FC2ブログ

「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 薔薇の誓・其の参

 ←拍手お返事&マイナージャンルの悲哀 →葵と杏葉藩主編 第二十八話 佐賀城燃ゆ・其の壹
結衣と屋恵が応接間に帰って来たのと同時に年老いた女中が紅茶と焼き菓子を持って部屋に入ってきた。

「もしかしたら匂いがきついかもしれないな。領事館の料理人に頼んで譲ってもらった薔薇の香料が入った菓子だ。勿論こっちも薔薇茶だ。」

 嬉しそうに原が薦めるそれは薔薇独特の芳香が微かに漂っていた。だが、食べるのに困惑するほどではない。

「おやっさん、本当にあんたは新しいもの好きの上に凝り性ですね。」

 薔薇茶を飲みながら虔三郎は原を茶化す。

「悪いが、古くて良いものは味噌と女房くらいなもんだ。こんだけ世の中が変遷する中、昔からの付き合いだっていつ落ちぶれたり裏切られたりするか判ったもんじゃない。」

「その舌の根が変わらないうちにお妾さんのところへ行っちゃうんですから。男の人って困ったものよねぇ。」

 原と屋恵の長年連れ添った夫婦ならではの掛け合いに虔三郎と結衣も思わず笑ってしまった。そんなこんなで時間は瞬く間に過ぎ去り、すっかり空も茜色になった頃、最後にと原は思わぬ話をしてくれた。

「西洋には『花言葉』というものがあってな、男が惚れた相手に対して気持ちを託して送るという慣わしがあるんだそうだ。天地開は薄い桃色だから『上品』だとか『気品』とからしいんだが・・・・・どうせなら好いた惚れたを花言葉にしている赤い薔薇がいいもんだ思わないか、虔の字。」

「はぁ・・・・・そんなものですかねぇ。」

 割とはっきりと自分の気持ちを言葉に出してしまう虔三郎にとって、いちいち物品に己の気持ちを託すというまどろっこしい行為はあまり魅力的には思えない。だがどうやら原は違うらしい。

「おうよ。お前、いちいち女に対して好いた惚れたを口に出すなんてやってられるか。」

「・・・・・つまり照れくさい、って事ですか。ハマを牛耳っている男が意外と純情なんですね。」

 虔三郎の言葉に結衣と屋恵も思わず吹き出してしまった。

「・・・・・変なところに気がつきやがって。悪いか!」

 しょっぱい表情を浮かべる原の意外な一面に対し、皆の笑いは止まらなかった。



 話は弾み、予定の時間をはるかに越えて花見を兼ねた茶会はお開きとなった。景色全体が茜色に染まる中、原善三郎の屋敷の門から出てきた虔三郎と結衣の許に藤堂を始め部下達が駆け寄ってくる。

「旦那!お結衣さんは一体・・・・・・・。」

 一緒に連れ立って出てきた二人に目を丸くしながら状況を尋ねる。

「見ての通りだ。かろうじて横取りされずに済んだ、ってところだな。」

 虔三郎の嬉しげなその言葉を聞いて、部下達はほっと胸をなでおろした。

「しかし暴れる気満々でいたんですけどねぇ。」

 中には不届きな発言をするものもいたが、それは実際に暴力沙汰にならなかった安堵感から来るものだろう。

「残念だったな。揃いも揃って血がざわついてしょうがないと見える。結衣を横取りされなかった祝を兼ねて、このまま高島町に繰り出すぞ!」

「おうっ!そうこなくっちゃ!」

 喧嘩で発散できなかった分を女で発散させるべく部下達が騒ぎ出す中、結衣だけは少し困ったような表情を浮かべた。

「あの・・・・・私は同席しないほうが宜しいのでは・・・・・。」

 部下達の騒ぎ方、そして高島町という場所から女の自分がいないほうが愉しめるのではないかと結衣は気を利かせたが、虔三郎は気にするなと首を横に振る。 

「こいつ等を遊ばせている間に女将にお前を紹介する。商売柄色々世話になっている相手でもあるから見知っておいたほうがいいだろう。結構口やかましい女将だから粗相の無いように気をつけろよ。」

