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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章・序

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初夏の風が街路に生えている柳の若葉をそよがせる。中越が沖田老人に教えられた街外れの小さな寺に到着したのは予定よりも三十分ほど早い時間であった。もうじき梅雨に入るとは思えぬ爽やかさに中越は若葉の香りのする空気を大きく吸い込んだ。

「・・・・・確かこの寺の筈なんだが。」

 小さな寺の門を見上げながら中越は呟くが、その隣で心配そうに中越の袖を引っ張る者がいる。

「ねぇ、佑さん・・・・・やっぱり、私、ご一緒しない方が宜しいんじゃないでしょうか。お約束もしていないのに法事の席になんて・・・・・。」

 それは中越の婚約者・智香子であった。どうやら中越に強引に連れてこられてしまったらしく困惑の表情を浮かべている。

「大丈夫、気にすることはありませんよ。沖田老も判ってくれますって。」

 一方の中越の方は全く気にした様子もなく、智香子の手を引いて寺の中へ入ろうとするが、さすがに気後れするのか智香子はなかなか足を進めようとしない。

「佑さん、貴方の言い分はもう判りましたから・・・・・もう佑さんの二つ心を疑ったりしませんから・・・・・。」

 今にも泣き出しそうな智香子だったが、中越はそんな智香子を気遣うこともなくぐいぐいと手を引っ張って境内に入り込んでしまった。

「いいえ!こればかりははっきりさせましょう。百聞は一見に如かず、『浮気相手』なんていない事を今日はきっちり晴らしますので、絶対に付き合って貰いますよ。」

 してもいない浮気を疑われたのがよっぽど悔しかったらしい。中越は嫌がる智香子を引きずるように寺の奥へと入っていった。



 話は約一週間ほど前に遡る。智香子からの置き手紙に動転した中越は、不義理を謝罪するためにすぐさま智香子に逢いに行った。

「本当に申し訳ない!ここ最近追いかけていた仕事が大変で・・・・・。」

 智香子の顔を見るなり土下座せんばかりに中越は頭を下げるが、いつもなら笑って許してくれる智香子がこの時ばかりはなかなか許してくれなかったのである。

「お仕事って・・・・カフェーに入って何時間もいらっしゃることなんですか。しかも二人っきりで。」

 いつになく恨めしそうな智香子の目に、中越は思わず怯む。

「あ・・・・あれは・・・・・。」

「山代さんという方にもお聞き致しましたの。先週の金曜日にカフェーで数時間、山代さんにも言えないお方とお過ごしになっていたとか・・・・・。」

 その瞬間、中越の脳裏に山代の悪戯っぽい笑みが浮かんだ。きっと、というより間違いなく沖田老人への取材を尾ひれを付けて脚色し、あること無いこと智香子に吹き込んだのだろう。
 その直後から新聞記者本来の仕事が忙しくなり、智香子に会えなくなってしまった事も重なり、余計に智香子の疑惑は膨らんでいったのである。

「そもそも親同士が決めた許嫁です。もし他にお好きな方がいらっしゃるのでしたら、私は潔く身を引く所存に・・・・・。」

「智香子さん!冗談でもその様なことは口にしないで下さい!」

 さすがにこのままでは婚約破棄になりかねない。なまじ智香子が新聞記者の仕事を理解してくれる数少ない女性であるだけに、中越としては絶対に智香子を失う訳にはいかないと必死である。

「判りました・・・・・この件は山代先輩にも秘密にしてあるんですが、貴女にだけは・・・・・ただ、この事はお父上にも内緒にしてください。」

 そう念を押しつつ、中越は疑惑を晴らすために智香子を沖田老人の妻の法要が行われている寺院に連れてきたのであった。



 二人が境内に入り込むと線香の香りがふうわりと漂い、読経の声が中越の耳に届いた。どうやら寺の裏に位置している墓所で読経が行われているらしい。中越と智香子は読経の声に誘われるように奥へと入ってゆく。

「あ、あそこだ。」

 寺の裏にある墓地には沖田老人と五十代半ばほどの女性、そして四十代そこそこの男性の三人が神妙に頭を垂れていた。その前では僧侶が墓に向かって経を唱えている。

「智香子さん、もう少しだけ待っていて欲しい。僕も沖田老の細君の墓前に線香くらい手向けたいから。」

「ええ・・・・あの、私もご一緒させて戴いても・・・・・。」

「大丈夫でしょう。読経が終わったら沖田老に頼んでみましょう。」

 中越の言葉に対して、智香子はにっこりと微笑んだ。そうこうしているうちに読経が終わり、僧侶と沖田老人、そしてその娘と息子らしき人物が中越達の方へやってきた。

「おや、中越さん。思ったより早かったんですね。」

 にこにこと笑みを浮かべながら沖田老人は二人に近づく。それに続くように沖田の子供らしき二人も中越達の方へやってきた。

「ええ、ここまでどれくらい時間が掛るか判らなかったもので・・・・・今日は許嫁と共に奥様の墓前にお線香を手向けられれば、と思いまして。あ、申し遅れました。こちらは許嫁の宇部智香子と申します。」

 許嫁、の一言に力を込めて中越は沖田老人達に智香子を紹介した。

「お初にお目に掛ります。」

 智香子は控えめに挨拶をする。そんな智香子と中越を見比べながら沖田老人は意味深な笑みを口の端に浮かべた。

「よくできたお嬢さんじゃないですか。なるほど・・・・・おおかたこの爺の昔話に付き合って貰っていたのを勘違いでもなされましたか。」

 沖田老人に図星を指され、智香子は気の毒なほど顔を真っ赤にする。確かに約束さえ取り付けずにいきなり他家の法要に乗り込んでくる不作法をしてしまったのだ。それくらい思われても当然であることを智香子は改めて思い知らされた。

