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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

平河町の人斬り小町・其の壹~天保三年七月の小咄

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暦の上では秋になったはずなのに、七月はまだまだ暑い。容赦なくじりじりと照りつける日差しと纏わり付く湿気に幸は辟易した。

「一体いつになったら涼しくなるんだろう。」

 男衆なら、今庭先で稽古に励んでいる門弟達のように諸肌も脱げるであろうが、さすがに女子ではそうはいかない。肌にはりつく襦袢の不快感に顔をしかめながら、幸は『大先生』こと後藤五左衛門に頼まれた関孫六や相州正宗を刀箪笥から取り出した。
 この部屋を含め、二階で保管しているものは全て武器の類である為、ここに上がることが出来るのは幸を含め数人だけである。そして実際稽古が始まり、その途中に刀が必要となれば手の空いている幸が全ての刀の出し入れをしなければならなくなる。

「とりあえずこれ位でいいかな。」

 まだ十四歳という年齢もあるが、小柄で華奢な幸にとって十本近くもある刀を一抱えにして持ち運ぶのは至難の業である。それこそ今の幸の姿のように、袴を着けた若衆姿でなければ無理であろう。白鞘に納められた刀達をよいしょ、と持ち上げ、稽古場へ持っていこうとした。その時である。

「お幸さ~ん!豊岡藩の新入りが来ましたよ!」

 門弟の一人である前畑芳太郎の声が幸を呼んだ。声の方向からすると玄関の辺りだろう。

「は~い、芳太郎さん!大先生の処に刀を持っていったらそっちに行きますので少し待っていて下さい!」

 来月行われる『大物』の獄門首の影響か、ここ一ヶ月で臨時入門者を含めて五人も山田浅右衛門道場の門を叩いている。刀を抱え、稽古場へ向かいながら幸は袴捌きも軽やかに階段を下りていった。



 階段を下りた所で待っていた下男の寅助に稽古用の刀を預けると、幸は新入りを出迎えに玄関へと回る。

「お幸さん、こちらです。」

 うだるような暑さをものともせず、万縞の帷子を涼しげに着こなしている前畑が新入りを紹介した。次男、三男坊の入門が多い山田浅右衛門道場に於いて、前畑は珍しく役職持ちの長男である。それも藩主の駕籠のすぐ傍を警護する御徒なのだ。それだけに『藩の恥』にならぬようにと門弟の中でもきちんとした着こなしをしている。

「初めまして。豊岡藩の広田猶次郎と申します。」

 前畑より少しばかり背の低い青年は、幸に対して深々と頭を下げた。どうやら参勤で江戸に来たばかりらしく、上方特有の抑揚が、堅苦しい武士言葉を柔らかくしている。

「初めまして。六代目は只今、川路様の許へ他出しております。私、五代目浅右衛門の孫にして六代目浅右衛門の養女、山田幸と申します。以後、お見知りおきを。」

 こちらは広田とは逆に、十四歳の少女とは思えぬ、きりりとした表情で幸は挨拶をした。その言葉に広瀬は少々驚きの表情を見せる。

「お嬢さん・・・・でしたか。」

 広田の驚きは尤もであった。小柄で華奢とはいえ、くすんだ青竹色の小紋を着て袴を着けた幸は少年そのものであった。腰に脇差を差し、髪も値を高く結い上げ一つにまとめて背中に流している。その髪の長さを見ればあるいは少女だと認識したかも知れないが、正面から見たのでは漂わせる雰囲気共々幸を少女とは認識できない。

「よく間違われます。ただ、この姿の方が家の中では何かと便利ですので。」

 ようやくほんの少しだけ笑顔を見せ、幸は広田の言葉に応えた。


 
 五代目浅右衛門の孫にして六代目浅右衛門の養女----------幸の立場から想像出来るように山田家は少々複雑な事情を持っている。

 四代目までは長子が継いでいた山田家だったが四代目が子供に恵まれず、その後四代目の姉の子である五代目、そして遠縁の六代目と養子が相続していた。
 特に六代目の相続は大変だった。最初の養子が素行不良によって離縁された後、その弟が養子に入ったが彼も病によって死去。次に養子に入った青木某も一人娘・幸を残し、僅か二十四歳で死去した。
 後さらに養子が入ったが、とある事件を起こし山田家を出奔し、現代の六代目が相続することになったのである。
 ここまでして家を存続させなくてはならいのはひとえに将軍家御様御用を務める為であり、その務めを果たす為には手段を選んではいられない----------ひたすら養子をとり続ける山田家の苦悩であった。



