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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第四話 進退伺・其の肆

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「西町奉行所与力の内山彦次郎----------確かに怪しいと踏んどりましたが、あそこまでとはわても思いまへんでした。」

 それは会津藩に将軍警護の報償を貰いに行く直前の事であった。町人に身をやつした山崎が道ですれ違いざま土方に囁き、その袂に何かを放り入れたのである。その手触りからどうやら緊急に土方に知らせたい報告の書き付けだろう。
 土方はちらりと隣を歩いている近藤の様子を確認したが、土方と山崎の一連の動きに全く気が付いた様子も無い。それほどまで山崎は気配を消していたが、先ほど耳許で囁いた山崎の口調からは、冷静な山崎にしては珍しい微かな焦りと怒りが滲み出ていた。

「近藤さん、ちょっと悪い、用を足してくらぁ。もし何だったら先に行っててくれ。すぐに追いつくから。」

 一刻も早く書き付けの内容を確かめたく、土方はさり気なく小用の振りをして道の端にある小便たごに入り込む。

「・・・・・なるほど、不逞浪士と結託して米価や油の値を吊り上げているだけじゃなかったか。山崎が珍しく感情を表にする訳だ。」

 書き付けを読み、土方は納得した。そこには内山の悪行の数々が書かれていたのである。

「大阪町奉行所だけでなく、伏見や京都奉行所、そして会津や新選組に関する情報も内山に一旦集められて不逞浪士達に流されていたとは・・・・・大阪奉行所が相手じゃ巡察の予定も隠せやしねぇ事を悪用されるたぁ、世も末だ。」

 苦々しく呟くと、土方は書き付けをぎゅ、っと握りつぶし袂へ放り込んだ。その時である。

「すんまへん、どなたか入っていらはるんですか?」

 小便たごの中を確認するふりをして、中に居る土方に呼びかけたのは他でもない山崎であった。

「ああ、すまねぇ。今、終わったところでぃ。」

 土方は他人の素振りをして小便たごの影から出る。そしてすれ違いざまに山崎に指示を出した。

「明後日夜----------内山の粛正を決行する。お前達はその後の長州浪士達の動きを追え。内山ほどの内通者が殺られたとあっては何かしら行動に出るはずだ。」

「承知。」

 そして山崎は小便たごの中へ、土方は近藤の方へ何事もなく歩いて行った。



 内山彦次郎は大阪西町奉行所の筆頭与力である。能吏であり経済官僚として非常に優秀な男でもあった。他の経済官僚と同じく物価統制に携わっていたが、特に内山は『政府による市場介入』の積極論者であった。

 これは公儀『お買上米』の存在からも見て取れる。彼の在職以前から大坂において江戸の商人が投機目的で幕府の認可を得た買占め行為を行い、米価を不当につり上げていた。全国的な影響力から江戸の物価統制を中心に考えるのは当然であり、官僚としての内山もこれを支持している。

 しかし、在地の仲買人たちが痛めつけられた結果、大坂を含め畿内一円での米価の価格は異常なまでに跳ね上がったのだ。一部の特権階級のため莫大な資金を投入しての市場介入に、公正な取引を監視する筈の与力たちが見て見ぬふりをする。それどころか袖の下を要求して特権階級の市場介入を推奨したのである。

 その『緩み』を見逃す攘夷派ではなかった。御用商人を通じ内山に接触すると、長州藩の米や油を利用しての価格をつり上げを提案、その見返りとして奉行所や会津藩、新選組の動向を長州側に流して貰うことになったのである。新選組や奉行所の捜査が後手後手に回ったのはひとえにこの情報流出の所為であり、ここを潰せば長州にとっても打撃になる事は間違いなかった。



「それにしてもあの内山が、とはのう。我らが手を下してもちと厄介な事になりそうじゃが。」

 井上が珍しく眉間に皺を寄せて唸った。実は内山と新選組には浅からぬ因縁がある。
 前年、新選組が大阪出張をした際に小野川部屋力士らと乱闘騒ぎを起こした『大阪角力事件』で内山が小野川部屋に協力した疑いがあるのだ。
 さらにその吟味が高圧的で新選組との間に確執が起こり、その遺恨が未だ大阪西町奉行所との間にくすぶっているのである。

