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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 薔薇の誓・其の貳

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爽やかな五月の風が吹き抜ける中、虔三郎と結衣を乗せた俥は野毛に向かって走ってゆく。日本には珍しい二人乗りの人力車はただでさえ人目を引くが、それ以上に目を引いたのは乗車している二人であった。日本人離れしている上背に濃緑色の瞳をした虔三郎と、派手派手しさは無いものの整った顔立ちをした華奢な結衣が乗り込んでいればいやでも人目を引いてしまう。人の視線を感じて結衣はいたたまれず俯いてしまうが、虔三郎は気にした風も無く、むしろ誇らしげに結衣の肩を抱く始末である。

「け・・・・・虔三郎様。恥ずかしいですから・・・・・・。」

 自分の肩を抱く手に恥ずかしさを覚えた結衣が虔三郎にせめて手を外してくれと懇願するが虔三郎は逆にその手に力をこめた。

「これから野毛の坂だ。揺れが収まるまで我慢しろ。そのうち慣れる。」

 まったく聞く耳を持たない虔三郎に結衣も根負けし、大人しく虔三郎の腕に抱かれ続けていた。



 野毛の高台にある原善三郎の屋敷に到着したとき、後から追いかけていたはずの藤堂がすでに通りの向かいにある木立にもたれかかってあくびをしていた。

(なんて奴だ。俥夫より早くここに到着するなんて。)

 否、彼だけではない。あちらこちらに虔三郎の部下達がちらほらと見え隠れしている。困った事に皆、無駄にやる気に満ちており、何かあればすぐに暴力沙汰になりかねない空気を漂わせていた。

(正直、無駄足であってくれればありがたいが・・・・・。)

 彼らに視線を投げかけつつそう思いながら屋敷に入ると、原家の執事らしき壮年の男が二人を出迎えた。

「滝沢様でございますね。旦那様がお待ちです。」

 物腰柔らかながら、厳かな物言いに結衣は立ちすくみ、小刻みに震えだした。明豊堂の本家でさえ最初はびくびくしていたくらいだ。横浜一の実力者の家に入り込み、平然となどしていられるわけも無い。虔三郎は結衣を守るようにそっと背中に手を回した。

「ああ。」

 若造と見下されないよう虔三郎はできうる限り重々しく頷くと、結衣と共に案内に従った。



 長い廊下を通り抜けると、そこは広々とした応接間だった。そこにはくつろいだ様子の原と妻とおぼしき初老の婦人がいた。

「よく来たな、滝沢の。これは家内の屋恵だ。」

 いつもと変わらぬ様子で原は虔三郎に自分の妻を紹介した。

「初めまして。お噂はかねがね・・・・・・・うちの人は我侭でご迷惑をおかけしてますでしょう。」

 優しげに微笑みながら虔三郎と結衣に会釈する。

「初めまして。滝沢虔三郎と申します。こちらは・・・・・。」

 虔三郎は一瞬躊躇したが、思い切ってその言葉を口に出した。

「・・・・・婚約者の結衣。」

 あまりにもそっけない一言だが、虔三郎はその一言に己の存在全てをかけていた。自分から結衣を奪おうとするならば例え横浜一の実力者、原善三郎であっても容赦しないと婚約者という言葉に見え隠れする。

「ほう・・・・ふらふらとしてなかなか身を固めようとしなかったお前さんがとうとうその気になったか。」

 虔三郎の決意を感じたのか原はなんともいえない意味深な笑みを口許に浮かべた。そしてちらりと結衣を見やった後、妻の屋恵に言葉をかけた。

「屋恵、お結衣さんに庭を案内してやってくれないか。儂はこの若造と少々話がある。」

 ろくな世間話もせずに結衣や自分の妻を会談の席から外させるとは・・・・・虔三郎は、原の内心が判らず戸惑いを見せる。それは結衣も同様で、二人は思わず顔を見合わせた。

「はい、旦那様----------じゃあお結衣さん。私達は先に花を愛でましょうか。」

 戸惑いを見せる二人にお構いなく事は動いてゆく。結衣は半ば強引に屋恵に連れられて応接間を後にした。



 女性二人が部屋から出て行った後しばしの間、原はとりとめも無い仕事の話を続けた。特に今度就任する横浜商法会議所の話に関してはかなり真剣だった。虔三郎にとっても自分の仕事と関わって来るだけに真剣に話を聞いていたが、心の隅では結衣の件が気になってしまう。

(おやっさんはどういう気でいるんだ!そもそも妾を物色する席に女房を同席させるか?)

