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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 細雪の温もり・其の肆

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がたがたと海岸線を走る汽車の上等車に虔三郎と結衣は乗っていた。雪の所為で三時間ほど遅れての発車だったが、思ったより順調だ。下等車には年末の買い物で大荷物を持っている人々で混んでいたが、二人が乗っている上等車は定員の十八名に少し少ない程度だった。

「どこもかしこも年末の買い出しで忙しそうですね。」

 結衣が窓の外を見ながら、まるで子供のように虔三郎に語りかける。線路沿いの道には押し絵羽子板を嬉しげに抱えたあでやかな振り袖を着た少女や歳の市で買ったであろう注連縄を手にした官僚風の中年の男、年末の総勘定に走り回る手代の若衆や出店の南天や福寿草に見入っている芸妓風の女などあらゆる階層の人々がたむろしていた。

「そうだな。」

 外を歩いているのは身軽な者ばかりではない。大きな唐草模様の風呂敷包みを背負った男や大八車を引いている行商なども往来を行き交っている。この様子では横浜駅に降り立ってもそう簡単に家に帰れないだろう。東京に出て来る時も大通りから裏小路まで人がごった返し閉口したのである。
 いつもと同じ年末年始の平和な風景----------だが、昨日聞いた藤田の言葉が虔三郎の心に影を落としていた。この人混みの中に次兄・昌次郎は紛れているのだろうか・・・・・いっそ警察に捕まってしまった方が悪事から足を洗う事が出来るだろうと思いつつ、上手く逃げて欲しいとも心の片隅で思ってしまう。

(畜生、どこまでも厄介事を持ち込みやがる。糞ったれが!)

 結衣が窓の外に夢中になっているのを良い事に、虔三郎は忌々しげに舌打ちした。



 虔三郎が予想したとおり、横浜駅周辺もいつにない混雑ぶりであった。人混みに酔いそうになりながらも虔三郎は結衣とはぐれないように彼女の肩を抱え、人力車を探すのだがこんな時に限ってなかなか空俥が見つからない。

「明豊堂さん、ご機嫌宜しゅう。ご夫婦揃ってお歳暮のご挨拶ですか?」

 少し歩けば馴染みの商家の手代達と出会ってしまう。そんな彼らと形ばかりの挨拶を交わしつつ、結局人力車を諦めて二人は歩いて妾宅に帰る事にした。さすがに人混みの中、それを掻き分け進むのは大変だったが、それでも三十分後には妾宅に到着する。

「じゃあ結衣。すぐに帰ってくるからここから一歩も出るんじゃないぞ。どこで昌次郎の野郎に出くわすか判らない。」

 虔三郎はそう言い残すと、外套も脱がずに即座に本家に出向いた。横浜は他の土地に比べ比較的道が広いはずなのに、それでも進むのが厄介なほど混んでいる。、年越しをするため、なけなしの小銭をかき集めようと声を張り上げている辻芸人達を避けながら、虔三郎は道を進みようやく明豊堂本家に到着した。

「虔さん!」

 いつものように勝手口から入り込んだ虔三郎を目ざとく見つけたお栄が虔三郎の腕を掴む。

「虔さん、あの電報!あそこに書いてあったのは本当なの?」

 今まで見た事がないほどお栄の貌は青ざめている。それもそうだろう、義理の弟が警察沙汰になったと電報を受け取れば誰だって驚く。

「ああ、知人の巡査から直接聞かれた。間違いない。」

 お栄の手をやんわりと解き、虔三郎は外套を脱ぎながら答えた。その虔三郎の言葉に今度はお栄の口からとんでもない話が飛び出したのである。

「・・・・・あなたたちからの電報が来た直前に昌次郎さんがうちにやってきて主人と大喧嘩をやらかしたの。」

「何だって!」

 今度は虔三郎が愕然とする番であった。まさかこれほど早く昌次郎が横浜に来ているとは思わなかった。しかも勘当を受けている身でありながら本家に顔を出すとは虔三郎の想定外である。

「とにかく!ここじゃ何だから二階の座敷に来て頂戴。」

 お栄は厳しい表情のまま虔三郎の腕を再び強く掴み、二階へと連れていった。



 虔三郎が二階の座敷に入り、お栄が茶の準備をする間もなくその部屋に兄の龍太郎がやってきた。どうやら女中の誰かが龍太郎を呼びに行ったらしい。それ位いつにない早さであった。

