FC2ブログ

「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第九話 義祭同盟と鉄の大砲・其の参

 ←烏のまかない処~其の参・かなちゃん茶豆 →烏のがらくた箱号外~おかげさまで2周年v
 失敗しては再びやり直し、やり直してはまた失敗するを繰り返して十三回――――――その十三次鋳造で、ようやく実用に耐える大砲を鋳立方は作り上げた。試射を数回繰り返した後、舐めるように傷の確認をし終えた杉谷と田中が、天に両手を挙げ、大声で喜びの雄叫びを上げる。

「見てくださいよ、本島さん!ひびが・・・・・・ひびが入っていないんです!」

「これなら大量生産に入ることが出来ますよね?ようやく殿のご希望に添える結果がを得ることが出来たんだ!やったぞ!」

 初めての成功に若い杉谷や田中がはしゃぐ中、鋳物師である谷口や刀鍛冶が本職の橋本がいまいち浮かない表情を浮かべた。

「杉谷殿、田中殿、喜ぶのはまだ早い。数度だけの試射ならば問題無いが・・・・・・ほら、ここの色むらとこの部分の気泡を見てみろ。あと三十発も撃とうものならひびが入るのは目に見えているぞ」

 橋本が大砲の一部を指し示す、そこには指摘通り色むらと僅かな気泡の後が見えていた。これでは数発なら耐えられても実戦で数多く砲弾を撃つようになれば壊れてしまうだろう。

「橋本殿の言うとおりです。作り上げるのであれば完璧なものを・・・・・・何百発と砲弾を撃っても壊れない大砲を作らなくては意味がありません。残念ながらこれではまだ完璧とは言えません」

 職人ならではの橋本や谷口の指摘に、ようやく完成を見たと早合点してしまった杉谷や田中はがっくりと肩を落とす。

「杉谷、田中、そう落ち込むな!ここまで出来ているんだ。あと、二、三回試作を重ねれば阿蘭陀の大砲と何ら遜色ないものができるはず・・・・・・もう少しの辛抱だ」

 正直気落ちしたのは本島も同様である。しかし、ここで自分が落ち込んでしまっては部下の士気にも関わる。まるで自分自身を鼓舞するかのように、本島は落ち込む二人を慰めた。



 十三次鋳造と前後して四基全ての反射炉が完成を見た。そして十四次鋳造においてほぼ完璧な大砲の鋳造に成功したのである。現在も残されている杉谷の嘉永五年五月二日の手記には

『第一四次に成りたる砲鉄は質粘靭にして気孔みず、しかれども灰色濃炎はいまだ免れぬといえども其微にしてほとんどまず可らず、この砲いまだ西洋に及ばざるありといえども相違ることどうして遠からんや』

 と、その嬉しさを表している。だが、それもつかの間、油断した為か十五次鋳造は僅かながらむらが出来てしまったのである。こつが掴めてきたと思った矢先の、僅かな失敗に関係者はがっくりと肩を落とした。

「これは・・・・・・やはり原材料にに問題があるのでしょうか。十四次鋳造同様完璧だと思ったのに」

 橋本が眉を顰める。原料の質のむら、それ以外に原因は考えられず、人間の手による調整はこれが限度かと思われた。

「その可能性は高いだろう。やり方は十四次鋳造と全く一緒だったのだから・・・・・・駄目で元々、外国鉄の輸入を請役殿に申し出てみるか」

 試作なら問題無いが、大量生産を考えるとこの完成品の出来のむらは如何ともしがたい。本島は早速請役の茂真に申し出ることにした。

「鉄の輸入・・・・・・か。可能ならばすぐにでも行いたいところだが、間違いなく幕府の法度に触れるだろうな」

 茂真はう~んと唸って腕を組んでしまう。確かにここまで苦労を強いられるとは茂真も思っていなかった。出来ることなら大砲鋳造に適した輸入鉄を購入したいところだが、勝手に貿易を行ってしまえば幕府の法度に触れてしまう。

「さすがにこれは幕府の許可無くしては難しいだろう。いっそ韮山での鋳造がうまくいくようになれば幕府も考えざるを得なくなるだろうが・・・・・・まだまだ先のことだろう」

 本島が技術指導を受けに行った時、模型のような反射炉しかなかった韮山でも本格的な反射炉作りを始める動きが出てきているという。鋳造の段階まで行ってうまくいかないようであれば、幕府も鉄の輸入を考えざるを得なくなるだろう。

「そうですか・・・・・・」

 今のままでも大砲は作れないことはないが、技術者の能力、そして気候などの状況に左右されやすく大量生産は不可能だ。安定した鋳造には日本の鉄とは違う、鋳造に適した性質の鉄が必要なのである。

