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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の壹・潮干狩り(市井の人々)

 →幕末歳時記 其の貮・花見(彰義隊)
 うららかな春の日、芝の海岸でおちかは潮干狩りにいそしんでいた。明日のひな祭りに出す潮汁の蛤を探しているのだが、取れるのは小さなものばかりでなかなか形の良い、大きなものは手に入らない。

「もう・・・・・・潮が満ちてきちゃった」

 いつの間にか脹脛のあたりまで満ちてきた潮に、おちかは形の良い唇をきゅっ、と噛みしめた。



 米問屋の三女として何不自由なく――――――いわゆる乳母日傘で育ったおちかは、すべての事を人に手伝ってもらう生活が仇となり何をするにも不器用だった。さらに両親が歳をとってから生まれた末っ子ゆえ、両親は勿論、歳の離れた兄や姉にも猫かわいがりに甘やかされ十五になっても浴衣一つ縫う事も出来ないのである。
 のんびりした生来の性格もあり、今迄は気にも留めなかったのだが、さすがに縁談の話が持ち上がるようになるとのんびり屋のおちかも焦り出すようになってきた。
 今年になって練習を始めた縫物も、以前よりはましになったものの雑巾一枚縫うのも半日がかりであるし、習い事のお花や三味線もひどいものである。そして『小さな売り子の子供でもできる位、簡単なはず』の潮干狩りさえ満足にできず今に至っていた。



「お嬢様ぁ~!そろそろ帰りましょうよぉ~!」

 おちかのお目付役としてついてきたねえやのおキクが業を煮やして声をかける。しかし、おちかは潮干狩りを止めようとはしなかった。打ち寄せる波に着物の裾を濡らしながら懸命に蛤を探そうと躍起になる。

「もうちょっとだけ!あともうひとつ!」

 そう言いながら粘るおちかであったが潮は非情にもどんどん満ちてゆき、結局おちかは波打ち際まで撤退せざるを得なくなってしまった。

「潮汁の蛤は出入りの佐吉どんに任せればいいじゃないですか」

 思うような蛤を取る事ができず涙ぐむおちかをおキクは慰める。しかし、慰められれば慰められるほどおちかの心は情けなさでいっぱいになり、涙が止まらなくなってくるのだ。

「だって、だって・・・・・・お米の値段だってあんなに高くなっているのに蛤だってどんなに高くなっているか」

 さすがにのんびりもののおちかでも家業の米問屋に関わる事なので米相場は知っている。甲子(元治元年)の秋から高騰した米相場は一年で二倍近くにまで跳ね上がっていた。また、夏からはおちかの家のある日本橋周辺の町人から長期戦費にあてる公債を徴募するという決定も下されているらしい。
 物価は高くなる、お上からは絞り取られるで大店でさえも苦しい経済状況に追い込まれているのだ。蛤数個など大した家計の足しにはならないのだが、おちかはおちかなりに一生懸命考えた末での行動なのである。

「ほらほら、涙を拭いて下さいな。娘時代最後のひな祭りの潮汁を自分が取った蛤でお祝いしたかったのは判りますけど」

 その時である。

「おちかさ~ん!おキクさ~ん!こちらにいましたか!」

 手を振りながら近づいてきたのはおちかの許嫁である吉左衛門であった。

「先ほど仕事でお店の方に伺わせていただいた時、おちかさんが芝に潮干狩りに出かけていると聞きましてね」

 そう言いながら吉左衛門はおちかの隣に座りこむ。ひと回りも年の違う許嫁であったが、おちかの兄や姉も同じくらい年が離れているので、むしろおちかにとってはホッとできる年齢差である。二十七歳という年の割にはおちかの親も舌を巻くほどの遣り手であるが、普段の吉左衛門は非常に穏やかで、おちかは吉左衛門の穏やかな笑顔しか見たことが無かった。

「・・・・・・どこか怪我でもされたんですか?泣いたりして」

 しかし、おちかが泣いているのに気がついた吉左衛門からその穏やかな笑顔が掻き消えてしまう。

(吉左衛門の顔から笑顔が消えてしまったのは、自分が泣いている所為だ)

 おちかは泣きやまなくてはいけないと思いつつ笑顔を作ろうとするのだが、そう思えば思うほど涙があとからあとからあふれ出る。とうとう我慢ができず、おちかは大声で泣き出してしまった。

「実は違うんですよ。聞いて下さいな」

 そんなおちかの様子をみながらおキクは吉左衛門に事の顛末を話そうとし始める。

「ヒ、ヒック・・・・・・や・・・・・やめてよ、キク!」

 泣きじゃくりながらもおちかはおキクの話を止めようとするが、おキクはおちかに構わず話を続けた。

「お嬢さんったらちっちゃい蛤しか取れないって泣きだしたんですよ。仕方がないじゃないですか。来る時間が遅かったんですから」

 本当は潮が引いている午前中の早い時間に来なくてはいけなかったのだが、着る着物を選んでいるうちに時間が過ぎてしまい潮が満ちてしまったのだと、おキクは聞かれもしない事もぺらぺらと喋りまくる。その横でおちかは身の置きどころがないとばかり小さくなって顔を真っ赤に染めてしまった。

「そうだったんですか」

 きっと吉左衛門はあまりの子供っぽさ、そして要領の悪さに笑うに違いない――――――おちかは恐る恐る吉左衛門の顔を上目使いで見つめる。だが、吉左衛門は笑う事は一切せず、おちかの頬をそっと手で包んだのだ。その優しい温かさに先程とは違う、ほんのりとした桜色におちかの頬は染まった。

「今回は仕方ないですよ。潮干狩りがどんなものかよく知らなかったんですから。だけど、次からはおんなじ間違いをしてはいけませんよ」

 十歳以上も年上の、優しい許嫁はおちかに噛んで含めるように言い聞かす。

「そうですね、さすがに今年のおひな祭りには間に合いそうもありませんけど、来年は一緒に潮干狩りに参りましょう。夫婦で潮干狩りも悪くないものですよ」

 吉左衛門の言葉は春の雨のように暖かく、優しくおちかの心に沁み入ってゆく。親の決めた縁談ではあるけども、この人と巡り合えて良かったとおちかは初めて心の底から思った。



UP DATE 2009.02.26


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初のオリジナル短編の拍手文です。今年はそれぞれの季節の行楽をテーマに少しづつ拍手文を貯め込んでいこうかと(笑)。二次版権ものでは書けなかった『どんくさくておまぬけなんだけど頑張っている』女の子が書けたのは楽しかったですv(実際いたらもう少し賢くなれって突っ込みを入れそうですけど・笑)

こういう女の子だったら歳の差カップルも書けるんですけどね~。次回はお花見を予定しております。
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