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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第五話 正念場・其の壹

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枡屋喜右衛門の勝手口がよく見える向かい側の路地に身を潜めながら、山崎は中へ入ってゆく男達の背中をじっと見つめていた。町人風の髷を結い、着流しを決め込んでいてもその足の運び方、目の配り方までは隠せないらしい。明らかに武士とおぼしき男達は次々と桝屋の勝手口に吸い込まれていった。

「またごっつぅガラの悪そうな奴ばっかりやな。」

 新選組の事は棚に上げ、山崎は桝屋に入っていく男達を小さな声でけなす。そんな状況がどれくらい続いただろうか、人の出入りが一段落した頃を見計らったかのように山崎の『待ち人』はやってきた。

「山崎さん、済まない。待たせちまって。」

 そう山崎に声を掛けて傍にやってきたのは、農夫の姿に変装した島田であった。出入りの農家に紛れ込み、相手の懐深くに入ってゆく島田の情報は貴重なものである。今日は確か三条の宿屋に作物を収める壬生の百姓と共に行動していたはずだ。

「島田はん、三条の方はどないですか?」

 三条の宿屋に身をやつした不逞浪士達が潜伏しているとの情報を得て島田は調査に出向いていた。どれくらいの人数が京都にいるのか----------その一端でも判れは今後の計画が立てやすくなるだろう。山崎は路地の奥に体をひそめながら島田に尋ねる。

「いや山崎さん、聞いて下さいよ。あそこまで浪士が集まっているとは・・・・・・奴等は本気で京都を乗っ取ろうとしているんじゃないですかね。」

 その顔は、剛胆な島田にしては珍しく、強張っていた。

「数件の宿に分宿しているが、全部合わせたら百人は確実に超えている。この他京都や伏見に潜伏しているかも知れないと思うと・・・・・。」

「島田はん、大阪を忘れたらあきまへんえ。あそこには京都の二倍はおるやろうから。」

 山崎が島田に注意を促したその時、長州藩邸を見張っていた浅野薫と川島勝司の二人がやってきたのである。

「山崎さん、島田さん、お待たせしました。案の定長州藩邸も動きが活発になっています。やはり近々に何かしらの動きがあるんじゃないかと・・・・・。」

 浅野の言葉に島田と山崎は深く頷く。

「せやな。新選組だけやのうて会津藩や奉行所、見廻組にも頼んで取り締まりを厳しゅうしてもらわんと。」

 やけに静かになった桝屋の勝手口を見やりながら、山崎は低く唸った。



 沖田ら三人が大阪の仕事を終え壬生の屯所に帰ってきた時、屯所から出てきた商人風の男とすれ違う----------それは変装した川島であった。昼日中からある意味堂々と監察が屯所にやって来るとはやはり異様である。さらに慌ただしく飛び出していったところを見ると何か土方から指示があったのだろう。
 一見いつもと変わらぬように見える屯所であったが、普段の屯所を知るものが見れば、これほど忙しく隊士達が動き回っているのも珍しかった。

「京都もだいぶきな臭くなり始めているようですね。」

 沖田が隣を歩いている永倉に声を掛ける。

「ああ・・・・・大阪ほどじゃないがな。」

 川島の後ろ姿をちらりと見やりながら永倉は沖田に応えた。

「腕が鳴るぜ。これ位じゃなきゃおもしろくねぇ。」

 原田に至っては不謹慎とも思える発言が口から飛び出し、舌なめずりしそうな勢いである。確かに皆より少し遅く入った屯所はいつになくざわめいていた。だが、このいつにない動きは長州浪士によるものだけではない事を、三人はすぐに知ることになる。



「谷三十郎の一番下の弟を・・・・・・近藤さんが養子にするだって?冗談はよしてくれよ、土方さん!」

 土方から話を聞くなり、原田が素っ頓狂な声を上げた。何と近藤は大阪から壬生に帰ってきた直後に谷三兄弟の末子・昌武を養子とし、近藤周平と改名させたと言うのである。大阪にいた時は養子の『よ』の字も出てきていなかったのにと、三人は唖然とする。

「いくら何でも急過ぎやしませんか?それに周斎先生の許しも得ていないんでしょう。良いんですか?」

 普段は近藤のやることに何一つ否を唱えない沖田でさえ、今回ばかりは呆れたように土方に文句を言い出す始末だ。

「俺だって止めろって言ったさ。しかし、一度決めたことは絶対に翻さないからなぁ。」

「それにしても・・・・・何でこんな急な養子話が?」

 眉間に深い皺を寄せて唸る土方に、永倉が至極まっとうな事を土方に尋ねる。

「・・・・・今回のヤマ、新選組そのものが壊滅するほどのもんだからさ。」

 あっさりと、とんでもない事を吐き出した土方の一言に三人の顔色が変わった。

「そんなに・・・・・浪士達が多く京都に入り込んでいるのですか?」

 沖田が土方に尋ねるが、その声は緊張に擦れている。確かに今年に入ってから長州浪士達が多く京都に入り込んでいたが、『新選組が壊滅する』とは聞き捨てならない。土方の言葉に、今自分達が置かれている状況を三人は思い知らされる。

「ああ、監察の調査によると、以前の尋問の時よりも倍近く多くの長州系の浪士達が入り込んでいる。それだけじゃねぇ。土佐や、他の藩の浪士達も同調していやがる。」

 土方の言葉に三人は言葉を返すことも出来ず、ただ聞き入っているだけである。

「・・・・・ま、それで済めばいいけどな。伏見や大阪も考えねぇと。だが、網に引っかかるのは雑魚ばかりでろくな情報が聞き出せやしねぇ。何の為にこれほどの浪士達が京都に入り込んでいるのか、何をしようと企んでいるのか皆目検討がつかねぇ・・・・・近藤さんも万が一を考えて養子を取ったんだろう。」

