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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 狼の残夢・其の壹

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松の内の名残が漂う正月九日、滝沢虔三郎は賑町の近くにある牛鍋屋『太田縄のれん』において背の高い中年男と差し向かいで牛鍋をつついていた。普段虔三郎は高島町の近くにある馴染みの牛鍋屋を使うのだが、高島町と聞いた途端、中年男が難色を示したのである。

「いわゆる『ヒモ』ってやつなんですよ、私は。脂粉の移り香なんかさせて家に帰った日には三行半を強奪されて寒空の中放り出されるのがおちです。」

 色の黒いヒラメ顔が情けなく歪む。どこまで本当のことなのか判りかねたが、せっかくだからと噂に聞いた『太田縄のれん』に行くことになった。牛肉の焼ける香りと味噌だれの香ばしい香りが部屋中に漂い、食欲をそそる。

「明豊堂さんは牛鍋はお嫌いですか?」

 なかなか箸を伸ばさない虔三郎に気を遣い、美味そうに肉を頬張りながら中年男は虔三郎に尋ねる。

「いいえ、むしろ好物ですが・・・・・。」

 虔三郎の箸が進まぬ理由は目の前にいる中年男の、すさまじい食欲のせいであった。どちらかというとひょろりと痩せぎすで食が細いように見えるのに、若い虔三郎でさえ呆れるほどよく食べる。少なくとも虔三郎の二倍の速さで牛鍋をぱくついているのだ。

「家内にも良く叱られるんですよ。『食べさせん子ぉみたいにがつがつするの、やめておくれやす。』って。」

 どうやらこの男の妻は上方の、しかも京都かその近辺の者らしい。この男に関する噂が本当ならばそれもあるかもしれない--------------表情にこそ出さないものの、虔三郎は慎重に相手を探る。

「ここで滋養を付けたらそれこそ色町に・・・・・と行くところだと思いますが。そんなに奥方はやきもち焼きなんですか?」

 これだけ肉を食べてしまったらそれこそ精力が有り余ってしまうのではないかと冗談めかして言ったら中年男は情けない表情を浮かべて肩を竦める。その仕草はまるで西洋人のようであった。

「惚れた弱み、って言う奴ですよ。あちらの親族や私の師匠の反対を押し切って、駆け落ち同然に一緒になったんです。いや・・・・一応兄分に当たる人がこっそり仲人をしてくれたから、駆け落ちとは言わないんですかねぇ・・・・・。」

 どうやら複雑な事情があるらしいが、中年男はそこのところをあまり隠す気はないらしい。頼みもしないのにべらべらとしゃべり続ける。だが、その煩いほどのお喋りはむしろ『本当に隠したいこと』から相手の気を逸らす為の手段であった。虔三郎がそれに気がついたのは牛鍋の半分が無くなりかけた頃であった。私的な事を話ながら肝心な話--------------過去の仕事の経歴や経験、武勇伝らしいものは一切男の口から出てこないのである。
 唯一男の過去の経歴を物語るのはその箸使いくらいであろうか。食事の仕方は至って上品で、きちんとした躾を受けたものである。その仕草から類推すると以前は最低でもどこかの藩の下級武士、もしかしたら幕臣だったのかもしれない。大抵は御国言葉で出身地を類推することができるのだが、この男の言葉には江戸、上方、そして北方の国々の発音が入り交じり出身地を確定することさえ難しいのである。
 そんな中年男を目の前に虔三郎はとうとう気になっていた事を目の前の中年男に尋ねた。

「--------------藤堂さん。あなたが以前新選組だったっていう噂は本当なんですか。」

 一瞬まずかったか、と思った虔三郎だったが、中年男は全く気にした様子もなく一旦箸の動きを止め、にこにこと-----------見ようによっては人を喰ったような笑みを浮かべる。

