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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第二話 種痘・其の貳

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 責姫、そして濱の見送りを受けながら斉正の行列は佐賀藩邸を出立し、芝増上寺門前へと到着した。いつもなら素通りしてしまう増上寺門前だが、今回は――――――否、今回からここを素通りする事など斉正にはできないのである。

「済まぬ。今一度・・・・・・もう一度だけ国子殿のところへ挨拶をしてゆきたい」

 佐賀藩邸を出立する前に呟いた斉正の申し出に松根は頷き、行列の出立を半刻ほど早めた。そしてその事について、上級藩士から御徒に至るまで誰一人として文句を言わなかったのは、ひとえに斉正の盛姫への想いを知っていたからに他ならない。
 例年より半刻ほど早く藩邸を出立した斉正の大名行列はそのまま増上寺の前で止まり、斉正と一部のお付きの者達だけが境内に入っていった。



 住職の案内で斉正は盛姫の墓所へと案内された。まだ真新しい五輪塔墓には数日前斉正が備えた春の花が飾られていた。少々くたびれたその花を新たな花に変え、線香を手向けると、斉正は盛姫の墓の前で手を合わせる。

「・・・・・・どうせなら、墓前に備える花ではなく、国子殿が生きている間に贈物をしたかったものだ。倹約という言葉に甘えて国子殿に簪一つ、ろくに贈れなかったことが悔やまれる」

 じっと墓を見つめながら斉正はぽつりと呟いた。

「そういえば副葬品として姫君様が持ち込まれたのは、殿が手慰みに作られた蜻蛉玉とかもじ位だったそうですね」

 傍に控えていた松根の言葉に斉正は自嘲的に笑う。

「最後の最後まで国子殿には気を遣わせてしまって・・・・・・来世ではもう少し甲斐性のある良人として国子殿を幸せにしたいものだ」

 寂しげに呟き斉正は合わせていた手を解いた。

「ところで殿、琴柱箱の御遺言の方は?」

 松根の問いに斉正は首を横に振る。風吹やその他の女官から『良人・貞丸』宛の遺言状が琴柱箱の中に入っていることは勿論知らされていたが、斉正は未だ琴柱箱を開けることが出来ずにいた。

「頭の中ではもう二度と国子殿が私の前に戻ってこないことは解っているのだが、気持ちが追いついてゆかぬ。葵の紋の琴柱箱を開けてしまったら・・・・・・国子殿と本当の別れになってしまいそうな気がして開けられぬのだ」

 ただ、その琴柱箱を自分の傍から離そうとは絶対にせず、今回の就封においても佐賀に持ってゆくと斉正自らが駕籠の中に持ち込み、誰にも触らせようとしなかった。



 今回の道中は佐賀への帰還でもあり、まだ三歳――――――満年齢で二歳にも満たない淳一郎とその乳母である風吹が同行する為、いつもよりもゆっくりとした就封であった。それでも一日当り十里は進む強行軍なのだが、驚いたことに淳一郎は全く乗り物酔いをしなかったのである。

「ほんに淳一郎は強い子じゃな」

 駕籠の中に我が子を連れ込んではあやしている――――――というより自分の暇を慰めながら斉正は感心する。狭い駕籠に押込められようとも不機嫌に泣き出したりせず、大人しく眠っているか斉正や風吹、休憩時には藩士らと遊ぶほどである。泣くのは腹が減った時か襁褓が濡れてしまった時くらいだろう。

「責姫様の時も我々は苦労しませんでしたが・・・・・・正直、殿の乗り物酔いが一番酷かったですよね」

 思わず零れた松根の一言に、皆が笑い出したのは言うまでもない。そんな穏やかな就封行列はいつもより五日ほど遅かったことを除けば、何事もなく佐賀の地に到着した。
 そして斉正らが佐賀に到着して間もない六月、待ちに待った牛痘を積んだ阿蘭陀船がやってきたのである。



 例年の如く阿蘭陀船の入港の際、斉正は長崎に出向いたのだが、今回の阿蘭陀船入港は特に重要なものであった。何せ注文した牛痘苗が指導医と共にこの船でやってきたのである。一通りの入港手続きの後、斉正は楢林宗建らと共に阿蘭陀領事館に呼び出され、指導医との対面を果たした。

「こちらが種痘の指導をしてくださるモーニッケ医師です。この度佐賀藩からの要請もあり、阿蘭陀商館付き医師として来日しました」

 通詞の言葉にモーニッケが手を差し伸べる。

『初めまして、サガ公。お噂はかねがね』

 モーニッケの笑顔に斉正も思わず微笑み、固い握手を交わした。

「ところで、早速で申し訳ないのですが・・・・・・牛痘苗を見せて戴けないでしょうか」

 急くような楢林の言葉にモーニッケは頷き、弟子が持ち運んでいた鞄から硝子容器に入った液体を取り出す。

『これが牛痘漿です。バタヴィアではこれを使って種痘を行っております』

 どうやらそれは牛痘の水疱から出た膿汁の部分のようであった。劣悪な環境の航海の中、果たして無事なのか甚だ心許なくは感じたが、この方法でモーニッケはバタヴィアで効果を上げていると言うのだ。それを信じるしか今の斉正や宗建にはできない。