 土方の説明に、ようやく近藤が何故養子縁組みを急いだのか三人は理解した。

「しかし・・・・・もう少しまともな奴を養子にすればいいものを。とりあえず手頃なところで良いか、って感じがぷんぷんするんですけど。」

 沖田の指摘に土方は鼻の上に皺を寄せる。

「感じじゃねぇ。手頃なところで済ませたんだ!」

 沖田の指摘が相当面白くなかったらしく忌々しげに吐き捨てると、土方は唇を尖らせた。

「たたでさえ新選組の威を借って威張り散らしている谷が『局長の養子の実兄』の立場になって見ろ。ますます手が付けられなくなるぞ。それに昌武本人もちゃらちゃらしてるしよ。」

 土方の言葉に沖田らは思わず大きく頷いてしまった。

「確かにあの年で女癖が悪いって言うのも将来が思いやられますよね・・・・・年増の遊女に受けが良いみたいですし。」

 沖田の言葉に他の三人は苦笑を浮かべる。兄や先輩隊士に連れられ遊郭に出向いては遊んでいるらしい。その事を沖田は指摘したがすでに決まってしまった養子話は変えられない。土方の溜息に沖田は土方の気苦労を感じずにはいられなかった。だが、土方の気苦労はこれだけで済むはずもなかった。

「あ、そうだ。面倒ついでにこの際だから言っちまえ。」

 急に原田が姿勢を正して土方に詰め寄ったのだ。その原田の行動に土方はぴくり、と眉を吊り上げ、警戒を露わにする。

「何だ?おめぇも何かやらかしたのか?」

 疑い深そうな土方の言葉に原田は不本意だとばかりに大声で言い返した。

「いいえ、やらかすのはこれからです!」

 原田の真剣な表情に、事情を知っている永倉と沖田は笑いをかみ殺す。

「土方さん!俺には所帯を持ちてぇおなごがいる。すぐにとは言わねぇ、このヤマが一段落したら・・・・・結婚の許可をもらいてぇんだ!」

 原田の気迫に気押されそうになりながらも、土方は一番肝心なことを原田に尋ねた。

「・・・・・身分は?結婚と言うからにはそれ相応の身分の娘なんだろうな?」

 この時代、結婚の最低条件は身分の釣り合いである。どんなに互いに想い合っていても身分が違ければ結婚することはできない。だが、普段勇み足が多い原田にしては珍しく、この点に関してはきちんと調べ上げていた。

「勿論!名字帯刀を許された大店の娘だ。仏光寺近くにある呉服屋の次女で菅原まさ、って言う。身分的には問題無いはずだ。頼む、この通り!」

 原田は土方の膝の一寸先で土下座をする。その真剣さに呑まれそうになるが、何故そこまで真剣なのか----------土方の疑念はまだ晴れていなかった。

「・・・・・本当に孕ませたりしてねぇだろうな?」

 どこまでも疑わしげな土方に、とうとう原田の堪忍袋の緒が切れた。

「冗談きついぜ、土方さん!まだ指一本触れちゃいねぇんだからよ!」

「珍しいこともあるもんだ。」

 土方の一言に耐えられず、とうとう沖田と永倉が笑い出してしまった。

「ま、とりあえずこのヤマが片づいて無事生き残っていたら、だな。迂闊に婚約した後に死んじまったらしゃれにならん。」

 不意に真顔になった土方の言葉に三人は息を呑んだ。それほどまでに今回の捕物は深刻なのだ。まさに新選組にとっての正念場----------真価が問われるものであった。



 そんな緊張感の中、巡察もさらに強化された。特に京都見廻組が巡察に参加することになった分、新選組は祇園や長州藩邸を中心に人手を割けるようになったのがありがたい。
そして沖田が率いる隊は四条大橋のほど近くの川縁を巡察していた。怪しいと言えば誰もが怪しく見えるし、そうでないと言えば誰もがごく普通の町人にも見える。だが沖田らの嗅覚は正しく不審者を捜し当てたのである。

「沖田先生、あの中間体の者達は・・・・・。」

 中村が沖田に近寄り指し示す。そこには中間らしい二人の男達がいたが、きょろきょろと視線が落ち着かず、腰に差している刀も中間にしては拵えが立派すぎる。

「ちょっと声を掛けてみましょうか。」

 沖田は部下達と視線を合わせて頷くと、そのまま中間風の男達に近づいていった。



UP DATE 2011.05.27


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新選組にとってまさに正念場----------池田屋直前の探索になります。この時期の長州浪士の多さは半端じゃなかったんでしょうね。近藤さんの養子話も周斎先生に事後報告という形を取るほどのものだったらしいです。
そして原田の恋にとってもまさに正念場(笑)土方に疑われながらおまさちゃんを嫁にしようと必死に説得致します。こんな周囲の動きを目の当たりにして、果たして沖田の心情はどう動くのでしょうか・・・・・少しは恋に目覚めたり江戸の姉家族のことを思ったりするのか・・・・其の参あたりで書きたいんですけど、果たしてうまくいくのでしょうか(笑)。今回も不逞浪士の尋問まで辿り着かなかったですし(苦笑)
でも、『正念場』の次は絶対に『池田屋』に突入致しますので見守ってやってくださいませ(^^;)


次回後進は6/3、沖田達が不審に思った中間風の男達の捕縛から始まりますv

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