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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~虔三郎と結衣

横浜慕情 永遠の契・其の参

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どれほどこの日を待ったであろうか。紆余曲折の末、ようやくやってきた虔三郎と結衣の祝言の日はしとしとと柔らかい春の雨が降っていた。
 春の息吹を促す暖かい雨は、彼岸にいる結衣の父親のうれし涙のように咲き誇った彼岸桜の花を濡らしてゆく。

「花散らしの雨・・・・・か。」

 ぱりっ、と火熨斗がかかった五つ紋の入った黒羽織に、精好仙台平の襠高袴を身につけた虔三郎が庭を見ながら呟いた。元々妾宅に植えられていたものを本家の庭へ植え替えた彼岸桜は、急激な環境の変化にもめげずに例年以上に美しい花を咲かせている。その姿はまるでどんな苦労にも耐え忍び、今日の日を迎えた結衣そのもののようであった。

「こんな日に祝言ってのも俺達らしいかもしれないな。」

 雨に濡れる彼岸桜を見つめながら、虔三郎は口の中で呟く。普段は洋装の虔三郎だが、今日ばかりはらしくなくきっちりと着物を着込んでいる。否、普段洋装だからこそ一世一代の晴れ舞台の時はこの国古来の着物にこだわっているのかも知れない。

「・・・・・龍太郎兄さん、結衣の支度はまだかかるんですか?」

 虔三郎は彼岸桜からそっと視線を外し、龍太郎に尋ねた。かれこれ一時間半近くは待たされているだろう。気の早い客も来始めており、虔三郎はそわそわし出す。

「虔、逸る気持ちは解るが少しは落ち着け。どっちにしても祝言が始まるのは夕刻だ。」

 落ち着きを無くし始めている虔三郎に対し、龍太郎は苦笑いを浮かべながら虔三郎に煙管盆を勧めた。

「普段でさえおなごの身支度には時間が掛るものだ。ましてや一生に一度の祝言ともなれば仕方がないだろう。お栄や女中達がよってたかってお結衣さんを着飾っているはずだからあと三十分くらいは覚悟して置いて方がいいな。」

 煙草盆を勧める----------それは暗に腰を据えて待てと言われているようなものである。虔三郎は諦めたように小さく溜息を吐くと兄の前に据わり、勧められた煙管を手にした。

「・・・・・龍太郎兄さんとサシで煙管をやるなんて初めてかも知れませんね。」

 煙管を勧められるという些細な出来事であるが、それは龍太郎と対等な立場の一人の男と認められたようで、虔三郎は嬉しさを覚える。そして少し遠慮がちに煙管を吸い始めたのだが、いつも使っている煙管より少々長い龍太郎の煙管で吸う煙草の味は、どことなく柔らかな大人の円熟味を感じさせた。

「俺も・・・・・親父に煙管を勧められたのは祝言の日だったんだ。」

 そう呟き、懐かしそうに目を細める龍太郎の口から吐き出される紫煙は、ゆらゆらと揺れて春の湿気の中に消えてゆく。年の離れた兄弟二人だけの静かな時間----------遠くの方から女達のはしゃぐ声ばかりで、あとは雨が静かに軒を打つ音ばかりの静かな時間だけがゆっくりと流れていった。そんな時間がどれほど過ぎただろうか、ふいに女達のはしゃぎ声がだんだん自分達の方に近づいていることに虔三郎が気が付いた。

「・・・・・嬉しがっているのは結衣よりお栄義姉さんの方みたいですね。だんだんはしゃぎ声が近づいてきましたよ、龍太郎兄さん。」

 近づくにつれてさらにはっきりと聞こえてくるお栄のはしゃぎ声に虔三郎が口の端に笑みを浮かべる。

「そんなもんだろう。当の本人は式次第の段取りを覚えるだけで手一杯だろうしな。その分世話焼き婆様達が・・・・・。」

「誰が世話焼き婆ですって?」

 鋭い声と共に虔三郎や龍太郎が控えている部屋に真っ先に入ってきたのはお栄であった。

「お二方とも、お待たせしました。世話焼き婆が腕によりを掛けて最高の花嫁に仕上げてきましたからね。」

 冗談半分に言うお栄の言葉を、虔三郎は半分も聞いていなかった。その目は女中頭の早紀に手を引かれ、部屋に入ってきた結衣に釘付けだったのである。
 松に鶴の刺繍をあしらった総模様の黒振り袖、根を高く結い上げた文金高島田を角隠しでふわりと包みこみ、ちらりと見える桜の意匠の簪が結衣の愛らしさを引き立てていた。

