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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第四話 理由ありの姫達・其の壹

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 嘉永二年十一月半ば、牛痘の痘痂と共に江戸に到着した斉正は早速伊東玄朴を呼び出し、痘痂を分け与えた。

「では、島田殿に指導を仰いだ後、早速この痘痂をわが子らに植え付けたいと存じます。その後はとりあえず弟子達の子供などに・・・・・・」

「いや、まずは我が娘・責に受けさせる。それと・・・・・・痘苗の独占は許さぬ。流派を超え、痘苗を望む医者全てに分け与えるように」

 普段医師に対して礼儀正しい対応をする斉正にしては珍しく厳しい口調で伊東に申し渡す。その一言で伊東は斉正の本気を感じとった。迂闊に痘苗を独占しようものなら処罰は勿論、侍医の地位まで失ってしまうだろう。

「御意。では発痘を見次第、すぐに姫様への引痘を行います」

 ここは斉正の命に素直に従った方が賢明だと、伊東は深々と頭を下げた。



 数日後、伊東玄朴ら蘭方医の子供に植え付けた痘痂は、ものの見事に発痘を見た。そこで得られた痘漿を伊東は責姫と濱に引痘したのである。
 大名の姫に対しての種痘は、一歩間違えは容姿にも影響するだけに、ある意味世嗣に施すよりも緊張を伴う。さらに江戸で初めて行われる本格的な種痘であることも相まって、責姫の種痘には直接種痘を施す伊東の他、大槻俊斎、戸塚静海、坪井信道、松本良甫ら名だたる蘭方医が立ち会いを希望し、斉正はそれを許可した。そして数日後、責姫と濱の腕に発痘を確認したのである。

「先生方、もし宜しければこの場にて我が家中の子供らに種痘を施して戴けませんでしょうか」

 医師達は斉正のたっての希望により、その場で藩邸の、まだ疱瘡に罹っていない子供らを実験台に種痘を始めた。これで責姫を始め、藩邸の子供達は疱瘡で苦しむことはないと斉正はほっと胸をなで下ろす。

「・・・・・・これでお前達は疱瘡に罹ることは無いぞ、健子、濱。死ぬことも、痘痕で醜くなることもない」

 斉正の言葉に満面の笑みを浮かべはしゃぐ濱に対し、何故か責姫の表情は浮かなかった。それに気が付いたのは種痘を施した伊東であった。

「姫様、何か不都合がございましたでしょうか。もし、発痘が痛むようでしたら痛み止めを・・・・・・」

「いいえ、そうじゃないの」

 何かを言い出しにくそうにしている責姫に気が付いた颯が、伊東ら蘭方医に言う。

「姫様は人熱れに中ってしまったようです。しばしお休みを戴いても宜しいでしょうか」

 颯の言葉に医師達は顔を見合わせ思わず苦笑した。確かに初めて引痘する者も多く、高貴な姫達を差し置いて夢中になりすぎていたかも知れないと反省する。

「それもそうですね。こんなぎらぎらとした緊迫感の中では大人でさえ気分が悪くなるもの――――――承知しました。では我々はこれにて」

 颯の言葉を受けて医師達が下がった後、責姫はようやく口を開いた。

「父上様・・・・・・妾に種痘を施す価値はどこにあるのでしょうか」

「健子、一体何を言い出すのだ?」

 だが、責姫は沈んだ声で続けた。

「だって・・・・・・妾と婚約すると死んでしまうって、噂があるのに・・・・・・誰も妾と婚礼を挙げたいなんて思ってくれないかも知れないのに」

 絞り出すように言葉を吐き出すと、責姫の目からぽろり、と涙がこぼれ落ちた。



 責姫がこのようなことを言い出すには理由があった。今を遡る事一年前、責姫は婚約者であった鳥取藩十代藩主・池田慶行に先立たれていたのである。
 鳥取藩は斉正の母の実家でもある。その縁で天保十四年に貢姫と慶行は婚約したのだが、嘉永元年に慶行は僅か十七歳で鳥取城にて逝去、勿論責姫との縁談も流縁となったのである。

(加賀あたりの吹き込みか・・・・・・加賀と健子の婚姻は国子殿がいい顔をしなかったしなぁ)

 実は淳一郎が生まれる前、加賀から佐賀に前田斉泰の四男で溶姫の二人目の息子である喬心丸と責姫との婚約の打診が内々にあったのである。さすがに盛姫が生きていた頃だったのであっさりと断ったのだが、その嫌がらせもあるのかも知れない。