「あなたがそう思うのであればそう思っていて下さっても構いませんよ。だけど、警察には言わないで下さいね。」

 藤堂と呼ばれたその中年男は冗談めかして虔三郎に念を押した。



 虔三郎は少々後悔していた。臨時の用心棒にと雇った男だが、藤堂平助はとにかくとらえどころがないのである。にこにこと言うよりはむしろへらへら笑い続け、時折人を射貫くような鋭い視線を垣間見せる。日本刀を振りかざしながら襲いかかってきたチンピラを、転がっていた棒きれで叩きのめしたかと思えば、何事かとやって来た仏蘭西人将校に対し仏蘭西語で事情説明をする。本人は外国人相手に仕事をしている内に覚えたと言っていたが、その発音の仕方はきちんとした教師について習得したもののように日本語なまりのないものであった。
 柄の悪さを演じながら時折垣間見える育ちの良さ--------------この男は一体何者なのか。得体の知れぬこの男をこのまま雇ってしまって大丈夫なのだろうか。虔三郎は言いしれぬ不安に駆られる。

「あ、何だか失敗した、って顔をしてますね。皆さんそういう顔をするんですよねぇ。私が新選組の生き残りかも、って話が出ると。」

 虔三郎の不安をずばり指摘すると、藤堂はけらけらと大声を出して笑い出した。

「ご安心を。頂いた賃金の分の仕事はきっちりやらせて戴きます。いい加減まともな職に就かないと妻や娘にそっぽを向かれてしまいますから。」

 藤堂はひとしきり笑った後、真顔になり契約の履行を固く誓う。結局の所虔三郎はそれを信じる事しかできないのだ。虔三郎は苦笑いを浮かべながらぬるくなった麦酒を渇いた喉に流し込んだ。



 その二時間後、藤堂と別れた後虔三郎は一人高島町の馴染みの妓楼に上がっていた。得体の知れない男との会食で精神的にだいぶ疲労していた。できることなら結衣のいる妾宅に行きたかったのだが、生憎結衣は昨日から月役で虔三郎の相手が出来ない。抱けない女の許へ行くのもばからしいと妓楼へやって来たのはいいが、どうしても『その気』が起きないでいる。

「やっぱり疲れているんだろうな・・・・・。」

 相方の娼妓に手当を渡し下がらせると、虔三郎は妓楼の廊下へ煙草盆を持ち出し胸ポケットから短い銀煙管を取り出し煙草を吸い始めた。
 この頃すでに紙巻き煙草も販売されているのだが、虔三郎はあの唇に触れる紙の感触が好きになれなかった。噛み癖があるので紙巻き煙草では物足りないのだ。蜈蚣や蜘蛛の緻密な細工が施された銀煙管からゆらゆらと紫煙があがり、虔三郎はぼんやりと欄干に寄りかかり階下を見つめる。すっかり馴染み深くなった西洋ランプの灯の下、ロビィで騒いでいる客や娼妓のやり取りを見つめている内に何となくささくれ立っていた心が鎮まっていくのを虔三郎は自覚した。その時である。

「兄さん、煙草盆を借りてもいいかい。」

 煙管に詰めた煙草を吸い終わりかけたころ、低い声が虔三郎に呼びかけたのである。

「ああ・・・・・構わないが。」

 虔三郎はちらりとその男を見やる。太い眉と炯々と輝く瞳が印象的な男であった。その動きの一つ一つからその男の職業が推測される。

(警察官か・・・・・。)

 私服を着ていてもその雰囲気は消せるものではない。

「あんたはこの店の馴染みか?」

 袂から紙巻き煙草を取り出すと男は煙草を吹かし出し、虔三郎に尋ねる。訛りからすると陸奥の出自だろうか。西南の役より少し前から会津出身の警察官が多くなってきているからその一人なのかも知れないと虔三郎は推測する。先程まで会食していた男と違い、出身地が判るだけでついほっとしてしまう自分に虔三郎は気がつき、内心苦笑する。

「・・・・・ガサ入れですか、警察官の旦那。」

 虔三郎は相手に探りを入れる。やはり先程の中年男の毒気に当てられているのだろう。出身地さえ容易に想像が付く警察官に対し、答えてなど貰えるはずもない質問をしてしまう。だが、男はその炯々と輝く目を少しばかり細め、無表情のまま虔三郎の質問に答えた。

