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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 永遠の契・其の壹

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結衣の身体の中に新たな命が宿っている----------関係者が最も恐れていた事が起こってしまった。虔三郎は興奮し、泣きじゃくる結衣の肩を抱きかかえながら小夜に一礼し、藤堂の家の玄関を出た。

「旦那さん、先に明豊堂の本家へひとっ走り行ってきましょうか?」

 二人の沈んだ表情に引っかかるものを感じ、気を利かせて表で待っていた藤堂が声を掛ける。

「・・・・・ああ、頼む。俺達もすぐに追いかけるから。」

 少し疲れたように声を押し出す虔三郎の顔に生気はなかった。

「承知しました。では失礼します。」

 あえて詳細は聞かずに藤堂は一礼すると、疾風の如く二人の前から立ち去っていった。



 虔三郎と結衣が仮住まいをしている明豊堂の本家に戻ると、藤堂から知らせを受けていたお栄が勝手口で出迎えてくれた。その瞬間、安心したのか結衣の目にみるみるうちに涙があふれ出す。

「お結衣ちゃん・・・・・。」

「お栄・・・・義姉さま・・・・・・!」

 お栄の声を聞いた瞬間、結衣は耐えきれずお栄に縋り付き大声を出して泣き出した。そんな結衣を見て周囲の使用人達は唖然とする。

「義姉さん、申し訳ないんですけど・・・・・ちょっといいですか?」

 虔三郎は使用人達に睨みを利かせ、場所を変えて話がしたいと暗にほのめかした。

「え、ええ・・・・・ここじゃあ何だから二階に行きましょうか。お結衣ちゃん、少し落ち着いて、ね?」

 お栄は泣きじゃくる結衣をそっと抱きしめ、まるで母親のように背中を撫でる。そして5分後、ようやく結衣が落ち着いた所を見計らって三人は二階に上がった。

「ちょっと厄介な事になりましてね。できれば兄さんにも話をしておきたいんですけど今はさすがにまずいですよね。」

 虔三郎は結衣を落ち着かせるように彼女の肩を抱きながらお栄に訊ねる。

「ええ。とりあえず旦那様には後で話しましょう。今は一番忙しい時間だからさすがに呼び出すのは無理・・・・・!」

 そう言いかけたお栄が目を見張り、言葉を失った。人払いをしていたはずの部屋の襖が開いたと思った瞬間、そこに龍太郎が立っていたのである。

「女中頭のお早紀から聞いた。勝手口とはいえ大声で泣きじゃくるなんて、一体何があったんだ?」

 つかつかと部屋に入り込み三人の前にどっかと座り込む。普段は厳しい割にいざとなったら家族のための尽力を惜しまない----------この年になって虔三郎は龍太郎の、家族思いな一面に気が付いた。

「龍太郎兄さん。実は・・・・・。」

 虔三郎は正座をし、龍太郎に面と向かうと重々しく言葉を押し出した。

「・・・・・実は、結衣にややが出来ました。」



 虔三郎の言葉も重苦しいものであったが、それ以上に重苦しい沈黙があたりを支配する。

「・・・・・俺の子なのか、それとも・・・・・・なのかは判りません。ですけど、よりによって今回できるなんて・・・・・。」

 虔三郎の横では結衣が申し訳なさそうに縮こまっている。

「勿論こんなことで結衣を手放す気は毛頭ありません。ですが・・・・・もし、あいつに似た子供が生まれてきたら・・・・・俺はややを殺してしまうかもしれない。」

 それは男として至極まっとうな思いであった。傷つき、もしかしたら暴行で孕まされた子を宿してしまった愛しい女性をこれ以上傷つけたくはない。しかし、だからといって悔しさが無い訳ではない。
 その悔しさ、怒りは結衣の体内に宿っているいたいけな命に向かってしまうかも知れない----------そんな恐れを虔三郎は抱いていた。だが、そんな弟の苦悩に対して偉大な兄はあっさりと救いの手を差し伸べたのである。

「・・・・・だったらうちで引き取ろう。ろくでなしでも昌次郎も俺の同母弟だ。奴が死んでしまった今、その責任は俺にある。」

「り、龍太郎兄さん?」

 龍太郎の言葉に虔三郎は呆気にとられ、思わず龍太郎の顔をまじまじと見つめてしまった。こんな時に悪い冗談を----------一瞬そう思ったが、龍太郎の表情は真剣そのものであった。