「時間はかかるかも知れないが、殿を通じて幕府を説得して貰おう。さすがにこのご時世だし、幕府だって韮山で反射炉を作ろうとしているのだ。そのうち日本の鉄では埒があかないと鉄の輸入を認めてくれるだろう」

「本当に・・・・・・お手数をおかけ致します」

 ただでさえ藩の予算をかなり喰ってしまっているだけに、さらなる要求をするのは本当に心苦しい。心の底から済まなそうな表情を浮かべ、本島は小さな声で返事をした。

「いや、もし輸入鉄が認められれば領民から鉄製品を取り上げなくても済む。実際領民達には苦労を強いてしまっているから」

 桑や包丁など、必要最低限の金属製品以外、大砲の鋳造に宛てる為回収が始まっていた。後にとある事情でやってきた海岸防禦御用掛・川路聖謨は『鍋島の領内に入って既に三日になるが赤銅など金属製の火鉢はめったに見られず、九分どおりは焼物である。』と日記に書き残している。佐賀藩の得意分野の焼物で出来る製品はできるだけ焼物に----------領民の回りからは金属がどんどん姿を消していた。しかし輸入鉄が有効となればわざわざ品質が落ちる領内の鉄を収拾する必要も無くなるだろう。

「何卒よろしくお願い致します」

 本島は額を畳にすりつけるように頭を下げた。



 鉄の輸入の申し出は出来たものの、実際の輸入となれば早くて一年、幕府の出方次第では最悪数年はかかる可能性がある。鉄の輸入が不可能ならば、今あるものでやるしかない。鋳立方の面々は、斉正や茂真の期待に応えようと試作を重ねることさらに三回、とうとう質を維持しながら大砲を鋳造することに成功したのである。要領を掴むことができれば後は早い。四基の反射炉を最大限に動かし始め、鉄の大砲鋳造が始まった。

 最初は小さめの二十四ポンド鉄製大砲を、その後でさらに大きな三十六ポンド鉄製大砲の製造に取りかかる。嘉永五年九月には三十六ポンド鉄砲四門が完成、二十四門砲も最終的に十八門製造することが出来た。

 ただ、予定では神ノ島台場に二十八門、伊王島台場へ二十六門の大砲を設置する予定だったのでこれでは全く足りない。

「鉄の大砲が出来るまでの代用だが、何も無いよりは良いだろう。この前長崎に来た阿蘭陀商館長が漏らしていた亜米利加や露西亜の動向も気になるし・・・・・・この際、背に腹は代えられぬ。銅製の大砲も作るように」

 茂真の鶴の一言で急遽銅製の大砲鋳造も始まった。元々反射炉は銅の鋳造に使用するものなので、こちらは問題無く製品が作られてゆく。
 最終的に嘉永六年春までに今までの大砲の中で一番巨大な百五十ポンド銅砲一門、八十ポンド銅砲六門、二十四ポンド銅砲十門、十二ポンド銅砲七門も完成させた。それらは完成間近の神ノ島へ半分ずつ運ばれ、着々と長崎の守備が固まってゆく。

「ようやくここまで来たか」

 本島は伊王島と神ノ島に並べられてゆく大砲を、船の上から見ながら感慨に耽る。本島を始めとする鋳立方全員の苦労が報われた瞬間であった。
 


 佐賀藩の反射炉の建造及び鉄の大砲鋳造成功の報は瞬く間に全国に広まった。勿論その技術を探る為、技術提携を申し込む他藩も少なくなかった。
 しかし、佐賀藩は斉正の従兄弟である島津斉彬に『鉄熕鋳鑑図』の翻訳書を提供しただけで、技術提携の申し込みをしてきた津軽、土佐、長州の技術提携の申し込みや援助を断り続けたのである。
 この当時、技術交流には幾つかの派閥があり、薩摩藩、水戸藩、南部藩の派閥、鳥取藩、岡山藩、山口藩の間にも技術交流があったといわれている。
 その中で佐賀藩は長崎御番を担当していることもあり、幕府天領の韮山、すなわち江川とだけ技術交流をしていたのである。この韮山との技術提携が、幕府から思いもしない申し出に繋がって行く事になるとは、この時佐賀藩の誰一人予想だにしなかった。



 藩内が鉄の大砲の完成、そして台場の完成を目指していそしむ中、義祭同盟にも動きがあった。何と請役である茂真が参加することになったのである。

「兄上、今年の義祭に参加するというのは本当ですか?」

 噂を聞きつけた斉正が茂真に訊ねる。

「ええ。この頃かなり優秀な者達が集まっているようですし・・・・・・藩政への影響を考えると無視できない存在になっています。白石も興味があるとの事なので、共に中に入り様子を見ようかと」

