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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 蛇蝎の贄・其の肆

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それは長い接吻だった。虔三郎と結衣は互いの温もりを確かめるように唇を重ね続ける。

「・・・・・そろそろ床に入ろうか。」

 さすがの虔三郎も心身ともに疲れ果てていた。ただ、神経だけが異様に高ぶっており床に入っても眠れるかどうか判らなかったが、それでも布団に入れば何とかなるだろうと髪を撫でながら虔三郎は囁く。
 そんな虔三郎に対し、結衣は虔三郎の腕の中でただ黙って頷いた。自分を気遣ってくれる虔三郎の優しさが心に痛い----------結衣の瞳から涙が零れる。

(私は・・・・・いつも虔三郎様に救われてばかりだ。)

 結衣の父親が死んだときもそうだった。苦界へ身を落とす直前に結衣の目の前に現れ、結衣を妾に----------不特定の男と関係を持たなくてはならない状況から救ってくれた。そして今回も昌次郎に汚された結衣を一切責めることなく優しく包み込んでくれる。そんな虔三郎に対し、自分は何を返すことが出来るのか----------あまりの無力さに結衣は苦しくなり、とうとう己の気持ちを吐露してしまった。

「虔三郎様・・・・・私はいつも虔三郎様に助けられてばかりで・・・・・何一つお返しすることができないのが苦しゅうございます。」

 そんな結衣に対し、虔三郎はぷっ、と軽く吹き出し、頬ずりをする。

「何を馬鹿なことを・・・・・俺の傍にずっと居てくれる、それだけで充分だ。それでも苦しいって言うんなら俺より先に死ぬんじゃねぇ。いいな・・・・・どんな目に遭っても生きてりゃやり直せるんだから。」

 虔三郎は努めて明るく言うと、結衣の手を引き布団の中に引きずり込んだ。



 事件の三日後、昌次郎の亡骸は東京市警の担当者の確認を終えたのちに明豊堂本家に密やかに運ばれてきた。昌次郎本人が犯罪を犯していたこと、そして『事故』扱いになっているとはいえ虔三郎の銃弾で昌次郎が命を落としたということでさすがにおおっぴらにすることは出来なかったのである。そして昌次郎の亡骸には思わぬ付き添いがついてきた。

「あれ、藤田さん?検死だけじゃなくわざわざこっちにまで来てくれたんですか?」

 昌次郎の亡骸を出迎えに勝手口に出てきた虔三郎は驚きの声を上げる。昌次郎の亡骸と共に明豊堂にやってきたのは藤田五郎ともう一人の担当者だった。てっきり確認を終えれば東京に帰ってしまうとばかり思っていただけに虔三郎は目を丸くする。