 それはまるで自分の妻を知人に紹介するような口調であった。その言葉に嬉しさと恥ずかしさを覚え、結衣ははにかんだ笑みを虔三郎に向けた。



 虔三郎が贔屓にしている『田中屋』はいつもながら賑わっていた。文久三年創業のこの旅篭料理屋旅篭料理屋は、江戸時代の初め、『さくらや』という腰掛茶屋であり、歌川広重の東海道五十三次『神奈川台の景』にも描かれている有名店であった。
 そんな『さくらや』であったが幕末の混乱には勝てず、実業家の高島嘉右衛門が買取り『下田屋』と名前を改め経営、さらに晝間家の弥兵衛が買取り旅篭料理屋にしたという激動の歴史を歩んでいた。また明治八年ごろ、坂本竜馬の妻・おりょうが仲居として働いていたことでも有名な店でもある。
 そんな老舗だけに少々部下を遊ばせるには奮発しすぎるきらいもあったが、それだけ虔三郎が上機嫌だったともいえる。嬉しげに結衣を紹介する虔三郎に対し、女将も『あまり羽目を外しすぎないでくださいましね。」とやんわりと嗜め、他の客の邪魔にならぬよう奥の座敷を貸してくれた。

「さぁ、今日は思いっきり呑んでくれ!」

 虔三郎の音頭と共に宴が始まった。若い連中が多いだけに次から次へと鮭も料理もなくなってゆく。中居達も料理を運ぶのにてんてこ舞いだ。そんな状況で宴もたけなわになった頃、結衣は厠へと席をたった。さすがに慣れない宴会で酒の匂いに酔ってしまったらしい。長い廊下を仲居に案内され、用を足した間では良かったのだがその後がいけなかった。

「え・・・・と、どっちの部屋だったかしら。」

 広い小料理屋ゆえ一瞬どっちの部屋に皆がいたか判らなくなってしまったのである。確か奥のほうに部屋だったと結衣はきょろきょろと辺りを見回す。その時である、何者かが結衣の背後から二の腕を強く摑んだのである。

「痛いっ・・・・・!」

 そのあまりに強い力に結衣は顔をしかめたが、摑んだ手の力は緩む事は無く、ますます力が込められる。

「へぇ・・・・・こんな小料理屋に堅気の女が居るとは。それとも新しい趣向なのか?」

 酒臭い息を吐きかけながら結衣の腕をつかんでいる人物----------三十代半ばほどの背の高い男が結衣の顔を覗き込んだ。無精ひげにだらしなく着崩れた着物は田中屋の客とは思えない。

「や・・・・・止めて下さい!離して!」

 結衣は必死に抗い、腕を摑んでいる手を離そうともがくが、その手はますます強く結衣の細い腕に食い込んでゆく。

「いいじゃねぇか。あんたの相方がどんな野郎か知らねぇが、酌ぐらいしてくれたって罰はあたらねぇだろう?」

 男は下卑た笑いを浮かべながら結衣に顔を近づけてゆく。

「いやっ!」

 逃げ出したいのに逃げられない。虔三郎の名を叫ぼうにも動揺してその名さえ口に出せず結衣はもがくが、男はその様子を楽しむようにさらにもう片方の腕を摑もうとした。その時である。

「その薄汚い手を離せ!」

 鋭い声が田中屋の廊下に響き渡り、その声と共に結衣を摑んでいた手が一瞬緩んだのだ。その隙を突いて結衣はするりと逃げ出し、声の主のほうへ走り寄る。

「虔三郎様!」

 恐怖に打ち震えながら結衣は虔三郎にすがりついた。

「なかなか帰ってこないから心配して様子を見に来たら・・・・・・結衣、すまない。酔漢がお前に絡むことまで予測できなかった。」

 てっきり隙を見せた事を叱られるとばかり思っていただけに、虔三郎の言葉に結衣は少し驚く。

「・・・・・へぇ、お前の女か、虔三郎。」

 男は鋭い視線で睨みつけながら二人のほうへ近寄ってくる。

「ええ、龍太郎兄さんから何か聞いていませんか?・・・・・いえ、すみません。素行が悪すぎて明豊堂の敷居が跨げないんでしたっけ、昌次郎兄さん。」

 だが、その声は兄に対しての敬意が微塵も感じられなかった。

「ふん、つまらん女を侍らせて鼻の下を伸ばしてるたぁお前も落ちたな。」

 図星を突かれ、むっとした表情を顕わにした昌次郎であったが、虔三郎の部下達、しかもかなり腕の立ちそうなものばかりが次々に様子を伺いに出てきたので、勝ち目は無いとばかりに虔三郎と結衣に背を向けた。