 そう言いながらも茂真は嬉さを隠せずにいた。茂真は斉正以上に『新しい知識』にどん欲である。今回の義祭同盟への参加もその一つであることは明らかであった。

「白石はまだ二十二歳の若者ですから、確かに新しいものには興味をそそられるでしょうね。それよりも・・・・・・兄上は本当に新しい学問が好きなんですね」

 半ば呆れながら斉正は笑った。

「だけど・・・・・・私はどうもね。義祭同盟は少々幕府を蔑ろにするところがあるでしょう。そこがどうも好ましいとは思えなくて」

 斉正は兄上の学問熱に水を差すようで申し訳無いが、と付け加えた。外国と接することが多いせいか、他藩の国学と違い義祭同盟における『攘夷』はそれほど激しいものではなかった。その代わり『尊皇思想』が高まり、どうも幕府を軽んじる風潮が芽生えつつあるようなのである。
 その為、井内や中村は警戒を強めていたし、身分を超えた議論を推奨している斉正本人も行き過ぎた『尊皇』に関してはあまり良い顔はしていなかった。幕府を裏切ることはすなわち徳川家を、ひいては盛姫をも裏切るように思えてならないのだ。

「やはり文粛夫人を・・・・・・姫君様を思われてのことですか?」

「そうかも知れませんし、違うかも知れません。何せ大々的な反射炉の製造を許して貰っているのは、幕府との緊密な関係のおかげじゃないですか。二つ心を疑われたら即座に反射炉は取り壊しに遭いますよ」

 茂真の指摘を斉正は適当にはぐらかした。芽生えつつある新たな芽を摘むことはしたくない。自分だって昔、父親に対抗し藩政改革を断行したのだ。新たに生まれいずる者にはそれなりの意味があっての事だと斉正は考える。しかし、己の忠誠、否、いまだ忘れ得ぬ盛姫への想いは裏切ることは斉正にはできないのだ。

(私は・・・・・・弱いな。きっと国子殿も浄土で呆れられているだろう)

 盛姫が斉正の許から去って行ってしまってから五年、すでに盛姫の歳を超えてしまい、不惑目前になってもどこか『貞丸』を引きずっている自分に、斉正は苦笑した。



 藩内に蠢きだした不穏分子の成長に斉正がやきもきしていたそんな中、斉正にとって、否、日本にとって尤も怖れていた事件が起こった。
 嘉永六年六月、アメリカ合衆海軍所属の東インド艦隊艦船が日本の江戸湾浦賀に来航、マシュー・ペリー提督によってアメリカ合衆国大統領国書が江戸幕府に押しつけられ、開国を迫られたのである。この事件を機に、日本は激動の時代へと突入してゆく。



UP DATE 2011.07.06

Back   Next
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






ようやく鉄の大砲が鋳造し、伊王島や神ノ島の台場に設置することが出来ました。そして何故か慌てるように銅製の大砲も設置することに・・・・・次回詳細が書けるかどうか判りませんのでちょこっとだけ種明かしを。実はペリーやプチャーチンの日本来航の情報はすでに嘉永五年、すなわち一年前に阿蘭陀側から日本に知らされていたらしいのです(wikiの『黒船来航』参照)
なので必死こいて佐賀藩が鉄の大砲を作り、領民から金属を回収して銅製の大砲まで鋳造したのにペリーは浦賀に行っちゃったという(爆)。尤もペリーも『長崎は警備が厳しい』事を知っていたらしいんですけどね(^^;)当時から情報戦は熾烈だったんだな~と変なところで感心してしまいました。
(ちなみに本文で茂真に『阿蘭陀商館長の~』という科白を言わせておりますが、この情報のことです。書ききれなかった・・・・orz)

日本の、いいえ佐賀の思惑の裏をかいて浦賀に突如やってきた黒船。これによって日本は一気に幕末の様相を呈してきます。実は次回が『葵と杏葉』通算100話目、その節目の話にこの事件が当たるとは・・・・行き当たりばったりで書いている割にはうまい具合に展開しているのかもしれません(B型に計画性を求めないでください><)


次回更新は7/13、勿論黒船来襲&それにあたふたする幕府の対応です。
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のまかない処~其の参・かなちゃん茶豆】へ  【烏のがらくた箱号外~おかげさまで2周年v】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【烏のまかない処~其の参・かなちゃん茶豆】へ
  • 【烏のがらくた箱号外~おかげさまで2周年v】へ