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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第十一話 池田屋事変・其の参

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「てめぇら、腕の見せ所だ!徹底的にやっちまえ!」

 血の匂いが漂う池田屋に土方の声が響き渡る。その声と共に土方隊十二名と谷万太郎、武田観柳斎の計十四名が池田屋になだれ込んだ。人数的に圧倒的不利に立たされていた新選組はこの援軍により形勢逆転、一気に優位に立ったのである。
 予想もしなかった新選組側の援軍に動揺を隠せないまま戦い続ける長州浪士側だったが、そのなけなしの気迫さえ失せさせる声がさらに襲いかかる。

「遅くなり申した!松原隊、参る!!」

 ようやく池田屋に到着した松原隊が池田屋内部に突入してきた。これが最後の一押しだった。松原隊の到着に観念したのか、自ら腹を斬り自害する者、諦めて新選組の縛につく者が続出し始めたのである。しかし、まだ隠れている者がいるかも知れない。後から来た土方を中心に死者を中庭に横たえる。
 この時の死者は肥後藩の宮部鼎蔵と松田重助、土佐藩の北添佶摩、伊藤弘長、越智正之と石川潤次郎、林田藩の大高又次郎、松山藩の福岡祐次郎、そして長州藩の神職である広岡浪秀の九人であった。そして生きて捕縛された五、六人は表玄関の土間の辺りにひとまとめに放り込まれる。

「・・・・・とりあえずこんな所か。半分近くは二階の窓から逃げられてしまったからなぁ。」

 悔しげな表情を露わにして近藤が唇を噛みしめる。その時である、外が急にざわざわと騒がしくなってきたのだ。

「おいおい、会津のお偉いさん達は今更来やがったぜ。もしかしたら桑名もいるかもな。」

 事態が収束に向かっていた最中、ようやく会津・桑名藩の応援が池田屋に到着したのである。出来ることならもう少し早く来てくれれば新選組側の被害は少なかったのにと思う一方、ここで手柄を横取りされては命がけの戦いが無駄になってしまうと愕然とする。

「近藤さん、とりあえず中の事は頼む!俺は奴等を池田屋に入り込ませないようにしておく・・・・・おい、手の空いている奴は俺に続け!新選組の手柄を横取りしようとする奴等を一歩たりとも池田屋に入れるんじゃねぇ!松原、お前は裏口を!」

 土方の声に隊士達も『手柄を取られては堪らない!』とばかりに表口と裏口に分れて入り口を封鎖した。

「おい、土方!この中に長州浪士達が多数いるというのは真か!」

 表口に出てくるなり会津兵を一歩たりとも池田屋内に入れさせようとしない土方に対し、会津側の与力と思われる男が苛立ち紛れににじり寄る。だが、脅しとも取れるその物言いに微塵も怯むことなく土方は目の前の男に言い放った。