「どちらにしろ昌憲は商人には向いていないし、なれないだろう。本人も軍人になりたいと言い出している事だし、世の為のもあの子は軍人にするつもりだ。そうなるとこの店を継ぐ者が居なくなる----------お前達次第だが、男の子でも女の子でも俺達の養子として育てよう。男だったらそのまま店を継がせればいいし、おなごだったら他所から婿を取ればいい。」

 たまたま龍太郎夫婦に子供がいなかったからとは思えなかった。龍太郎が子だくさんだったとしてもきっと龍太郎は同じように虔三郎達に助けの手を差し伸べたであろう。

「・・・・・ありがとうございます。」

 龍太郎の大きな心遣いに虔三郎と結衣は深々と頭を下げた。



 昌次郎の四十九日はまだ終わっていなかったが、事情が事情である。喪が明けてすぐに届けや祝言を挙げる事が出来るようにと滝沢家は動き出した。

「二月の終わりだと梅は微妙よねぇ。桜にしても早すぎるし・・・・・。」

 部屋中に広げた反物を手にしながらお栄は悩み続ける。早く生地を決めて仕立てに出さなければ二人の祝言に間に合わないのだが、それでもより良いものを、と思うのは親心だろうか。

「義姉さん、結衣の黒紋付の振り袖はもともと着る予定だった松の柄でいいじゃないですか。あれなら季節を問いませんし。」

 そう言いながら虔三郎も部屋に広げた反物を物色している。

「どちらにしても結衣のつわりがあのまま酷いようでしたら祝言を少し遅らせなければならないでしょうし・・・・・。」

 その時である。

「おい、お栄、虔三郎。そろそろ決めたらどうだ?」

 傍で二人の反物選びをじっと見ていた龍太郎が痺れを切らせて声を掛けてきた。

「あ、兄さん・・・・・。兄さんならどちらを選びますか?結衣の身体がああじゃなかったら三日三晩の宴を開くつもりでいましたから、一つに選ばなきゃ、ということは無かったんですが。」

 そう言って虔三郎が差し出したのは元々身につける予定だった松の総刺繍があしらわれた黒振袖と、友禅で彼岸桜があしらわれたもう少し軽やかな黒振袖であった。どちらも申し分ないものだが、それだけに最後の最後で迷っている。

「華やかな桜を選びたくなる気持ちも判らなく無いが、これからの事を考えたら松の総刺繍のものの方が良いだろう。ただ、少し重たいからやはりお結衣さんの体調次第だな。あまりつわりが酷いようなら桜の友禅にした方が良いだろう。」

 そして龍太郎はお栄に向き直る。

「伊丹さんに装飾品は頼んでおいてくれ。」

「承知しました。格式は士族のもので宜しいのですね?」

「ああ、勿論だ。でなければお結衣さんのお亡くなりになった父御にも申し訳が立たないだろう。」

 龍太郎の言葉に虔三郎とお栄は黙りこくった。

「・・・・・ところで、お結衣さんの状態はどうなんだ?」

「相変わらずです。つわりが酷くて起き上がれなくて・・・・・今は隣の部屋で寝かせています。誰かが見ていないとすぐに起き上がって仕事をしようとしちゃうんですから。」

 お栄が半ば呆れたように呟く。暴行された直後の妊娠で衝撃を受けてしまったのだろう、結衣のつわりはひどく、流産の可能性もあるからと医者にも起き上がる事を禁じられていた。
 それなのに----------否、それだからこそかもしれない----------結衣は本家にいる事を気遣ってか少しでも体調が良くなるとすぐに起き上がって拭き掃除だとか運びものの手伝いだとかをしようとするのである。最近では使用人達も結衣を止め、すぐに寝かしつけるようになったのだが、結衣の状況がまだあまり知られていないつわりの初期の頃、自分が横になっていた布団を持ち上げようとして立ちくらみ、上や下への大騒ぎになったのだ。

「・・・・・祝言は彼岸桜の時期まで待つか。そうすれば岩田帯も結べるだろう。」

「そうですね。でないと危なっかしくて。虔三郎さん、あなたには申し訳ないけどいい?」

 確かにつわりの酷い状態で祝言は挙げられない----------お栄の言葉に虔三郎も深く頷く事しか出来なかった。



 ひとしきり着物選びが終わった後、虔三郎は隣の部屋で横になっている結衣の傍にやってきた。

「けん・・・・・ざぶろう・・・・・さま。」

 少し熱があるらしく、頬が紅潮し、瞳が潤んでいる。

「大丈夫か?もしかしたら聞いていたかもしれないが、祝言はお前が起き上がれるようになるまで待つから・・・・・今はしっかり養生するんだ。」

 布団から差し伸べられた結衣の華奢な手を握りしめながら虔三郎は優しく囁く。

「ややは俺の子だ。きっと緑の目をした悪ガキかお前に似たかわいい女の子に決まっているだろう。あんなやつの血なんて、一滴だって流れている訳はない。だからお前は何も心配することなく、ただややを無事に産む事だけを考えろ。」