「では、モーニッケ先生。後日よろしくお願いいたします」

 斉正と宗建はモーニッケに対して深く頭を下げた。



 実は種痘を行おうとしているのは何も佐賀が初めてではなかった。そもそも秋月藩の藩医である緒方春朔が、ジェンナーの牛痘法成功に遡る事六年前、人痘種痘法を成功させている。春朔は長崎で修行している頃から種痘に興味を持っており、清の医学書『医宗金鑑』を基に種痘について研究していた。

 そして寛政元年から翌二年にかけて秋月藩内で疱瘡が流行したのだが、このとき春朔は自らが診察した患者から痘痂を採取した後、天野甚左衛門の申し出を受け彼の子供二人に初の種痘を実施したのである。二人の子供は接種から二日後に天然痘の症状を発症したが、その後十日ほどで回復した。

 この種痘法はジェンナーの考案した牛痘を用いた方法ではなく、天然痘患者から採取した痘痂を使った人痘法であった。
 前述の『医宗金鑑』に記された種痘法は銀の管を使って粉末状にした痘痂を鼻へ吹き入れるというものであったが、春朔は確実性を増すためこの方法に改良を加え、木製のへらに盛った痘痂粉末を鼻孔から吸引させるという方法を考案した。

 さらに寛政五年、春朔は自らの研究の成果をまとめた医学書『種痘必順弁』を著す。この本は一般の人にも種痘について分かりやすく説明するために書かれたという面もあり、当時にしては珍しく和文で書かれている。春朔は自らが考案した種痘法を秘伝とせず、教えを請う者には分け隔てなく学ばせたのでその名声は日増しに高まり、ついには日本各地から門人が集まるようになった。その三分の一近くが諸藩の藩医であった。

 その後文化七年にはロシアに拉致された中川五郎治が、帰国後に牛痘を用いた種痘法を実践。文化十一年には安芸国の漂流民・久蔵が種痘法を覚え、牛痘を日本に持ち帰って効果を広島藩主に進言しているが一笑され実現化に至らなかった。

 また、小山肆成は天保九年から天保十三年にかけて熊野地方で猛威を振るった疱瘡を目の当たりにしたため、家宝の刀など家財を売り払って実験用の牛を購入し、妻を実験台にして種痘の研究に没頭した。弘化四年に牛痘法の書『引痘略』を校刻し、『引痘新法全書』を著した。牛痘を接種して効果を上げ、嘉永二年には強い免疫性を持つ天然痘ワクチンの牛化人痘苗の開発に成功した。イギリスのエドワード・ジェンナーによる種痘開発から半世紀遅れたが、発病率はより低く世界的にも高評価を受けている。

 このように日本各地で種痘は行われていたのだが、周囲の理解が得られなかったり、経済的な問題などでなかなか全国に広まるまでには至らず、今日に至っていた。



 モーニッケによる痘漿の接種は宗建ら蘭医の子供らに行われた。しかし残念な事に宗建が怖れていたが起こってしまったのである。

「太郎吉も・・・・・・だめだったか」

 種痘を施した最後の子供の腕を見つめながら宗建は溜息を吐く。接種した子供達の全てに発痘が現れなかったのである。これは牛痘漿の効力が無くなっていることを意味していた。

「モーニッケ先生、痘痂(瘡蓋)での種痘は如何でしょうか」

 宗建は緒方春朔の方法を例に出し、モーニッケに進言する。

『確かに・・・・・・痘痂の方が変質はしにくいですね。採取するのに時間はかかりそうですが・・・・・・では注文を出しておきましょう』

 そして宗建からの手紙によってその結果を知った斉正は落胆した。てっきりひと月もすれば種痘が施せるとばかり思っていただけに、成果がなかったという結果は斉正に種痘の難しさという現実を叩き付けた。

「・・・・・・長丁場を覚悟しておいて方が良さそうだな」

 下手をしたら数年がかりになるかも知れない――――――その覚悟を決め、斉正は痘痂の購入を許可したのだが、この事が事態を好転させたのである。



 嘉永二年、モーニッケや宗建の願いをかけた牛痘痂がやってきた。そして到着早々蘭医の子供達に種痘を施したのだが、たった一人だけ――――――宗建の三男・建三郎が発痘を見たのである。

「この発痘を使えば・・・・・・可能性はある」

 建三郎の発痘からモーニッケは痘漿を接種し、三人の子供達に伝種した。さらに問題無く発痘を見た子供らはすぐさま長崎から佐賀へ送られる。

「殿、ご覧下さいませ!これで佐賀や長崎に於いても種痘を行うことが出来ます!」

 興奮気味に子供らの発痘を斉正に見せながら語る宗建に対し、斉正は会心の笑顔を見せた。

「では、早速淳一郎にも受けさせよう」

「え・・・・・・し、しかし、さすがにいきなり若君へは・・・・・・」

 てっきり庶民の子供や家臣の子供達に施した後、淳一郎に種痘を施すものだとばかり思っていた宗建は驚きの表情を見せる。だが、斉正はそれでは上に立つものとして問題だと宗建を説得し始めた。

