「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾玖・煤払い(原田左之助&おまさ)

 ←葵と杏葉世嗣編 第二十三話 雪華の君・其の貳 →葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参
師走ならではの喧噪が京都の街を賑わせている中本願寺筋釜屋町七条下ルにある新選組十番隊隊長・原田左之助の休息所は特に賑やかであった。


「ほら、てめぇら、さぼってんじゃねぇ!しっかり働け!」

 それほど大きくはないが、端正な京町家に不釣り合いな原田の図太い怒声が家中に響き渡る。その怒声に追い立てられるように埃を立て、手入れの行き届いたきれいな部屋を却って汚しているとしか思えない隊士達の騒ぎ声・・・・・。
 何を隠そう今日は十二月十三日、将軍家御営中煤払定日なのである。まだ幕臣に取り立てて貰った訳でもないのに真似できるところだけは真似しようと、新選組も十三日に大掃除をするのだ。ちなみに新選組が屯所にしている西本願寺の『お煤払い』は十二月二十日にあるのだが、そんな事を気遣う新選組では勿論ない。

「旦那はん、もう少し静かにでけへんの。お腹のややがびっくりしはるやないの。」

 日当たりの良い、縁側のある奥の部屋にいたおまさだったが家を壊しそうな程の騒ぎに居ても立ってもいられないと顔を出す。

「悪ぃ、腹ん中のちびまで脅かすつもりは毛頭無いンだけどよぉ。」

 部下の前では強面の原田も、愛する妻の前では勝手が違う。怒られたにも拘わらず、でれでれと相好を崩してしまうのである。局長の近藤や、ましてや副長の土方には絶対に見せられない体たらくだが本人は全く気にしていない。

「原田先生もおまささんの前じゃ形無しなんですね。」

 部下に対する態度と愛妻に対する態度のあまりの違いを伍長格の隊士が指摘すると、原田は顔を真っ赤にしてしまう。

「うるせぇ。女房の尻に敷かれてやるのが夫婦円満のコツなんだよ!」

 ぶっきらぼうに言い放ちながらもまさに対しては何かと気を配る。それもそのはず、まさはすでに臨月であり、
今日明日に子供が産まれてもおかしくない状況なのだ。

「休息所の煤払いなんざ屯所のついでなのにわざわざ実家から出てきやがって。こいつらに気遣いは無用だ。」

 照れ隠しもあるのだろうが、『せめてお茶でも』と部下を気遣う妻に対して原田は優しく、しかし有無を言わさぬ力強さでおまさを奥の部屋に押し戻そうとする。そしてそんな上司を後押しするように部下達も口々に自分達に対し気を遣ってくれるなと言い始めた。

「原田先生の仰るとおりですよ、ご新造さん。ここの煤払いのおかげで巡察を免れたんですから。それに・・・・・お小遣いもいただけますし。」

 最後ばかりはちょっと小声であった。普段は役番が決まっている巡察だがこの日ばかりは隊によって煤払いをする場所にばらつきがある為、比較的負担の少ない隊が巡察に出ている。
 ちなみに十番隊は原田の休息所の他局長の休息所の煤払いも任されている。これは人手の問題より不逞浪士に対しての威嚇の意味が強い。煤払いを理由に屯所と休息所を行ったり来たりする事で手薄になりがちな守りを強化しているのだ。
 それだけではない。この煤払いに参加した隊士には原田から心付けが渡されることになっていた。危険な巡察に出なくて良い、しかも小遣いも貰えると平隊士達にとってはまさに二度、三度『おいしい話』なのである。

「・・・・・ほんにすんまへん。」

 それでもばつが悪そうに済まなそうな顔をし原田に連れられて奥の部屋に引っ込もうとしたその時である。

「いたっ!!」

 突如おまさが腹を抱えてその場にうずくまったのだ。騒ぎの性なのか、それとも単に時期が満ちただけなのか判然としないが陣痛がおまさを襲ったのだ。

「おまさ、大丈夫か?」

 どんな強敵に囲まれても泰然自若、時には笑いさえ浮かべる原田が妻の陣痛におろおろし、どうしていいか判らずとりあえずおまさの肩を抱えるように抱きしめる。

「誰か、産婆を連れてこい!早く!」

 隊長のあまりの狼狽振りに伍長が平隊士達に指示を出す。せっかく隅々まで掃除をした休息所だが
血の汚れで汚れることは確実だ。だが、その血は新しい命が誕生するための血でもある。そう、『あたらしきもの』が生まれる為には絶対に必要なもの。それはこの国も変らないのだ。
 新しい時代への陣痛にのたうち血を流しながら『あたらしきもの』へと生まれ変ろうとするこの国。それと同じように新しい命を生み出そうと苦しむ妻を原田はしっかり抱きかかえた。



UP DATE 2009.11.23


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

   
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






『幕末歳時記』もとうとう第十九話になりました。上司の家の大掃除なんて(怒!)と今なら思いますが、自分の家の大掃除をほったらかして上司の家の大掃除に・・・・というのは私が子供の頃、実際あった話です。
(これで出世ができたらしい。ある意味おめでたい時代だったんです。)

次回は『幕末歳時記』最終話、やっぱり拙宅の〆はこの人にという事で鍋島直正を主人公に書かせて頂きます。『葵と杏葉』を読んでいなくても全然大丈夫ですのでご安心下さい。
(逆に『葵と杏葉』のネタバレになってしまうので、
いきなりラストに近い場面を読みたくない、と言うかたはお気を付け下さいね。)
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【葵と杏葉世嗣編 第二十三話 雪華の君・其の貳】へ  【葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【葵と杏葉世嗣編 第二十三話 雪華の君・其の貳】へ
  • 【葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参】へ