FC2ブログ

「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 永遠の契・其の貳

 ←烏のがらくた箱~その五十三・地震(停電)の際、準備しておけば良かったもの →葵と杏葉改革編 第二十五話 姫君の懐妊と九歳の側室・其の壹
うららかな春の日、虔三郎と結衣、そして龍太郎夫妻は横浜の外れにある小さな寺にやってきた。若い彼岸桜が満開の中、老いた彼岸桜がぽつぽつと花を咲かせている。

「おとっつぁんは・・・・・・何故かこの老木が好きだったんです。」

 結衣は枯れかけた老木をそっと撫でながら虔三郎に語りかけた。十二月の事件の前までは月命日の度に結衣が掃除をしていたが、それ以後はさすがに月命日の墓参も出来ず墓は少しばかり荒れている。
 四人は春らしい若草色の雑草を引き抜き、埃で汚れた小さな墓石を磨き上げると小さな墓石はそれなりに見られるようになった。

「・・・・・これで何とか見られるようになったな。今年の盆にはもう少しましな墓石にするか。」

 綺麗になった墓石を見つめながら虔三郎は呟く。そして老いた彼岸桜の下、四人は結衣の父親の墓前でそっと手を合わせ、二人の結婚の報告をした。



 寺の本殿に場所を移した四人だったが、龍太郎とお栄は寺の住職と団らんし、若い二人は縁側で出された茶を飲みながら彼岸桜を愛でていた。意外と若い住職はどうやら龍太郎と同年代らしく、やけに話が盛り上がり時折大笑いの声さえ聞こえてくる。

「何だか・・・・・ほっとするな。」

 つい三、四ヶ月前の地獄のような日々が嘘のような穏やかさである。虔三郎は風によりはらりと落ちてきた彼岸桜の花弁を結衣の肩から取った。

「ありがとうございます、虔三郎様。」

 はにかんだ笑みを見せながら結衣が笑う。ようやくつわりの時期が抜けただけに、まだ幾分頬はこけているが、その笑顔は幸せそのものだった。

「ようやくお前のおとっつぁんにも結婚の報告ができた。さすがに日陰者のままではばつが悪かったしな。」

 冗談とも本気ともつかぬ言葉を呟くと、虔三郎は少し冷めた茶を口に含んだ。遠くに結衣の父親が好きだったという老いた彼岸桜が枝を伸ばしている。その姿はまるで結衣の父親の姿そのもののように虔三郎には思えた。

(あんたの娘は・・・・・死ぬまで、否、未来永劫ずっと俺が面倒を見るから安心してくれ。絶対に泣かさない・・・・・とは言い切れねぇが、最後の最後にゃ笑ってあんたのところに逝けるようにするから。)

 部下の話によると、病に倒れてなお矜持を失わない、古武士然とした男だったという。もし、結衣の父親が生きていて、嫁に欲しいと申し出ていたら一喝されていたかも知れない。それでも虔三郎は結衣を娶ろうとしたであろう。

「・・・・・虔三郎様が相手なら、きっとお妾のままでもおとっつぁんは喜んでくれたと思います。だって・・・・・。」

 結衣は言葉を句切り、こう続けた。

「ただ一人・・・・・初めて私がお慕いしたお方ですから・・・・・。」

 耳まで真っ赤にしながら結衣は小さく呟く。結衣の思わぬ発言に虔三郎は目を丸くし、そして結衣と同じくらい顔を真っ赤にしてしまった。

「・・・・・まさかこんな男が初恋の相手だったとはな。」

 照れ臭そうにそっぽを向きながらも虔三郎は身重の身体を労るように結衣の腰に手を回す。誰よりも愛おしいと思う女に初恋の相手だと言われて悪い気はしない。虔三郎は結衣の耳許に唇を寄せ、悪戯っぽく囁いた。

