指示に、松根は即座に動き出した。

「国子殿を私から奪った病を・・・・・・この方法で叩き潰すことができるかも知れない」

 盛姫を失った悲しみはいつしか疱瘡という病への敵意へと変わり、そして伊東玄朴からの手紙による提言でその病を防ぐ方法を知った。この後、斉正は疱瘡の撲滅に己の人生をかける事になる。



UP DATE 2011.04.20

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改革編最終話『さらば、愛しき人』終了しましたvこれで『葵と杏葉』の3/5が終了です。振り返るとよくここまで書いてきたなぁ、と(笑)。
今までは藩主として心許ない斉正としっかり者の姉さん女房・盛姫の穏やかな恋物語(のつもり)でしたが、5月から開始する開国編では、盛姫への想いを胸に秘めつつあらゆる難問に立ち向かってゆくリーダー・斉正の物語へと変わってゆきます。(ただし、いざという時ヘタレ部分が出る可能性が・・・・・^^;)
その第一歩が今回の話の最後にも出てきた『種痘』のエピソードです。詳細は本編にて書かせて戴きますが、現代の政治家にもこのスピーディーさと勇気を見習って欲しい、と本気で思ってしまうような話になりそうですよ(爆)

今回の内容の説明もほんの少しほど。当時大名の墓は同じ墓所内で個人個人のお墓か、または夫婦合葬という形を取っていたそうです。(下の身分になると一族まとめて・・・・とか。)そんな中、徳川家は特別で、他家へ嫁いだ娘であっても徳川の菩提寺に埋葬されていました。これも『徳川家は特別』ということを印象づけるためだったのでしょう。むしろ盛姫が死んでから身分の差を味わうことになった斉正ですが、こちらの話もこれで終わりではありません。最終的に斉正と盛姫は一緒の墓所に入ることになるのですが、その課程も追々書いていきますね。


開国編の調べ物&帰省のスケジュールにより来週4/27はちいさ姫達&淳一郎を主人公にした短編『疱瘡玩具』(盛姫が疱瘡になっている間の話になります)をUP、再来週5/4は帰省のためお休みを戴き、本編再開は5/11になります。スケジュールがいつもと違ってしまいますがご了承くださいませv
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