 話が進むにつれ段々と虔三郎の苛立ちが勝ってくるが、なかなか聞きだすことが出来ない。その時である。

「・・・・・・おい、虔の字、お結衣さんの件が気になって気になってしょうがないと見えるな。」

 まさに今、自分が思っていたことを読み取られたかのごとく原に図星を突かれ虔三郎はかっとなる。

「ええ、悪いですか?本気で惚れた相手をかっさらわれそうになる目前に、のうのうとしていられるとでも?」

 虔三郎は思わず立ち上がり、原を睨みつける。その行動に周囲にいた使用人達が気色ばむがそれを原自らが押し留めた。

「いや、まさか・・・・・酒の席の話を『ハマの青龍』が本気にするとは思わなんだ・・・・・こりゃ相当あの結衣と言う女に骨抜きにされていると見える。」

 その言葉に虔三郎は恥ずかしさの余り耳まで真っ赤にするが、原は構わず続ける。

「それにな・・・・・お前さんの言葉を借りるならば残念ながら『気に入らなかった』とでも言おうか。儂は女に支配されるのを好まん。」

 原の口から出た意外な言葉に虔三郎は目を丸くした。

「どういう・・・・ことです?あれほど地味で大人しい女も珍しいですが。」

 自分が結衣を支配しているというのならともかく、その逆とは・・・・・訳が解らず混乱する。

「ひよっこはこれだから始末に終えねぇ・・・・・・あの頼りなさが男を蟻地獄に引きずり込む。実際お前さんだってあの女を奪われんように屋敷の周りに部下をうろつかせたりしているだろうが。一言も命令を出さずにお前さんや周囲をそこまで動かしてしまう女だよ、あれは。」

「うっ・・・・・・。」

 原の指摘はどれも正しく、虔三郎は何も言い返せない。

「五十鈴楼の楼主があの女を買い取ろうとしていたのもその為だろう。あの儚げな見目、性格にだまされてどれだけの男が金をつぎ込むか・・・・・悪いがそういう危険な遊びをするほど耄碌はしておらん。残念だな、滝沢虔三郎。おまえさんは原善三郎にとって代わる機会を失した。」

 最後の一言に対しては虔三郎も一言言い返そうとしたが、幾つも思い当たる節がありすぎる。

「確かに・・・・・おやっさんの言う通りかも知れねぇ。結衣と出会ってから俺はあいつに溺れ・・・・・商人としての大成を諦める行動ばかりに走っている気がする。」

 結衣を囲ってからというものの付き合いの悪さ、そして今回の行動と、男として正しいかもしれないが、商人としてのし上がっていくには失格といわざるを得ない。

「平凡な幸せが悪いとは言わねぇ。それはお前が選んだ事だ・・・・・だが、後悔はしねぇだろうな?」

 これが最後とばかり原は尋ねるが、虔三郎は笑顔を浮かべながらそれに答えた。

「残念ながら・・・・・後悔のこの字もありゃしませんよ。」

 その笑顔はどこまでも晴れやかなものであった。



 応接間を後にした結衣と屋恵は庭に咲いている『天地開』を鑑賞していた。

「まるで牡丹のように華やかな八重咲きの薔薇なんですね。香りも芳しくて・・・・。」

 お世辞抜きで結衣は賞賛した。薔薇といえば一重咲きだったこの時代、品種改良によって生み出された八重咲きの薔薇は見た目の華やかさと芳しい芳香で結衣を魅了する。

「それにしても・・・・・懐かしい着物。お栄さんに借りてきたの?」

「はい。明豊堂の旦那様のお見立てで・・・・・。」

 さすがに妾の立場で身内のような顔もできず、結衣はそう答えた。しかし、屋恵は着物を見つめながら『そうではないでしょう』とやんわりと嗜める。

「弟の妾風情に思い入れのある、妻の大事な着物を貸したりはしないものですよ。あなたはその着物についてお栄さんか龍太郎さんから何か聞いていらして?」

「いいえ、全く・・・・・。」

 単純に華やかな柄が似合わないからこの着物を貸してもらったとばかり思っていた結衣は屋恵の言葉にとまどってしまう。

「その着物はね・・・・・あの二人が初めてここに来た時にお栄さんが身につけていたものなの。帯だけは違うけどね。『牡丹に唐獅子、竹に虎』----------獅子は、百獣に君臨する王と言われているのはご存知よね。」

「はい、それくらいでしたら・・・・・。」

「その無敵の獅子でさえ、ただ一つだけ恐れるものがあるの。それは、獅子身中の虫・・・・・・・我身の体毛の中に発生しては増殖し、やがて皮を破り肉に食らいつく害虫。だけどね、この害虫は牡丹の花から滴り落ちる夜露にあたると死んでしまうのよ。」

「そう・・・・・なんですか?初めて知りました。」

 ただ見目の華やかさだけの意匠だとばかり思っていただけに、屋恵の話に結衣は感心する。

「だからこそ獅子は夜に、牡丹の花の下で休むの。獅子にとっての安住の地、それが牡丹の花の下、って訳。」

「ということはもしかして・・・・・。」

「そう、虎と竹の関係も同じなのよ。虎も強い生き物だけど、群をなした象には勝てないの。そこで逃げこむ処が竹薮の中。象の巨体では竹薮に入ることもかなわないし、象牙も傷ついてしまうから。」