「虔!あの話は・・・・・昌次郎が警察沙汰になるような事件を起こしたというのは本当なのか!」

 急くように龍太郎は虔三郎に問い質す。

「残念ながら本当です。かなり大きな事件を起こして・・・・・それよりも奴がここに来たんですって?」

 虔三郎は訊ねた。さすがに昌次郎が人を殺したという話は躊躇してしまう。もう少し龍太郎が落ち着いてから詳細を話したほうが良いだろうと虔三郎はまず龍太郎の話を聞く事にする。

「ああ。相も変わらず金の無心----------しかも五百円もの大金を寄越せと来た。今更どの面下げて、と追い返したんだが・・・。」

 その直後、三十分としないうちに虔三郎の電報が来て驚いたと龍太郎は呻いた。

「やっぱり高飛びをするために横浜に、って藤田さんの読みは当たってたんだな。」

「藤田さん?」

 聞き慣れない名前が虔三郎の口から出てきて龍太郎が怪訝そうな表情を浮かべる。

「はい、知人の巡査の名前です。兄さんももしかしたらご存じかも知れませんが、西南の役で活躍した藤田五郎巡査という方なんですが。」

 それを聞いた瞬間、龍太郎が驚愕の表情を浮かべた。

「あの藤田五郎か!一体どういう繋がりでおまえは・・・・。」

「それは追々。それよりも今後の事を話しましょう。色々と兄さんの耳に入れておかなければならない事があるんです。実は昌次郎の奴、事もあろうに仲間をころ・・・・・。」

 虔三郎が話を戻そうとしたその時である。階下が俄に騒がしさを増した。その中に聞き覚えのある声が聞こえてきたのである。

「ええ、分家の虔三郎さんの部下の藤堂と申します。・・・・・はい、伊勢佐木町の支店にも押しかけてきたんですよ、二番目の兄上が。」

 普段は年甲斐もなくへらへらとのんびり喋る藤堂らしからぬ切羽詰まった声が二階まで聞こえてきた。そして彼の『二番目の兄上』の言葉に三人は顔を見合わせる。

「お栄、おまえはここに居ろ。決して店を離れるんじゃない。できれば二階にいた方が良いな。奴がやってきてお前一人だと判ってしまった日にはどんな行動に出るか判ったもんじゃない。」

 何気なく龍太郎が言ったその言葉に虔三郎の顔色が変わった。

「・・・・・・兄さん、すみませんがこれで失礼します。結衣を・・・・・一人妾宅に置いてきてしまったんです!どこか安全な場所に移さないと。」

 虔三郎は衣紋掛けに掛けてあった外套をつかみ取ると、挨拶もそこそこに部屋を飛び出そうとする。その背中に龍太郎が声を掛ける

「だったら暫くここで預かろう。すぐにこっちに連れてくればいい。」

「ありがとうございます、兄さん!」

 虔三郎は龍太郎に礼を言うと部屋を飛び出し、階段を転がるように駆け下りた。

「藤堂!」

 店先で本家の手代に事情を説明していた藤堂に声を掛ける。

「あ、ご主人!大変です、伊勢佐木町の支店に・・・・・。」

「そんな事ぁ後でいい!どうせ昌次郎の野郎は行方をくらましたんだろ!」

 虔三郎は険しい貌で藤堂について来いと顎をしゃくる。その仕草に藤堂は手代に一礼した後小走りに虔三郎の後について行く。

「俺の店に来る前に、奴は兄貴の所にも顔を出したらしい。」

 藤堂が追いついたのを確認し、虔三郎は小声で語り始める。

「・・・・・一体あの人は何をしようとしているんですか?」

 虔三郎の声音からただならぬ気配を感じ取り藤堂も思わず声を潜めた。

「・・・・・というか、しちまったと言った方がいい。奴は金がらみでてめぇの仲間を一人殺しやがったんだ。お前さんの知り合いの藤田五郎が教えてくれた。」

「へぇ、あの人もだいぶ口が軽くなったんですね。昔は滅多に喋ってくれなかったのに。」

 意外な情報源に藤堂は目を丸くする。

「それはおまえさんにばらしちまったら周囲に知れ渡っちまうからだろう。それより早く俺の妾宅に行くぞ。兄貴や俺の店から金をふんだくれなかったとなると一番危ないのが俺の妾宅だ。」

