FC2ブログ

「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 細雪の温もり・其の壹

 ←拍手お返事&デッドストック →葵と杏葉改革編 第十二話 大殿往生とちいさ姫・其の参
気の早い細雪がちらほらと降り始めた師走のある日、街中が年末の準備に騒がしいというのに虔三郎と結衣は東京・新富座の桟敷席にて歌舞伎を観覧していた。ただでさえ忙しい最中、わざわざ東京くんだりにまで二人が出向き、歌舞伎を見に来たのには二つほど理由がある。
 一つは虔三郎の商売相手・飯田屋の強い誘いがどうしても断れなかったという事、そしてもう一つは結衣に『学問とは違う教養』を身につけさせるためであった。
 家が貧しかった結衣はかろうじて女児小学校を卒業したものの、それ以後は父親の看病と内職に明け暮れ勉強は勿論、芝居の一つさえ見に行く余裕は無かった。その為、商人の妻として知っておくべき最近の服飾や芸能の流行に極めて疎い。先週、その点を虔三郎は義姉のお栄に指摘されたのである。

「虔さん、年に一、二本でいいからお結衣さんを芝居に連れていっておあげなさい。忠臣蔵のお軽や八百屋お七の衣装ひとつも知らないではお客様との会話にも事欠きますよ。」

 現在結衣は『花嫁修業』のためお栄に付いて接客の練習をしているのだが、その際芝居の話になり、客との会話に詰まったというのだ。

「芝居三昧は困るけど、最低限の会話について行けるだけの知識は必要よ。特に最近の『お得意様』はあらゆる事に興味をお持ちの方が多いから。虔さんのおかげなのか、経済と政治情勢にお結衣さんがそこそこ詳しいのは私も助かっているんだけど・・・・・歌舞伎でも、西洋式の舞台でもいいから見せてあげて。」

 確かに『女に学は要らない』とうそぶいているのは保守的な労働者階級の男に多く、外国人相手の商売をしている龍太郎や虔三郎のような人間にとって『妻の教養』は必要不可欠だ。少なくとも良人になる人間が何をしているのか理解させるため結衣には事あるごとに自分の仕事の話を少しずつしていたのだが、それが役に立っているらしい。だがそれだけではまだまだ物足りない。
 本当なら外国語や西洋式の風習も身につけて貰いたいところだが、いきなりそれでは荷が重すぎるだろう。お栄の言う流行から西洋の文化に少しずつ触れさせ、勉強させるのも悪くはない。

「判りました。来週にでも結衣を芝居に連れていきますよ。どちらにしろ『俺の清十郎を見に新富座に来い!』って飯田屋の奴が五月蠅いんで行かなきゃなりませんし。」

 ここ最近自由民権運動の活動やら本業で忙しく、結衣に構ってやっていなかった後ろ暗さもあり、虔三郎はお栄の提案を二つ返事で引き受けたのだった。



 新富座は、明治八年に守田座を改称して設立された株式会社組織の劇場である。明治九年十一月、日本橋区数寄屋町の火災で類焼してしまったが、翌年四月、新富町四丁目に仮劇場を設営したのち、明治十一年六月にガス灯などを配備した近代劇場を新設した劇場なのである。それ故に今まで出来なかった夜間興業をする事ができ、その点でも人々の興味を引いている。
 そしてその舞台で今演じられているのは『処女翫浮名横櫛』(むすめごのみ うきなの よこぐし)、通称『切られお富』であった。
 これは『与話情浮名横櫛』、通称『切られ与三』の書替え狂言として河竹黙阿弥が名女形・三代目澤村田之助のために宛書きした作品である。書替狂言でありながらもその内容は幕末の退廃と刹那に満ちた世相が漂い、原作をしのぐ秀作である。
 初演後、お富は四代目澤村源之助や、前進座の五代目河原崎國太郎が当たり役としのだが、この日『お富』を演じていたのは二代目澤村清十郎----------のちの四代目澤村源之助であった。



「わぁ・・・・・!」

 歓声を上げ、二階席から身を乗り出すように結衣は芝居に見入っている。その姿は芝居に夢中になっている娘と言うよりは、むしろ新しい玩具を目の前にした子供のようであった。きらきらと目を輝かせ、嬉しげに芝居に見入る結衣を見つめながら、虔三郎は結衣を芝居に連れてきて良かったとしみじみ思う。だが、少々夢中になりすぎて今にも桟敷から転がり落ちそうである。

「ほら、あまり身を乗り出すと桟敷から落ちるぞ。」

 見るに見かねて虔三郎は背後から結衣の腰に腕を回し自分の方へ引き寄せた。椅子席ではない為、均衡を崩した結衣は、丁度あぐらをかいた虔三郎の膝の中へすっぽりと入り込んでしまう。

