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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

平河町の人斬り小町・其の貳~天保三年七月の小咄

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油紙に包んだ肝を手に、幸は裏庭にある肝蔵へと向かった。そろそろ浅草弾左衛門配下の長吏に頼んでおいた胴や肝が届いているはずだ。幸はそれを期待しながら肝蔵の引き戸を開ける。

「あ、おすみちゃん!わざわざ出向いてくれたんだ。」

 肝蔵の中には先客が居た。手拭いを吹き流しに被った男達に、てきぱきと指示を出している若い娘に幸は声を掛ける。

「ご無沙汰しております、お幸さま。」

 年に似合わぬたおやかな笑顔を幸に向けたその人物は、浅草弾左衛門の末の妹・すみであった。
 長吏頭は被差別民とは言え格式一万石を持つ。それだけにすみの仕草もまるで旗本の姫君のように上品なものである。さらに夏らしい藍白の麻の帷子と、被差別民に強要されている浅葱色の半襟が何とも涼しげな印象を醸し出していた。山田家も弾左衛門家も死穢を扱う家であり、歳も双方十四歳ということで二人は仲が良い。

「とりあえず胆はこちらに干しておきました。そして脳をこちらの壺に、男衆の御宝物をこちらに収めておきましたけど宜しいでしょうか?」

 すみは床に置いてある藍染めの甕を指さし幸に訊ねる。人体を使った製薬の材料として肝の他に脳、そして睾丸が使われるのだが、それらも持ってきてくれたらしい。

「ありがとう、おすみちゃん。あとはやって・・・・・・。」

 そう言いかけた幸であったが、すみはその言葉を途中で遮り、配下の者達を肝蔵の外へ追い出した。

「・・・・今日は肝だけでなく、薬用の真珠も手に入りました。さすがにこればかりは配下の者に任せる訳には参りませんし、立ち会わせる訳にもいきません。」

 すみは艶然と微笑みながら、懐にしまってあった袱紗包みを手に取る。その瞬間、藍白の袖がふわりと舞い、焚きしめられた香の香りが幸の鼻をくすぐった。
 少年のような幸とは対照的にすみはいかにも女性然としたたおやかさを漂わせている。それだけに山田家の門弟達の中にも、すみが弾左衛門の妹と知りつつちょっかいを出すものもおり、一度は手込めにされそうになった事もあるくらいだ。
 その時は幸が気が付き、門弟に対して抜き身を突きつけ事なきを得たのだが、それ以来すみは可能な限り山田家敷地内に入らないようにし、何か用事があれば幸が出向くようにしていた。

「だったら知らせを出してくれれば良かったのに・・・胴や胆だけの為に来るなんておかしいと思った。」

「そんな・・・・わざわざお幸さまを呼び出してしまったら兄に叱られてしまいます。」

 幸の言葉にすみは肩を竦めると、袱紗包みごと真珠を幸に手渡した。幸が袱紗を開けると大小二十個ほどの真珠が現れる。明らかに形がいびつなものや、浅蜊の中にあったのではないかと言うくらい小粒なもの、そしてちょっと見には宝飾品としても何ら問題無さそうなものと様々だ。

「これなんか細工物に使えそうだけど・・・・いいの?細工用としての方が高く売れるでしょう?」

 中身を確かめながら幸はすみに確認を取る。

「ええ。ほんの少し黄みがかっているんだそうです。錺として売るには少々問題が、と錺職人の仁右衛門さんが仰っていました。」

 もしかしてすみが気を遣って良い品物を回したのではないかと気兼ねした幸だったが、すみの言葉にようやく納得し、幸は頷いた。

「ところで今回の胴はいくつ?」

「五体ほどですね。ただ、刑場のものの他に行き倒れの者も二体ほど混じっておりますので・・・・そちらは暫く取っておいていただいたほうが宜しいかもしれません。」

 その言葉に幸は怪訝そうな表情を露わにする。

「首はまだ繋がったまま?だったら間違って試し斬りに引っ張り出されることは無いと思うけど・・・・・十日ほどは無理か。」

 浅草弾左衛門経由の亡骸であれば、その仏の家族が近隣にいないか調べてくれるので問題はないと思うが、万が一ということもある。

「そうですね。多分問題無いと思いますけど、近隣から親類が探しに来ることを考えたらやはり五日から十日は様子を見た方が宜しいかも知れません。」

 とんでもない話が十四歳の娘達の間で飛び交う。だが、彼女たちにとってこれが日常であった。

「じゃあ、胴の値段が一体一両で真珠の値段が五粒で一両として四両だから・・・・・占めて九両でいいかしら。今渡すからちょっと待ってて。」

 幸はそういうと近くの小さな引き出しから金子と矢立、半紙を取り出し、領収書を認め始めた。肝蔵に十両近くの金子を置きっぱなしに、と考えるとあまりにも物騒な気がするが、ここ肝蔵には門弟は勿論、六代目もそうやってくることはない。
 まかり間違って泥棒が入ろうにもぶら下げられた肝や壺に入っている脳や睾丸におののき、金子を見つけ出す前に逃げ出してしまうだろう。