「健子、お前がその様なことを気にすることはない。父がお前にふさわしい良人を見つけてやるから安心しろ」

 斉正は責姫の不安を吹き飛ばすように力強く言い切ったが、責姫の表情が晴れる事は無かった。



 娘の婚姻の心配をする斉正だったが、斉正自身も己の再婚話に困惑することになろうとは全くもって思っていなかった。それは斉正が海防計画を進言した時のことである。

「・・・・・・ですから、是非とも伊王島と神ノ島・四郎島に台場を築く許可を!外国船は長崎湾外で防ぐべきです!老中は日本が清国のようになっても宜しいと仰るのですか!」

 嘉永二年現在、長崎では七カ所に台場を設け、湾内警備の体制を敷いている。だが、昨今の近海の状況を鑑みた場合、それでは極めて心許ないと、斉正は湾口部の伊王島と神ノ島・四郎島に台場を築き、大砲百門を据える必要があると主張したのである。
 防御線を湾内から湾外に移す見直し案――――――それはここ最近日本近海を徘徊する外国船への対抗策であった。斉正が見学したパレンバン号や浦賀にやってきたコロンバス号規模の軍艦が戦闘目的でやってきて、長崎湾内に入られてしまったら手遅れである。

「しかしなぁ」

 老中の阿部は困ったように眉根を寄せながら腕を組み、低く唸った。明らかに及び腰であることは火の目を見るより明らかである。だが、ここで引いては今までと何も変わらない。

「攻め入られてからでは遅いんです。ここはぜひご決断を!」

 直正は建言書をぐい、っと阿部に押しつける。パレンバン号やコロンバス号が来てから考え続け、煉りに練った計画である。斉正は必死に阿部を口説くが、阿部の口から出たのは『否』の一言だった。

「・・・・・・今の幕府にその様な金はない。長崎御番の片割れである筈の福岡藩も及び腰ではないか。天領にどうこうするのは問題があるが、幸いなことに伊王島と神ノ島は佐賀藩の領地――――――領内のことであれば今回は目を瞑ろうぞ。」

 この阿部の態度に業を煮やした斉正は、結局佐賀へ戻る直前の嘉永三年春、『伊王島と神ノ島には藩独自に台場を築き、警備を充実させる』とする文書を幕府に提出することになるのだが、海防計画の話がひと段落付いた直後のことである。

「ところで、佐賀公。上様から直々のお達しだ――――――田安家の筆姫様と再婚をせよ」

「は?今、何と?」

 急な話に斉正は目を丸くする。

「盛姫君様がお亡くなりになった際の、佐賀公の落ち込みようをことのほか上様はご心配なさってな・・・・・・盛姫君様の父方の従妹でもあらせられるし、十八歳とまだ若い。しかもまだ初婚と来ている。再婚話としては決して悪い話ではないと思うが」

 十八歳という年齢を聞き、斉正はさらに険しい表情を浮かべる。

「・・・・・・筆姫様が初婚ならば、もう少しましな相手がいるでしょう。何も妻に先立たれた中年の外様大名に嫁ぐことは無いと思われますが」

 庶民に比べ武士の結婚は少し遅めではあるが、それでも十八歳まで何も話が無いと言うことはあり得ない。それこそ責姫のように婚約者に先立たれたとか理由があれば話は別だが、そのような噂も聞いたことがない。
 何か裏があるのでは――――――特に台場建設の話もあることだし、懐柔策に出たかと斉正は疑う。

