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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 狼の残夢・其の貳

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ざわざわと騒がしい階下を見下ろしながら二人の男が紫煙をくゆらせている。

「藤堂平助よりも恐ろしい男?」

 虔三郎に聞こえないように呟いた筈だったが・・・・・と男は少しばかり驚いた表情を見せる。

「俺もお天道様の下ばかり歩いている訳じゃないんでな。ばれちゃまずい話を仲間内でしなきゃならねぇ時、唇の動きだけで言葉を読むんだ。簡単な内容なら・・・・・今の場合藤堂、って言葉と恐ろしい、っていう言葉くらいだな。その後はさすがに解らねぇや。」

 西洋発祥の『読唇術』はグラハム・ベルの父で聾唖教育家のメルビル・ベルが発明したとされるが虔三郎のものはそこまで高度なものではない。せいぜい二言、三言拾えれば上等という稚拙なものだが男を驚かせるには充分すぎるほどであった。

「その技、警察でも導入したいものだ。特にこんなざわついた場所で効果を発揮しそうだ。」

 虔三郎の稚拙な読唇に感心する男だったが、虔三郎はそれを適当にあしらい話を元に戻す。
 
「おだててはぐらかそうって思っても無理だぜ。俺はそこまで馬鹿じゃない。・・・・・藤堂の正体を知らねぇ方がいい、なんてほざきながら『本物』より恐ろしい男なんて・・・・・気になる言い方をしてくれるじゃねぇか。」

 虔三郎が煙管の灰を落としながら男をぎろり、と男を睨み付ける。その、頭の先からつま先まで威嚇するような視線は、男達の昔の上司を彷彿とさせた。

(年齢もあの人が壬生にいた頃と同じくらいか・・・・・彼奴がこの男の下に付こうって気になるのも解るような気がする。)

 人を射るような虔三郎の視線を受けながらも男は顔色ひとつ変えず、黙りこくったまま煙草をふかし続ける。昔もあの上司とこうやって我慢比べをしたものであるが、あの時は若かった分男の方が不利だった。だが今回は立場が逆である。結局沈黙に我慢しきれず、先に口を開いたのは年が若い虔三郎であった。

「頼むよ・・・・・雇い主として知っておきたいこともあるんでな。教えてくれねぇかい、あの男の事を。」

 気持ちだけ柔らかい色が滲み出始めた虔三郎の言葉に男は少しばかり眼を細めながら、重々しく口を開いた。

「必要最低限の事を知る権利はあんたにもあるな・・・・・あんたが信じるか信じないかは勝手だがこれから話すことは紛れもない事実だ。」

 そう前置きをして男は語り始めた。



「彼奴は新選組創設時から参加していた幹部の一人だ。」

 男の声は決して大きくはなかったが、低く、虔三郎の耳に入り込んでくる。

「幹部とは言え、いつ何時粛正にあってもおかしくないのが新選組だ。その中で彼奴は函館の戦いまで・・・・・本当に最後の最後まで生き残ったのさ。」

 新選組の容赦ない隊内粛正は虔三郎も聞いていた。というより明治新政府が意識的に幕府に深く関係していた者、特に新選組に関して悪い噂を流していた節がある。

「ちんぴらとの喧嘩じゃなくて本当に殺りあっていたのか?だからあんだけ強いんだな。」

「ああ。剣技もさることながらあの男の本領は実戦で発揮される。どんなに相手の技術が勝っていても最終的に彼奴は勝つんだよ。」

 紙煙草をもみ消し、新しい煙草に火をつけながら男は答えた。

「野生の本能とでも言うのか・・・・・知恵や技を超える何かで難局を切り抜ける術を彼奴は持っている。だからこそ上野戦争後の『切り捨て御免』を生き延びることができたんだろう。」

「生き延びたって・・・・・あの上野戦争にも参加していたのか、あいつは。しかし新選組はあれには参加していないはずだろう。」

「あんた、若いのにやけに詳しいな。」

 男は虔三郎の知識に半ば呆れる。だが、虔三郎が上野戦争に詳しいのには理由がある。

「叔父貴が彰義隊に参加しやがって家族が迷惑を被ったって親父にさんざん聞かされたんでな。他の部隊は江戸を戦場にしない為に早々に立ち去ったのにあの馬鹿どもは、って。」

