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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第十話 黒船来襲・其の壹

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 それは梅雨もまだ明けきらぬ嘉永六年六月三日の事であった。黒く垂れ込める雲を背に、四艦の軍艦が突如浦賀沖に現れたのである。

「な、なんだ、あの船は!」

 ここ数年、外国船が長崎以外の日本近海に現れることも珍しくなくなっていたし、七年前にはコロンバス号を旗艦としたビットル艦隊もやってきている。それにも拘らず、その姿を見た浦賀の漁師達は驚愕する。

「帆が閉じているのに、ものすごい早さでこっちにやってくるぞ!」

「あの煙・・・・・・火事じゃねぇのか?」

 漁師達の前にどんどん近づいてくる艦のうち二隻は、それまで訪れていた各国の帆船とは明らかに違うものであった。黒塗りの船は帆を付けていたが、それを広げることなく外輪と蒸気機関で航行する、いわゆる外輪船である。二隻の外輪船はそれぞれ帆船を一艦ずつ曳航し、白い煙を吐き出しながらさらに近づいてくる。

「く、黒船だぁ!黒船がまた来たぞ!」

「奉行所に知らせを!早く!」

 陸地でのそんな混乱を知ってか知らずか、四艦は己の大砲の射程距離まで近づくと、そこに投錨してしまった。これこそペリー海軍代将率いる黒船艦隊である。
 蒸気外輪フリゲートの旗艦『サスケハナ』と『ミシシッピ』、この二隻に牽引されていた帆走スループの『サラトガ』と『プリマス』の四隻の大砲は計七十三門あり、臨戦態勢を取りながら、勝手に江戸湾の測量などを行い始めた。さすがにそこまでの傍若無人を許しては日本の沽券に関わる。浦賀奉行所は翌六月四日朝早々に、浦賀奉行所の与力・中島三郎助を中心とする偵察隊をペリー艦隊に派遣した。

「あれか。今度きた黒船は」

 中島は隣に控えていた同心の加藤に対し、沖に停泊している四隻の船を指さし呟いた。それに応えようと加藤が口を開きかけたその時である。

どど――――――ぉん!

 旗艦『サスケハナ』から轟音が響き、周囲の空気が震える。その瞬間、中島等の近くで黒船を見物していた漁師や町民、遊び半分に冷やかしに来ていた浪士等が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「・・・・・・空砲だと判っていても恐ろしいな。あれが噂に聞く鉄の大砲の威力なのか」

 この日は西暦の7月8日に当たり、この『サスケハナ』の空砲は四日遅れのアメリカ独立記念日の祝砲であった。すでに浦賀奉行所にはこの旨が知らされており、この数刻後に『空砲を打ち鳴らすから心しておけ』とのお触れが出されるのだが、この時は実弾が撃ち込まれたと庶民達は混乱を来した。後に空砲だと判ると花火の感覚で楽しんだというのだから現金と言えば現金である。

「では行ってくる。何かあったら奉行所に」

 『サスケハナ』から迎えの艀がこちらにやってくるのが見えたのを確認し、中村は加藤に呟く。その顔色は緊張の為か青白かった。

「承知いたしました。お気を付けて、中島さん」

 低く、落ち着いた加藤の声に中島の心は平静を取り戻す。加藤や他の同心達に見送られ、中島は通詞の堀達之助と共に『サスケハナ』からきた艀に乗り込んだ。



 中島の目的は、ペリー来航の目的が何なのか把握することであった。その目的はすぐに果たされ『将軍にアメリカ合衆国大統領親書を渡すこと』がペリー側の要求であることが判明した。だが、ペリー側は幕府側の与力の階級が低過ぎるとして親書を預けることを拒否したのである。
 翌日六月五日、中島と同じ浦賀奉行与力・香山栄左衛門が『サスケハナ』を訪ねたが対応は変わらず、親書は最高位の役人にしか渡さないと香川を撥ね付けた。しかし、ここからが中島とは違ったのである。

「それほど大事な親書であるならば上司や幕府と相談しなくてはならない。その為に四日ほど時間を貰わなくてはならないのだが」

 これは一つの賭けであった。たった一日でもいいから時間を稼ぐように幕府から命じられている。最初から四日とふっかければその半分の二日は稼げるだろうと香山は踏んだのだ。その思惑は見事に当たり、案の定ペリー側から『三日だけなら待とう』と時間を得ることが出来たのである。

『ただし――――――親書を受け取れるような高い身分の役人を派遣しなければ、兵を率いて上陸し、親書を将軍に直接手渡しする!覚悟しておけ!』

 と、激しい口調で脅しをかけたのである。言葉は通じなくてもその表情、そして口調から何を言っているのか香川にも何となく予想が付いたし、通詞の堀も青ざめた表情のままその言葉を訳す。

「判り申した。では三日後には必ず」

 ここで怯えた表情を浮かべればつけ込まれてしまう。香川はペリーの前で、できる限り表情を変えずその場を後にした。そして香川が浦賀奉行所に帰り着いたとほぼ同時にその旨が早馬で江戸城に知らされたのである。

