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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第三話 種痘・其の参

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 淳一郎の発痘から痘漿を採取し、それを領民への種痘に使う――――――計画と言うにはあまりにも大雑把な思いつきは、本人が思った以上の反響を得た。
 元々領民に人気のある斉正の命令であればそれなりに従った筈である。それが斉正自ら自らの世嗣に種痘を施し、それを領民に分け与えるというのである。斉正が種痘の場に自ら立ち会ったという話と共にその事実は人々の好評を得、『若君の御種によるもの』と宣伝された種痘は瞬く間に藩士、そして城下へと広がった。
 さらに藩の隅々に種痘を広げるため、斉正は医学館に種痘専門の部署『引痘方』を設置、地方の村々への種痘の実施、そして村医者への指導を行うための設備を整え藩内における疱瘡撲滅に本格的に取りかかる。その力の入れようが功を奏し、数年後には庄屋自らの要請によって引痘方の医師が数日をかけて出向くこともしばしばであった。

「城下だけでなく、本当に隅々まで行うんですね」

 『引痘方』の設置を受けて請役の茂真が呆れるほど、それは徹底していた。だが、当の斉正はまだまだこれからだと首を振る。

「何を言っているんですか、兄上。まだまだ領内でしか種痘は実施されていないんですよ?これを上方や江戸、いいえ、陸奥や蝦夷にまで広めて日の本から疱瘡を無くさなくてはいけないんです。その為に『引痘方』の医師は勿論、村医者達や、他藩の実力のある医師達にも頑張って貰わねばならないのですから」

 斉正の壮大な計画に茂真は目を丸くする。

「兄上、その顔は信じていないでしょう」

 斉正は何かを含んだような笑みを茂真に見せる。

「実はすでに種痘を全国に広めるための手を打ち始めております。楢林先生を通じて上方の蘭医に『阿蘭陀から輸入した痘痂を欲している者』を募っているんです」

 茂真のあずかり知らないうちに斉正は早々に楢林宗建に命じ、動き出していたのである。その行動の素早さに内心舌を巻く。

「何と・・・・・・で、殿。その様な者はいるのですか?」

「ええ、すでに楢林先生の許に問い合わせが来ているそうですよ。鳴滝塾で同門の間柄だった方から」

 斉正はにっこり笑う。

「京の都で活躍なさっている日野鼎哉先生が名乗りを上げているんです。この秋の参勤で痘痂を幾つか分け与え、日野先生を中心に上方で種痘を広めて貰えば良いでしょう。勿論江戸では伊東玄朴先生を中心に・・・・・・まず責姫に受けさせれば江戸の町民も安心して種痘を受けてくれるでしょう。もう、『牛になる』なんて馬鹿げたことを言わせません」

 熱っぽく語る斉正に対し、茂真も大きく頷いた。



 そして種痘成功から三ヶ月後の参勤の季節、斉正は指導医として藩医の島田南嶺を同行し、二十粒近くの痘痂の形をした痘苗と共に江戸へ向かった。

「殿、本当に大丈夫なのですか?若君を佐賀に残していかれるなんて」

 参勤の道すがら、松根が心配そうに訊ねるのも無理はない。藩主の子、特に世継ぎとなる男子は江戸に滞在させなければならないのだ。今回幕府による許可を貰ったとは言え、まずいだろうと松根は進言したのだが、斉正は全く取り合わなかった。

「淳一郎が佐賀にいることで『若君の御種』が効力を発揮して皆が種痘を受けてくれるのだ。まだまだ種痘への不信感は根強い・・・・・・今回は『種痘の確実性を見るため』と幕府に許しを得て、もう少し種痘が根付いたら――――――二年後には江戸へ上がらせようかと思う」

「平気なんですか、そんな事が?」

 疑わしげに斉正に訊ねる松根だったが、斉正は『御三家でも世嗣を国許で育てている御方がいるくらいだから』と笑う。

「そもそも老中が『種痘を受けたら牛になる』という戯言を本気で信じているくらいだから、むしろ幕府は淳一郎の江戸入りを嫌がるだろう。今回は痘苗で様子を見てからでも遅くはない」

 まさか淳一郎の江戸入りが十三年後、自分の隠居時になるとは思いもせずに、斉正は松根の小言を軽く受け流した。



 すっかり冬らしさを増した十一月一日、斉正の参勤行列は京都に到着した。この到着に合わせ、佐賀藩から八粒の痘痂を受け取り種痘の方法を学ぶのは、日野鼎哉だけの筈であった。だが、何故かもう一人、『おまけ』がくっついてきたのである。
 歳は斉正とほぼ同じか二、三歳ほど年上くらいだろうか。頬骨が高く、きりりとした顔立ちながらやけに愛嬌がある男であった。

