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「横浜慕情(大人向け)」
横浜慕情~昌憲と亜唯子

我、帰還す~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の拾壹

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滝沢が目を開けると、そこは薄暗い場所だった。じっとりと湿気を帯びた空気が纏わり付き、血と膿が混じった不快な臭いが鼻をつく。どこからともなく苦しげな呻き声が聞こえてきたので、滝沢は首だけを動かして周囲を見渡した。

(兵士達だ・・・・・生きているのか?)

 滝沢の視線の先には大勢の兵士が横になっており、その間を医師らしき人物が忙しそうに動き回っている。どうやらここは野戦病院らしい。旅順への助攻撃に失敗し、露西亜軍の砲撃を受けて左足を打ち抜かれたところで滝沢の記憶は途切れていたが、きっと誰かがここまで自分を運んでくれたのだろう。

(俺は・・・・・助かったのか・・・・・。)

その瞬間、滝沢は左足に走る激痛に思わず叫び声を上げた。傷口を押えようと身体を丸め、左足を押えようとするが、そこにあるはずの左足は無く、押さえつけようとした手が宙を掠める。そう、滝沢の左足は腿の下半分から切断されていたのだ。その事実に滝沢は愕然とする。

「ようやく意識を取り戻してくれましたか、滝沢中尉。十日近くも意識がなかったんですよ。」

 左脚を失った衝撃に愕然としている滝沢に対し、顔半分髭だらけの医師が声を掛けてきた。髭を生やしている分威圧的に見えるが、声からするとまだだいぶ若い医師らしい。もしかしたら見てくれで舐められないよう髭を生やしているのかも知れない。

「・・・・西方の助攻撃作戦は・・・・・やっぱり失敗だったのか?」

 痛みに顔を歪めながら滝沢は目の前の医師に尋ねる。自分の怪我の状況ではなく戦況を聞いてしまうところが軍人の悲しい性か。しかし、医師は穏やかに滝沢の問いに答えた。

「ええ、戦死は四千名以上・・・・・多分五千名を超えるでしょう。さらに負傷者も八千名を超えています。滝沢中尉が息を吹き返してくれたので戦死者は一名減ることになりますけど。」

 一人でも死者が減ることはありがたいと、医師は笑った。

「・・・・・しかし、ちっとも良かったとは思えないな。この脚じゃ。」

 滝沢は残った太腿の部分をなでさすりながら恨めしそうに呟く。この脚では一生杖か義足の厄介にならねばならぬだろう。なまじ体力や運動神経に自信があっただけに、滝沢の落ち込みは尋常では無かった。

「そう思えるのも生きていればこそですよ。奥様だってきっとお喜びになりますよ。」

 落ち込む滝沢を慰めようと何気なく言った医師の一言であったが、その言葉に滝沢は柔らかい笑みを浮かべる。

(そうか・・・・・脚を失ったのと引き替えに、亜唯子にもう一度逢うことが出来る。)

「傷がある程度塞がるまで安静が必要ですが、傷が塞がり次第、中尉には日本へ帰っていただくことになっています。安藤少佐もほっとなさるんじゃないですか。折角書いたのに無駄になった命令書も多かったですから。」

 そう言って医師が滝沢の枕元から一枚の紙切れを取り、滝沢に見せる。それは滝沢に対する帰還命令書であった。



 大勢の重傷者を乗せた山城丸は佐世保で彼らを下ろし、負傷者はそこからそれぞれの部隊のある駐屯地へと帰っていった。中には家族が佐世保まで出迎えてくれるものがあったが、連絡を怠っていた滝沢への迎えは佐世保ではなかった。
 否、脚を失ったことを心配させたくなくてわざと連絡を怠っていたと言うべきだろう。辛うじて傷が塞がってはいたがまだまだ完治にはほど遠いこともあり、滝沢はそのまま佐世保の病院に一ヶ月ほど入院した。そんな事情もあり滝沢が横浜の明豊堂本家に帰ってきたのは十一月終わりのことだった。