「ああ・・・・・どんな悪人でも死んでしまえば仏だ。僭越だと思ったが線香を一本手向けさせて貰おうと思ってな。それと・・・・・。」

 ちょっと言いよどんだ後、藤田は意を決したように話を続ける。

「久しぶりにあの男に会うのも悪くないと。」

 藤田のその言葉に虔三郎はああ、と頷いた。

「なるほど、『藤堂』ですね。でしたら西の座敷で通夜の準備をしている筈なんですけど・・・・・。」

 と、虔三郎が言いかけた時であった。

「旦那さん、座敷の方は終わりました。そろそろ住職を呼んで・・・・・・あれ、斉藤さんじゃないですか?お久しぶりです!」

 通夜の前としてはあまりにも不謹慎すぎる明るい声で、藤堂は笑顔を浮かべながら藤田に近寄ってきた。むしろばつが悪いのは藤田の方である。

「馬鹿!昔の名前をぺらぺらと・・・・・。」

 同僚の視線もある中、藤田は珍しくしどろもどろになるが、藤堂は全く気遣う様子もない。

「別に良いじゃないですか、今じゃ『藤田五郎』の方が有名人なんですから。藤田の名前を出してしまう方が大騒ぎになりますよ。」

「言ってくれるじゃないか、沖・・・・藤堂さん。昔からあんたは余計なことをべらべらと・・・・・。」

 周囲の何とも言えない空気の中、藤田は不満そうに藤堂を睨み付けるが藤堂は全く歯牙にも掛けない。どうやら昔からこんな調子だったらしい。

「別に沖田でも良いですよ。くだんの事件があった際、妻が私の名前を叫んじゃいましたし、今となってはあの名前を知る人間もいませんよ。」

 藤堂の言葉に藤田はほんの少しだけ瞳に寂しげな色をよぎらせたが、次の瞬間それは藤堂への怒りの色へと変わる。

「なるほどな・・・・・じゃあ遠慮無く新選組随一の人斬り・沖田総司の名前を連呼させて貰うぞ、いいんだな!」

 藤田は覚悟しておけとばかりに軽く咳払いをした。



 昌次郎の通夜は極めて質素に行われた。商売上の付き合いがある者達も線香を手向けると、挨拶もそこそこに帰って行ってしまう。結局精進落としに残っていたのは龍太郎の店の者と虔三郎の数人の部下達、そして藤田ら東京市の担当者だけであった。

「・・・・・ところで、斗南から一緒に駆け落ちしてきた奥さんはお元気ですか。」

 少々酒が入ったためなのか、それとも単に藤田をからかっているだけなのか、藤堂は『触れて欲しくない場所』めがけて話を振ってくる。そのあまりにも過激そうな内容に周囲の者達は驚きの表情を浮かべるが、話を振られた当の藤田は意外と平然としている。

「駆け落ちとは心外な。俺は堂々と・・・・・。」

「・・・・・逃げてきたんですよね、斗南から。しかも浮気がばれて前の奥さんから三行半をふんだくられたとか。」

 あること無いこと吹聴する藤堂に藤田は渋い表情を浮かべた。

「あれは浮気じゃない!そもそも『やそ』と事実上の夫婦だったのは二、三ヶ月が良いところで俺の方が避けられていたんだ。寒い斗南で独り寝を強要されてみろ!おまえさんだって浮気の一つや二つ・・・・・。」

「しませんよ。私は斉藤さんみたいに持てませんし、そもそも妻一筋ですから。」

「嫁の稼ぎに甘んじてちゃっかりヒモ生活を決め込んでいた甲斐性無しがよく言うな。だから本物の藤堂平助に嫁御を一時期奪われたんだろうが。」

 あまりにひどい暴露合戦に周囲は笑いに包まれる。尤もこれは藤堂が気を利かせ、ともすれば沈みがちになる場を『過激な話題』で盛り上げようとしていただけなのだが、巻き込まれてしまった藤田にとっては災難である。

「・・・・・・仏心なんて起こすんじゃなかった。死んだ滝沢昌次郎よりお前さんの方がなおタチが悪い。」

 嫌みたっぷりに藤堂に言い放つ藤田であったが、ここでもやっぱり藤堂の方が一枚上手であった。

「やだなぁ、昔から知っていた筈じゃないですか、私の性格は。目の前に面白い玩具が転がっていたら放っておけないんですよね。」

 その一言にその場は一気に爆笑に包まれる。

「俺は玩具扱いか!」

 結局そうやって藤堂のいいように弄ばれる----------久しぶりの再開においても、二人のこの関係は全く変わらなかった。
 そんな母屋から聞こえてくる男達の笑い声を遠くで聞きながら、虔三郎と結衣はこの日も離れに閉じこもっていた。

「俺達は・・・・・また、あんな風に笑える日が来るのかな。」

 ぽつり、と呟く虔三郎に対し、結衣はただ悲しげに見つめるだけであった。

「暫く・・・・・時間は掛かるかも知れない、か。」

 自嘲気味に笑いながら虔三郎はさらに結衣を抱き寄せた。昨日に比べ傷の痛みはだいぶ引いている。この様子だったら後数日後には普通に動けるようになるかも知れない。

「今度の正月は川崎にでも行って厄落としをして貰おうな。」

 その言葉に結衣はようやく笑顔を浮かべた。



 昌次郎の葬儀も終わり、年も明けた。あの悪夢のような出来事を忘れるかのように虔三郎は今まで以上に商売にいそしんでいたが、ただひとつ気がかりなことがあった。

「お帰りなさいませ、虔三郎様。」

 あの事件の前と変わらぬ笑顔で虔三郎を迎えてくれる結衣だったが、その顔を見るなり虔三郎はつい尋ねてしまう。

「まだ・・・・・月役は来ないのか?もうふた月近くにもなるのに。」

 予定通りならば正月早々に来るはずの月役が、一月の半ばを過ぎても来ないのである。もうすぐ二月の声を聞こうかというころになっても来ない月役に、虔三郎は嫌な予感を覚えた。

