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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 蛇蝎の贄・其の参

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警察官を呼びに行った後、再び表に出て行った藤堂が龍太郎を連れて虔三郎の妾宅に戻ってきたのは、警察官による事情聴取が終わりかけようとしていた頃であった。

「虔三郎!おまえ、何てことを!」

 興奮気味の龍太郎が先導していた藤堂を押しのけながら妾宅に上がり込み、仏間に座っていた虔三郎に掴みかかろうとする。

「明豊堂さん、落ち着いてください!」

 龍太郎の剣幕に気押されそうになりながらも、若い警官は虔三郎の盾になり龍太郎を押しとどめた。

「明豊堂さん、気持ちは判りますが少し落ち着いて話を聞いてやってくれませんか。」

 後輩に押さえつけられている龍太郎に対し、年かさの警察官がゆっくりとした口調で諭す。

「そりゃ可愛がっている弟が実の兄弟を撃ち殺しちまったんですから気が動転するのも尤もですが、そうしなきゃいけなかった、やむにやまれぬ事情ってもんがあるんですから勘弁してやってくださいよ。」

 そう龍太郎を宥める年かさの警察官の視線の先には、顔に白布をかけられた昌次郎の亡骸があった。

「そもそも虔さんが怪我さえしてなけりゃこいつだって死ぬことは無かっただろうし、どこをどうひいき目に見ても悪いのはこの男だ・・・・・血の繋がった兄弟、ってぇのが話をややこしくしちまってますがね。流れ弾が眉間に当たる----------こんな偶然でもなけりゃ間違いなくこの二人が殺されていましたよ。」

 年かさの警察官はあえて『偶然』という言葉に力を込めた。どうやらその方向でこの事件を収めるつもりらしい。

「ま、尤も俺達の上司も色々煩いことを言いそうですけどね。しかし、東京での殺人、強盗、今回の殺人未遂、そして・・・・・婦女暴行と捕まれば確実に死罪の男から自分と許嫁を守るための正当防衛だ。どんな堅物だって納得してくれますって。」

 この当時の警察官にしてはめずらしく丁寧な年かさの警官の説明に、龍太郎の興奮も徐々に収まっていった。

「・・・・・すみません、事情も知らずに取り乱してしまって。」

「気にしなさんなって。むしろ取り乱さない方がおかしいってもんさ。」

 がっくりと肩を落とす龍太郎を慰めるように年かさの警察官がぽん、と龍太郎の方に手を置いたその時、隣の部屋から小夜が数枚の書き付けを手に部屋に入ってきた。

「巡査はん、お待たせして申し訳ありまへん。診断書、これでよろしいおすか?」

 龍太郎夫婦に軽く会釈をしながら小夜が巡査に手渡した物、それは虔三郎や結衣の怪我の程度を事細かに書いた診断書であった。否、診断書もどきと言った方が正しいだろう。
 医師免許のない小夜の診断書は法的な効力は発揮しないだろうが、少なくとも警察官の上司や龍太郎を納得させるには充分である。暴行され、顔にまで怪我を負った結衣を人目に晒すことを極力避けてやろうとした、年かさの警察官の心配りであった。

「おお、ありがとうよ。これで俺の上司や東京の奴等を納得させる事が出来る。」

 小夜から手渡された診断書を見て、年かさの警察官は嬉しげに礼を言った。

「じゃあ明豊堂さん、済みませんがこの仏さんは2、3日警察で預からせて貰いますよ。本格的な検死もしなきゃならねぇし、何より東京の奴等に仏になっちまったことを納得して貰わなきゃならないんで。」

「承知しました。ではいつ頃引き取りに・・・・・。」

「それはこっちから連絡しましょう。ま、明後日までにはこちらの用件は終わるはずなんでその辺をめどに手はずを整えてくれれば問題ないでしょう。」

 年かさの警官の言葉に龍太郎も納得し、ようやくその場はお開きとなった。



 さすがに昌次郎が死んだ妾宅では休むに休めないだろうと、龍太郎は渋る虔三郎と結衣を明豊堂本家に強引に連れて帰った。その事はあらかじめお栄とは打ち合わせ済みだったらしく、三人が明豊堂に到着するなりお栄はすぐさま三人を南に面した庭にある離れへと案内する。

