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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第八話 義祭同盟と鉄の大砲・其の貳

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 本島が韮山から佐賀へ帰還する二日前、本島と共に鋳立方に選出された杉谷雍助が本島が宿泊していた韮山陣屋へやってきた。
 杉谷は藩士としては身分の低い手明鑓出身者であるが、若い頃からの聡明さを買われ、伊東玄朴の門下生として江戸に留学していた。そして斉正直々の命により伊東玄朴らと共に『鉄熕鋳鑑図』の翻訳に携わっていたのである。
 本来、斉正の襲封と共に帰藩し、蘭学寮教導に任ぜられるはずだったのだが、『鉄熕鋳鑑図』の翻訳が遅れてしまい、この時期の帰還となったのである。

「本島さん!間に合いましたよ、『鉄熕鋳鑑図』の翻訳!本当に大変だったんですよ。伊東先生や後藤又二郎先輩、池田才八先輩のお手も煩わせてしまって」

 興奮冷めやらぬ口調で杉谷は本島に翻訳した『鉄熕鋳鑑図』の一冊を本島に見せた。

「おお、これか・・・・・・これで俺達が佐賀に帰国したら早速作業に取りかかれるな」

 嬉しそうにぱらぱらと冊子の頁を捲る本島に対し、杉谷はあくまでもこれは始めの一歩だと念を押す。

「情けない事ですが、まずは実際に反射炉を作らないことには、この翻訳が正しいかどうか解りません。やっぱり手を動かした方が確実ですよ、こういう作り物は・・・・・・そうだ、本島さん。江川殿の屋敷にあった反射炉はどうでしたか?」

 百聞は一見に如かず、とばかり杉谷は本島ににじり寄った。その迫力に気押されそうになりながらも、本島は江川宅の反射炉について語り出す。

「ああ、小さいながらすごかったぞ。あらかじめこの時期にここに来られると解っていたらお前にも見せてやりたかったが・・・・・・ただ、韮山のものもどちらかというと模型に近いな。俺達が作るのはその三倍以上、九間の高さは必要だと江川殿は仰っていた」

 実物を見てきた本島の生々しい証言に、杉谷は黙って頷いた。



 本島と杉谷が佐賀に帰還するのを待たず、佐賀では反射炉製造の下準備が始められていた。その手始めに作られたのが耐熱煉瓦である。代々藩の大砲製造を担ってきた鋳物師である谷口弥右衛門の指導の下、天草から取り寄せた粘土が次々と焼き固められ、煉瓦へと変わってゆく。

「これだけ焼けば大丈夫ですかねぇ」

 橋本新左衛門が煉瓦の山を見上げながら感心する。

「どうだろうか。本島さんの急ぎの飛脚では九間の高さが必要だと書かれていたし、万が一不具合があった時を考えてもう少し焼いておこうか」

 何せ初めて取りかかることなのである。杉谷が持ち帰ってくる『鉄熕鋳鑑図』のみが頼りなのだが、それが無くても出来ることはしておいた方が良い。

「さぁ、もう少し頑張るぞ!杉谷と共に『鉄熕鋳鑑図』もやって来るんだ。すぐに反射炉製作に取りかかれるよう気合いを入れてゆけ!」

 谷口弥右衛門は部下に声を掛け、再び煉瓦を焼き始めた。



 だが、意気揚々と準備をしていた彼らの思惑を裏切り、反射炉の製造は彼らが思っていた以上に難しいものであった。
 本島、杉谷が帰ってくるのを待ち、拙い翻訳によって訳された『鉄熕鋳鑑図』だけを頼りに六月晦日、反射炉一基の製造が城下北西の築地で始まった。しかしその横で作っていた模型の段階で、鉄が融解する前に煉瓦が割れてしまったのである。ひび割れ、剥離欠落してしまった反射炉の天井を見上げながら、翻訳者の杉谷は泣きそうな表情を浮かべる。

「・・・・・・天草の土では駄目か」

 本山も渋い表情を浮かべる。本当であれば純粋な鉄の融解温度である1500℃まで耐えてほしいところだが、これでは不純物の多い銑鉄でさえ完全融解させるのは不可能である。