「お父さん、若いお嬢さんをからかうもんじゃありません。ごめんなさいね、本当にうちの父ときたら・・・・・。」

 さすがに智香子を気の毒に思ったのか、沖田の娘らしき、五十代半ばの女性が沖田老人を窘める。

「こちらこそ申し遅れました。私、藤堂平助の娘の佳代と申します。こちらは弟の総助。」

「初めまして。父から噂はかねがね・・・・・。」

 沖田老人によく似た、背の高い男もにっこりと笑う。

(なるほど・・・・・沖田老はお子さんにも自分の本名を明かしていないのか。)

 中越はうっかり『沖田』の名を口走らなくて良かったと胸をなで下ろした。



 五人で昼食を取った後、沖田老人の子供二人はそれぞれ小田原と東京に帰るとの事で早々に別れてしまった。

「お母さんと暮らしていた横浜に未練があるのは解るんですけど、いい加減年も年なんだから私か総助と一緒に暮らしましょうと言っても聞かないんです。中越さんからも言ってやってくださいね。いつまでも若い頃とは違うんだからって。」

 佳代が沖田老人に小言を言いながら横浜駅に入っていくのを、沖田老人はただにこにこと笑って見送るだけだった。

「宜しいんですの?お子様方と・・・・・・。」

 あまりにも素っ気ない親子の別れにむしろ智香子の方が心配するが、沖田老人はさばさばとした表情で智香子に語りかけた。

「ええ。佳代も総助も昨日は私の家に泊まりましたし、話すことは充分に話しましたからいいんですよ。明日は総助も仕事だし、佳代も夫の作五郎くんの手伝いをしなければならないし・・・・・まだ元気なうちは子供らの世話にはなりません。」

 沖田老人は人の良い笑みを浮かべ、中越達よりもかくしゃくとした足取りでいつもの喫茶店へと進んでいった。



 煉瓦造りのモダンなカフェーに入ると、いつもの如く唇の横に黒子のある中年増の女給が声を掛けてきた。

「藤堂のおじいちゃん、こんにちは。あら、今日は昨日とはまた違う美人さんとご一緒なのね。」

 くすくすと笑いながら女給は三人を席に案内する。今日は珍しく他の客もいたが、女給の気遣いで三人は一番奥の、話のしやすい席へと案内された。

「お絹さん、そんな事を言ったら中越君に怒られるよ。彼女は中越君の許嫁なんだから。」

 席に座りながら沖田は女給をやんわりと窘めるが、女給は冗談半分に沖田老人をからかい続ける。

「あら、そうだったの。てっきり小夜先生の一周忌を良い機会に新しい女友達でも作ったとばかり・・・・・。」

「小夜・・・・先生?」

 そう女給に尋ねたのは意外にも智香子であった。

「あの・・・・・お産婆さんをやっていた、弁天町の小夜先生の事ですか?」

「へぇ、あなた、小夜先生をご存じなの?」

 女給は驚いたように智香子を見つめる。

「はい。私も母も小夜先生の取り上げて戴きました。腕の良いお産婆さんだって評判で・・・・・取り上げの順番待ちも大変だったって母が申しておりました。」

 智香子と沖田の妻との意外な接点に中越は勿論、沖田も驚きの表情を見せた。

「ほぉ、そうなのですか。あれが生きていた時、ややが生まれると知らせを受ける度に飛び出していって・・・・・私は置いてけぼりを喰ったと拗ねてばかりおりましたが、こうやって小夜の仕事を覚えてくれる人がいるとは・・・・・。」

 沖田老人は懐かしさを含んだ、遠い目をする。

「沖田さんの細君は・・・・・おんな医者だったのですか?」

 話しについていけずにいた中越が、ようやく沖田に尋ねる。

「ええ。とりあえず産婆の資格だけは取っておりましたが・・・・・元々医者の娘で、父親から技術を叩き込まれていたので頼まれれば他の病気や怪我の治療もしておりました。本当はいけないんですけどね。」

 悪戯っぽく笑うと、中年の女給が持ってきた麦茶をくいっ、と一口飲んだ。

「実はあれと出会ったのはあの夏の日----------池田屋の討ち入りの日でした。病に倒れてしまった私を助け、看病してくれたのは他ならぬ小夜だったんですよ。」

 穏やかな沖田老人の声と共に吹き抜ける風が幕末のものへ変化する。中越と智香子はそのまま沖田老人の話に引きずり込まれていった。



UP DATE 2011.04.22


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芹沢派暗殺以外地味だった第二章が終わり、ようやく池田屋編とも言える第三章か開始となりました(^o^)
さらにこの章から沖田の恋バナも始まります。『幕末歳時記』ですでにプロトタイプの話は書いているのですが、あれとは違った展開になりそうで・・・・どうなるかは追々連載にてv(多分・・・・短編の時ほどシリアスでは無いと思います・苦笑)

中越と智香子の仲はとりあえず安泰のようですね。智香子は『私と仕事とどっちが・・・・。』というタイプでは無いのですが、山代に何かを吹き込まれたのでしょう。中越に対してあらぬ疑いをかけてしまっておりました(笑)。多分山代としては智香子を焚き付け、中越が沖田老人から聞いている『ネタ』の一部を暴こうとしているのかも知れませんが・・・・・。そううまくは行かないようです。
さらに智香子としては自分を取り上げてくれた『小夜先生』の話でもあるので興味津々でしょう(^_^)むしろ智香子の方が沖田老人の話にはまる可能性があるやも知れません。

では、第三章も宜しかったらお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


次回更新は4/29、はっきりしない幕府に対し局長が進退伺いを提出いたします。
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