「虔三郎様・・・・・あの人は・・・・・・?」

 去ってゆく背中を恐る恐る見つめながら結衣が虔三郎に尋ねる。

「不肖の次兄だ・・・・・昌憲の父親とは思えんだろう。」

 虔三郎は憎々しげに吐き出す。まさか結衣に目をつけるとは思っていなかっただけに嫌な気分にさせられたが、素行の悪さゆえ明豊堂の名前----------本家であっても分家であっても近づかない事だけはありがたいかもしれない。

「ま、お前が二度と会うことはまずないさ。安心しろ。」

 虔三郎は結衣を安心させるように優しく囁き、そっと肩を抱き寄せた。



 まだ騒ぎ足りなさそうな部下達を田中屋の女将に任せ、虔三郎と結衣は早々に妾宅へと帰った。

「何だかんだ言ってもやっぱりここが一番くつろぐな。」

 上着を結衣に向かって放り投げると、ネクタイを緩めながら虔三郎は胡坐をかいて座り込む。結衣と出会う前はどこで食事を取ろうがどこで寝ようが全く気にも留めなかった虔三郎であったが、結衣と出会い、仕事に余裕がある時は妾宅へ帰るという生活を続けているうちにすっかりこの妾宅に馴染んでしまったようである。

「ええ、本当に。」

 虔三郎に対して結衣も笑顔を向けるが、その笑顔はどこか翳りを帯びていた。やはり田中屋での騒動が心に引っかかっているのだろう。

「・・・・・あの野郎のことは気にするな。滝沢家の汚点だ。龍兄も義姉さんも奴の事は認めちゃいねぇ。」

 上着を衣紋掛けにかけた後、虔三郎の傍にやってきた結衣の頬に手を当てながら囁く。その頬に当てられた手の暖かさがじんわりと結衣の身体に染み渡っていくようで、結衣の表情が和らいでいった。

「そういえば腕は大丈夫か?」

 田中屋で結衣が昌次郎にかなり強く腕を摑まれていたのを思い出し、虔三郎は結衣の袖を捲り上げた。

「ひでぇな。ここまでくっきり痣になっているとは・・・・・・・。」

 袖を捲り上げた途端、虔三郎は思わず眉をひそめた。そこにはくっきりと指の痕が残っていたのである。数日間は痣となって残るに違いない。

「今日のことは一日も早く忘れろ。あの男が明豊堂の敷居を跨ぐ事はまず無いだろうから・・・・・。」

 虔三郎は痣に障らぬようそっと結衣を抱き寄せ、唇を重ねた。それに応えるように、否、忍び寄る不安を掻き消すかのように結衣は虔三郎にすがりつく。

「虔三郎様・・・・・さっきの事、忘れさせてくださいませ。」

 潤んだ瞳で必死に訴える結衣を見つめながら、虔三郎は昼間の原の言葉を思い出した。


『・・・・・・あの頼りなさが男を蟻地獄に引きずり込む。一言も命令を下さずに男を動かす女だよ。』


 だったら結衣に命じられれば、自分は何をしてしまうのだろうか?全てを投げ打ってでも自分は結衣の為に動いてしまうに違いない。

「ああ、忘れさせてやるさ。だから安心して俺に身を任せろ。」

 虔三郎は唇を這わせながら結衣を守っている牡丹の帯を解き始めた。



UP DATE 2010.08.31

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






薔薇の誓・その三です。思ったより早く問題児・昌次郎が登場してしまいました(笑)。本当はもう少し後に出すつもりだったんですが、話の展開上ここで出したほうが話がしまるな~と急遽登場させる事に相成りました。
このキャラで『ろくでなしの極み』に挑戦してみたいんですが果たしてどこまで『嫌な奴』を書ききれるか・・・・・これが結構難しいんですよね~。本当にラボ(研究所)状態になってしまって申し訳ないんですが、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

次回は一見無駄に見えるエッチシーン(笑)がメインとなりますが、多少の複線も仕込む予定でおります。宜しかったらお付き合いよろしくお願いいたしますね~v
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&マイナージャンルの悲哀】へ  【葵と杏葉藩主編 第二十八話 佐賀城燃ゆ・其の壹】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【拍手お返事&マイナージャンルの悲哀】へ
  • 【葵と杏葉藩主編 第二十八話 佐賀城燃ゆ・其の壹】へ