「け・・・・虔三郎さま・・・・。」

 虔三郎の方に首を向けながら結衣は少し不満そうな表情を浮かべる。ここ半年でようやく虔三郎にだけ見せるようになってきた、甘えを含んだ表情に虔三郎は満足げな笑みを滲ませた。

「いいから大人しくしていろ。別に俺の膝の中だって大して距離は変わらんだろう。」

 虔三郎は結衣の頬をつつきながら、腰を抱いた手に力を込めた。

(そういえばここひと月忙しくてあまり結衣を構ってやっていなかったな。)

 夜遅くに帰宅し、茶漬けを流し込んでは布団に潜り込んでしまう日が続いている。そんな虔三郎に負担をかけまいと結衣も献身的に尽くしてくれるのだが、やはり互いの肌が恋しくなってくる。結衣の暖かさを感じながら舞台を眺めていたその時である。

「あ・・・・・。」

 今まで舞台に夢中になっていた結衣が急に顔を背けた。結衣に代わり虔三郎が舞台に目を向けると、そこではかなり扇情的な濡れ場が演じられ始めたのである。扇情的、といっても所詮は舞台の上での事、決して女性が顔を背けるほどのものではないのだが生まれて初めて舞台というものを見る結衣にとって『人前で色事が演じられる』こと自体衝撃的だったらしい。

「ほら、これも『教養』のうちだ。ちゃんと見ておけ。」

 虔三郎は後ろから結衣の顎を掴むと、舞台の方へ顔を向けさせた。

「別にどうって事はないだろう。俺達だっていつもやっている事だ。」

 恥ずかしがる結衣の耳許に口を近づけ、虔三郎は囁く。舞台の色事だけで顔赤らめ背けてしまう----------今まで知らなかった結衣の一面を知る事が出来ただけでも虔三郎にとって東京まで出向いた甲斐があった。恥じらう結衣をさらに強く抱きしめ身動きが取れないようにし、わざと舞台から目を逸らす事ができないようにする。

「意地悪・・・・・しないでくださいませ。」

 虔三郎の腕の中で耳まで真っ赤にして結衣が恥じらう。その熱は結衣の耳に近づけた虔三郎の唇にも伝わってくる。

「この幕が終わったらすぐに芝居茶屋へ戻って可愛がってやるから、それまでは辛抱してろ。何ならあれとおんなじ風にしてやろうか?」

「そんな・・・・・やめてくださいませ、虔三郎様。」

 からかわれていると解っていながら、結衣は顔を赤らめてしまう。そんな結衣をさらに弄ぶように虔三郎は結衣の胸許へ手を忍ばせ、脚を上手く使って着物の裾を膝が見えるまでたくし上げた。椅子席では出来ない、畳席ならではの楽しみである。

「騒ぐと感づかれるから、大人しくしていろよ。」

 そう言いながら虔三郎は結衣の身体を自分の方へ向かせ、唇を吸いながら抱き寄せた。だが虔三郎のその目は舞台の方を向いている。

(へぇ・・・・・この女形、なかなかのものじゃねぇか。飯田屋が贔屓にするだけの事はある。)

 噂によると飯田屋の主と今舞台に上がっている女形が愛人関係にあり、資金的にもかなりつぎ込んでいるらしい。舞台というものを初めて見る娘をその演技で溺れさせ、引きずり込んでゆくその技量に感心しながら虔三郎は結衣を抱く手に力を込めていった。



 結衣を翻弄したその幕は、二人が接吻を交わしている間に終わってしまい舞台は休憩に入った。興奮冷めやらぬ観覧客の中、虔三郎と結衣はしばし休息を取るため芝居茶屋へ戻った。
 虔三郎達の部屋にはすでに弁当も用意されており、すぐにでもくつろぎたいというのが虔三郎の本音だったがそこは『男の付き合い』というものがある。二人が部屋に入り一息吐く間もなく飯田屋が挨拶に来たのだ。そして続けざまに飯田屋が贔屓にしているという女形・澤村清十郎が顔を見せに来る。

「滝沢様、この度は足をお運び戴き誠にありがとうございます。」

 黒目がちの瞳を伏せて挨拶する清十郎の様は、まさにおなごそのものであった。二十歳にもならぬ、若女形の間近で見るその美しさに結衣は思わず溜息を漏らす。

「いや、なかなか楽しませて貰った。切られお富はなまじ三代目・田之助の当り役だったからとやかく言われて難しいだろう。」

 むしろ冷静だったのは虔三郎であった。いくら女性の格好をしているとはいえ中身は男であるし、舞台の上と違って妖艶さが影を潜めていた所為もある。そういう点ではまだまだ清十郎は若すぎるのかも知れない。