「本山さん。もし可能であれば皿山の土はどうでしょうか?献上品の磁器はかなり高温で焼き締めますが、割れませんよ」

 田中六郎が本島に提案する。

「確かにそうだな・・・・・・だったら、白石山、志田山、文珠山あたりの土を試してみるか」

 また、これと同時に木炭の燃焼試験を行っていたが、佐賀産の木炭では不純物の多い銑鉄も融解しなかった。

「日向や肥後の木炭はどうでしょう?算術上では融解に可能な温度を出せるのはこれらの木炭になるのですが」

 算術が得意な馬場栄作が、近隣の炭での結果をあらわした表を本島に示す。

「・・・・・・やむを得まいな。田代、予算はどうなる?」

 本島は予算の見積もりを田代に尋ねる。すでに予定していた予算は超えていたが、聞かずにはいられない。
 予算を気にしながらも、『鉄熕鋳鑑図』の図面通りに建物を造り、鋳型を彫り、錐台を据えていく。さらに原料の堅炭は日向豊後から、原料の銑鉄を石見から買い入れた。
 数々の苦労もあったが、請役所の協力もあり、反射炉作りを開始してから半年後、ようやく火入れまでたどり着けたのである。反射炉だけではない。その他の施設――――――砲身をくり抜く機械類や動力を生む水車施設も出来上がり、後は鉄を溶かして砲身を作るだけだ。

「ようやくここまで辿り着いたか」

 本島を始め、責任者七名は感慨深げに反射炉を見上げた。しかし、彼らはまだ気が付いていなかった。彼らの苦難はここからが――――――反射炉に火を入れ、鉄を融解するところからが本番だったのである。



 日本古来より銑鉄(炭素含有量1.7%以上、それ以下を鋼と呼ぶ)の生産は別段困難ではなく中国山中を始め日本各地でタタラとよばれ広く生産されていた。反射炉は、その生産された銑鉄より炭素をぬく役割の炉である。
 タタラなどで生産される銑鉄は炭素を多く含んで、性質はもろく利用範囲が限られてしまう。大砲を作る為の、粘り強い鋼にするには余分な炭素分を取り除く必要がでてくるのだ。

 古来より日本で行われている一般的方法は、銑鉄を木炭で高温で熱しながら幾度も叩き炭素分を取り除き鋼にするというものである。日本刀、火縄銃、農具など小さなものはこの方法で十分であるが、大砲等大きなものは大量の鋼を溶解し鋳型で作る必要がある。『鋼だけ』を容器に入れて溶解することが必要条件となるのだ。

 1784年(天明四年)、英国においてパドル法と呼ばれる反射炉を利用した鋼鉄の生産方法が発明された。
 耐火煉瓦等で部屋を二つ作り一方に銑鉄を置き、他方を火室とし木炭や脱硫石炭(コークス)を燃やし高温を作り部屋と部屋とは仕切を設け天井を反射盤とし火室の熱を天井に反射させ銑鉄だけを溶かす方法である。
 
 今現在本島等が製造しているのはこの型の反射炉であるが、これは熱を反射集中させる反射盤の構造、火室等の設計が非常に難しい。さらに問題なのが加熱するに従って銑鉄が炭素分を失うと溶解温度がどんどん高くなり、流動性を失なって飴状になってしまうことである。その為だろうか、反射炉内で銑鉄がなかなか溶けず、失敗を繰り返すことになったのだ。

「畜生!また鉄が溶けない!これで四度目だ!」

 炉蓋を開けた瞬間、絶望的な声が谷口弥右衛門の口から絞り出される。

「何故・・・・・・模型では成功したのに。これでもまだ温度が足りないというのか!」

 頭を抱え谷口がその場に蹲った。徐々に鉄が融解する量は増えてきているものの、まだまだ溶け残りが目立つ。

「諦めるな谷口。三回目と比べてだいぶ溶けてきているじゃないか。方向性は間違っていない。次は必ず・・・・・・成功するはずだ!」

 本島の慰めも空しく響くだけである。後に残された杉谷の手記によれば、最初鉄が一部しか溶解せず蘭書片手に困惑したと記録されている。
 溶解しても使用に耐えない鉄ばかりで、石見のタタラ職人に銑鉄の質を問い合わせる始末だった。



 そして湾口部の伊王島と神ノ島・四郎島に台場を築く工事が始まった四月、ようやく銑鉄が完全に融解し、嘉永四年四月十日初めて鉄の大砲の形を成したのである。

「よし!早速試射を!」

 だが、試射をした途端、砲身が衝撃に耐えられず裂けてしまったのだ。

「何故・・・・・・」

「・・・・・・どうやら鋳鉄が不均質だったようですね。ここに気泡が含まれてしまっていたようです」

 橋本新左衛門が刀鍛冶の目で分析する。橋本が指し示した部分を見ると、砲身の一部が斑になっており、そこからひびが入っていた。そしてその割れ目には気泡の痕跡も見られる。

「これを私や谷口殿の技術で何とかできれば良いのですが」

「暫くはそれでやっていくしかないだろう」

 だが、作る度強度は増していくものの、火薬を増やすとやはり砲身にひびが入ってしまう。試行錯誤が続くそんなある日、請役の茂真自ら築地の現場にやってきた。本当は斉正が現場に行きたがっていたのだが、藩主自らが出張っては担当者が重圧を感じてしまうだろうと、反射炉の火入れ、大砲試験の度に茂真は自ら足を運んでいたのである。

