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「短編小説」
猫絵師・国芳

猫絵師・国芳 其の陸・梅雨空の覗き猫

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梅雨の走り特有のしとしととした雨が降る中、珍しく紋付袴を着込んだ国芳がお滝の借家を訪ねて声をかけた。

「すまねぇ、ちょいと出かける用事があるんで、うちの猫達の夕飯を頼まれてくれねぇかい?」

国芳のその一言と同時に懐から三匹の猫達----------出かける時、家の中に居たミケ、トラ、キジトラの三匹がわらわらと飛び出す。

「おや、珍しいね。あんたが紋付を着込むなんてさ。北にでも行くのかい?」

国芳の懐を飛び出し、お滝に近寄ってきた三匹をかまいながら『北』----------すなわち吉原にでも繰り出すのかとお滝は訊ねたが、国芳は意味深な笑みを浮かべながら首を横に振った。

「人様にとっちゃどうだかわからねぇが、俺にとっちゃ北よりも遙かに極楽を堪能できる場所さ。こっちに帰ってきたら耳にたこができるぐらい出先のことについて語ってやるから覚悟しておけよ、お滝。」

気味の悪いほど浮かれたにやけ顔を浮かべながら、国芳はお滝の借家を後にした。



それから暫くの後----------江戸麹町にある田原藩藩邸に辿り着いた国芳は、門番に師匠からの紹介状を差し出しながら尋ねる。

「本日、我が師匠歌川豊国の紹介にて、使番の渡辺登様と会う約束をしております歌川国芳というものですが・・・・・。」

さすがに藩邸ともなれば、それ相応に入るのが面倒であろうと覚悟していた国芳であったが、どうやら門番は国葭の訪問をあらかじめ聞いていたらしい。思った以上にすんなりと藩邸内に通してくれ、控えの間と思われる四畳半ほどの小さな部屋へ案内された。

「ようこそ、この足許の悪い中お越し下さいましてありがとうございます。この雨でしょう、どうしようか使いを出そうかと思っていたのですが・・・・・。」

そこには二十代後半と思われる若い武士が控えていた。その物腰の柔らかさとは裏腹に、きりりとした眉と切れ長の鋭い瞳はこの男の優秀さを滲ませている。

「いえいえ、お気遣い無く。こちらの方こそ無理を言って面会をお願いしたのですから。」

国芳は雨に濡れてしまった羽織を控えの者に手渡しながら満面の笑みを浮かべた。

「かの有名な『渡辺崋山』がこんないい男だとは全くもって思いもしませんでした。神様ってぇ奴はとことん不公平と見えるようで。」

国芳の言葉に目の前の若い侍は照れ笑いを浮かべた。



渡辺崋山こと渡辺登は江戸詰の田原藩士である。渡辺家は田原藩の中でも上士の家格を持ち、代々百石の禄を与えられていたが、父定通が養子であった為に十五人扶持に削られ、加えて折からの藩の財政難による減俸で実収入はわずか十二石足らずであった。

さらに父定通が病気がちであった為、医薬に多くの費用がかかった事も貧乏に拍車を掛けた。幼少期は日々の食事にも事欠くほどの極端な貧窮の中にあり、弟や妹は次々に奉公に出されていったと後日語っている。

こうした中、まだ少年だった渡辺は生計を助けようと得意であった絵を売り生計を支えるようになった。のちに谷文晁に入門し絵の才能が大きく開花、二十代半ばのこの時点では画家としてかなり著名となっていた。勿論生活が豊かになったのは余談である。



しとしととそぼ降る雨の音を聞きながら絵画談義に花が咲き、渡辺が描いたいくつかの絵を実際に見せて貰っていた、その時である。どこからともなくちりん、と可愛らしい鈴の音が聞こえてきたのだ。その音がした瞬間、渡辺のきりりとした眉がぴくり、と動く。

「・・・・・あれほど左近を部屋から出すなと言っていたのに。済みません、ちょっと絵をたたませて戴きます。あれがくると何をされるか判ったもんじゃない。」

そうぼやきながら渡辺が絵をたたみ始めると、小さな鳴声をあげて美しい毛並みの黒猫が入ってきたのである。どうやらまだ生まれて三ヶ月くらいの子猫らしい。

「へぇ、こちらでも猫をお飼いになっているんですかい。」

この時期の子猫は悪戯盛りである。自分が描く錦絵の下絵ならいざ知らず、『渡辺崋山』の肉筆画に爪など立てられたら堪らない。広げている絵に悪戯をされないように国芳はさり気なく子猫を抱きかかえた。