「急だったからちょっとかび臭いかも知れないけど・・・・・数日中に何とかしますから我慢してね。」

 お栄はそう詫びたが、虔三郎達が来るまで障子を開け放っていたせいか、お栄が言うほどのかび臭さは感じなかった。

「この離れは確か・・・・・。」

「ああ、本来お前の母親が身請されて入るはずだったものだ。そう言った意味じゃお前のものと言えなくもない。」

 それは先代の明豊堂の主----------龍太郎と虔三郎の父親が、虔三郎の母親を身請するために職人に作らせていたものであった。二部屋だけのごくごく小さなものではあるが、その瀟洒な造りは暗緑色の瞳の遊女にふさわしく贅をこらしたものであった。
 だが、その離れが完成する前に虔三郎の母親は亡くなってしまい、残念ながらその離れは物置と化していた。そんな曰くのある離れに虔三郎と結衣は入ることになったのである。

「何だかんだ言って母屋は人の出入りが激しすぎる。虔はともかく、そんな状態のお結衣さんを人目に晒す訳にはいかないだろうが。」

 龍太郎の言葉に虔三郎は何も言い返せず黙りこくる。

「とにかく仕事はしばらくの間----------来年、松の内が明けるまで禁止だ!その身体じゃ部下や取引先に却って迷惑が掛かる。それとあの妾宅は取り壊しても構わないだろう。どちらにしろ祝言を挙げたらあそこじゃ何かと不便だし、世間体もある。新しい住処は俺が見繕っておくからお前達はしばらく大人しくしていろ。」

 言い方こそきついが、それは龍太郎ならではの優しさであった。それが判るだけに虔三郎はいつになく神妙に頭を下げた。

「本当に申し訳ありません、兄さん・・・・・。」

 やはり心底参っているのだろう、いつもなら取りあえず頭は下げるものの、あとになってぶつくさと文句を言う虔三郎が今日ばかりは素直である。その所為か、龍太郎も心なしか穏やかであった。

「・・・・・とにかく今は傷を治す事だけを考えろ。身体も、そして心も・・・・・・お前にはこれ以上の傷は絶対に付けないから安心して休め。それと・・・・・。」

 一瞬口籠もりながらも、龍太郎は言葉を続ける。

「昌次郎の通夜、葬儀にお前達は出る必要無い。俺と栄で済ませるからお前達はその間ここで大人しくしてろ。もしそれさえも嫌だったらどこか料亭なりホテルなり借りてやるから。」

「・・・・・お気遣い、ありがとうございます・・・・・兄さん。」

 この世でたった一人になってしまった肉親である龍太郎の思いやりに、かろうじて一言だけ返した虔三郎の頬には涙が止めどなく流れ続けたのだった。



 昌次郎の遺体は東京での事件のこともあり、『検死』の名の下横浜市警が暫く預かることになった。やはり年かさの警察官が言ったとおり通夜、告別式は2、3日後になるだろう。
 冬の海鳴りだけが聞こえてくる小さな離れで虔三郎と結衣は喋ることもなく互いに身を寄せ合っていた。黴の臭い消しに焚いている白檀の煙がゆらゆらとランプに纏わり付き、強すぎる光を和らげている。その柔らかな靄の中、虔三郎は結衣の耳に己の唇を近づける。