「三日か・・・・・・」

 浦賀からの早馬でその事を知った老中首座の阿部正弘は、唇を噛みしめる。実はこの時、黒船来航と同じくらい江戸城は大変な状況に置かれていたのだ。

「上様の耳にこの事は入れるでないぞ」

 阿部は周囲の者に念を押す。この時、十二代将軍・徳川家慶は死の床に伏せていて、国家の重大事を決定できる状態には無かった。世嗣・家定も病弱でこの判断を下すことは難しいだろう。
 仕方なく阿部は六月六日に国書を受け取るのはやむ無しとの結論を下した。そして期日の六月八日にペリー側に『九日、久里浜へ上陸するように』との許可をだしたのである。
 六月九日、下曽根信敦率いる部隊の警備の下、浦賀奉行の戸田氏栄・井戸弘道がペリーと会見した。ペリーは彼等に開国を促すフィルモア大統領親書、提督の信任状、覚書などを手渡したが、幕府は将軍が病気であって決定できないとして、返答に一年の猶予を要求した。そのため、ペリーは返事を聞く為、一年後に再来航すると告げ、十二日に久里浜を離れた。



 黒船という名の災難が日本を去り、ほっとしたのもつかの間、災難は立て続けに起こるものである。ペリーが日本から去っていった僅か十日後の六月二十二日、病に苦しんでいた将軍家慶が逝去したのだ。状況が状況だけにその事はごく一部のもの以外には秘密にされたのだが、そのまさに同日、佐賀藩江戸留守居役・田中善右衛門が事もあろうに老中首座の阿部から直々に呼び出されたのである。
 斉正でさえ頭を下げなければならない相手に対し、田中は緊張したまま平伏する。

「田中とやら・・・・・・そなた、黒船の事は存じておろうな?」

「はい。巷間にも噂は」

 むしろ、黒船の噂で江戸城下は勿論、城内も持ちきりである。黒船の錦絵が飛ぶように売れている現状で、むしろ知らない方がおかしいだろう。田中は阿部が何を言いたいのか理解出来ず小首を傾げる。

「なら話は早い。黒船対策に鉄製の大砲を二百門、大至急幕府に納めて欲しいのだが出来るか?」

 阿部の突拍子もない言葉に田中はあんぐりと口を開けた。

「に、二百門も!」

 佐賀の台場でさえ二十門そこそこがやっとだったのである。さすがに技術が確立した今であればもう少し多くの大砲を作ることができるかも知れないが、さすがに二百門は無謀であることは、蘭学を殆ど知らない田中でさえも判る。

「どうだ?亜米利加に対して国書の返事を一年引き延ばすことには成功した。それまでに・・・・・・否、他の国がやって来るかも知れないからもう少し早く大砲を納めて欲しいのだが可能なのか?」

 『開国要求』の事実を伏せながら、矢継ぎ早に田中に尋ねる阿部の言葉には明らかに焦りの色が見えた。それもそうだろう、将軍が息を引き取ったこの状況で老中会議が機能するはずもなく、この大砲購入は黒船来航に危機を感じた阿部の独断によるものである。
 後に品川の台場に設置することになる佐賀製の鉄の大砲であったが、この時点で品川へ台場を作る事は全く決まっていなかった。それが決定したのはこの二ヶ月後の八月という混乱ぶりだったのである。後に『泥縄』と揶揄されるこの大砲注文だったが、さすがにそんな状況を知らない田中は真剣に考え込む。

「・・・・・・私の一存では如何ともしがたく。国許に至急伺いを立てまする」

 どちらにしろ国許へ伺いを立てないことには話は進まないと、田中は至急国許へ知らせを送った。

「また急な・・・・・・邦次郎殿の提言を受け入れて、七年前のコロンバス号の時に準備をしておけば良かったものを」

 勿論田中からの手紙には『開国』云々は書かれていない。ただ、今までの鷹揚な態度から一変して大砲を注文してきた事に斉正は多少の違和感を感じた。しかし、これは幕府の命令である。
 技術的に『即座に二百門』は難しいが五十門ならすぐに納入できるだろうと斉正は快諾した。そして佐賀は幕府納入品のための反射炉を多布施川河畔に製造し、幕府へ納入する大砲の製造に取りかかることになる。


 武器の準備はこのようにとんとん拍子に話は進んだが、さらに重大なことになるとそうはいかない。
 十三代将軍に家慶の世嗣・家定が就いたが、彼は病弱で国政を担うには無理がある。さらにここ最近、異国排斥を唱える攘夷論が高まっていたこともあり、阿部ら幕府中枢は亜米利加の開国要求に頭を悩ませた。