「確かに馬鹿かも知れないが、その当時は真剣だったのさ。話がそれたな・・・・・直接聞いた訳じゃないが状況から鑑みて彼奴は上野の戦争には参加できなかったはずだ。だが彼奴は新選組のいち・・・・・・幹部だ。見つかれば無事で済む訳がない。」

 男は一瞬言いよどみながら言葉を続けた。

「俺は会津までしか北上しなかったが、彼奴は函館まで行ったらしい。しかも他の隊士達が政府軍に投降した中、うまく逃げおおせて横浜にいるって訳さ。」

「・・・・てぇ事はやっこさん、十年以上も横浜(ここ)で潜伏しているって訳かい?」

 一時は表舞台にいたものが十年以上も潜伏生活を強いられるとは、と虔三郎は驚愕する。

「まあな。だが、さすがに大人しくしているのにも飽きたらしいな。よりによって藤堂の名前を使うとは・・・・・もう少し目立たない偽名を使えばいいものを。」

 男は苦々しく呟くと大仰に煙を吐き出した。

「藤堂平助という名前はそれほど有名なのか・・・・・まずいな。」

 虔三郎は煙管の口を噛む。

「あいつは仏蘭西語ができるから外国人相手の仕事もこなせると思ったんだが。」

「・・・・・食い物をせびる以外の言葉が彼奴の口から出るのが意外だな。」

 男の言葉に虔三郎は露骨にあきれ顔を見せた。

「昔から大飯喰らいだったのか、あいつは。」

 虔三郎の言葉に男は眉ひとつ動かさず、むしろ『さもありなん』とばかりに大きく頷く。

「少なくとも娼妓を買う金があったら酒の肴か饅頭を手に入れるような男だ。函館で何があったか知らぬが、たぶん仏蘭西語の習得の代わりに飯なり酒なりを手に入れていたとしか思えん。」

「犬じゃあるまいし。」

「俺たちは壬生狼と呼ばれていた。狼も犬もそう変わらない・・・・・自由気ままか、それとも安穏と引き替えに自由を失うかの違いだけだ。」

 男は最後の煙草を吸い終わり虔三郎に背を向けた。

「何か問題が起こったら警視局の警部補、藤田五郎を訪ねてくれ。」

「藤田・・・・五郎って、まさかあの藤田五郎か!」

 男が名乗った瞬間、虔三郎が驚愕の表情を見せる。

「西南戦争の銃撃戦で負傷しながらも、天才的な剣技と指揮力で薩摩兵を圧倒して大砲二門を奪取したっていう、あの藤田五郎なのか?」

 今までと違い、その目はあこがれの英雄を見る目つきである。

「・・・・・今じゃ藤田の名前の方が有名なのか。動きづらくていけないな。」

 虔三郎の反応に対ししょっぱい顔をしながら、藤田五郎は改めて虔三郎に向き直る。

「『藤堂平助』には藤田ではなく斉藤の名前で忠告してくれ。その方が彼奴には通りがいいだろう。」

 口の端に微かな笑みを見せ、藤田は今度こそ本当に虔三郎の前から立ち去った。滝沢虔三郎と藤田五郎、後に腐れ縁とも思えるほど深く関わっていくことになる二人の、これが初めての出会いであった。