 山田浅右衛門本人が居ないと聞いて広田は露骨に失望の表情を浮かべる。

「あの・・・・六代目がいらはらないのでは・・・・。」

 日を改めた方が良いのではないかと帰ろうとしたが、幸と前畑がそれを押しとどめた。

「名代の後藤先生が対応してくださいますのでご安心を・・・・・ところで、本日稽古は見て行かれますか?たまたま『胴』が三体ほど入りましたので皆が稽古しているところなのですが。」

 思いも寄らなかった幸の言葉に広田は目を輝かせる。

「試し斬りの稽古を見せていただけはるんですか!」

「ええ。そのつもりで入門を希望なされたのでしょう?」

 可愛げの欠片もなく幸は言うと玄関を下り、広田を広々とした庭先へと案内する。そこにはおよそ三十人ほどの若者と指導者らしい壮年の者が数人、そして威圧感を漂わせている老剣士然とした男が三体の胴を土壇の上に乗せ始めていた。

「大先生!先日豊岡藩から申し出がありました入門希望者です。」

 幸の声に還暦近いと思われる老剣士が振り向く。

「そうか。では儂が話を聞こう。芳太郎、お前は稽古に就くように。」

「承知いたしました。」

 涼やかに一礼すると、前畑は夏羽織を脱ぎ、晒のたすきを掛けた。その姿はまるで役者の所作のようであり、鈴ヶ森や千住の刑場に前畑がその姿で現れると町娘達が騒ぎ出すほどである。

「よぉ、芳太郎。遅かったじゃねぇか!」

 そう声を掛けたのは六尺を少々超えた上背の青年だった。火熨斗のかかった袴を身につけ、武士然とした前畑とは対照的に、六弥太格子の長着を諸肌脱ぎの尻っぱしょり、髷も二日前に結ったような緩めのもので、ちょっと見には町人と何ら変わらない。

「五三郎・・・・その髷はどうにかしたらどうだ?いくら部屋住みの冷や飯食いだからって武士の子が町人髷っていうのは・・・・・。」

 前畑が秀麗な眉を顰めるが、五三郎と呼ばれた青年はそんな前畑の苦言を一笑に付す。

「部屋住みの冷や飯食いだからできるんじゃねぇか。俺ぁ堅苦しいのは苦手なんだよ。」

 そう言って五三郎は土壇に横たえられた胴----------首無し死体に刀を振り下ろした。五三郎の下ろした刀はすぱっ、と三の胴の部分を切り裂き、胴を真っ二つにする。何ら問題はない----------そう思えた瞬間である。

「五三郎!腕で斬るなと何度言ったら解るんじゃ!刀で斬らぬか!」

 雷の如き大音響が周囲に響き、あたりで稽古をしていた門弟達が一瞬縮こまった。

「・・・・・申し訳ございません、父上、もとい後藤大先生。」

 父親であり、六代目浅右衛門以上に厳しい指導者である『大先生』こと後藤五左衛門の叱責に五三郎は首を竦めた。

「全く・・・・技量(うで)で斬ってしまったら刀の本当の切れ味が判らぬと何度言ったら解るんじゃ。お前は胴を斬ることばかりに囚われ過ぎる。」

 怒り心頭のまま五左衛門は広田を引き連れ、より詳細な話をする為、奥の間へと入っていった。

「・・・・・仕方がねぇじゃねぇか。斬れるモンは斬れるんだからよ。」

 五左衛門の姿が消えたのを確認してから五三郎はぼそっ、と呟く。

「五三郎兄様の腕ならば赤鰯でも大業物になってしまいます。それじゃあ正しく御様御用を務められないじゃないですか。まったく・・・・何度怒られても腕で斬ってしまうんですから。少しは学んだらどうですか、兄様?」

 幸は呆れたように大仰に溜息を吐いた。さっきの広田への対応と違い、五三郎に対しての幸の表情は豊かだ。五左衛門の次男である五三郎は物心ついた頃から山田道場に出入りしており、幸とは実の兄妹のように育っていた。その所為だろうか、二人のやり取りもどこか兄弟喧嘩のようである。

「うるせぇな。おまえまでうだうだと・・・・・。」

「別に冷や飯食いのまま、一生をだらだら過ごしたいなら良いんですけどね。」

 憎まれ口を叩きながら幸は斬られた胴の中身を覗き込む。

「あ~あ。この肝、使い物にならない。」

「・・・・・俺はちゃんと肝を避けて斬ったぞ?」

 肝、すなわち肝臓は製薬業を副業としている山田家にとって必要な『製薬原料』の一つである。本来、試し斬りの稽古をする前に製薬に必要な肝臓などはあらかじめ取り出すのだが、五三郎はその手間を惜しんでいきなり胴を斬ったのだ。だが、肝臓には傷を付けていないはずだと五三郎は言い張る。

