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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~昌憲と亜唯子

運命の輪は再び廻り始め~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の玖

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ようやく結ばれた滝沢と亜唯子であったが、それで全てが終わった訳ではない。否、むしろこれからが本当の試練と言っても良いだろう。
 二人が初めて結ばれた夜から2日後、虔三郎夫婦が亜唯子を連れ戻しに横浜から早々にやってきたのである。

「亜唯子!いい加減にしないか!俺達だけでなく昌憲にも迷惑を掛けて!」

 怒り心頭の虔三郎は亜唯子の腕を強引に掴み、連れ帰ろうとするが、亜唯子は若い娘とは思えぬ激しい抵抗を見せる。

「嫌です!例えお父様のご命令であってもこれだけは聞く事は出来ません!」

 髪を振り乱し狂女さながら父親の腕の中でひとしきり暴れたが、それでも虔三郎の腕が離れないと見るや否やさらに驚くべき行動に打って出た。

「昌憲従兄さまの傍から離れるくらいなら今ここで舌をかみ切って死にます!止めないでくださいませ!」

 そう叫ぶなり真珠の如き艶やかな白歯に己の舌を挟み込み今にも舌をかみ切ろうとする。

「止めろ!馬鹿な事をするんじゃない、亜唯子!」

 亜唯子の暴挙に驚いた滝沢は慌てて自分の手を亜唯子の口に当てた。勢い余って亜唯子の歯が滝沢の指に食い込み、血が滲むが、滝沢は表情ひとつ変えることなく虔三郎に声を掛けた。

「・・・・・虔三郎叔父さん、今日の所は諦めてくれませんか。亜唯子がここまで逃げてくるなんて、きっとその結婚が相当嫌なのでしょう。」

 亜唯子の口を押えながら滝沢は虔三郎に懇願する。

「もし、許して戴けるのなら・・・・・亜唯子の気持ちが落ち着くまでの暫くの間で構いませんので、こちらで預からせてください。後見としてできる限りの事はしますし、陸軍の”つて”でしっかりした所の部屋も借りる事が出来ますから。勿論俺は寄宿舎で暮らしますので安心してください。」

 小さな嘘を吐きながらも、滝沢は必死に虔三郎を説得した。その説得に渋い表情を浮かべた虔三郎だったが、今の亜唯子の状態では横浜に連れ帰る事は不可能である。妻の結衣の取りなしもあり、結局虔三郎が折れる形で亜唯子は滝沢の許に残る事になった。

「昌憲、済まない。もし亜唯子が我が儘を言うようであったらすぐに横浜に返してくれ。」

 さすがに一人娘を手放すのは心配と見える。何度も何度も滝沢に頼みながら、虔三郎夫婦は東京を後にした。



 その後、亜唯子は陸軍宿舎のほど近くに部屋を借り、滝沢の紹介で逓信省の技術師助手の仕事に就いた。今までお嬢さん育ちだった亜唯子だけに最初こそ失敗だらけだったが、生来の勘の良さと気の強さが幸いして徐々に仕事を覚えてゆき、辞めさせられずに済んでいる。滝沢も事あるごとに亜唯子の借家に出向いたり、それとなく逓信省の知人に亜唯子の様子を聞いたりしていたが、特に滝沢が出向かなければならないような問題はひとつも起こらなかった。

「これで叔父さん達も亜唯子に帰ってこいなんて言わないだろう。」

 非番の日、亜唯子の部屋に転がり込むようにやってきた滝沢は亜唯子を抱き寄せながら頬に接吻をする。

「ねぇ・・・・・従兄さま。やっぱり籍を入れるのは難しいんですの?」

 心地よさげに滝沢の接吻を受けながらも、ついつい聞いてしまう。年頃の娘としてやはり好きな相手と正式な夫婦になりたいと、訴えるような瞳で亜唯子は滝沢を見つめた。

「・・・・・ああ。叔父貴としては従兄弟同士で血が濃いというのも気に入らないみたいだし、それに俺の親父と虔三郎叔父は犬猿の仲だったらしい。甥っ子として認めてくれても娘の良人としては認めがたいんだろう。」

 さすがに実の兄妹かもしれないという事は言えなかったが、それとなく未だに虔三郎が自分達の結婚に反対している事を匂わせた。

「そんな・・・・・。」

 どうやら滝沢の父親・昌次郎と虔三郎の仲の悪さを聞いたのは亜唯子にとってこれが初めてだったらしい。亜唯子は愕然とした表情のまま滝沢に縋り付く。その柔らかな肢体が小刻みに震え、その可憐な姿に滝沢は欲情を滾らせた。