「まったく源さんは優しすぎるぜ。むしろ俺達だからこそ内山を殺っちまっても長州の奴等に怪しまれずに済むんじゃねぇか。」

 永倉の言葉に、原田や藤堂らが力強く同意する。そしてそれは沖田も同じであった。

「確かにそうですよねぇ・・・・・そうだ、土方さん。私もこちらに残って永倉さんや原田さんの助太刀をしても良いでしょうか。」

「ああ、構わねぇが・・・・・何故だ?」

 京都における不逞浪士の動きを考えると、できれば少ない人数での内山粛正が望ましいのだが、何か引っかかるものが沖田にはあるのかも知れないと土方は訊ねる。

「ただの勘です。ですけど、内山が長州浪士と接触して、私達と対決することになったら・・・・・。数人相手だったらともかく、十人以上敵がいたらいくら何でも二人だけじゃ苦しいでしょう。」

「また相撲取りが角棒手に襲ってくるかも知れねぇしな。」

 原田のふざけ半分の一言に失笑が漏れる。だが、沖田の言葉は一理あった。内山だけを相手にするのであれば二人で充分だが、万が一危険を察知して浪士達を用心棒としてかき集めていたら二人では心許ない。

「解った。総司、おめぇも残れ。だがこれ以上人数を割くことは無理だ----------平助、斉藤、諦めろ。」

 自分も残りたそうな表情を浮かべた藤堂や斉藤に対して土方は釘を刺した。



 二日後の五月二十日、新選組本体が大阪から伏見へと向かう船に乗り込んだ後、三人はそのまま大阪新町の馴染みの茶屋へ向かった。ここで待っていれば監察が内山の居場所を知らせてくれる事になっているのである。それまでできるだけ体調や武器を整えておこうと各々身体を横にしたり刀の手入れを始めたりする。

「あ~あ、せっかく新町の茶屋にいるっていうのに娼妓も呼べないなんてよぉ。」

 原田のぼやきに永倉や沖田が笑った。

「良いじゃないですか、昨日だって遊んだんですし。もし何でしたら仕事が終わってから少し立ち寄っても良いですし、京都に帰ってからでも・・・・・。」

「いや・・・・・京都はまずいんだよ。」

 珍しく原田が口籠もるのを永倉と沖田が見逃すはずもない。

「何だ?いいこれでも出来たか?どこの娼妓だよ?」

 永倉が小指を立てながら原田を茶化す。だが、原田は困惑したように呟く。

「それが・・・・・玄人女じゃねぇんだ。」

 玄人女が相手ではない----------原田のその一言に永倉と沖田の表情が強張った。

「はぁ?じ、冗談ですよね、原田さん?」

「まさか・・・・・堅気の女に手ぇ出したんじゃねぇだろうな?」

 疑わしげな永倉の視線に原田が怯む。

「いや、まだ指一本触れちゃいねぇし・・・・・そんな軽い女じゃねぇんだよ。」

 原田は二人から目を逸らしながら告白した。

「まだ近藤さんや土方さんにゃ言っていねぇんだけどよ・・・・・名字帯刀の大商家の娘なんだ。さすがに今の俺らの立場じゃ妻に欲しいなんて・・・・。」

「妻ぁ!!」

 原田の口から絶対聞くことがないと思っていた言葉を聞き、永倉と沖田は開いた口が塞がらない。

「本当ならちゃんとした武士の身分を貰ってから近藤さんに結婚の許可を貰おうと思っているんだけどよ、こんな調子じゃいつになるか判らねぇ。だからせめて手柄でも立てて・・・・。」

