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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾陸・玄猪の祝(大久保利通&満寿子)

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薩摩藩御側役兼御小納戸頭取である大久保利通こと一蔵を出迎えたのは六歳の長男・和熊であった。

「父上、お帰りなさいませ!」

 まるで犬の仔のように玄関に転がり出る和熊の愛くるしい様に一蔵の口許には自然と笑みが零れる。

「おお、今日は特に元気だな。」

 職場での寡黙で怜悧な理論家の姿はどこにもなくここにいるのは子煩悩な一人の父親である。一蔵は走り寄ってきた息子を抱き上げた。
 僅かな暇さえあれば子供の面倒をよく見る一蔵に和熊は母親以上に父に懐いている。母親である満寿子が冗談めかしてやきもちを口に出すくらい普段でも一蔵が帰ってくるとべったりとくっついて離れない和熊だがこの日は特に一蔵に纏わり付く事情があるのだ。

「今日は亥の子餅の日でしょう。亥の刻まで起きていられるように今年は母上の言いつけ通りちゃ~んと昼寝をしました。」

 去年は母親の言いつけを守らず近所の子供達と遊びほうけてしまった。そのため父親の帰りを待つことさえ出来なかったのがよっぽど悔しかったのだろう。今年は亥の刻まで起きているんだと息巻いている姿が一蔵の微笑みを誘う。

「旦那様、お帰りなさいませ。」

 玄関からなかなか一蔵が上がってこない為だろうか満寿子が珍しく玄関に顔を覗かせる。この時代の上級武士の妻は玄関での送り迎えは許されていない。それにも拘わらず満寿子が顔を覗かせたというのは相当な時間自分は和熊とじゃれ合っていたのだと一蔵は気がつき、満寿子に詫びを入れた。

「身重のお前に気を遣わせてしまって・・・・・。」

 来年四月には和熊の弟か妹が生まれる予定である。気持ちふっくらしてきた満寿子の腹部に和熊は父親に抱かれたまま手を伸ばしそっと撫でさする。

「この子ったら、旦那様のお持ち帰りになる亥の子餅を一日中待っていたのですよ。」

 満寿子は伸ばされた和熊の手に己の手を重ねながらにこやかに一蔵にその日一日のことを話し始めた。



 亥の子餅とは、玄猪の祝に際して作られる餅のことである。亥の子(旧暦十月すなわち亥の月の亥の日)の亥の刻(午後十時ごろ)に食べる習慣があるもので、幕府では、大名・諸役人に対して、十月朔日、七つ半に江戸城への登城を命じ、将軍から白・赤・黄・胡麻・萌黄の
 五色の鳥の子餅を拝領して、戌の刻に退出する規定があった。勿論薩摩藩も同様で、御側役の一蔵も藩主・島津久光から直々に亥の子餅を拝領していた。
 さすがに拝領菓子ともなればそれなりのものである。和熊はそれを狙って母親の言いつけを守り亥の刻まで起きていられるようしっかり昼寝をしたのである。



 夕餉が終わり、和熊がねだる中、一蔵はそれを待たせるのに苦労をしたがようやく亥の刻になり、三人で亥の子餅を食べ始める。亥の子餅には特に決まった形・色・材料はない。
 餅の表面に焼きごてを使い、猪に似せた色を付けたものや、餅に猪の姿の焼印を押したもの、単に紅白の餅、餅の表面に茹でた小豆をまぶしたものなど、地方により大豆、小豆、ササゲ、胡麻、栗、柿、飴など素材に差異がある。今年の亥の子餅は餅の表面に小豆をまぶしたものであった。

「こんな風に亥の子餅を食べることが出来るのはいつまでかな。」

 亥の子餅を食べ終わり、一蔵の膝の上で眠りに就いた和熊のちいさな頭を撫でながら、一蔵はぽつり、と呟く。

「旦那様・・・・・?」

 家庭では滅多に見せない深刻な表情を浮かべる一蔵に満寿子は何事かと尋ねる。

「時勢は刻一刻と動いている。今日も上様と話してきたのだが・・・・・、近々また京都に上ることになるだろう。」

 濃いめに淹れた玉露をすすりながら一蔵は呟いた。去年から藩主・久光を擁立して京都の政局に関わっているのだがその動きはますます激しさを増す。一瞬たりとも目を離すことが出来ない状況なのである。

「忙しくあちらこちら動き回っている時は考えもしないのだが和熊の顔を見たらふと思ってしまってな。」

 すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている息子の寝顔を見つめながら一蔵は考え込んでしまう。
果たして自分がやっていることは本当に藩の為、日本の為そして自分達家族の為になっているのだろうかと・・・・・。そんな一蔵の思考を打ち破ったのは他でもない妻の柔らかな声であった。

「きっと来年も、その先も食べることが出来ますよ、亥の子餅。三人・・・・・いいえ、四人ですね。もしかしたらもっと多くの子供達と。」

 子を宿した女子は腹が据わるのだろうか、ともすれば仕事の重圧に押し潰されそうになる一蔵をその言葉が救ってくれる。

「そうだな。」

 明日からまた京都に行く準備で大わらわになるだろう。妻の笑顔も利和の寝顔も、そしてこれから生まれてくる子供の顔さえ満足に見ることが出来ない日が続く。
 それだからこそ、今、この瞬間を大事にし希望に満ちた未来をつかみ取る為の糧にすることができるのだ。一蔵は渋茶を飲みながら、つかの間の家族団らんを噛みしめていた。



UP DATE 2009.10.26


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今回は恋愛と言うよりは家族愛ですね。
ネタを探していたら大久保利通にぶちあたりまして
職場でのクールさと家庭での良き父親振りのギャップに
すっかりはまってしまいました。
これでお妾さんがいなかったらパーフェクトなんですが(笑)。
ちなみに長男の名前(幼名)は創作です(調べが付かなかったので・苦笑)。
次男・伸熊、三男・三熊、六男・駿熊、七男・七熊
・・・・・って子供の幼名に熊がついていたもので
それにならい『利和(長男の名前)-利+熊』とさせていただきました。
(正妻・妾の子供とも上から2番目まではちゃんと名前をつけてるみたいですが
それ以下は生まれた順番って・・・・・・親の手抜きを感じる・笑)

次回更新予定は11月10日、鞴祭りあたりを取り上げたいと思います。
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