「旦那様、虔三郎様、お待たせいたしました。」

 はしゃぐお栄とは対照的にしおらしく結衣は頭を下げる。まだつわりが完全に抜けきってはいなかったが、それでも一時期よりはだいぶましになっただけあって、結衣の顔色は極めて良い。桜色の頬に一差しの紅が鮮やかに映えるその表情は晴れやかさに満ちあふれていた。
 いつもと違う、それこそ満開の桜のような華やかな美しさに虔三郎はただ口をあんぐりとあけて見とれる事しかできない。

「おい、虔三郎。いつまで間抜け面を晒しているんだ。」

 龍太郎に諭され、虔三郎ははっと我に返る。

「あ・・・・はい。」

 そう答えたもののしかし、その目は未だ結衣に吸い寄せられている。着物を選ぶ際も立ち会っていたはずなのに、やはり身に纏うと違う。結衣の晴れ姿を目の前にして、虔三郎にもようやく結衣と本当の夫婦になるという実感がわいてきた。



 降り止まぬ柔らかな雨の中、虔三郎と結衣の門出を祝うために三々五々、祝い客が明豊堂にやってきた。初日だけあって大店の主ばかり祝言が行われる大広間へと通される。そこにはいくつも並べられた座布団に豪華な膳、そして花嫁花婿が座るであろう高砂が来訪客や主役の出番を今や遅しと待ち受けていた。

「まさかお結衣さんを正妻にするとはなぁ。」

 一番上座に座った原善三郎が、一滴の酒も入っていない筈なのに顔を真っ赤にして喜びを露わにする。虔三郎の執心は感じていたものの、まさか妾だった女を正妻に格上げするとは思わなかったらしい。その驚きを口にするとその場にいた全員が尤もと頷いた。

「そりゃそうでしょうね。何せうちとの契約を反故にしてまでも自分の手許に引きずり込んだくらいですから。」

 半ばあきれ顔でそう言ったのは原の隣に座った五十鈴楼の楼主であった。直後に和解金のやり取りはあったものの、将来有望な虔三郎が執着するほどの上玉を手に入れることが出来なかったのである。
 和解金など問題にならないほどの金を生み出すはずだった玉を虔三郎に奪われたのは残念だと言いながらも二人を祝福する。他にも龍太郎、虔三郎二人の商売関係者を中心に客が集まってきた。その時である。

「皆様、大変長らくお待たせしました。花婿、花嫁が参ります。」

 いつものへらへらした様子とは打って変わり、小綺麗に身なりを整えた藤堂の声が座敷に響く。その声に続き、紋付袴の虔三郎が、そしてそのあとに続いて黒紋付の結衣がしずしずと座敷に入ってきた。それぞれの席に着いた二人だったが、虔三郎はがちがちに顔を強張らせ、結衣も緊張に縮こまっている。

「この度は足許がお悪い中ようこそおいで下さいました。これから滝沢虔三郎と加藤結衣の祝言を始めさせて戴きます。あくまでもごく内々のものですので皆様、お気楽にお楽しみくださいませ。」

 明豊堂本家の大番頭である仁左衛門の挨拶が式の始まりを告げ、春宵の祝言が始まった。



 式は三日にわたり行われた。案の定虔三郎は初日から三日間祝い客によって潰されることになったが、身重の結衣にとってはむしろその方が良かったかも知れない。
 虔三郎が酔客の相手をすることで結衣は早々に引き上げることができ、三日の祝言を乗り切ることが出来たのである。商売相手に対しても面子を立てることが出来たし、結衣の身体も護ることが出来た----------筈なのだが、その事に対する満足感を感じろと言うのは今の虔三郎には酷だった。