「それが何故京都で遊べない理由になるんですか?」

 堅気の娘に男の茶屋遊びを知られる事なんてそう簡単には無いでしょうと沖田は言ったが、原田ははぁ、っと大きな溜息を吐き首を横に振った。

「花街にはおまさの兄貴だって来ているんだ。そこからおまさにばれちまったら元も子もないだろう。あいつ、結構焼き餅焼きだしよぉ・・・・・。」

 思わず漏らしてしまった原田の想い人の名前に最初に食いついたのは、勿論永倉であった。

「へぇ、『おまさちゃん』っていうんだ、おめぇのこれは。」

「可愛らしい名前ですよねぇ。」

 二人の茶化しに原田は顔を真っ赤にする。

「う、うるせぇ!クソッ、口を滑らせるんじゃなかった。」

 原田はむくれ、そっぽを向いてしまった。



 三人の許へ内山の動向に関する連絡が入ったのはその日の夕刻であった。

「内山が茶屋へ入りました。同じ茶屋に長州浪士らしき人物も五、六名ほど。せやけど・・・・。」

 目の前の男----------山崎は念を押す。

「処断するのは内山だけにしてください。浪士達はわてらが尾行します。」

 大きな魚の許に行くまで泳がせとけと土方から命令が出ているとの山崎の言葉に、三人は頷いた。

「判りました----------では行きましょうか。」

「おう!」

 そして三人はその茶屋へ案内された。周囲には山崎の配下と思われる者達がすでに何人か見張りについている。

「すでに半刻ほど籠もってます。せやけど・・・・・長くなります、多分。」

 山崎の口調に少しうんざりしたような色が含まれていることを沖田は聞き逃さなかった。

「という事は、かなり呑むんですね、内山は。」

「へぇ、店のもんに抱えられて出てくるのはしょっちゅうで。」

「ならば好都合。」

 原田はにやりと笑うと鯉口に手を掛ける。その姿は気のせいか、今までの原田と少しだけ違うように沖田には思えた。

(何か・・・・・一本、芯が出来たような感じですね、原田さん。)

 今までの原田はもう少しちゃらちゃらしていたが、落ち着きというかそう言うものが備わっているように沖田には思えた。これも恋の力なのだろうか----------そう思った刹那である。

「出てきました。」

 山崎の視線の先にはへべれけになった内山と、三々五々、別々の方向へ帰って行く長州浪士達の姿があった。それらは闇に潜んでいた山崎の部下達が尾行を始める。

「行くぞ!」

 永倉の声と共に三人が走り出す。そしてとうとう天満橋のところで内山に追いついた。

「待て、内山彦次郎!」

 怒声に呼び止められた内山が振り向くと、そこには抜き身を手にした三人の男達----------永倉、原田、そして沖田が居た。

「貴様ら・・・・・何者だ!」

 酔いに足を取られながらも内山は倒れないよう踏ん張り、怒鳴り返す。だが、誰も新選組とは名乗らず、徐々に間合いを詰めながら内山を追い詰めてゆく。

「内山彦次郎!長州浪士と結託し米価を高騰させただけでは飽きたらず、機密まで漏らした罪、不届き千万!幕府の命令により処断する!」

 永倉の口上と共に原田が飛び出し、胸を刺し貫いた。夏のむっとした空気の中に鮮血の匂いが迸る。

「ぐおっ!」

 血反吐を吐きながらよろめく内山の後ろに回り、沖田が素早く首をなぎ払った。ごろり、と内山の首が地面に落ち、永倉の足許に転がる。

「・・・・・まったく原田さんってばすぐに飛び出しちゃうんですから。」

 原田さん一人の手柄みたいじゃないですか----------そうぼやき、懐から斬奸状を取り出し、内山の身体の上に置きながら沖田は肩をすくめた。

「わりいわりい。つい気張っちまって。」

 やはり恋を成就させる為、ひとつでも多くの手柄を立てたいとの思いだったのだろう。沖田の指摘に原田は頭を掻きながら照れ臭そうな笑顔を見せた。



 内山の処断は特に問題無く成功した。だが、これで終わった訳ではない。逃げ出した長州浪士達によってこの事が大阪、京都の長州系浪士達に知らされたのである。そしてその中には枡屋喜右衛門の屋敷に入り込む者も居た。

「やっぱり枡屋かいな。どこから調べても結局ここに通じるんやな・・・・・。」

 いつにない険しい表情で山崎はその出入りを見つめていた。



UP DATE 2011.05.20


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解散騒動がひと段落したと思ったら、今度は内山の粛正&原田の恋の発覚です(^^;)
原田としては『解散するかも』という状況で結婚なんてできないと諦めていたのでしょう。しかし、とりあえず解散が回避されたという事で油断しちゃったんでしょうねぇ。ついぽろりと零して、一番ばらしてはいけない永倉にカノジョの事がばれてしまいました(笑)。近々おまさちゃんも登場すると思いますのでもう少しお待ちくださいませね。

次回更新は5/27、池田屋に直接繋がる不逞浪士の捕縛や尋問が中心となります。古高俊太郎捕縛まではいかなさそうですが・・・・本当は新暦の6月5日前後に池田屋に突入したかったんですが、どうやら旧暦の6月5日頃の突入になりそうです。
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