「昌憲従兄さん!おかえり!」

 滝沢を出迎えてくれたのはたまたま龍太郎の所へ顔を出していた亜唯子の弟、虔太と虔弥の兄弟であった。その後ろからすっかり年老いた龍太郎がゆっくりと玄関に出てくる。

「うわ・・・・この脚でよく無事に帰ってくることが出来たね。旅順は大変だったんでしょう?」

 虔弥は切断された滝沢の左足をまじまじと見つめた。

「運が良かったのさ。それよりお前達の姉さんは?まだ東京にいるのか?」

 逸る心を抑えながら滝沢は二人に亜唯子の近況を尋ねる。

「ううん、今はこっちに帰って来ているけど・・・・・そうそう、一週間前赤ん坊が生まれたんだ。元気な男の子だよ。」

「あか・・・・・ご?」

 思いもしなかった虔太の言葉に滝沢は目を丸くした。

「あれ、姉さんからの手紙は届いていなかったの?」

 虔弥が不思議そうに滝沢に尋ねるが、滝沢は『ああ』と気のない返事をするばかりである。実は亜唯子からの手紙は滝沢の手許に届いていたのだが、里心が付いては戦に赴けないとあえて封を切らずにいたのである。そのまま手紙は戦争のどさくさに紛れて失ってしまったのだが、その手紙にまさか亜唯子の妊娠の知らせが書かれていたとは----------すなわち自分が父親になった事が書かれているとは思いもしなかったのだ。

「じゃあこれから見に行こうよ。きっと姉さんも喜ぶよ。」

 虔太の言葉に滝沢は頷く。

「でも昌憲従兄さんがっかりするんじゃない?生まれた赤子の目がさぁ、親父や俺達みたいな緑の目なんだ。顔立ちもどちらかっていうと亜唯子姉さんに似ているし。」

「・・・・・それは本当なのか?」

虔弥の言葉に驚き、滝沢は思わず聞き返す。

「うん。亜唯子姉さんの目は黒いからてっきりその子供の目も黒いもんだとばかり思っていたんだけどね。この目の色は結構強く出るらしいや。」

 緑色の瞳の赤子----------それは亜唯子が虔三郎の娘であることの証明であった。自分と亜唯子は兄妹ではない。普通の従兄弟同士なのだ・・・・・大声で笑い出したいのを必死に堪え、滝沢は目の前にいる二人の従兄弟に尋ねた。

「虔三郎叔父さんは・・・・・。」

「それが酷くってね・・・・・あんな頑固親父でも孫は溺愛するんだよ。」

「あんな姿、見せられたもんじゃないよね。」

 二人の従兄弟の言葉に滝沢は心の重荷が取れたような気がした。滝沢の父・昌次郎が犯した罪はその場限りのものだったのである。
 滝沢は二人の従兄弟達に促され、亜唯子のいる分家へと向かいながらようやく訪れた心からの幸せを噛みしめた。



UP DATE 2011.04.07

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滝沢中尉、辛うじて生きておりました。ただし左脚は失っておりますが・・・・。そして亜唯子との間に生まれたのは緑の目の子供でした。つまり虔三郎の血を引いていなければ絶対に生まれてくることはない子供でして・・・・・この子が生まれてくれたことによって虔三郎や結衣が負った傷、滝沢と亜唯子が犯していたかも知れない罪は九割方帳消しになった次第です(^_^)

実は最後の最後まで滝沢を生かして亜唯子の許へ帰すか、それともいっそ戦死させてしまおうか迷っていたんですが、大震災の傷も癒えないこんな状況で本館、別館双方で『死』を書けるほど私はタフじゃない(苦笑)。甘いなぁとは思いつつ、結局『滝沢生還』という、自分の考え得る中では一番のハッピーエンドを取らせていただきました。
(ちなみにバッドエンドver.は滝沢戦死、子供が生まれたことも知らずに・・・・・というものでした。亜唯子の本当の父親も解らずじまいだったかも。ちょっと書ける気分じゃ・・・・・バッドエンドは気力がいります^^;)

そしてこの話によって横浜慕情の虔三郎&結衣、外伝の滝沢&亜唯子のCPの恋の物語は一応の決着をみました。このCPに関しては以後書くことは無いと思われますが、亜唯子の下にいる二兄弟----------虔太(この時点で18歳)と虔弥(この時点で15歳)に関してはブログ統合後、ネタに困った時何かしら書くかも(笑)。暫くは書きたいものが多すぎて無理かも知れませんが、そのうち何かしらの形でこの兄弟も取り上げたいと思います。


不定期更新にも拘わらず『横浜慕情』、そして『横浜慕情外伝』にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。
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