「ううっ・・・・・気持ち悪っ・・・・・。」

 祝言が終わった次の日、酒を浴びるように、というより酒に浸されてしまった感のある虔三郎は宿酔で苦しんでいた。濡れ縁の柱に身体をもたれかけさせ、激しい頭痛と吐き気に耐えている。温もりを含んだ春の風が虔三郎の茶褐色の髪を嬲ってゆくのだが、普段なら心地良いばかりの春風さえも今の虔三郎にとっては辛さを助長するものでしかない。

「虔三郎様、大丈夫ですか・・・・・はい、湯冷ましです。今日のお仕事は諦めてくださいませ。こんな身体では皆様に迷惑がかかってしまいます。」

 濡れ縁でぐったりしている虔三郎の背中をさすりながら結衣が虔三郎に湯冷ましを差し出す。その姿は新婚夫婦と言うよりむしろ長年連れ添った夫婦といった風情さえある。

「すまねぇ・・・・・藤堂あたりに言伝を・・・・・・仕事は・・・・・無理だと。」

 虔三郎は呻きながら指示を出すと、結衣の手から湯飲みを受け取り一気に胃の腑へ流し込んだ。ほどよく冷めた湯冷ましが酒にただれた喉や胃に心地良く染み込んでゆく。その優しさはまるで結衣を彷彿とさせた。虔三郎は暗緑色の瞳でじっと結衣を見つめたあと、その肩をぎゅっ、と抱き寄せる。

「結衣・・・・一生俺の傍を離れるんじゃないぞ。いや、今生だけじゃ全然足りねぇな。来世も・・・・・その来世も・・・・・永遠に俺の傍に居ろ。」

 言葉遣いこそぞんざいだが、縋るように結衣を抱き寄せ囁く姿は懇願のようにさえ見える。そんな虔三郎に全てをゆだね、結衣は春風より優しく、甘い声で虔三郎に答える。

「勿論です。虔三郎様が許してくださる限り、私はずっと・・・・・未来永劫虔三郎様のお側におりますから・・・・・。」

 虔三郎の背中をさすっていた手がぎゅっ、と虔三郎の着物を掴む。そんな二人を見守るが如く、咲き誇った彼岸桜は青空の空の下、美しく輝いていた。



 九月に入り結衣は無事女の子を出産した。女児と言うこともあったのだろう、虔三郎自身が不安に思っていた子供に対する恨みの感情は一切無く、むしろ猫かわいがりに可愛がって周囲を呆れさせるほどであった。その後、虔三郎と結衣の間には男の子が二人生まれ、医療が未発達なこの時代にあって三人とも無事成人した。

 虔三郎と出会う前は貧困に苦しみ、虔三郎の妾になっても運命に翻弄された結衣だったが、虔三郎との結婚後はその波乱に満ちた若かりし日が嘘のように穏やかで、幸せな日々を送ったという。
 だが、これはまだ始まりにしか過ぎない。この話は虔三郎と共に誓った永遠の契の第一幕、未来永劫続く恋物語のほんの一端なのだ。
 いつの日か浜猫の唄が聞こえる時、二人は出会い、再び恋に落ちる----------決定づけられた運命の二人は、永遠の幸せと共に生きてゆくことになる。




UP DATE 2011.03.22

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皆様に愛された『横浜慕情』もこの話で最終話になります。長かったようであっという間だったような・・・・・そもそも最初の『浜猫の唄』の三話で完結にしちゃおうかどうしようか迷っていた話なんですよね~(笑)。その話が皆様のおかげでここまで長く続けられることが出来ました。さらにこの話から派生した外伝もありますしね。

この話で虔三郎と結衣の恋物語は一応の結末を迎えますが、まだ滝沢昌憲と亜唯子の恋は結末を見ておりませんし、気が向いたら統合後、亜唯子の弟たち(2人おります)の話なんかも出てきたりして・・・・・どちらも父親似のイケメンにする予定です(爆)。

どんな不幸な目に遭っても結衣のようにいつかは幸せな日が来るはずです。まさかこの話の最終話が大震災の直後になるとは思いもしませんでしたが、人生最大の災難に遭ってしまった人にもきっと幸せな日は訪れると信じたいのです。ささやかすぎる私からの応援ですが、この話を読んでくださった方が結衣のように幸せを掴んでくださることを願いながら横浜慕情最後のあとがきとさせて戴きます。


皆様、最後まで拙い話に付き合ってくださりありがとうございましたm(_ _)m
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