「残念ながらそこまではそれがしも知らぬ。ただ上様直々にお決めになられたことを覆すことは出来まい。粛々と話を受けよ、佐賀公」

 ぴしゃり、と言われ斉正は何も返すことができなかった。



「父上様が・・・・・・再婚?」

 帰ったきた斉正の報告に、責姫が目を丸くする。

「ああ、上様直々の・・・・・・健子の義理の伯父上からの命令だ。断る訳には行かぬ」

 そう言いながらも、斉正は責姫や濱の前で大きな溜息を吐く。

「勿論新しい正室が来るからと言ってお前達を蔑ろにするわけでもないし、そなたの母を忘れる訳ではない」

 言訳がましくくどくどと喋り続ける斉正に、最初こそ神妙に聞いていた責姫だったが、とうとう口を挟んでしまった。

「父上様。父上様は佐賀の領主でございましょう?いつまでもうだうだと言訳をしないで下さいませ。母上様も西方浄土で呆れられておりますよ」

 責姫のきつい言葉に斉正は言葉に詰まる。

「と・に・か・く!私どもは筆姫様をお迎えするに当たって恥ずかしくない準備を整えさせて戴きますので、父上様は男らしくでん!と構えていてくださいませ!」

 多くの大名の姫達と違い、責姫は盛姫や風吹から『大奥流』の厳しい教育を受けている上に、ひとり江戸藩邸を守らねばならなかったという責任感が彼女を強くたくましくしたのであろう。 『自分と結婚してくれる相手などいないのでは?』とほろりと流した涙に惑わされ、責姫本来の責任感、そして気の強さを斉正はすっかり失念していたのだ。

「お前には敵わぬ・・・・・・判った。今回の祝言はお前の采配に任せようか」

 これだけしっかりしていれば、どこに出しても恥ずかしくないと誇らしげに思いながら、斉正は責姫の頭を撫でる。だが、責姫と違い、斉正の再婚を心の底から喜ぶことができないものがたった一人、すぐ傍にいることに斉正も責姫も全く気が付かなかった。



 斉正が奥向きを出た後のことであった。いつも斉正が来ると責姫が呆れるほどはしゃぎ回り、元気な濱がその日はしゅん、と落ち込んでいる。

「どうしたの、濱?お腹でも痛いの?」

 責姫や女官達が心配して訊ねるが、濱はただ大丈夫だと首を横に振るばかりであった。

「・・・・・・どう説明して良いのか解らないんです。殿の再婚話をお聞きした頃から、何となく胸のあたりがもやもやするような感じがして」

 そう言いながら濱は胸のあたりを抑える。

「もしかしたら、濱ちゃん、殿の再婚にやきもち焼いているんじゃないの?」

 そう冗談めかして言ったのは颯であった。

「そりゃ赤子の頃から殿に可愛がられていましたしねぇ」

 膳を片付けにきた梓も颯に同調する。

「そうそう、『両手に花だ』と責姫様や濱ちゃんを抱いて姫君様に呆れられていましたっけ。懐かしいわぁ、もうあれから十年近くも経つんですものねぇ。

「風吹様の話では、責姫様が生まれる前は事あるごとに濱ちゃんを城に呼んでいたそうですし。あれだけ可愛がられていたら気が気じゃないわよねぇ。筆姫様に殿を取られちゃう気がして、面白くないんじゃない?」

「いっそ、責姫様の嫁ぎ先が決まった後にでも濱ちゃんのお嫁入り先も決めて貰ったら?そうすればきっと寂しくなんて無くなるわよ」

 好き勝手言う女官達の話を作り笑顔で聞いていた濱だったが、『濱ちゃんのお嫁入り先』との言葉にずきん、と今までにない激しい痛みを胸に覚えた。

(そうだ。もしかしたら殿の再婚で、私は・・・・・・)

 用済みになってしまうのではないか――――――その事に気がつき愕然とする。

(私、殿の傍から離れたくない!)

 濱の中でぼんやりしていた想いが徐々に固まってゆく。

(私・・・・・・殿が好き。親子ほど歳が離れているけど――――――殿が好きなの!)

 とうとう濱は己の中に育ち始めていた小さな想いに気が付いてしまったのだ。そしてその想いは、これから長きにわたって濱を苦しめることになる。



UP DATE 2011.06.01

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ようやく斉正らの子供世代、責姫、濱、そして新キャラ(とは言っても名前だけしか今回出ていませんけど・笑)筆姫が中心となる『理由(わけ)ありの姫達』に突入です。三人三様、色々『わけあり』なようでして・・・・・(苦笑)。責姫は婚約者を失い自信を無くしているようですし、濱は新しく入ってくる筆姫の存在に心穏やかでは居られないようです。そして筆姫にも何かありそうなのですが・・・・それは次回に持ち越しということでv
というか、この『理由ありの姫君』の中である程度解決を見るのは筆姫くらいかもしれません。責姫に関しては黒船来港直後までかかりそうですし、濱に至ってはさらに長く――――――-もしかしたら開国編の間中濱の『わけあり』は続くかも。幕末へ向かって行く流れと共に、三人の若い姫達の行く末も見守ってやってくださいませv


次回更新は6/8、筆姫の入輿がメインとなります(^_^)
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