「いいえ。そう言う意味じゃなくて・・・・ほら、これ。」

 幸は腰に差した脇差を抜くと、器用に肝----------肝臓を切り出し取り出した。

「相当お酒を飲んでいたんでしょうね。」

「ああ、なるほどな。」

 幸が手にした生き肝を見て五三郎も前畑も納得した。その肝臓は白っぽく、ぶよぶよとしまりがない。暴飲暴食を重ねていただろうということが一目で判る代物であった。

「これじゃあろくな薬が作れねぇな。」

 五三郎は白っぽい肝を指先で突きながら大きな溜息を吐く。

「この頃多いですよね。こういった不健康な生き肝。」

 前畑もそれを覗き込んで肩をすくめた。豊作続きの昨今の所為か、いわゆる『上物』は極めて少なくなってしまっている。

「むしろ近所のももんじ屋から譲って貰える猪や鹿の肝の方が質が良いんですよねぇ。」

「確かに猪や鹿は大食いもしねぇし大酒も呑まねぇしな。」

「そういえばこいつ、大垣藩の蔵屋敷から盗みを働いて死罪だったよな。まったく百姓達が汗水垂らして納めた年貢を横取りしておいてぶくぶく肥え太ったんじゃ・・・・。」

 罪人の死体とはいえ、言いたい放題いいながら幸は製薬に必要な複数の臓器を傷つけないよう取り出し、油紙に包み込んだ。

「じゃあ、兄様。この胴、後でちゃんと自分で縫っておいて下さいよ。」

 油紙に包んだ臓器を腕に抱え、幸は半分に裁断された胴に再び刀を下ろそうとしていた五三郎に念を押す。

「え~!面倒臭ぇ!なぁ幸、お前、縫い物得意じゃねぇか。な、この通り!」

 面倒臭く、地道な作業は勘弁とばかり五三郎は大きな身体を小さく縮め幸に手をすり合わせ『縫い合わせ』を免れようとする。だが、目の前にいる小柄な少女はそれほど甘くはない

「そういう時だけ猫なで声でご機嫌取るの、止めてください!全くもう・・・すぐに甘えようとするんですから!」

 幸はあっかんべぇ、と舌を出すと、そそくさと裏庭にある肝蔵へと行ってしまった。

「あ~面倒臭ぇ。これさえなけりゃ稽古も嫌いじゃねぇんだけどよ。」

 五三郎はしゃがみ込み、近くにあった太い針に糸を通し始める。斬った者が縫い合わせる----------それは山田浅右衛門の次の席を占める後藤五左衛門の次男、五三郎でも例外ではない。

「仕方なかろう。門弟三十人の胴はたったの三体。縫い合わせでもしなければ稽古にならんだろう。第一刀目を入れられるだけありがたいと思え、五三郎。」

 そう言いながら前畑も針に糸を通し、五三郎の手伝いを始めた。



UP DATE 2011.07.04


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十年近くの構想期間を経て、ようやく書き出すことが出来ました『紅柊』vこれが書きたかったがために一生懸命資料集めもしましたし勉強もしましたから、書き出すことができて感無量です(^o^)
最初は『とりあえず4年』と予定していたのですが、本文にも書いてある『とある大物の獄門』をどうしても取り上げたくて・・・・・一年分分量が増えてしまいました(爆)。話の進め方は1ヶ月3~4話、これをひとまとめとした読み切りスタイルになります。もしまとめ読みをご希望でしたら第3~第4月曜日の更新時にお読み下さいますことをオススメしますv

山田浅右衛門を取り上げておりますが、主役はその家に生まれた一人娘・幸です。(一応ゆき、と読んでやってください。読み方がいまいち判らない^^;)将来的に彼女の良人になる人物が七代目・浅右衛門になるのですが、取りあえずの連載は彼女の結婚までにしようかと・・・。すでに門弟が三名ほど出ておりますが、彼らの最終的な目的は『名誉(山田浅右衛門の銘)、金(浪士ながら小大名ほどの収入)、女(幸)』の一挙取りですので熾烈な争いが繰り広げられることになるでしょう。これからも何人か門弟が出てくると思われますので幸の争奪戦もお楽しみにしてくださいませv

最後にタイトル『紅柊』、これは山田家の家門が丸に抱き柊であること、血と縁が深い職業であること、そして女性の色=紅のイメージから取りました。小咄一つ一つにはあまり付くことはありませんがトータルとしてこのイメージでv



次回更新は7/11、『小大名ほどの収入源』の元になっているものは何なのか、その点を語っていきたいと思います。
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