「・・・・・とりあえず藤堂のところの嫁さんに診て貰うか。」

 単純な体調不良であればとは思うが、最悪の事態も考えられる。虔三郎のその言葉に結衣も頷いた。



 そして虔三郎の悪い予感は見事的中した。

「ややが・・・・・・お腹の中におりますえ。」

 結衣を診た小夜が申し訳なさげにそう答えた。

「うちの処置が遅かったんやろか・・・・・申し訳ありまへん。」

 洗滌を施したのに妊娠を許してしまったことを小夜は二人に詫びる。

「いいえ、もしかしたら俺の子かも知れませんよね?実際あの日の前日も・・・・・・その・・・・・。」

「そうやったらありがたいんですけど・・・・・。」

 しどろもどろに答える虔三郎をやんわりと制しながら、小夜は表情をさらに曇らせた。

「二年前に堕胎罪が制定されてしもうたから、うちはこん子を堕ろすこともでけへん。せやけど・・・・・山科先生のところに行きはったらもしかして堕ろして貰うこともできるんやないかと。」

「いやです!」

 途端に結衣が激しく頭を振り、虔三郎にしがみついた。

「これ以上・・・・・辱めを受けるのは・・・・・もう・・・・・・堪忍してください。他の先生にあのことを言わなくてはならないんでしょう!」

 堕胎となれば事情を説明しなければならない。それはあの悪夢のような出来事と再び向き合わなければならないという事でもある。

「お願いです・・・・・・絶対にいや・・・・・。」

 虔三郎にしがみつきながら結衣は泣きじゃくる。そんな結衣を抱きしめながら虔三郎は小夜に訊ねた。

「どんな優秀な医師でも・・・・・堕胎に失敗して二度と子供が産めない身体になる事もあるんだろう?」

「へぇ。それは今の技術ではどうしても・・・・・もし、うちがお結衣はんと同じ立場やったら、ややを産んでからその後を考えます。自分で育てるにしても里子に出すにしても。」

 『女医者』としての小夜の意見に虔三郎も納得する。

「だったらこのまま腹の中の子は結衣に産んで貰う。結衣、安心しろ。腹の中の子は・・・・・俺の子だ。あいつの種なんかじゃない。」

 これが運命ならば、受け入れ乗り越えていくしかない----------興奮状態で泣きじゃくる結衣の背中を撫でながら、虔三郎は自分に言い聞かせるように呟いた。



UP DATE 2011.2.1

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蛇蝎の贄の章最終話です。一番妊娠してはいけないときに妊娠してしまいました、お結衣ちゃん・・・・・当時はDNA鑑定は勿論、血液型による判定もありませんから、正直誰の子か極めて判断が難しいんですよね。しかも昌次郎と虔三郎は腹違いの兄弟ですからさらにややこしいことに・・・・・いっそ虔三郎似の暗緑色の瞳を持った子が生まれてくれればいいんでしょうけど、そう簡単にはいかないでしょうねぇ(>_<)

そしてこの時代、日本の西洋化の一端として『堕胎罪』が制定されております。これは日本において中絶や間引きと言われる産児制限があったために、キリスト教圏の国々からブーイングを受けたことによって制定されたとか・・・・・。つまりは体裁を取り繕うための法律だったのですが、後に不都合な部分は色々改訂されて現在に至ります。ただ、この当時は法律ができたばかりで、結構厳密に施行されていたかも知れない・・・・・ということで結衣ちゃんはこのまま子供を産むことになりました。時代の風潮もありますが、やっぱり女性は弱いんでしょうね・・・・・。(そうじゃない人もいますけど・笑)

次回は横浜慕情最終話『永遠の契』の章へと参ります。もう少しだけお付き合いよろしくお願いいたしますねm(_ _)m
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