「そうなると、余計にこの結婚に反対されたかもしれねぇな。どうも男親というものは娘が本気で惚れた男を面白く思わないらしいから。」

 そんな虔三郎の囁きに結衣も思わず笑ってしまう。

「・・・・・藤堂さんも仰っているそうですね。娘さんに悪い虫が付きやしないかって・・・・・その事で娘さんに煙たがられている、って嘆いていると小夜先生が仰っていました。」

 結衣は藤堂家の内情を虔三郎に暴露しながら視線を老いた彼岸桜に向ける。

「今度はお盆の頃にまた来ますからね、おとっつぁん。」

 さすがに秋の彼岸の頃は出産で墓前に来ることはできないだろう。生まれ来る子供と共にここに来ることになるのは来年の春、彼岸桜の時期だろう。過保護すぎるほどの虔三郎のいたわりに感謝しつつ、結衣はいつまでも老いた彼岸桜を見つめ続けていた。



 昌次郎の非業の死を忘れた訳ではない。結衣が被った悲惨な出来事を忘れた訳ではない。しかしそれを覆い隠し、塗りつぶすかのように虔三郎と結衣の祝言は派手なものになりつつあった。
 最初こそごく内輪だけ、商売の相手でも極めて親しい者だけを祝言に呼ぼうとしていたのだが、噂を聞きつけた商売相手が我も我もと名乗りを上げ、断り切れなくなってしまったのである。

「商売上の付き合いだと思って諦めろ、虔三郎。」

 結局田舎の庄屋よろしく三日にわたって披露宴を行わなくてはならなくなってしまった虔三郎に対し龍太郎が慰め半分説得する。

「俺は別に構わないんですけど結衣が・・・・・さすがに落ち着いてきたとはいえ長い時間皆の前で座らせておくのは身体に悪いんじゃないかと思うんですが。」

 暗に結衣をだしにして逃げだそうと画策する虔三郎だったが、龍太郎は、否、祝言に押しかけてくる客はそんなに甘くはなかった。

「そこのところは大丈夫だろう。何せ・・・・・。」

 いつもは厳しい龍太郎が意味深にくすり、と笑う。

「お前の部下の・・・・・確か藤堂とか言ったな。『訳があって元同心の娘さんと祝言を挙げざるを得なくなったんです。』と来る客全てに言いふらしていたぞ。あれじゃ元・同心の娘に手を付けて孕ませたから逃げられなくなったと取られても仕方がないな。」

 確かに藤堂は嘘は言っていない。しかし思わせぶりな物言いで相手の妄想をかき立ててあること無いこと噂にするのである。藤田がその点を指摘し、嫌がっていたがまさか自分にも累が及ぶとは思っていなかった。

「あの野郎・・・・・。」

 虔三郎が毒づいたが、その怒りも何となく腰砕けである。それもそうだろう、明日はとうとう祝言本番なのである。
 座敷の襖も取り払われ、代々伝わる豪奢な屏風や客の為の席もどんどん準備されてゆく。主になる料理こそ外注したが、酒だけは外から頼んでいては間に合わないだろうと台所に樽酒がいくつも山積みされている。これが下手をすると二日目で底を突くかもしれないのだ。それもこれも祝いの席だからこそである。

「ま、お結衣さんの心配も良いがお前も気をつけろよ。祝言の席で勧められた酒ほど断れないものはないからな。」

「・・・・・龍太郎兄さんも何か嫌な思い出がありそうですね。」

 普段なら絶対に聞くことができない質問だが、やはり祝言直前の浮かれた気分がそうさせるのだろうか。思わず聞いてしまった質問に虔三郎は一瞬後、まずい、という表情を浮かべたが龍太郎は特に気にすることもなく虔三郎の質問に答えた。

「俺の祝言の時、お前は本家に引き取られたばかりだったからあまりよく覚えていないか・・・・・原のおやっさんを始めとして次から次へと杯を勧められてな。披露宴初日早々に潰されて、新婚初夜も何もあったものじゃなかった。さすがに次の日の朝、お栄になじられた・・・・・今となっては思い出だな。」