 虔三郎の脚はますます早くなるが、相変わらずの人混みのためなかなか前に進む事ができない。

「しかし、妾宅の場所はあの人に一言も言っていませんけど・・・・。」

「あいつを舐めているんじゃねぇ。おまえさんが兄貴の店にやってきたってことは他の奴が妾宅に知らせに行っている筈だろうが。それを隠れて見てりゃその方角からどっちについていけばいいか判る。上手く妾宅以外の場所に行ってくれりゃいいんだが・・・・・。」

 だが悪い予感というものは往々にして当たってしまうものである。この半刻後、虔三郎の予想以上の悲劇が起こる事を知らぬまま、二人は人混みを掻き分け虔三郎の妾宅に進み続けた。



 虔三郎が明豊堂本家に出向いていた頃、妾宅にも来客があった。虔三郎の部下の長谷川である。この男は結衣の父親の借金を担当しており、結衣にとってある意味虔三郎よりも長い付き合いをしている人物でもある。それだけに店の方で何かあった場合、彼が妾宅に伝達に来る事も多いのである。

「そうなのですか。昌次郎さんが横浜に・・・・・。」

 虔三郎の部下の言葉に結衣は頷いた。まさか虔三郎の留守中にこのような知らせを聞くとは思わなかったが、藤田に注意喚起をされていただけに取り乱す事は無かった。

「ありがとうございます。主人が帰宅しましたら伝えておきますね。」

「ではお結衣さん、くれぐれも気をつけて。何かあったらすぐに助けを呼んで下さいよ。」

 長谷川は頭を下げて結衣の前から去っていった。

「まさかあの人が横浜にすでに来ていたなんて・・・・・。」

 一人になった結衣は自分の体を抱き、身震いする。半年前、原善三郎の屋敷へ招待された後、たまたま同じ店にいた昌次郎に絡まれ、きつく腕を掴まれた事をまざまざと思い出す。

「・・・・・大丈夫。こんなところにお金があるなんて思わないでしょう。」

 実際この妾宅に置いてあるのは小遣い程度の僅かな金銭だけであった。妾宅の家賃や結衣の着物など大きな買い物は虔三郎が一手に行っていたし、日々の食材も月ごとにまとめて虔三郎の許へ請求書が来るようにしていた。なのでせいぜい手慰みの貸本代くらいを置いておけば充分なのである。それさえも結衣は余らせてしまうほどである。
 盗られるものの心配はないものの相手は殺人を犯している。怖くないと言えば嘘になるし、やはり虔三郎に早く帰ってきて欲しいと結衣は願った。


がらがら。


 勢いよく玄関の引き戸が開く音がした。その少し乱暴な音は虔三郎の玄関の開け方と非常によく似ている。

「虔三郎様、お帰りなさいませ!」

 その音を聞き、虔三郎が帰ってきたと思った結衣はほっと胸を撫で下ろす。そして一刻も早く虔三郎の顔を見たいと玄関へ足早に赴いた。

「先ほど長谷川さんが来て下さったんですよ。昌次郎さんが横浜に来て・・・・・!」

 玄関に出た結衣は言葉を失った。

「・・・・・横浜に来て、どうしたって?いいから続きを言えよ。」

 そこにいたのは虔三郎ではなかった。左手に短銃を握りしめた昌次郎が凄惨な笑みを頬に浮かべ、玄関を塞ぐように立ちはだかっていた。



UP DATE 2010.12.28

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とうとう出てきてしまいました、昌次郎。しかも、たった一人留守番をしていた結衣の目の前に・・・・・。この後、外伝へと続く悲劇が結衣を襲います。

いつもならば小話ごとのタイトルが変わる度に別の話に移るのですが、この勢いのまま書きづらい暴行シーンになだれ込んでしまわないと色んな意味でキツイものがあるので、お正月休みを挟んだ再来週は横浜慕情『蛇蝎の贄』の章を開始します。拙宅の話ですので大したことはありませんが、エロスよりたぶんバイオレンス色が強くなると思いますので苦手な方はご注意くださいませね。


では皆様、良いお年を~v
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