「お幸さま、真珠の価格、少し上乗せしていませんか?屑真珠ですし、いくら何でも五粒で二両二分が良いところだと思いますけど。」

 すみは三日月型の整えられた眉を困ったように顰める。

「ううん。この頃真珠の相場が上がりつつあるし、これでも安い方だよ。昨日来た薬種問屋はこれよりひどい真珠を少ししか出さずに五両だ!何て言い張っていたんだから。それとこっちまで足を運んでくれたお礼、かな。」

 幸は色々理由を付けながら強引に九両をすみに押しつけた。

「その代わり、また真珠が手に入ったらお願いね。この頃変にふっかけてくる薬種問屋も多いから、おすみちゃんのところが一番安全なの。」

「はい、承知いたしました、お幸さま。」

 いくらすみが断っても幸は強引に九両を押しつけるだろう。すみは半ば諦めたような笑みを浮かべ、懐紙にその九両を包むとそっと懐にそれをしまい込んだ。



 浅右衛門丸、正式名称『天寿慶心丸』は人間の肝臓の他に牛黄、朝鮮人参、麝香、真珠などを配合したものである。製造そのものは冬に行うのだが、材料の収拾及び下ごしらえは出来る時にやらねばならない。すみが帰った後、幸は脳や睾丸を別の壺に入れ直し、塩漬けにする。

「・・・・・やっぱり夏場は乾燥が遅いなぁ。」

 十日ほど前に吊した肝を見つめながら幸は溜息を吐いた。夏場は湿気が多い為なかなか乾燥が進まない。日光に干してしまえばすぐに乾くのだろうが、そうすると品質が落ちてしまう。安い猪や鹿の肝は軒先に干してあるが、貴重品である人の肝はそうはいかない。
 何故なら、『天寿慶心丸』を購入するのは将軍家や大名家、大身の旗本や大商人だからだ。労咳にさえ効果があると謳われている薬だけに一貝で二朱もするのに予約だけで手一杯、むしろ足りない位である。
 そんな人胆に対し干し方を間違え、黴を生やす訳にも行かない。幸は一つ一つを焼酎で拭きながら状態を確かめた。

「とりあえず今のところは大丈夫かな。」

 去年は暑さの為四分の一ほど駄目にしてしまったので、今年は慎重である。今年の冬は全部が薬になってくれるよう----------そう願いながら幸は肝蔵での仕事を終えた。



 肝蔵での仕事と自らの脇差の手入れを終え、幸が外に出てきた時、芳太郎の弟、前畑利喜多が幸を呼びに来た。

「お幸さん、やはりこちらにいましたか!六代目がお呼びです!」

 まだ前髪もあどけないこの少年は、幸より一つ上の十五歳である。来月の『大仕事』が終わったら元服をすることになっており、この姿も来月いっぱいで見納めだ。

「川路様のところからもう戻られたのですか?今日は珍しく早いですね。」

 いつもなら良くて夕方、ひどい時は夕飯まであちらで取ってくることもあるだけにこの時間に帰ってくる事は極めて珍しい。

「体調でもお悪いのでしょうか、六代目は。」

 いつにない吉昌の行動に、利喜多も心配そうである。

「出かける時は別に問題無さそうでしたけど・・・・・挨拶がてら聞いてみますね。」

 利喜多にそう言い残し幸は六代目浅右衛門吉昌がいるはずの奥の間へと向かった。

「六代目、お帰りなさいませ。」

 部屋に入るなり幸は深々と一礼する。例え幸の方が血筋の上では由緒正しくても、今は目の前にいる吉昌が山田家の頭領なのだ。

「おお、幸か。丁度良いところにきた。川路様からこれを預かってきてな。」

 吉昌は幸を呼び寄せると、川路から預かってきたと思われる一振りの刀を差し出す。

「こちらは・・・・・?」

「試し斬りを頼まれた。秘密裏にしてあるはずなのにいつの間にか漏れるものだな。」

 吉昌は困ったような笑みを浮かべた。

「是非とも『鼠小僧』の胴で試し斬りをしてくれと渡されてしまったよ。さらに長居をしたら何を注文されるか判ったものじゃ無いから、今日は早々に帰ってきた。」

 吉昌は薄くなり始めた頭を掻きながら幸に事情を説明した。



 普通、死罪や獄門などは数日前に決定し、刑を執行する。だが、今回ばかりはそうはいかなかった。『鼠小僧』に対する庶民の人気はすさまじく、その姿を一目見ようと人が押しかけることが目に見えていた。さらに九月に参勤がある大名達からも『九月には国に帰ってしまうので八月中にやってくれ。』だの『八月では参勤に間に合わないから九月まで延ばしてくれ』だの色々外から注文があったらしい。
 五月に捕縛された鼠小僧だったが、その調整の為遅れに遅れた獄門がようやく八月に決まったと思ったら、川路がその噂を聞きつけ吉昌に己の刀を押しつけたのである。