「へぇ。ですからわっちはわっちの『お富』をやらせて戴いております。いくら真似をしたって田之助さんには敵いませんから。」

 自分の至らなさを口にして、清十郎は照れたように爽やかに笑った。確かにこの役者に田之助の『毒』はまだ無い。だが、それとは違う、瑞々しく、溌剌とした切られお富を演じきっていたのである。

「ではわっちは次の幕がありますのでこの辺で。またご夫婦で来ておくんなさいませ。」

 何気ない清十郎のその言葉に結衣は首筋まで真っ赤に染めた。滝沢家の中ではすでに『虔三郎の縁者』の扱いを受けているが全くの他人から『夫婦』と言われたのは初めてである。身内から言われるのと他人からそう認めて貰うのとでは全然意味が違う。

「何を照れている。正月過ぎには祝言を挙げるんだからどうって事はないだろう。」

 夫婦という言葉に舞い上がってしまっている結衣に呆れた様子を見せながらも、虔三郎もまんざらではないらしい。こみ上げる笑みを押し殺しながら誰も挨拶にやってこない事を確認すると、廊下を歩いていた芝居茶屋の男衆に一声掛け、襖を閉めた。

「でも・・・・・丸髷も結っていないのに・・・・・。」

 結衣の方へやってくる虔三郎を見つめながら、結衣は嬉しげに呟いた。鉄漿も眉剃りも十年も前に止めるようにお達しが出ている。それでも中年以降の女性は頑なに昔の風習を守っているが結衣ぐらいの若い女性は結婚したとしてもそのどちらもしていない。だからこそ役者が二人を夫婦と勘違いしたのだが、結衣にとってそれは嬉しくも恥ずかしくもあった。

「『男』なら解るさ。目の前にいる女が誰のもので、どれくらい深い関係かって事を・・・・・だからこそ清十郎も勘違いしたんだろうよ。」

 虔三郎はそう言うなり結衣を引き寄せ、深く唇を重ね合わせる。その接吻は飢えた獣のように激しく結衣を貪り、蹂躙していく。このひと月、結衣を構っていないと思いながらその実自分の方が結衣に飢えていたのだと虔三郎は実感する。

「・・・・・暫くは誰もこの部屋に寄せるなと言ってあるから安心しろ。どうせ他の部屋でだって宜しくやっているんだから。」

 虔三郎の言葉に、結衣は思わず耳をそばだててしまった。すると明らかにそれと判る物音が複数聞こえてきたのである。

「あんだけ扇情的な舞台だったんだ。そのまま大人しく帰れってほうが無理だろう。」

 抱き寄せた結衣の帯をもどかしげに解きながら、虔三郎は結衣の耳を甘噛みする。

「あ・・・・・・んっ。」

 結衣が甘ったるい声を上げて虔三郎にしがみついた。ただでさえ扇情的な舞台だった上に、それを見ている間結衣はずっと虔三郎に抱きしめられ、あちらこちら悪戯をされていたのである。埋み火のように身体の奥にくすぶる欲望があふれ出してしまいそうで、結衣は耐えられなくなる。

「け・・・・ん、ざぶ・・・ろ・・・・・さまぁ。」

 帯を解かれたあられもない姿で、結衣は耐えきれずに虔三郎に抱きつき、自ら虔三郎の唇に己の唇を重ねていった。



UP DATE 2010.12.07

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






久しぶりの横浜慕情、今回は今までのシリアス路線からひと休みして二人のほのぼの(?)デートという事で東京まで脚を伸ばしてみました。さすがに明治十年代となると『婚約者が外を一緒に歩く』こともままならないので、あえて遠出をして・・・・・と言う事で(笑)。

今回舞台の新富座、日本初の近代劇場だったんですってね。経営者が新しいもの好きで、椅子席だとかガス灯だとかいろんなものを取り入れた劇場だったようです。残念ながら関東大震災で潰れてしまってからは再建されなかったとのこと。現代に残っていたら当時の様子が垣間見れて面白かったのに、と残念でなりません。

そして芝居茶屋、こちらはそこそこのお金持ちが芝居の合間に休んだり食事をとったりする御茶屋さんです。大きな劇場には必ず周囲にあったとのことですので、今回はそこを第二の舞台にさせて戴こうかと・・・・・あくまでも噂ですが、大奥女中の中には茶屋に戻らず、桟敷席に役者を引きずり込んでコトに及んだツワモノもいるとか。(というか役者が襲われたのかも・・・・・ブルブル)。それよりは遙かに上品に、ということで二人には茶屋に戻って貰いました。次回はコト本番になりますv
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&デッドストック】へ  【葵と杏葉改革編 第十二話 大殿往生とちいさ姫・其の参】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【拍手お返事&デッドストック】へ
  • 【葵と杏葉改革編 第十二話 大殿往生とちいさ姫・其の参】へ