「まこと申し訳ございません。弟の葛民を通じて、この者がどうしても同席させてくれと強く申すものですから・・・・・・」

 日野は心の底から困惑の表情を浮かべ、隣にいる男に挨拶を促す。

「肥前守様、お初にお目に掛ります。わては大阪で『適々斎塾』っちゅう小さな蘭学塾を開いております、緒方と申す町医者にございます。この度は佐賀のお殿様、もとい肥前守様が痘苗を分けてくれはるっちゅう話を日野先生の弟はんから聞きだしまして、居ても立っても居られずこちらにやってきた次第です」

 少々、否、かなり興奮気味に斉正や傍に控えている島田に語りかける男の名、そして塾名に斉正は聞き覚えがあった。

「もしかして・・・・・・『適塾』の?」

 斉正の言葉を島田が引き継ぐ。

「緒方洪庵先生とお見受け致すが」

 興奮で顔を紅潮させている男に島田が訊ねる。大阪に優れた蘭方医がいる――――――その噂は島田の、そして斉正の耳にも勿論届いていた。

「へ?・・・・・・わての事をご存じで!」

 急に恐縮を覚えたのか、緒方は慌ててかしこまる。その仕草に思わず周囲から笑いが零れた。

「面を上げてください、緒方先生。緒方先生ほどの御方でしたら、直接楢林へ一報を下されば少し多めに痘苗を持ってきましたのに」

 少々呆れたように口にしたのは斉正であった。きっと緒方としては『一介の町医者風情が直接痘苗を分けて貰える筈もない』と思っていたのだろう。だが、医者として出来るだけ詳細な種痘の方法は知りたいと日野に無理を言って同伴を願ったに違いない。

「私としては腕の良い医者が、きちんとした方法で多くの者達に種痘を施してくれるなら身分は一切問いませよ。それと出来るところまでで良いのですが、貧しい者達も種痘を受けられるよう尽力して戴きたい」

「へぇ、それは勿論でございます!」

 斉正の穏やかな言葉にかしこまり、額を畳にすりつけて土下座する緒方に再び笑いが起こった。そして笑いが収まった頃合いを見計らい斉正は島田に命じて痘痂を島田らに見せる。

「島田先生、そして緒方先生――――――これが輸入した痘痂です。たった八粒だけなのですが、あとは江戸に持ち込みますので・・・・・・まずこれを植え付け、そのあとできた痘漿を次の種痘に使う事もできます。というか、痘痂はこれだけしかありませんからその方法でやってもらうしか・・・・・・」

「あの・・・・・・すんまへん。痘痂を使う種痘はわてらでも何とかなると思いますけど、痘漿はどないして・・・・・・痘漿を使う種痘を実際見せて貰えまへんでひょか」

 そう切り出したのは緒方であった。その表情は先ほどのおどけた、愛嬌のあるものとは全くの別物であった。

「えっと・・・・・・」

 緒方の鬼気迫る質問に島田は少し困惑の表情を見せる。この痘痂を植え付け、発痘を見るのに早くとも三、四日はかかってしまう。そこまで参勤行列を京都に留め置くことは許されない。どうしようかと斉正の顔色を伺った島田だが、斉正から思わぬ提案が出たのである。

「勿論。もし必要とあれば島田をしばらくこちらに滞在させ、指導をさせましょうか」

 島田が答える前にそう切り出したのは斉正であった。その言葉に一番驚いたのは島田である。

「よ、宜しいのですか、殿?」

 動揺を露わにしながら斉正に問う島田だったが、斉正はかまわぬと言い切った。

「私が望むことはただ一つ、疱瘡で命を落とす者をこの世から無くすこと――――――その為に必要ならば、数日の滞在くらいどうって事は無いでしょう。指導が終わり次第早駕籠で我らの行列に追いついて貰えば問題ありませんし、それが無理でも江戸の藩邸に来て貰えればいいですよ。うまくいけば五日ほど、万が一失敗しても十日程あれば充分でしょう」

 斉正のその発言に喜びを露わにしたのは二人の医師、特に緒方であった。

「おおきに!佐賀の殿様、おおきに・・・・・・これで、危険な人痘法を使うて患者はんを死なせんで済みます。ほんま、おおきに!」

 まるで子供のようにはしゃぐ緒方に、斉正は先の楢林宗建の喜びを思い出した。

(彼らは・・・・・・私以上の苦しみを味わっていたのかもしれない)