「どうだ、進行は?」

「それが、思ったようになかなか出来ませんで・・・・・・」

 本島は眉間に深い皺を刻んで茂真の問いに答えた。着々と進む長崎の砲台場建設に比べて大砲の製造は非常に遅れている。このままでは台場完成までに大砲の鋳造は間に合わないのではないか――――――本島は思わず弱音を吐いてしまった。

「ここまで大金を遣いながら、失敗を繰り返すとは誠に情けなく・・・・・・今度の鋳造で砲身が破裂するようなことがあれば、この腹を掻き切ってお詫びをする所存にございます」

 と、口走ってしまったのである。その言葉に茂真は驚きの表情を浮かべ、本島の肩を強く掴む。

「本島!お前は何を口走っているか自分で解っているのか?今、お前に腹を切られたら困るのは残された者達だ。田中の轍をお前は踏むのか!」

 茂真の叱咤に本島ははっとする。以前、佐賀藩内武雄領において平山醇左衛門という天才技術者が居た。もし、彼が高島秋帆捕縛の連座から逃れ、生き長らえていたら鉄の大砲作りも持った容易くできていたかも知れない。
 だが、平山醇左衛門は七年前、川原蟠平と共に幕府による天保の改革の犠牲となってしまった。そしてその志を引き継ぎ、今こうやって鉄の大砲を作っているのは他でもない自分達である。その事を改めて思い知らされ、本島は唇を噛みしめる。

「そもそも三六万石の佐賀藩の事業にしてはこれまでの費用少なすぎるし、それ以上に田中を斬首にしたことは我ら藩上層部の失策だ。ここまで苦労する事になろうと知っておればどんな手を使っても田中を生かしておいたものを・・・・・・。いいな、本島。切腹は許さぬ。これは藩主命令と心得よ」

 たった一人の技術者の死が、この期に及んでここまで影響するとは茂真も考えていなかった。この苦労による経験が、幕末動乱期の佐賀人事にも影響を及ぼしてゆくことになる。



 そもそも何故彼らがここまで失敗を繰り返したのか――――――それは鉄の精錬に反射炉が不向きだったからである。
 もともと反射炉は鉄の精錬ではなく、銅の溶解用に設計されたものであった。当時のヨーロッパの学説でも反射炉は銅の溶解が限界で、鉄の自体精煉はできないとされていたのである。初期の頃こそ反射炉による鉄の精錬も行われていたが、すでにヨーロッパでは生産性の高い転炉が出現していた。
 反射炉で作りだされる鉄は『練鉄』と呼ばれ、極めて炭素分が少なく純度の高い鉄を作ることができる反面、鉄滓が残ってしまい、すべての不純物を除くことは不可能なのである。

 そんな条件の中、たった一冊の蘭書だけを頼りに錬鉄を生産し、大砲の形にまで作り上げた彼らの技術と根性は尊敬に値すると言って良いだろう。そして彼らはさらにとんでもない事をやってのけた。
 失敗する事十三回――――――第十三次鋳造で、ようやく実用に耐える大砲を作り上げたのである。佐賀藩初の鉄製大砲の成功、それは一番最初の大砲の鋳造から一年以上が経過していた。



UP DATE 2011.06.29

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佐賀藩最大級のプロジェクトX、反射炉&鉄の大砲の製造です。いや、大変だというのは何となく理解していたのですがここまで失敗続きだったとは資料を調べるまで存じ上げませんでした(^^;)
耐火煉瓦から作らなきゃって・・・・そこからよく1年半で使い物になる大砲鋳造までこぎ着けたな~と感心しきり。ちなみに大砲鋳造の実験はこの十三次で終了ではなく、(資料によって数え方が違うのですが)十六回とか十八回とかの試作を重ねてようやく完成を見ております。本文で書いたように反射炉では純粋な鉄を作るのは極めて難しいというのに・・・・日本人の技術力を感じずにはおれません。

そして本島さんの切腹云々を止めた話ですが・・・・・この『切腹禁止』の風潮は幕末にも出てきます。知っている方は知っていると思われますが、とある人物が脱藩したにも拘わらず切腹にはならず、謹慎で済んだという(笑)。こういった態度の所為で斉正は『二股膏薬』だとか『何考えているか解らない』とか散々な言われ方をしますが、そのおかげで幕末に貴重な人材を失っていないんですよねぇ。これは当時としてはなかなかできない事だと思います。この詳細は維新編で・・・・。


次回更新は7月6日、ようやく完璧な大砲鋳造成功、そして長崎の台場に大砲を配置することになります。




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