「だから、籍はなかなか難しいかも知れないけど・・・・・俺と亜唯子は間違いなく夫婦なんだからな。ただし、駆け落ちまがいで悪いけど。」

「いいえ・・・・・いいえ!亜唯子は昌憲従兄さまと一緒にいる事が出来るだけで幸せです!」

 滝沢の自嘲に亜唯子はかぶりを振り、力一杯滝沢に縋り付いた。



 その後、亜唯子は横浜に帰ることなく、三年の月日があっという間に流れていった----------。



 滝沢と亜唯子にとっては蜜月の如き三年間であったが、日本にとってはむしろ緊迫の三年間だったと言って良いだろう。日清戦争後から険悪の度合いを増していたロシアとの交渉が決裂、1904年2月8日、旅順港にいたロシア旅順艦隊に対する日本海軍駆逐艦の奇襲攻撃を皮切りに日露戦争が始まったのである。
 滝沢も戦場に赴く事になったのだが、大国ロシア相手に劣勢に立たされている戦争に出向いて生きて帰れる保証はない。

「もし、結婚を約束している女性がいるならば早めに籍は入れておけ。貴様らの子を残すという事もあるが、遺族年金の事もある。せめて金くらい残してやらねば墓に唾されかねん。」

 熊のような直属の上官・古室が冗談とも本気ともつかない事を言い出すのでその場にいた兵士達は一瞬吹き出してしまったが、それはあまりにも悲しい現実であった。
 万が一結婚してすぐに未亡人になったとしても『軍人の妻』ならは一生食うに困らない遺族年金が支給される。女性の仕事が少ないこの時代、その年金を受け取る、受け取らないは非常に大きい。

(亜唯子も・・・・・・・年金の支給があれば少しは楽な生活ができるか。)

 古室の冗談に笑いながらも滝沢はある一つの決心を固めた。



 出兵に際して滝沢は乃木希典率いる第三軍に配置換えになった。その報告がてら、ある決意を虔三郎に伝えるため、滝沢はたった一人横浜へと向かった。

「虔三郎叔父さん、ご無沙汰してます。」

 弁天町の近くにある虔三郎の店の正面から滝沢は入り、敬礼をする。

「昌憲か。どうした、珍しく軍人みたいにしゃちほこばって・・・・・まぁ、入れ。」

 亜唯子の事もあるのだろうが、久しぶりに見る虔三郎は急に老け込んだように滝沢には見えた。虔三郎に連れられ奥の座敷に入ると、叔母の結衣が茶を淹れてくれる。その茶をひと啜りした後、滝沢は意を決して口を開いた。

「虔三郎叔父さん、そして結衣叔母さん。今日はお願いがあって参りました。亜唯子との・・・・・結婚を許してください!」

 叫ぶように声を押し出すと滝沢は平伏すように土下座する----------それは帝国軍中尉・滝沢昌憲一世一代の覚悟であった。



UP DATE 2011.02.10

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ようやく結ばれる事ができた滝沢と亜唯子ですが案の定次から次へと障害が押し寄せて参りました。ま、虔三郎は想定内でしたでしょうけど、日露戦争はねぇ・・・・・日清戦争で実戦を経験していただけに如何に無謀な戦いかということを知っていたのは軍人達だったのでしょう。今まで反対されていた結婚ですが、それでも虔三郎に対して真っ正面から許しを請いに行く滝沢の決意は本気です。果たして二人の結婚は認めて貰えるのか、そして戦地へ赴く虔三郎の運命や如何に・・・・・こちらもあと2,3回の連載となりますがお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m

余談ですが戦前の軍人の遺族年金、相当なものだったらしいですね。私が子供の頃結構大人達が噂しておりました(笑)具体的な金額は解りませんが、人々の口の端に上るほどだったことは確かでしょう。ちなみに警察官の友人に聞いたところに因りますと『殉死による二階級昇進』、あれも階級が上の方が遺族年金が高くなるからなんだそうです。そこまで残される遺族に気を遣わなきゃいけない職業っていうのも大変すぎますよねぇ・・・・・旦那がふつ~のサラリーマンで良かったとつくづく思います。


次回更新予定は3/10、滝沢の結婚申し込みは果たして成功するのか是非ともお楽しみ下さいませv
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