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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の貮・花見(彰義隊)

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「・・・・・・よりによって桜の時期に立てこもりやがって」

 美与は手に持った三味線をぎゅっ、と握りしめ恨めしげに上野の山を見上げた。二月の二十三日、進軍してくる官軍の攻撃に備え彰義隊が上野の山を占領してしまったのだ。
 もちろんそんな物騒な場所に町人は近づけはしない。時は春、上野の山の桜は爛漫に咲き誇っているにも拘らず遠目からしか愛でる事ができないのだ。

「角海老楼の御職でもあるまいし、遠目から眺めるしかできないなんて」

 桜の花弁が美与の黒無地の紋付にふわり、とかかり着物の柄そのもののように纏わりつく。すらりと伸びた首筋と同じくらい真っ白な白襟は彼女が吉原芸者――――――幕府から唯一許しを得ている町芸者の羨望の的であることを示していた。
 この時代の最高位、昼三花魁に引けを取らぬほどの美貌ながら自分の腕一本で吉原を生き抜いているその矜持は、そんじょそこらのなまくら武士に負けるものではない。普段であれば男達の四人や五人、啖呵を切って追い払う事も何とも思わないが、今年ばかりは勝手が違う。美与は溜息をひとつ吐いて踵を返した。その時である。

「そこの芸者、何をしている!」

 不意に美与を呼びとめる鋭い声が上野の山に響いたのだ。美与はぴくり、と眉を跳ね上げ、声の主へ鋭い視線を投げかける。

「へぇ、なかなか好い漢(おとこ)じゃないかい」

 女子に対して野暮な物言いをする男である。どれほど無粋で不格好な男かと思い、振り向いた美与の予想は大きく外れ毒気を抜かれた。武士にしては小柄だが、すらりとした立姿は実際より背を高く見せていた。きりりとした武者人形のような美貌は、女子達を惹きつけるには充分すぎるほどだ。

 だが、美与より二、三歳若く見えるその青年はまるで女子になど興味が無いかの如く、色香漂う吉原芸者を目の前にしても平然としている。否、むしろこのような時期に単身上野に来た美与を疑っているようだ。

「おお、こわ。好い漢(おとこ)が台無しですよ」

 茶化すようにそう言うと美与は上野の山を見上げた。

「わっちはただ桜の下で三味を奏でたいだけさ。今年は吉原の桜並木もないからせめて上野で・・・・・・と思ったけどこれじゃあ無理でさぁね。せっかく自身買いまでして大門を出てきたって言うのに。仕方が無い、今年はあんたの花の顔(かんばせ)を拝めただけ良しとしまさぁ」

 この様子じゃ『お山』に入るのは無理だろう。美与は肩をすくめその場を立ち去ろうとした。

「待て!本当にそれだけか?」

 美貌の若武者は美与をひきとめる。

「・・・・・・芸者風情が他に何をしようって言うんだい。わっちは芸者さ。芸事以外興味は無いね」

 その瞬間、強い風が吹き抜け、桜吹雪が美与と美貌の若武者を包み込んだ。




「おい、春日!その妓はいったいどうしたんだ?」

 彰義隊の屯所に白襟芸者を連れて帰ってきた美貌の若武者――――――春日左衛門に三十歳前後の幹部と思われる男が声をかけた。

「桜の下で三味線を奏でたいそうだ。若い隊士の気晴らしにも良いだろう」

 自分も若いのに・・・・・・美与は笑いをかみ殺す。それは春日に声をかけた男――――――彰義隊頭取・渋沢成一郎も同様であったらしい。なまじ春日が生真面目に答えるだけに、その可笑しさは増すばかりである。

「そうか。まぁお前が寛永寺の中に通すくらいだから大丈夫だろう。姐さん、悪いが『若い者』の相手もしてやってくれないか」

「はいな」

 美与は愛想よく笑うと特に大きな桜の木に下に近づいた。はらはらと舞い散る桜は雪のように降りしきり、この世の風景とは思えぬほど美しい。美与は三味線を袋から取り出すと弦の張りを整え始める。

「春日さん。さすがに緋毛氈とはいきませんでしたけど、これでいいですか。」

 十六、七と思われる少年隊士が黒っぽい敷物を持ってきて桜の下に敷いた。話を聞きつけた他の隊士達も美与を見に桜の下に集まってくる。

「何だか大事になっちまいましたねぇ」

 美与は口の端をきゅっ、と吊り上げ笑うと草履を脱ぎ、敷物の上に座った。素足の踵が黒い敷物に映え、十歳近くも年下の少年隊士達もざわめき、落ち着きがなくなる。

「お前達、少しは落ち着かんか!」

 春日の一喝で少年達は大人しくなる。少年らとそう歳が変わらない春日であるが『容貌美麗にして尤も強気あり』と謳われたその気性は美貌以上に強く、激しい。

「まぁまぁ春日の旦那、ここは上野の桜に免じて許してやってくださいな」

 美与は春日を宥めると、撥を三味線に当てる。


ビィィィ-------ン!


 桜の闇に三味線の音が響き渡った。



 二ヶ月後、この場所が血の色に染まる事を知らぬまま、女は三味を掻きならし、男達はただ聞き惚れる。散り急ぐ花はただ狂おしく、すべてのものを包み込んでいった。



UP DATE 2009.3.19


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開花宣言には少し早かったんですけど靖国神社の標準木に一輪咲いたとの事で新作拍手文UPさせていただきます。
幕府軍多々隊がありますが、『桜』が一番似合うのは彰義隊ではないでしょうか。駆け引きなんて一切できず、散り急ぐ桜の様に若い命を散らした彰義隊を今回は取り上げてみました。

次回は慶応元年、土方歳三東下の一こまを書く予定です。
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