 龍太郎は大笑いするとぽん、と虔三郎の肩を叩く。

「皆、お結衣さんが身重だと知っているから、そちらに無理はさせないだろう。たぶん藤堂もその点を自分の嫁御からそれとなく言い含められて触れて回っていたのかも知れない。その代わりとばっちりはお前に全部行くだろうから覚悟しておけよ。」

 龍太郎の言葉にしょっぱい表情を浮かべた虔三郎だったが、それを見た龍太郎は愉快そうに大笑いをした。



 打ち合わせやら何やらで虔三郎が寝室に戻ったのは深夜だった。先に床につかせた結衣はすでに眠っているはずだと虔三郎はできるだけ音を立てずに襖を開ける。

「けん・・・ざぶろう様?」

 かなり気をつけていたがどうやら結衣を起こしてしまったらしい。少し寝ぼけた声が虔三郎に呼びかける。

「済まない、起こしちまったか。」

 虔三郎は後ろ手に襖を閉めると結衣の枕元にあぐらをかいた。柔らかな行灯の光に潤む結衣の瞳がじっと虔三郎の顔を見上げる。その瞳を覗き込みながら虔三郎は結衣の額にそっと己の手を宛がった。

「明日は色々と大変だから・・・・・どうしても気が立ってしまうだろうけど、しっかり寝ておけ。」

 虔三郎の手の温かさがじんわりと結衣に伝わってゆく。

「はい。」

 虔三郎の穏やかな言葉に結衣はこくん、と頷いた。虔三郎は結衣の額に宛がっていた手を離すと素早く寝間着に着替え、するりと布団の中に入り込む。

「結衣・・・・・。」

 寝ておけと言っておきながら虔三郎は結衣に声を掛け、その華奢な背中に手を回しそっと抱きしめた。

「大事な身体なんだから・・・・・明日の朝までこうやって抱いてやるからさっさと寝ちまえ。」

 相変わらず口は悪いもののその優しさに結衣はくすり、と微笑む。

「ありがとうございます・・・・・。」

 暴行され、傷を付けられてしまった自分を見捨てず、手中の玉の如く慈しんでくれるその優しさに結衣は涙を浮かべる。その涙を見せまいと結衣は虔三郎の胸許に頬をすり寄せた。
 そんな結衣を虔三郎はさらに強く、そして優しく抱きしめる。互いの身体の温もりの心地よさに安心したのか、二人はその温もりの中ゆっくりと眠りに落ちていった。



UP DATE 2011.03.15

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






今回は祝言直前の穏やかな結婚報告&祝言前夜です。ただでさえ別館の話は短いのに今回はさらに短くなっているような気が・・・・・話の展開上ご了承くださいませ。さすがにオフラインのごたごたの影響で話を膨らませるのが難しかったです。(輪番停電に当たるわ買い物でレジに30分以上待たされるわ旦那の会社で社食がダウンしたので生まれて初めて早朝に起きて弁当を作らなければならなくなるわ・・・・被災された方々に比べたら大したことじゃ無いのですけど駄文書きにちょこっと影響してしまいました・苦笑)

話の展開状必要だったこともありますが、今回はできるだけ穏やかな展開を心がけました。今回の震災で直接的、そして間接的に被害を受けた方々の為に少しでも癒しになればと。
そして紆余曲折、艱難辛苦を乗り越えてきた結衣と性格の悪い白馬の王子・虔三郎の祝言という名の最終回は次回になります。来週はもう少し落ち着いて明治時代の華やかな祝言を書く事が出来ると思います(^_^;)

では、あと一話お付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その五十三・地震(停電)の際、準備しておけば良かったもの】へ  【葵と杏葉改革編 第二十五話 姫君の懐妊と九歳の側室・其の壹】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【烏のがらくた箱~その五十三・地震(停電)の際、準備しておけば良かったもの】へ
  • 【葵と杏葉改革編 第二十五話 姫君の懐妊と九歳の側室・其の壹】へ