「領民に受けさせるにはまず我が子から受けさせ、見本を見せるのが筋でありましょう。それに種痘を受けた子供ら全てが死ぬことが無かったのですから、それで充分です。私は長崎の蘭医、そしてモーニッケ先生を信じましょう」

 聞きようによっては勇気のある、別のとらえ方をすれば無謀にも思える斉正の言葉に宗建も覚悟を決めた。

「なれば我が長子も共にさせて戴きたく存じます。我が子で見本を示し、その後で若君への種痘をお許し願えれば」

「解った、良きに計らうように」

 そして斉正立ち会いの下、淳一郎に対する種痘が行われることになる。



 一刻後、発痘している三人の子供とこれから種痘を受ける淳一郎と宗建の長男・永叙が一つの部屋に集まった。そして宗建を始め数人の蘭医と漢方の侍医、請役以下数人の幹部が揃う。その物々しい雰囲気に怯えた様子を見せた淳一郎だったが、斉正が優しく窘めた。

「いいか、そなたは男の子じゃ。これしきのことで泣いてはいかぬぞ。そしてこれはのう、母様を殺した悪い病気からそなたを守ってくれるのじゃ」

 そしてとうとう淳一郎の番になる。腕をまくり宗建自らが種痘を施した。二又針を使った種痘の接種により、ほんの少し切り傷が出来たものの極めて小さいものである。すぐに赤みも消え、治ってしまうだろう。

「これにて終了でございます。あとは発痘をみれば若君は疱瘡に二度と罹らなくなります」

「そうか・・・・・・淳一郎、痛かったか?」

 さすがに二又針での種痘は痛かったかも知れないと、斉正は幼い我が子に穏やかに訊ねるが、意外にも淳一郎はけろりとしていた。

「ううん。全然痛くありません!」

 あまりにも平然としているので『本当にこれで成功したのか』と斉正が不安に思ったのは言うまでもない。しかし、斉正の心配に反して数日後、宗建の長男、そして淳一郎共に発痘をみたのである。

「成功でございます!これで若君は疱瘡の心配から解放されまする!」

 淳一郎を診察した宗建の、嬉しげな声に斉正はほっと胸をなで下ろした。

「そうか・・・・・・では、この痘苗を使い、まだ疱瘡に罹っていない全ての領民に種痘を施してもらえますか。その費用は藩が負担しますので」

 つまり無料で種痘を領民に施そうというのである。

「宜しいのですか?」

 傍で聞いていた茂真がむしろ心配そうな表情を浮かべる。まだ疱瘡に罹っていない者全てに種痘を施すとなると、痘苗そのものの採取にかかる費用は勿論、種痘を施せる医師の育成も必要となってくる――――――それには先立つものが必要となってくるのだ。

「領民には申し訳ないが、倹約令をもう少し延長せねばなりませんね。でも、それは種痘という形で領民に返してゆきましょう」

 そして斉正は宗建に対して穏やかな、しかし有無を言わさぬ『命令』を下す。

「私は、国子殿を私から奪った疱瘡が憎いのです。それを駆逐出来るのなら金に糸目は付けぬつもりです。楢林先生、頼みます。できるだけ多くの者達に種痘を施してください。勿論淳一郎の事も宣伝に使えば領民も安心するでしょう」

 疱瘡という敵に勝てる『種痘』という武器を手に入れた斉正は、どこまでも晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら宗建にそう命じた。



UP DATE 2011.05.18

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『種痘・其の貳』です。今回は種痘そのものについて書かせて戴きましたが・・・・・やっぱり難しい(>_<)WEBやら資料本からあちらこちら拾い集めてみましたがもしかしたら間違いがあるかも・・・・・もしご存じの方がいらっしゃいましたら遠慮無くご指摘お願い致します。幾ら江戸時代の話とは言え医療系の話は私にとって無謀でした。

種痘の導入ですが、一年目ですっきりとは行かなかったようです。一年目はウィルスが死滅してしまったらしく、種痘を施しても誰も発痘せず・・・・・人間や牛の身体の中では悪さをするほど増殖するのに、表に出されると途端にひ弱になってしまうんですよねぇ。何か大学時代の細菌培養の実験を思い出しました。意外と難しいんですよ、あれ。かといって強すぎる毒性は余計に困りますし・・・・ウィルスの強さをコントロール出来なかった時代に種痘にチャレンジした人たちの苦労は如何ばかりかと思います。そしてこういった人たちの努力のおかげで天然痘は撲滅したんですよねvリアルタイムで撲滅カウントダウンを知っている世代としては感慨深いものがあります。


次回更新は5/25、とうとう痘苗を江戸に持ってゆくことになります。

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