「その通り。だが、逃げ出した浪士も多数おります。我らだけでは市中に逃れた浪士共を捕縛するのは不可能ですのでそちらの捕縛を願いたい。」

 まだ手柄を立てる機会が残っている----------土方の言外の言葉に、男は忌々しげに土方を睨み付けると部下に近隣の捜査を命じた。



 土方が表口で会津藩の与力と問答を繰り広げていた時、池田屋の中では----------。

「もう隠れている者はいないだろうな?」

 押し入れの中から厠の中までくまなく探索をした後、中庭に戻ってきた近藤は汗を拭いながら呟いた。縁側には額に深手を負った藤堂を始め、重傷者三人が横たわっている。

「みんな、もう暫く辛抱してくれ。すぐに金創医に診て貰うから。」

 穏やかな声で近藤が負傷者に声を掛けたその時である。

「貴様!舐めた真似をしやがって!」

 原田の怒声と何かが倒れる音、そして階段を駆け上がるけたたましい足音が近藤の耳に飛び込んできたのである。

「何事だ!」

 原田の声に驚き、近藤はすぐさまその声がした方向----------捕縛者が放り込まれているはずの土間の方へ走り込む。

「近藤さん!この野郎が捕縛していた長州浪士の縄を解いたんですよ!町人だからって油断していたら・・・・・!」

 原田が胸座を掴んで引き上げたのは池田屋の主・入江惣兵衛であった。原田にかなり強く殴られたのか、左頬がかなり腫れ上がっている。

「どうやら俺達に気付かれないように屋根を伝って逃げたらしくって。今、新八が二階を調べに・・・・・。」

 そう近藤に説明しながら原田が入江惣兵衛を睨み付けた瞬間である。

「総司!おい、しっかりしろ!目を開けやがれ、総司!」

 今度は二階から永倉の悲鳴に近い声が振ってきたのである。原田と近藤は思わず顔を見合わせ、二人は階段を駆け上がった。



「総司、しっかりしろ!」

 近藤と原田が二階に昇ってきた時、永倉が倒れている沖田の頬をぺちぺちと叩いていた。

「総司は・・・・・どうしたんだ!」

 近藤の声に、永倉が顔を上げ泣きそうな表情を浮かべる。

「近藤さん!目を・・・・・開けないんです!おい、総司、起きやがれ!」

 悲壮な永倉の言葉に、近藤と原田が倒れている沖田に近づく。そして近藤はそっと沖田の口許に手を当てた。

「息はしているな・・・・怪我は?」

「無さそうだが、もしかしたら頭を打っているかも。」

 永倉は沖田の頭の下に手を差し込み、怪我や瘤がないことを確かめたが、弱くなりかけた龕灯の灯りでは詳細が判らない。

「ここではよく判らないな・・・・・とりあえず祇園会所に。」

「おう!」

 近藤の一声に永倉が沖田の頭の方、原田が脚を持ち、沖田を二階から下ろした。



 戸板に乗せられ運ばれていく亡骸の中に沖田の姿を見た土方がぎょっとした表情を浮かべる。

「おい、総司は・・・・死んだのか?」

「生きてるぜ、とりあえず今のところは。」

 戸板を持っていた原田が顎で指し示す。土方は沖田を龕灯で照らしだし、様子を確認した上でその額に手を当てる。

「・・・・・ただの暑気あたりじゃねぇか!全く心配させやがって!会所に着いたら井戸にでも放り込んで冷やしておけ!」

 どうやら大怪我でも負ったのかと思ったらしい。意識はなくともどこにも怪我をしていない沖田にほっとしたと同時に、死者さえ出た戦闘の中、暑気あたりで倒れた弟分に土方は立腹した。

「しかし、意識が無いんじゃ・・・・。」

 さすがに永倉が沖田を庇おうとするが、土方によってそれはあっけなく無為にされてしまう。

「あの戦闘の中で呑気に暑気あたりになっているくれぇだ!殺したって死にゃしねぇ!」

 土方の言葉に永倉と原田思わず顔を見合わせ、苦笑を浮かべてしまった。



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。沖田が遠い意識の中、最初に感じたのは身体の上を流れる冷たい感触であった。それが水であることを理解するまでに暫く時間がかかる。

(あれ・・・・・ここは池田屋・・・・・ですよね?)

 ちらちらと瞼越しに感じる陰が、まるで飛び交う夏虫のようだ。瞼を開け、一刻も早く周囲を確認したいのに瞼がなかなか開くことができない。

(それにしてもだいぶ優しい水のかけ方だなぁ。誰でしょうこんな女々しい水のかけ方をするなんて・・・・・まるでおなごの様じゃないですか。)

 悪戯半分水を掛けられることはあるが、大抵は男所帯ゆえ、かけ方も桶ごと、盥ごと思いっきり掛けられるという乱暴なものである。しかし今、沖田に掛けられている水はまるで包み込むように優しいのだ。

(少なくとも・・・・・試衛館の人じゃありませんね。いや、新選組でもないな。)

 一体瞼の向こう側にいるのは何者なのか----------ただ、瞼を開けてしまってはこの心地良さが失われてしまいそうで、沖田はなかなか目が開けられない。その時である、ふわっ、と沖田の額に小さく、柔らかな手が当てられたのだ。それは紛う事なきおなご、しかも若いおなごの手だった。

(そ・・・・うか。もしかしたら怪我人が多くて、おなご衆が手伝いに来ているんですかね。だから・・・・。)

 妙な安心感に、沖田の意識が再び遠のきそうになったその時である。

「おい、娘!そんな丁寧にやるこたぁねぇ!こいつにゃこれで充分だ!」
 
 聞き覚えのある怒声と共に、勢いよく沖田の顔面に水が掛けられたのである。

「うわっぷ!ひ、土方さんなんて事を・・・・・!」

 思わず水を飲んでしまい、びっくりして起き上がろうと上体を起こした沖田であったが、眩暈を覚え再びその場に倒れ込んだ。

「副長はん、あきまへん!暑気あたり言うても、こん御方のもんは洒落にならへん位ひどいもんおす。あまり無体をせぇへんでください!」

 再び沖田に水を掛けようと盥を抱えている土方を若い娘が必死に抑える。年の頃は十五、六だろうか、黒目がちの切れ長な目が印象的な愛くるしい娘であった。そんな娘に対し、土方は憮然とした表情のまま、盥の中身をぶちまけようとする。

