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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~昌憲と亜唯子

横浜港にて~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の貳

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明治28年4月17日、 下関において日清講和条約、いわゆる下関条約が調印された。この条約によって清・朝間の宗藩(宗主・藩属)関係解消、清から日本への遼東半島、台湾及のび澎湖列島領土割譲、2億両(約3億1000万円)の賠償金支払い、そして日本に最恵国待遇を与える等が決定する。
 この条約は5月8日、清の芝罘で批准書が交換され発効するのだが、この時点において本当の意味での日清戦争は終結したことになる。



 下関条約の締結を受けて、日本帝国軍第一軍の陸軍少尉・滝沢昌憲は軍艦・金剛に乗って横浜港へ帰ってきた。
 滝沢がロシア女から聞き出した情報も功を奏し、清国軍を援護しようとしていたロシアの遊撃隊も日本軍に被害を及ぼす前に潰す事にも成功している。この軍功を始めとしたいくつかの活躍により、滝沢の中尉への昇進はほぼ確実なものになっていた。

「亜唯子は・・・・・港に来ているだろうか。」

 人間味の欠片も無いと揶揄されるいつもの冷淡な口調とは違う、柔らかな独り言に彼女への思いが滲み出る。滝沢の亜唯子へ対する想いは彼にとって最後に残された人間らしい部分なのかもしれない。甲板の上、強い海風に晒されながら、滝沢の目は自分の帰る場所へと向かっていた。



 長い船旅が終わり横浜港に陸軍の兵士達が降り立った。港には兵士の家族や日清戦争の英雄を一目見ようとやって来た野次馬、そして新聞記者で溢れかえっていた。
 当初世間では大国、清との開戦が困惑と緊張をもって迎えられたが、勝利の報が次々に届くと国内は大いに涌き、戦勝祝賀会などが頻繁に行われ『帝国万歳』が流行語になった程である。その仕掛け人が他ならぬ新聞記者なのである。
 コスト増が経営にのしかかったものの、売り上げ部数を伸ばす為各新聞社はしのぎを削っていた。そして従軍記者を送るなど戦争報道の強かった『大阪朝日新聞』と『中央新聞』が発行部数を伸ばし、逆に戦争報道の弱かった『郵便報知新聞』『毎日新聞』『やまと新聞』が没落したのである。
 また、忠勇美談(徴兵された「無名」兵士の英雄化)を掲載など読者を熱狂させた戦争報道は、新聞・雑誌で世界を認識する習慣を定着させるとともに、メディアの発達を促した。滝沢達がこうやって華々しく出迎えられるのも新聞記者の活躍があったこそである。
 そんな雑然とした中、人混みを掻き分け滝沢に駆けよってくる影があった。

「昌憲従兄さまぁ~っ!お帰りなさいませ!」

 白練地に薔薇色の立涌縞が鮮やかなお召しを身につけた従妹の亜唯子が滝沢を見つけ、駆け寄ってきたのである。マガレイトに結い上げた母親似の黒髪は薔薇色のリボンに彩られ海風にそよぐ。

「亜唯子!ただいま!」

 滝沢は自分の腕の中に飛び込んできた亜唯子を抱き留めた。薔薇水だろうか、軽やかだが甘い香りが滝沢の鼻孔をくすぐる。清国の娼婦や露西亜のスパイとは異質の、清楚な匂いに滝沢は日本に帰ってきた事を実感する。

「亜唯子、何も変わりは無かったか?」

 滝沢は亜唯子の父親に似た暗緑色の瞳を覗き込み、近況を尋ねる。

「ええ、父も母も・・・・・龍太郎伯父様達もご壮健です。皆昌憲従兄さまの軍功を喜んでおります。」

 大きな目を眩しげに細めながら亜唯子は滝沢に報告した。

「そうか・・・・・今日はこれから上層部に対しての戦況報告と凱旋行事の宴があるから、実家へ帰るのは明日になる。」

「明日・・・・ですか?」

 滝沢のその一言を聞いた瞬間、亜唯子の顔が悲しげに曇る。半年振りに異国から帰ってきた滝沢ともっと語りたいという切ない気持ちがその表情から読み取れ、滝沢の胸も苦しくなる。

「ああ。だが、一週間ほど厄介になるつもりだからその旨を伯母上達に伝えておいてくれ。大食らいが帰るから少し多めに飯を用意しておいてくれと。」

 亜唯子と積もる話をしたいのは滝沢も同様である。冗談めかした滝沢の言葉に亜唯子の顔にも再び笑顔が戻った。



 陸軍省で帰国報告を終えた滝沢は、そのまま上官と共に新橋へと繰り出した。
 
「おい、滝沢。少しは愛想良くしたらどうだ。芸妓も困っているだろうが。」

 仏頂面で酒を飲み続けている滝沢に対し、上官の上杉は苦言を呈する。しかし滝沢は聞く耳を持たないとばかりひたすら酒を飲み続ける。

「軍人が愛想を振りまいて何になるんですか。」

 すでに一人で五合は空けているだろうか。しかし、全く酔ったようには見えなかった。

(くだらん・・・・・こんな馬鹿げた酒宴に顔を出さねばならないとは。)

 戦勝祝いとはいえ、滝沢は浮かれる気になれなかった。何人も部下が死んでいるし、これからの事後処理も膨大なものになるだろう。
 調印された日清講和条約の内容が明らかになると、ロシアは、日本への遼東半島割譲に反発し、4月23日付けでフランス・ドイツと共に、日本に対して清への遼東半島還付を要求した。いわゆる三国干渉である。
 これに対しイギリスとアメリカが局外中立の立場を取ったこともあり、5月4日、日本は遼東半島放棄を閣議決定、翌5日には干渉してきた三国に対して遼東半島の放棄を伝えたのである。ただこれだけでは終わらない事は若い滝沢にも明らかに解る。
 そして何より日本にいながら亜唯子の傍にいられないと言う事が滝沢を不機嫌にさせていた。

(今夜はこいつで我慢しろってことか。)

 滝沢は酌をしている芸妓の襟足をちらりと見ながら酒をあおる。妓を抱かねば惰弱者、と馬鹿にされる時代である。滝沢も木石ではないから抱けと言われれば仕方なく抱くが、心から望んで、という訳にはいかない。かといって愛しい亜唯子を欲望の対象にしようとも思えない。
 確かに相思相愛であるが、まだ接吻さえ交わしていない二人である。手中の玉の如く傷つけず、大事にしたい・・・・・滝沢は亜唯子に対して崇拝にも近い想いを抱いていた。

(明日は一番列車で横浜に帰ろう。)

 酒を煽りながら滝沢の心はは亜唯子に逢える明日に飛んでいた。



UP DATE 2010.07.08

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日清戦争を終え、ようやく日本に帰ってきた滝沢と、従妹で恋人でもある亜唯子との再会ですv
某国営放送のドラマで日清戦争の報道の過熱について少しだけ知っていたつもりだったのですが、新聞社の発展、没落にまで拘わっていたとは・・・・・大きなニュースではほぼ画一的な現代の報道とは違う、もっと自由なニュースの取り上げ方をしていたんですね。戦前は言論の自由が・・・・・と言われていますが、金太郎飴みたいな現代の報道と比べてどうなんでしょう?考えさせられます。

次回はお盆の帰省如何によりますが、8月第二週辺りに滝沢少尉VS虔三郎叔父の対決になりそうです。果たしてキスさえしていない二人はどこまでいくんでしょうかねぇ・・・・・宜しかったらお付き合いお願いいたしますm(_ _)m
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