「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾漆・鞴祭(徳川慶喜&お芳)

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「慶喜(けいき)さん、鞴祭りの準備が出来ましたよ。いつまでも布団に潜り込んでいないで起きて下さいな。」

 日々の激務の中、さすがに疲れ果てているのかなかなか起き上がってこない徳川慶喜を起こしに新門辰五郎の娘で慶喜の妾でもあるお芳が蜜柑が山ほど入った籠を手に慶喜の寝所に入ってきた。

「鞴祭り・・・・・もうそんな季節なのか。」

 先月の大政奉還に緊急政務の処理とめまぐるしい毎日の中、季節の移り変わりさえ感じ取れなくなっている自分に慶喜は布団の中で苦笑する。
 鞴祭りとは十一月八日に行われる催事で鍛冶師や鋳物師など鞴を使う職業のものが火防と仕事の繁栄を願い、稲荷神社を祀るものである。本当は火消し達とは直接関わり合いのある祭りではないが

『火防を願うのは鍛冶屋だろうが火消しだろうが同じでぃ!』

 と、お芳の父親の辰五郎が言い出したのとここ最近の激務と各方面からの軋轢で疲労しきっている慶喜の慰めになればと鞴祭りにつきものの『蜜柑まき』をやろうという事になったのである。

「お忙しいのは判りますけどね。もう少ししゃんとして下さいな。『を組』の連中も手ぐすね引いて待ってますよ。」

 浅草十番組「を組」の頭・新門辰五郎の娘だけはある。元・将軍に対してお芳は物怖じするどころか威勢の良い下町言葉で慶喜に発破をかける。しかし、そんなお芳に対して慶喜は相変わらず布団の中からやる気のない生返事をするばかりであった。その様子にさすがにお芳もただならぬものを感じずにはいられない。

「もう、いくら天子様に政の権限を返しちまったからってここまでふぬけになっちまうなんて・・・・・・いやですよぅ。」

 結局無理に慶喜を起こすのを諦めお芳は慶喜が潜り込んでいる布団の隣に座り込んだ。



 将軍職辞任も申し出たはずなのに、仕事はますます忙しくなるばかりだ。倒幕派の中下級公家と薩長側では倒幕への動きがますます盛んになっていると聞き及ぶし、他方では、会津藩・桑名藩・紀州藩や幕臣らの中に大政奉還が薩・土両藩の画策により行われたものとの反発が広がり、大政再委任を要求する運動が展開されているという。まさに『四面楚歌』そのものである。
 大政奉還を無事済ませ、平和理に事を運ぼうと努力しているのに誰もその努力を認めてくれようとはしない。むしろ溜りに溜まった欲求不満はいつ、何時吹き出し戦になるやも知れない今の状況は慶喜が望んでいたものではなかった。

「世の中っていうのはうまくいかねぇもんだな、お芳。」

 時折わざと伝法な下町言葉を使う慶喜であるがそう言う時は決まって他の人間には絶対言えない本音や弱音を吐き出す時である。
 だが、それが判っていても甘やかしたりしないのがお芳であり、辰五郎なのだ。だからこそ慶喜も心置きなく弱音を吐き出せるのだろう。
 ぽつりと漏らしたぼやきにもお芳は同情することなく慶喜が被っている布団を引きはがし母親が子供を叱るように耳朶を軽く摘んで叱り飛ばす。

「そんなしけた顔しないでくださいよ、いい男が台無しじゃありませんか。手下だって心配しちまうでしょう。」

 そう言いながらお芳は慶喜に籠に入った蜜柑を渡した。

「屋根の上からはさすがに無理だろうけどさ。せめて二階の窓から蜜柑投げをするくらいの気晴らしは必要ですよ。」

 すでに京都では廃れてしまった風習だが江戸において鞴祭りの蜜柑まきはまだまだ健在だ。

「・・・・・これくらいしか鬱憤晴らしができねぇ我が身が心底情けねぇけどな。今度生まれる時は町人になりてぇもんだ。」

 皮肉っぽい笑顔を浮かべながら慶喜はほんのりと青みがかっている蜜柑を見つめる。この蜜柑同様この国もまだまだ青く、若い。だからこそ今の時点で内紛を起こし諸外国のつけ込む隙を与えてはならないのである。慶喜は蜜柑をひとつ取り、愛しむように手の中で弄んだ。



UP DATE 2009.11.9


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幕末歳時記もこの話を含め残り後4話になりました。
12月は諸事情によりサイトの更新が難しいので4話全て11月中にUPいたしますね。
(主婦にとって12月は戦場です・笑)

それにしてもこの話の慶喜ってばなんだか
『休祭日のおと~さん』的になっている気が・・・・・。
でも、この時期の慶喜を思えば一日くらい
こんな日があってもいいですよね。大政奉還しても実質仕事は変らないし
敵からも味方からも責められてちゃ、やってられないですよ(笑)。
人によって評価が分かれる慶喜ですが、個人的には
家康張りに『政治の天才』だったと思います。
今の政治家にこの1/100の判断力があればねぇ・・・・・。

次回(と言っても来週)の予定は明治天皇&一条美子(はるこ)で
新嘗祭辺りを・・・と考えております。(下手すると明治に入っちゃうかも・笑)
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