「川路様は・・・・・本当にお好きなんですね。」

 川路の執心に幸も苦笑いを浮かべることしかできない。

「まったく・・・・・正直、私より試し斬りに向いていると思うよ、あの御方は。きっと小塚原か鈴ヶ森かまで押しかけてくるだろうから誤魔化すこともできない。だから、この刀で次郎吉の首を刎ねる事になるだろう。幸、抜いてご覧。」

 吉昌に促されて幸は刀を抜いた。その地肌は匂出来の互の目丁子乱れで、美しく、ぬめっとした光を放っていた。実用にはいささか細すぎるその姿形からすると元禄刀であろうと思われたが、さすがに刀身を見ただけでは銘までは判らない。

「確かに・・・・せいぜい首が限度でしょう、この差料では。」

 太い部分を斬ってしまえば刀が痛みかねない。試し斬りはやめておいた方が良いと言外に幸は訴える。

「お前でもそう思うか。長運斎綱俊殿の弟子の作らしいのだが・・・・仕方ないな、乳割りは諦めて貰おう。」

「乳割りを所望されたのですか?」

 乳割りとは胴体でも最も硬く、斬りにくい部分である。川路はそこを斬ってくれと注文したのだ。その無謀さに、さすがに幸も呆れ果てた。

「・・・・・まったく無茶を仰る御方ですね。」

 幸が苦笑いを浮かべながら刀を鞘に収めたその時である。急に表門の辺りが騒がしくなったのである。

「・・・・・また『持ち込み』か。ここ最近多いな。」

 吉昌は顔を顰める。暫くすると怒鳴り声まで聞こえてきた。あの声は間違いなく五三郎と利喜多だろう。さらに門弟達の声が重なっていくところを鑑みると新入りも騒動に混じっているのかも知れない。

「・・・・・でしょうね。金に困った輩が『抱き柊の門前に死体を持ってくれば金に換えて貰える』と思いこんでやって来ますから・・・・・怪我人が出ないうちに門弟達を止めてきます。」

 これ以上騒ぎが大きくなっては近所にも迷惑が掛る。幸は吉昌に一礼すると、袴を翻し表門へと走った。


UP DATE 2011.07.04


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平河町の人斬り小町の二話目です。今回は製薬を中心に書かせて戴きましたが・・・・・今回の話に耐えることができれば以後は問題無くお読み戴けるかと思いますv

何せ肝だけでなく脳みそやコーガンまで薬の材料にしちゃうんですから驚きです。肝臓はまだ判るんですよ。栄養価も高いですし、当時の江戸人に不足しがちな油分も多く含んでいましたから、脂溶性ビタミンの摂取もしやすくなるでしょうし・・・・(あくまでもほんの少しだけ)。しかしコーガンって・・・やっぱり精力増強を願ったんでしょうか?現代のバイアグラみたいなノリだったのかも・・・オナゴには理解出来ません(^^;)
そして驚きは人胆や人油が徳川家に納入されていた事実!私は大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代 (平凡社新書 (016))という書物で知ったのですが、この中の章の表紙に将軍家の目録の一部が載っておりました。殆ど呪術的な意味合いから『悪人の力強さ』を取り込もうとしたのかも知れませんが、将軍家も脂っ気のない献立をしてましたからねぇ・・・・鳥目防止くらいの役には立ったと思いたいものです。
ちなみに山田家ではこの製薬による収入が大部分を占めていたようです。(他に刀の鑑定も行っているのですが、こちらはボランティアに近い感じ・・・他に刀の目利きのプロが居ましたから。それもそのうちにネタとして書かせて戴きますねv)

キャラクターですが、ようやく六代目が登場いたしました。ちなみに彼は陰も頭も薄い設定です(笑)。何故か髪の毛エピソードが多い六代目、そのうちその手の話も書くと思います。
さらに登場したのが芳太郎の弟・利喜多vようやく若い子を出すことが出来ました。残りは渋めの大人の男性なんですが、五三郎の兄貴もそのうち登場させないと(^^;)門弟達ももう少し活躍させなくてはです。


次回更新は7/18、騒動の理由が明らかになります。
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