 屋恵の話に結衣は引き込まれ思わず聞き入ってしまった。

「牡丹も竹も強いものにとっての安住の地・・・・・・龍太郎さんにとってのお栄さんがそうであるように、虔三郎さんにとってのあなたは牡丹であり竹であると、明豊堂の主として龍太郎さんは主張したかったのでしょうね。」

 屋恵の話を聞いて結衣は呆然としてしまう。

「そ・・・・・んな意味が、この着物に秘められていたなんて・・・・・・・全く存じませんでした。」

「二人ともあなたに負担をかけてはいけないと思ったのでしょうね。」

 己の至らなさに結衣はただうなだれる事しかできない。

「私は・・・・・旦那様と奥様の期待に添えるような者になれるのでしょうか。」

 虔三郎の妾として、ひっそりと生きていた筈だったのに、いつの間にかそんな大きなものまで背負い込む事になっていた自分に結衣はおののき、怯える。だがそんな結衣を屋恵は叱咤した。

「悩んでいる余裕はあなたにはありませんよ。期待をしてくれる人がいるうちが花・・・・・せめてできる限りの努力をなさい。」

「はい・・・・・。」

 八重咲きの薔薇が涙にかすむ。龍太郎とお栄はまだ頼りない二人を慮り、『明豊堂としての意思』を着物に託して結衣を守ったのである。

「・・・・・そろそろあの二人の話も終わる頃でしょう。美味しいお茶でも飲みながらゆっくり庭を愛でるのも悪くないのよ。」

 涙が止まらない結衣の肩を抱き、屋恵は屋敷の戻るように促した。



 同じ頃、原と虔三郎も着物の事について語っていた。

「呉服屋として一世一代の見立てというものがあるならば、あの着物はまさにそれだな。龍の字がまだ二十歳半ば-------今のお前さんよりさらに若い頃に見立てたものだ。多少肩に力が入っているのは否めないが、手代と言ってもおかしくない年齢の若造が選んだにしてはなかなかだと当時も思ったもんさ。それをまさか二十年後に見ることになろうとは。」

 そう言って原は大笑いをする。

「まさかあの着物にそんな謂れがあったとは・・・・・。」

 自分の無知も恥ずかしいものがあるが、それよりも兄の心配りのほうがありがたかった。

「あの男も結構頭に血が上りやすいからなぁ・・・・・お栄さんを取られるとでも思ったのかねぇ。どちらにしろああいう厄介な女には手を出さないほうが無難だ。正式な妻にしても気をつけたほうがいいぞ。お前さんが思っている以上にあの娘は男好きをする。どこぞの野良犬に噛み付かれないよう気をつけたほうがいい。」

 真剣な表情の原に対して虔三郎は余裕の笑顔を見せる。

「ご忠告、感謝します。ですが、とりあえず結衣を表に出す気は毛頭ありませんし、原のおやっさんに取られなければ大丈夫でしょう。」

 虔三郎の言葉に対し原が何かを言おうとしたその刹那、扉の向こうから華やかな女性の話し声が聞こえてきた。

「噂をすれば何とやら・・・・・か。ま、その時はその時だ。気をつけておけ。」

 原の言葉に虔三郎は笑顔を見せた。


 兄夫婦の手助けもあり、何とか結衣を原に奪われずに済みほっとした虔三郎であったが、それだけに原の忠告を聞き逃してしまった。『どこぞの野良犬』は決して外にだけいるものとは限らないという事を・・・・・。この数ヵ月後、虔三郎は原の忠告を思い出し、激しい後悔に見舞われることになる。



UP DATE 2010.08.24

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薔薇の誓その二です。とりあえず原のおやっさんには横取りされずに済みました。まぁその気になればもっといい女が勝手に寄ってくるだけの財力と精力はありそうですからねぇ。何も虔三郎の妾を取らなくても女には不自由していないのです(爆)。冷静に考えれば判りそうなものなのですが、こと結衣に関しては頭に地が昇っちゃう虔三郎なんで・・・・・原のおやっさんいわく『支配している』のはむしろ結衣だったりするかもです。

そしてラストの部分が今現在『今月のお礼文』に入っている場面と繋がってくるわけです。原の言う『野良犬』とは虔三郎の次兄であり外伝・滝沢少将(昌憲)の父親でもある昌次郎なんですよ・・・・彼が本格的に出てくるのは次回以降になると思いますが、その場合かなりバイオレンスなシーンも出てまいりますのでご了承くださいませね(何せ暴行シーンがありますのでねぇ。)


次週はやる気満々の部下を虔三郎がどう宥めるか、お楽しみになさってくださいませv
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