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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~昌憲と亜唯子

運命は揺らめく木漏れ日の如く~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の拾

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「亜唯子との・・・・・結婚を許してください!」

 叫ぶように声を押し出すと滝沢は平伏すように土下座した。それを目の当たりにして虔三郎と結衣は唖然とする。

「・・・・・昌憲、自分が何を言っているのか解っているのか?」

 虔三郎の言葉に滝沢は頷いた。

「重々承知してます。勿論虔三郎叔父さんが俺達の結婚に反対している事も、その理由も忘れた訳ではありません。実は・・・・・。」

 滝沢は一瞬逡巡した後、口を開く。

「二週間後・・・・・大陸へ行く事になりました。」

 その言葉に虔三郎の顔色が豹変した。

「お前も・・・・・戦場に・・・・・・。」

 世間では大国・露西亜を相手に戦争をするという高揚感にわいているが、日本にとって無謀すぎる戦いである事は虔三郎の耳にも商人仲間を通じて入っている。その戦場に甥である滝沢が出兵する----------亜唯子との結婚話以上の衝撃を虔三郎は受けた。

「はい。乃木大将率いる第三軍に配置換えとなり、激戦の地に赴く事になりました。生きて帰れる可能性は少ないでしょう。だから・・・・・。」

「・・・・・亜唯子を未亡人にするつもりなのか?」

 虔三郎は滝沢にとって痛いところを突いてくる。滝沢は一瞬言葉を詰まらせたが、それでも己の真意を理解して貰おうと虔三郎をかき口説く。

「・・・・・遺族年金が支給されます。今は俺が後見となっていますが、もし俺が死んだら、女一人で生きていくのは難しいでしょう。せめてふさわしい相手が見つかるまで・・・・・たった十日の夫婦かも知れません。むしろ亜唯子を苦しめ、悲しませる事になるかも知れませんが、これしか・・・・・亜唯子にしてやれる事が出来ないんです。」

 滝沢はさらに頭を深く下げた。

「お願いします!亜唯子との・・・・・結婚を許してください!」 

 嫌な沈黙が流れる。許されないのは覚悟の上だったが、それでもその沈黙は滝沢の魂を縮み上がらせる。

(駄目か・・・・・。)

 そう思った刹那、虔三郎の口から思わぬ言葉が発せられた。

「・・・・・命を賭した申し出を無下にする事はできないな。仕方がない、お前達の結婚を許してやる。」

 滝沢は一瞬我が耳を疑った。亜唯子との結婚を許す----------虔三郎の口からまさかその一言が出てくるとは思わなかったのだ。

「その代わり条件がある。絶対に・・・・・絶対に戦場から帰ってこい。脚がちぎれようが、腕がもげようが構わない。生きて亜唯子の許に帰ってきてやってくれ。親として二十三の若さで亜唯子が未亡人になるのは耐えられん。」

 虔三郎の言葉に滝沢の顔に笑顔が広がる。

「ありがとう・・・・・ございます!」

 滝沢はあまりの嬉しさに涙ぐみ、何度も何度も虔三郎夫婦に頭を下げた。



 休む間もなく横浜からの最終列車で東京に帰ると、滝沢は亜唯子に結婚を許された事を告げる。

「本当ですの!」

「ああ。ただし、戦場から生きて帰ってこいとの条件付だけどな。」

 冗談めかしながらそういうと滝沢は必要書類を包んだ風呂敷を開けた。いつの日か結婚が許されたら役所に出そうとあらかじめ滝沢が準備していたものである。
 そして面倒だが幸せな書き込みを二人で行うと、次の日、当時としては珍しく二人揃って役所に赴き婚姻届を提出した。

 だが、そんな幸せもたった十日だけの儚いものだった。五月の下旬、滝沢は乃木希典率いる第三軍の兵士達と共に旅順洋裁の攻略へと出兵したのである。軍艦に乗り込んだ滝沢を、亜唯子はいつまでも港で見送ったが、この時亜唯子は自分の身体の中に起こっている変化には気が付いていなかった。



 滝沢が所属する第三軍は、第一師団及び第十一師団を基幹とする軍であり、その編成目的は旅順要塞の攻略である。明治三十七年六月六日に第三軍は塩大澳に上陸、同月二十六日から進軍を開始し、八月十九日に旅順要塞に対して強襲法による総攻撃を敢行した。しかし、第三軍決死の攻撃も空しく総攻撃は失敗、中止されたのである。

 主攻撃面においては第九師団が大損害を蒙りながらも二十日に盤竜山東西保塁の占領に成功したのだが、滝沢が従軍していた第一師団・第十一師団が担当した助攻撃面の西方では攻撃に失敗した。
 辛うじて後備第1旅団が大頂子山を苦戦の末占領したが、その被害は甚大で、日本軍は戦死5017名、負傷10843名という大損害を蒙った。これはほぼ一個師団分の兵力である。さらにこの混乱の中、死者・負傷者の家族に対する連絡は滞り、むしろ報道によって出兵した夫や息子の死を知るという有様であった。



「昌憲従兄さま・・・・・。」

 第一師団の被害を伝える報道が新聞を賑わす中、亜唯子は心細さに涙を浮かべた。滝沢からの連絡は一切無く、その生死さえも定かではない。亜唯子は今日の新聞に記載されている死者の中に滝沢の名が無い事を確認し、少し膨らみ始めた己の腹をそっと撫でる。

「この子を父無し子にしないで下さいませ、昌憲従兄さま・・・・・。」

 煌めく木漏れ日が亜唯子を、そしてこれから生まれくる命を照らす。だが、その父親の安否は木漏れ日の深い影に沈むように杳として知る事は出来なかった。



UP DATE 2011.03.10

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滝沢の必死(というか命がけ?)の説得により何とか亜唯子との結婚は許して貰うことはできました。しかし書類上で『夫婦』になって十日しか共に暮らすことはできず、滝沢は戦地に赴きます。
結婚しながらすぐに引き離される----------これが恋愛結婚なら残酷この上ないですけど、結婚が家同志のものだった明治時代、妻になる=お務め(=ビジネス)だったのでむしろ面倒くさい相手がいなくてせいせいすると思っていた人もいたんじゃないかと(おいっ)。もちろん滝沢&亜唯子は例外です。

そして乃木希典率いる第三軍は日露戦争の悲劇を象徴する部隊です。本文にも書きましたが死者が5000人を超え、負傷者も10000人を超えてしまったという・・・・・ちなみにこの初っぱなの戦闘ではないんですが、乃木もこの前後の戦闘で二人の息子を亡くしております。

さて、滝沢は無事なのでしょうか?はたまた死傷者のリストに名を連ねてしまうのか・・・・・次回更新をお待ちください(次回更新は4/7になります。)
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