 たった一人の妻を失っただけでも疱瘡という病を憎み、伊東の進言や宗建の助言のままに痘苗を輸入した斉正である。
 だが、それ以上に目の前で何十人という患者が疱瘡で死んでいくのを手をこまねいて見ていなければならなかった医師達は悔しかったに違いない。
 斉正は島田に二人の医師に充分な指導を施すようにと命じ、残りの痘苗を持って江戸へと出発した。



 島田による指導は六日間に及んだ。痘痂八粒の中、七粒を島田の七人の孫達に、残り一粒を弟子の桐山元中の息子・万次郎に植えつけた。だが、やはり日数が経って痘痂の効力が弱まっていたせいか、島田の孫七人からは発痘は見られず、唯一万次郎だけ三日後に小さな発痘を見たのである。

「良かった・・・・・どうやら痘苗に効力が残っていたらしい。しかし、これほど小さな痘漿だと、せいぜい二人くらいにしか種継ぎはできませんね。どの子に受けさせましょうか?」

 その時、緒方が疑問に思っていたことを島田に訊ねた。

「島田センセ。大きな子と小さな子、どっちの方が発痘しやすいんやろか?それによって種継ぎさせる子が変わってきますえ」

 どうやら幼い子供の方が発痘しやすいのではないのか――――――緒方はそう感じたと島田に伝える。

「確かに痘痂からの発痘は幼子の方がうまくいきますけど、このような形の痘漿でしたら大人でも問題無く発痘しますよ。どうやら新鮮さが問題みたいで・・・・・・ただし、引痘をする際は、必ず種痘をした者から痘漿を取ってください。間違えて本物の疱瘡でできた痘漿から引痘してしまっては命に関わります」

 そう言って島田は風呂敷包みから何かを取り出すと、小さな紙を取り出し、それに万次郎の名を書き込んだ。

「正しく種痘を施し、発痘を見たものに対してはこういったものを発行しております。いい加減な施術との区別のため、できる限り発行をお願いします。これは痘苗を輸入した佐賀藩の沽券にも関わる事ですので」

 それは佐賀藩内で発行されている種痘済み札であった。



 その後、万次郎の腕から僅かに滲み出ていた膿を日野の孫の中で一番幼い朔太郎と、桐山の姪にあたる八歳の女児に植えつけた。さらに、発痘を見た二人の子供の腕から採取した痘漿を、十六歳にもなる日野の娘の腕に植え付けたのである。

「ほんま、大人でも大丈夫なんやろか」

 と、心配した関係者だったが、その娘でも無事発痘を見たのだ。これに自信をつけた日野は役所の許可を得て、京都新町三条北に『除痘館』という名の種痘所を構え、種痘をひろめる態勢を整えた。
 同様に緒方も古手町に『除痘館』を開き、牛痘種痘法による切痘を始める。緒方に至っては治療費を取らず種痘の実験台になることを患者に頼み、私財を投じて種痘の普及活動を行ったのだ。
 さらに翌年、緒方洪庵の牛痘種痘法の噂を聞きつけた郷里の足守藩より要請があり、『足守除痘館』を開き種痘を広めた。
 日野、そして緒方らの活躍により種痘は関東から九州までの百八十六箇所の分苗所で痘苗を維持しながら治療を続けられる事になる。



UP DATE 2011.05.25

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まさかまさかの飛び入り生徒・緒方洪庵が登場です(^o^)
日野さんと楢林さんは同門ゆえの繋がりがありますが、洪庵はオランダ人医師・ニーマンの弟子ですからちょっと系列が違うんですよねぇ。それでも種痘の方法を知りたかったのでしょう。日野さんの弟を通じて今回の痘苗譲渡の場に参加することになっちゃいました(笑)
そのおかげで上方の種痘が進んだんですけどねぇ・・・・痘苗を引き継いですぐに種痘所ができた関西と違って関東で種痘所が出来たのはこの十年後です。(お玉が池の種痘所です。遅いですよねぇ・・・・・いかに日野さんや洪庵の行動が素早かったかよく判ります。)

次回更新は6/1、種痘を受ける責姫なのですが、どうも『種痘を受ける意味』に疑問を持つような出来事が彼女の身に起こっているようで・・・・・詳細は次回から始まります『理由ありの姫達』にて書かせて戴きますね。
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