「残念ながら俺の管轄は東京市だ。別にあんたが何をやっていようが関係ない。ただ一つを除いてな。」

 男は勢いよく煙と共に質問を吐き出した。

「あんた、元新選組の藤堂平助を名乗っている男を知らないか?」

 その名前を聞いた瞬間、虔三郎の表情が強張った。




 しばしの沈黙が二人の間に流れてゆく。まさかここであの『藤堂平助』が出てくるとは・・・・・虔三郎の額に嫌な汗が滲む。

「・・・・・さぁな。」

 ここは知らぬ振りを決め込んだ方が良いとばかりに素っ気なく答えたが、相手は虔三郎の心を読んだかのように口の端を少しだけ吊り上げ、くすり、と笑う。

「あんたは嘘が下手だな。」

 男は煙草をもみ消し、新たな一本に火をつけた。

「別に奴と関わったからと言ってあんたを捕まえる訳でもないし、あいつをどうにかしようとも思っちゃいない。だが、もし顔を逢わせることがあったら言っておいてくれ。あまり派手な動きをすれば中央も黙っちゃいないと。」

「派手な動き?」

 訳が解らず虔三郎は眉をしかめる。男は当たりを見回し、自分達の会話を盗み聞きしている者が居ないことを確かめると、さらに声を潜めて虔三郎に詳細を語り始めた。

「そもそも死人の名前を使ってちょろちょろ小銭を稼ぐ事自体政府にとっては派手な動きさ。本物の藤堂は御陵衛士だったから、奴はその立場を利用しようとしているんだろう。決して出来の悪い男じゃないのに、どうも悪ふざけが過ぎる。」

 大仰に煙を吐き出しながら男は説明とも愚痴ともつかない言葉を語り続ける。

「死人・・・・・?」

「本物の藤堂は油小路で殺された。」

 あまりに物騒なその言葉に虔三郎は目を丸くする。では、虔三郎と今まで牛鍋をつついていた、あの男は何者なのか。虔三郎の心に疑念がふつふつとわき上がる。

「じゃあ、あの男は俺を謀って・・・・!」

 そう言いかけた虔三郎だが、藤堂と名乗った男の言葉を思い出した。『あなたがそう思うのであればそう思っていて下さっても構いませんよ。』--------------つまり、自分からは藤堂を名乗っておらず、虔三郎が思い込んでいただけである。虔三郎は自分の思い込みを恥じたが、しかし、男は意外な言葉を口にした。

「・・・・・新選組だということは本当だ。それに新選組で組長だったという事も。」

 元・御陵衛士の藤堂平助ではないが新選組の幹部とは・・・・・虔三郎の頭の中は混乱状態である。

「じゃあ誰なんだよ、あの男は。」

 訳が解らず虔三郎はむくれ、煙管に歯を立て始めた。

「あんたは知らない方が良い。」

 そんな虔三郎を宥めながらも、周囲に聞こえないように男は口の中で呟く。

「藤堂よりも恐ろしい----------新選組一の人斬りが墓場から甦って来たんだからな。」



 どこからともなく狼に似た犬の遠吠えが聞こえてくる。十数年前、壬生狼と呼ばれた若者達の残夢が今まさに語られようとしていた。


UP DATE 2009.12.28

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ようやく再会しました『横浜慕情』シリーズ。今回は怪しげな二人のおっさんが出て参りました。
一人は偽・藤堂平助、もう一人は東北出身らしい警察官--------------この設定は二次小説で連載していた長編小説『願』の焼き直しでもあります。詳細は第二話で語られる筈なんですが・・・・・うまくいくかな?
R-18サイトなのにエッチシーンなしの話が続く可能性が大なのですが、話の展開上許してやって下さいませ。
(3話当たりでぬる~いのはあるかもしれないんですが・・・・・どう転ぶか正直わかりません・笑)
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