 一方藤堂平助を名乗る男は虔三郎と別れた後、寄り道もせずまっすぐ自宅へ戻っていた。

「父上、お帰りなさいませ!」

 十三、四歳くらいだろうか、切れ長の目が印象的な娘が奥から飛び出してくる。

「佳代、お留守番ご苦労様。ところで母上はまだ帰ってきていないのですか?」

 出迎えにきた娘に微笑みかけながら、藤堂は妻の事を娘に聞く。女医という仕事柄、患者の容態次第ではなかなか家に帰ってくることができないだけに、心配になる。

「ええ、お菊さんのお産が長引いているみたいです。産婆のおエイさんもお年がお年だから手が離せないって・・・・・。」

「そうですか。だったら着替えくらい持って行った方がいいですね。下手をすると明日の朝になるかもしれませんし・・・・・。」

 部屋に上がり、藤堂が言いかけたその時である。

「佳代、旦那様、今帰りましたえ。」

 噂をすれば影、妻の柔らかい上方言葉が玄関から聞こえてきたのだ。藤堂は着替えもそこそこに玄関に妻を迎えに出る。

「小夜、お帰りなさい。私も今帰ってきたばかりなんですよ。今何か作りますから小夜は休んでいて下さい。」

 藤堂は何か言いたげな妻を無理矢理座らせると、自ら台所へ向かった。

「父上はいいの?」

「ええ、雇い主さんに牛鍋をごちそうになってきましたので。佳代は?」

「父上の言いつけ通りちゃ~んと先にいただきました。」

 花が咲いたような、と言う形容がぴったり来るあでやかな笑顔を父親にみせる。あと二、三年もすればどこかに嫁いでしまうかもしれない娘との時間は貴重だ。藤堂はまだ幼い笑顔を見せる娘に優しく微笑み返した。
 どこにでもあるごくありきたりな親子の光景だが、こうやって親子三人暮らせるようになったのはつい三年前である。明治新政府の目を避けながらであるが平凡で穏やかな生活が送れるようになるとは考えられなかっただけに藤堂はそのありがたみをしみじみと感じずにはいられなかった。



 そしてその日の夜--------------。

「そんなに大変なお産だったんですか。でも良かったですねぇ。母子とも無事で。」

 閨の中、藤堂は妻の小夜と互いの仕事の話をしていた。

「佳代の生まれた時は本当に大変だったですからね。あのことを思い出すだけで今でも肝が冷えますよ。」

 くすくすと藤堂は笑いながら妻の髪を撫でる。

「旦那様も無事お仕事決まって・・・・・せやけど大丈夫なん?お上に見つかったらただじゃすまへんやろ・・・・・。」

「大丈夫ですよ。もう瓦解から十年以上も経っているんですし、こんな甲斐性無しを捕まえたって得点稼ぎにはならないでしょう。」

 藤堂はするり、と小夜の布団に入り込み身体をすり寄せる。

「だから・・・・・お仕事が決まったご褒美、良いでしょう?」

 藤堂は小夜に囁き耳朶に唇を這わせた。

「もう、くすぐったい。堪忍しておくれやす。」

 身体をよじりながらも嫌がる素振りを見せない小夜にいい気になった藤堂は小夜を抱きしめ、寝間着の袷からそろり、と手を忍ばせた。

「ここ最近あなたの仕事が忙しくて全然かまってくれなかったじゃないですか。今日くらい相手をしてください。」

 いい年をした大人でありながら藤堂は母親にすがる赤子のように妻にしがみついた。

「ほんま、いくつになっても子供なんやから・・・・・こんなお方が新選組一の使い手だったやなんて誰も信じまへんえ・・・・・・総司はん・・・・・。」

 言葉を続けようとした小夜の唇を藤堂平助--------------否、総司と呼ばれた男が己の唇で塞いだ。



UP DATE 2010.01.10

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突発的に二日ほど早くUPしてしまいました『狼の残夢・その二』。やっぱり間が空きすぎると書けなくなるんですよ~。年も年だし持続からの惰性、ってもので連載を続けているもので(爆)。そういうところはスポーツ選手と一緒です。年喰えば喰うほど練習は練習は必要、若い人の二倍、三倍はやらないと同じ土俵に立つことさえ出来ません(^^)

ようやく最後の方で『ばったもん藤堂平助』の正体が出てきました(笑)。ついでに藤田五郎こと斉藤一も(爆)。
私の二次作品を読んで下さっていた方は『ああ、あのネタね』と理解して下さると思いますがそうじゃない方に一言だけ、この話は『沖田総司が結核で死なず、ずぶとく明治時代まで生き残っていたら』という前提で書いているものです。話せばひじょ~に長くなるんですが・・・・・大体5000~6000文字一話として200話くらい?(笑)
ちなみに二次では伊東甲子太郎がおおっぴらに近藤派に反旗を翻し始める慶応二年9月末~函館戦争終了まで上記と同じ条件でトータル100話以上かかりましたので、単純に2倍しても200話かな~と。
二次の焼き直しとは言え、『沖田総司が明治まで生き残る』以外はキャラクター等の関係上話の変更を余儀なくされそうなので二次で読まれた方も新作感覚で読んでいただけると思います。

次回の予定は一応19日(火)にしておきます。もし早めにUP出来そうならしますね~。(ちなみに次回はようやくエッチシーンに突入です。ここはR-18なのに~><)
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