「おや、なかなか上手に扱われるんですね。」

絵をたたみながら渡辺は感嘆の声を上げる。

「ええ、うちにも数匹ほど飼っておりやして・・・・・・好きなんです。」

そう言って国芳は子猫ののど元を撫でてやる。すると子猫の左近はごろごろと喉を鳴らし国芳の腕の中で大人しくなった。

「お手を煩わせてすみません。まったくおたかの奴は・・・・・。」

「おたか・・・・?」

思わず渡辺の口から漏れた一言に国芳は怪訝そうな顔をする。

「あ、いえ・・・・それがしの・・・・・・先輩の娘御です。左近の飼い主なのですが、どうやら歌川派三羽烏の次を担う『豊国の秘蔵っ子』に興味があるのでしょう。でなければわざと左近をこちらにやるなんて・・・・・。」

すでに名を馳せている『崋山』に褒められ、国芳は耳まで真っ赤にしてしまった。

「いえ、師匠には叱られっぱなしで、秘蔵っ子だなんて・・・・・。」

「期待なさっているからの事でしょう。でなければわざわざ紹介状を書いてまでこのようなところにやったりしないでしょう・・・・・ところで、ちょっとお願いがあるのですが。」

「へぇ、何でしょうか?」

渡辺の頼まれ事とは、と国芳は背筋を正す。

「貴方の絵を一枚描かせて戴けないでしょうか。きっとおたかや、他の奥女中達も客人のことが気になってしょうがないのでしょう。」

渡辺の視線の先を追うと、ちらりと華やかな裾模様が物陰に隠れていくのが見えた。きっとこの雨で女中達も暇を持て余しているのだろう。

「あっしは構いませんが・・・・・こんなぶ男の絵なんかでいいんですかい?」

「三割増しでいい男に仕上げましょうか・・・・・では少々。」

冗談めかしながらそう言うと、渡辺は文机にあった矢立と紙を手に取り、さらさらと国芳と左近を描き始めた。その手の早さに国芳は驚く。

「は・・・・早ぇ・・・・・。」

国芳も決して手が遅い方ではない。しかしその国芳の倍は速く、渡辺は国芳と子猫の絵を仕上げていくのである。

「ははは、昔はこれで糊口を凌いでおりましたのでね。貴方なら判ってくれるでしょう。名もない絵描きなんてとにかく量を描かねばやってゆけぬのを。」

「渡辺様にもその様なことが・・・・・。」

「ほんの二、三年前まで・・・・・・貴方くらいの年齢の時は本当に貧乏でしたよ。」

そう喋りながらあっという間に一枚を仕上げてしまった。その早さは勿論、うまさに国芳は舌を巻く。

「悔しいけど・・・・渡辺様にはかないませんや。」

子猫の喉を撫でながら出来上がった絵を見つめ、国芳は呻いた。



「・・・・・てな、訳なんだよ。もう早ぇの何のって、あれこそ神業、ってもんだよな。」

長屋に帰ってきた国芳はお滝の家に上がり込むと自分の飼い猫たちと一緒に夕餉にありつきながら今日あったことを喋りまくる。そしてお滝の膝元には渡辺が描いた国芳と黒猫の絵があった。実は一枚仕上がった後、図々しくも国芳はもう一枚と絵を所望したのである。

「なるほどねぇ。確かに『崋山』様だったらあんたにとっちゃ極楽だ・・・・・しかし自分の下手さを思い知ることになっちまったねぇ。」

お滝のきつい一言に国芳はむせ、慌てて醒めたほうじ茶を流し込む。

「・・・・・それを言うなよ、お滝。渡辺様は俺より四つも年上なんだ。四年後には俺だって有名になってやるさ。お滝、お代わり!」

「はいはい、た~んと食べて四年後にはもう少しましな絵描きになっておくれよ、孫三郎さん。」

まるで子供扱いのお滝の言葉にむっとしながらも否定することも叶わず、国芳は差し出された大盛飯をかき込んだ。



UP DATE 2011.05.22


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猫絵師・国芳も一年の半ばまでやってきました(^o^)
という訳でもないのですが、今回は特別ゲスト、渡辺崋山こと渡辺登氏にご登場願うことに。史実でもこの二人は交流があったそうなので(実際はいつ頃からなのか判らないのですが・苦笑)二人の出会い編という事で書かせて戴きました。
国芳にとってはちょっと年上の成功者ですからねぇ、色々勉強したいことや聞きたいことなど沢山あったんじゃないかと思います。そして登クンの方も『豊国の秘蔵っ子』に興味があったはずだと、勝手に妄想を(笑)。

さらにこの話でちょこっと出てきました『おたか』ちゃん、実は登クンの将来の奥さんです。なので少しカノジョのことを説明するのに言いよどんだんですよねぇ(爆)。果たしてこの二人のことまで書けるのか・・・・・できれば書きたいんですけど、欲張るとろくな事が無いので無理しない程度に致します。

次回更新は6/26、夏らしい話(お滝の行水とか・爆)を予定しておりますv
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