「そうやって甘い顔をすれば野郎ってもんはつけあがる!総司、狸寝入りなんかしてねぇでさっさと起きやがれ!」

 このままでいたら娘を押しのけ土方はさらに沖田に水を思いっきり掛けるだろう。

「ひどいなぁ、土方さん・・・・・まだ眩暈はするんですから勘弁して下さいよ。」

 沖田はぼやきながらゆっくりと上体を起こそうとするが、それを慌てて止めたのは他でもないその娘だった。

「あきまへん!今、砂糖水をもってきますさかい、このまま横になって待ってておくれやす。とにかく今は身体を休めて・・・・・。」

 沖田の肩をそっと押えると、にっこり微笑み砂糖水を作りにその場を離れていった。その無垢な笑顔に胸の高鳴りを覚えながら沖田は横にはならず、娘の姿を見失わないようにすぐ横にあった壁により掛るように背をもたせかける。

「・・・・かわた医者の娘だそうだ。他の医者が怪我人にかかりっきりだからとおめぇの面倒を見てくれてたんだよ。」

 沖田が珍しく女性に興味を示した所為か、娘の後ろ姿を見ながら土方は呟いた。

「そうなんですか・・・・・だから京都のおなごなのにじれった結びをしているんですね。」

 かわた医者は血の穢れを伴う外科の治療もする、被差別民の医師である。中には優れた腕の持ち主もおり、『内科』いわゆる漢方医ではどうにもならない大怪我などを負った平民が怪我を治して貰うことも少なくない。
 今回も会津の医師達の手が足りず、援軍を頼んだのだろう。だが、怪我をしていない沖田にまでは手が回らず、かわた医者の娘が手当をしていたというのだ。ちなみに被差別民は本来男女とも髷を結うことを許されていないのだが、手ぬぐいを被ることでお目こぼしをして貰う事も少なくない。だが、小夜は律儀に髷を結わずじれった結びに髪をまとめていた。その姿も江戸女の湯上がり姿を連想させ、沖田の興味を引いたのかも知れない。

「お待たせしました。お一人で飲まはりますか?」

「・・・・・ええ。」

 できないと言ったら飲ませてくれるのだろうか、と思いながらも土方の刺さるような視線を感じ、それは口に出せなかった。沖田は娘から茶碗を受け取ったが、手に力が入らず砂糖水を零してしまったのである。

「あ、すみません!」

 思わず沖田は謝ったが、娘は気にした風もなく沖田から茶碗を受け取った。

「気になさらんといて下さい。せやけど、やっぱり無理みたい・・・・・・ご無礼、お許し下さい。」

 娘は茶碗を持ち直すと、壁により掛っている沖田の口へそっと湯呑みを近づけた。

「貴方に飲ませて貰えるなら構いませんよ・・・・・じゃあ戴きます。」

 沖田は湯呑みに添えられた娘の手に己の手を重ねるように添え、中の砂糖水をゆっくりと飲み始める。砂糖水は熱をもった身体に染み渡り、心地良い甘さが口の中に広がった。もっと飲みたい----------そう思ったが、先程零してしまった為か、茶碗の中の砂糖水はすぐになくなってしまった。

「・・・・・もう一杯戴けますか。あの・・・・・娘さん。」

 沖田は砂糖水のお代わりを頼もうとして言葉に詰まる。目の前の娘の名前を知らなかった事にようやく気が付いたのだ。かといって土方が傍にいるこの場で名前を聞き出すのも気が引けた。

「ほな、お持ちいたしますね。」

 娘は沖田の躊躇に気付くことなく、再び砂糖水を作りにその場を離れた。



 沖田総司とかわた医者の娘・小夜。二人の初めての出会いは池田屋事変のほんの僅か後、白々と夜が明ける頃のことであった。



UP DATE 2011.07.08


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池田屋事変・其の参にて何とか『運命の出会い』の前半を書くことが出来ました・・・・・が、何故こんなギャグ展開に(苦笑)。『夏越しの祓』の叙情たっぷりの出会いはどこに行ってしまったのでしょう?というか、あれはもう別の話ですね(爆)。『夏虫』の沖田はこ~ゆ~運命なのかもしれません。しかし、優しく水を掛けて貰っていたのに、それを歳に奪われ、顔面に思いっきり水を叩き付けられるなんて・・・・・。こんな状況の中、果たして沖田は屯所に帰るまでに小夜の名前を聞き出せるのでしょうか(爆)。狙い目は早朝の残党狩りの時ですかねぇ。この時は新選組もかり出されておりますから、鬼副長のめも届かなくなるでしょうv

次回更新は7/15、池田屋から逃げ出した浪士の残党狩り、そして屯所への帰還がメインになります(ついでに沖田の恋の展開も・爆)
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