 まるで自分に言い聞かせるように虔三郎は力強く言い、結衣の少しこけてしまった頬をそっと撫でた。

「せっかく俺好みにふっくらしたと思ったら・・・・・仕方ねぇな。つわりが良くなったら横浜中のうまいもんを全部食べさせるからそのつもりでいろよ」

 虔三郎の冗談に結衣もようやく微笑んだ。

「じゃあ、俺はこれからちょっと自分の店を見てくる。帰りは・・・・・九時か十時だな。先に寝ていてくれ。」

 虔三郎は暗に『寄り道』を匂わせる。

「はい。行ってらっしゃいませ、虔三郎様。」

 それに気が付いた結衣は布団の中から悪戯っぽく微笑み、健三を送り出した。



 その日の夜、虔三郎は久しぶりに妓楼に上がっていた。部下達を遊ばせている間、虔三郎は妓楼の主と馴染みの娼妓を前にひと包みの袱紗を出す。

「吉弥との手切れ金はこれでいいですね。」

 袱紗を開く店の主に対し、虔三郎が念を押した。

「・・・・・何もここまで律儀に手切れをしなくても。」

 金払いの良い虔三郎から手切れを言い渡されるのは痛いが、それでも仕事上の付き合いを辞める訳でもないし、もうすぐ年季の明ける吉弥ならば手切れを支払わなくてもそのまま縁が切れたはずである。しかし虔三郎は訳ありで、と含み笑いをしながら主の質問に答えた。

「これはあんたらへの義理じゃないさ。まぁ、内輪に対しての義理だと思ってくれ。」

 その笑いに吉弥は虔三郎に『女』の匂いを----------しかも商売女ではなく正式な妻となる女の匂いを嗅ぎ取った。

「ふうん・・・・・ハマの青龍ともあろうお人が今から恐妻ぶりを発揮するんですか?」

「これ、吉弥!」

 ある意味振られた形になった吉弥が腹いせに嫌みを言うが、虔三郎は平然と聞き流す。

「ああ。何せ原のおやっさんが怖がって手を出さなかった位の女だ。他の女と遊んでいたんじゃ俺が食われちまう。」

 冗談とも本気ともつかない発言をして虔三郎は吉弥を煙に巻いた。確かに結衣と出会う前には娼妓と手を切ってまで妻を娶るなんて考えもしなかった。しかし今の虔三郎は進んでそれを行っていた。
 たったひとりの、最高の女さえいればあとは何も要らない----------差し出された杯を空けながら虔三郎は満足げに微笑んだ。



 婚礼そのものの準備、そして身辺整理をしているうちに瞬く間に季節は過ぎ彼岸桜の花がぽつぽつと咲き始める。そしてその頃ようやく結衣のつわりも終わり、床から起き上がれるようになった。

「祝言は彼岸の中日に行う。」

 結衣の体調を見て龍太郎がそう言いだした。

「身内だけの質素な祝言だ。だったらいっそ両家の祖先にも祝って貰おうじゃないか。」

 龍太郎の粋な計らいに結衣は涙ぐみ、虔三郎は感謝した。そして祝言三日前の彼岸の入り、虔三郎と結衣、そして龍太郎夫婦の四人は双方の墓に墓参りをすることになる。



UP DATE 2011.03.08

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横浜慕情もようやく最終章『永遠の契』の章へと突入しました。よりによって暴行されてしまった直後に妊娠が発覚し、混乱に陥る結衣ですが、それを虔三郎、そして龍太郎夫婦がフォローしていきます。何せ結衣を暴行したのが一族の男ときていますから複雑なんですよ・・・・・(>_<)そんな優しさに包まれて結衣はようやく落ち着きを取り戻してゆきます。

そして虔三郎(笑)。結衣がつわりで倒れている間に身辺整理をしまくっております(爆)。何気にイケメンなので女性にもてる虔三郎だけに手切れも色々大変みたいで・・・・・嫌みを言われながらも頑張って祝言までに身辺を綺麗にしようと躍起になっているんです。まぁこれも惚れた弱みでしょう。結衣は決して恐妻ではありませんが、しっかりかかあ天下になりそうです。


次回更新は3/15、結衣の父親の墓参り&祝言前夜となります。
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