「結衣・・・・・馬鹿な考えを起こすなよ。」

 結衣の肩を抱いた虔三郎の低い声が、重い沈黙を破った。その声に結衣は思わず虔三郎の顔を見つめてしまう。

「確かに・・・・・昌次郎の野郎に姦られちまったのは悔しいけど・・・・・それはお前の罪じゃないんだから。」

 虔三郎の暗緑色の瞳はどこまでも優しく、そして悲しみと悔しさに満ちていた。

「虔三郎様・・・・・。」

 複雑な色を織りなす虔三郎の瞳に吸い込まれるように、結衣は虔三郎にそっと寄り添う。華奢でありながら女性らしい柔らかさを備えた結衣の身体の温もりは、虔三郎の暗い気持ちを癒してゆく。

「結衣・・・・・愛している。これからも、ずっと・・・・・。」

 虔三郎は右腕で結衣を抱くと、その桜色の唇に己の唇を重ねた。着物越しの温もりとは違う、直接的な熱が唇を通して虔三郎に、そして結衣に流れてゆく。

(いつもの・・・・・煙草の味がする・・・・。)

 結衣は煙草を吸わないが、接吻の時に感じる虔三郎の煙草の味が好きだった。昌次郎に無理矢理汚されたときも煙草の臭いがしたが、それだからといって昌次郎に対する嫌悪が減らなかったことを考えると、きっと『煙草』の味ではなく『虔三郎の接吻』の味が好きなのかも知れない----------包み込むような接吻を受けながら、結衣は虔三郎を失いたくないと切に願った。

「虔三郎様、私は・・・・・これからもお側に置いていただけるのですか?汚されてしまったのに・・・・・。」

 虔三郎を愛おしいと思えば思うほど、昌次郎に犯され、汚されてしまった自分が情けなくて仕方がない。悔し涙に瞳を潤ませながら虔三郎に尋ねる結衣だったが、その言葉を当の虔三郎が途中で遮った。

「当たり前だ。誰がお前を手放すものか。前から言っているだろう、お前は俺の女だ。死ぬまで、いや来世も、その先も----------未来永劫、俺の傍に居なきゃいけないんだ。その事を忘れるんじゃない。」

 虔三郎は一気にまくし立てると、今度は両腕で結衣を抱きしめた。互いの傷にひびかない程度に、しかし今まで以上に力を込めて抱く結衣は、どこまでも温かく、そして儚げであった。
 手を離してしまえば消えてしまいそうな儚さに、虔三郎は結衣を逃がすまいとさらに腕に力を込める。

「今日のことは悪い夢だったんだ----------だから、今日のことは忘れちまえ。もし、それが出来なかったら・・・・・。」

 虔三郎は己の額を結衣の額にくっつけ、己に言い聞かせるように囁くが、『出来なかったら』の一言に結衣が不安げな表情を浮かべてしまう。

「出来なかったら・・・・・?」

 あまりにも悲しげな表情を浮かべる結衣に虔三郎は思わず吹き出してしまった。

「何て顔をしやがる・・・・・俺が強引に忘れさせてやるから安心しろ。」

 冗談めかしながらそう言うと、虔三郎は再び結衣の唇を強く吸った。



UP DATE 2011.1.28

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お待たせいたしました、本来の更新日から3日ほど遅刻しました『蛇蝎の贄・その三』です(^^;
寸止めではありますが、ようやく書きたかった『どんな目に遭ってもお前は俺のものだ!』的な台詞を書くことが出来ましたよ~vこれだけで7割方は満足です(え゛)
この後もう少しあ~んな事やこ~んな事が続いた後、昌次郎の通夜、告別式、さらに結衣の妊娠(外伝の亜唯子ちゃんです)と話が展開していきます。『蛇蝎の贄』は大体ここまでになりますかね。その後『江戸愛宕山~』を挟んで横浜慕情最終話『永遠の契(とわのちぎり)』へと向かいます。その頃に外伝の方もまとめに入ると思うんですが・・・・・外伝の最終話で両方のカップルの結末が判明することになりそうです。
(実は結末は出来ているんですけど・・・・・そこのところはナイショということでv)


次回更新は2/1、今回の続き(怪我をしているのでそれなりに・・・・。)&昌次郎の通夜&藤田五郎や偽藤堂平助の過去の古傷暴露合戦になるかも知れません。
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