「やむを得ん・・・・・・我らだけではこの問題は手に余る」

 結局幕閣だけでは意見はまとまらず、七月一日、阿部はとうとう『禁じ手』に打って出たのである。何と亜米利加大統領国書の訳文を諸大名に提示、対策を諮問したのだ。それだけではなく幕臣、藩士、民間有志にまで意見を求めるという有様であった。
 この諮問行為は徳川幕府官僚制に自ら穴を空ける危険な行為であるが、国家の一大事に背に腹は代えられない。そしてその諮問は勿論斉正の元にも届いた。

「・・・・・・開国、だと!二百門もの大砲の注文はこれが理由だったのか!」

 老中からの手紙を手にした斉正が、ふるふると震える。

「長崎に来ていればこんな侮辱は受けずにすんだものを!」

 ようやく完成した砲台と鉄の大砲は無駄になってしまった。斉正は勿論、その場にいた者達も怒りに震える。

「幕府もなんたる弱腰か!」

「これは攘夷を決行するしかございません!阿蘭陀と違い、我が国を見下したようなこの態度、断じて許すまじ!」

 どちらかと言えば外国との交流に理解を示している佐賀藩士だが、今回ばかりは腹に据えかねたようだ。勿論それ斉正も同様で即座に言い放つ。

「幕府に対する意見であるが・・・・・・浦賀に来た亜米利加に対しては攘夷、これで構わぬな?」

 斉正は鋭い視線のまま、その場に控えていた者達の意見を聞く。普段であれば、それぞれ違った方面から意見を述べるようになっていた佐賀上層部だったが、この時ばかりは全員一致で攘夷の方向にまとまった。



 斉正の意見が幕府に届く頃、幕府の意見はおおむね開国へと流れていた。特に佐賀同様長崎御番を任されている福岡藩の黒田斉溥は開国だけでなく交易も許容せよとのかなり踏み込んだ意見を述べている。そして斉正と仲の良い井伊直弼も同様の意見を述べている。

 勿論長崎御番を受け持ち、阿蘭陀船に毎年乗り込んでいる斉正も開国を意見するだろうと思われていた。それだけに、攘夷を言い出したことは驚愕をもって迎えられた。斉正は以下のような強い口調によって攘夷を表明している。


『交易御許容にならせられ候わば、後来不測の大害を御引き出しになられ候(中略)夷狄ども倨傲の振る舞い事、御国体にも関係いたし差しおき難く(中略)断然御打ち払いに相決せられ国家盤石の基を御固め遊ばされ度く――――――』


 さらにこの書面には長崎以外の地で国書を受け取ってしまった幕府への皮肉も含まれていたという。
 このように多くの意見を聞いた幕府であったが、結局解決には至らなかった。苦肉の策のこの方法は、結局大した意見を吸い上げることも出来ず、国政を幕府ではなく合議制で決定しようという『公議輿論』の考えだけが広がったという、幕府にとって己の権威を下げるという全くもって皮肉な結果だけを残すことになってしまった。


 だが、災難は立て続けに起こるものである。ペリー来航の同様もさめやらない嘉永六年七月十八日、今度は露西亜使節プチャーチンが率いるもう一つの黒船・旗艦パルラダ号以下四隻が来航、日本に配慮し長崎に入港したのである。再びの国家危機に対し長崎の緊張は一気に高まった。



UP DATE 2011.07.13

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幕府からのとんでもない注文、それは将軍がお隠れになった日に注文された200門の鉄の大砲でした。今も昔も政治家ってコトが深刻になってから動くんですから・・・・・下にいるものはたまったもんじゃありません。


『葵と杏葉』通算百話目にしてやってきました『太平の眠りをさます上喜撰 (蒸気船)』、ペリーの黒船が。今回調べて見て判ったんですが、ペリーの交渉方法はかなり強引だったみたいですね。この強引さにより大多数の大名は『開国はしたくないけど、暴力ふるわれたくないし・・・・開国しないとまずいのかな。』という消極的な意見でしたし、黒田氏やちゃかぽんは『どうせ開国するなら交易も』とまるで毒喰らわば・・・・的な言い方をしていますし(笑)。それに対し、大金をつぎ込み、一生懸命大砲や台場を作っていた斉正は『長崎に来ていれば国書を押しつけられるなんて体たらくは許さなかった!』と攘夷を提言しております。
この攘夷提言の所為でしょうか、斉正というか佐賀藩は『尊皇攘夷』的に思われがちですし、『薩長土肥』とひとくくりにされていますが、この提言以外ではばりばり佐幕派ですから・・・・でなければ幕府の注文を受けて大砲50門も作ったりしません。しかも幕府用に反射炉を別個に作っているんですよね~。

これ以後も倒幕なんてもってのほか、むしろ『幕府の武器庫』として八面六臂の活躍をしてゆく佐賀藩が何故薩長土肥に組み込まれてしまうことになってしまうのか、ここからの50話は佐幕から倒幕へ方向転換していく斉正、そして佐賀の姿がメインになっていくと思います。(イコール盛姫に対する斉正の良心の呵責ですね~。とことん苦しむことになりますよ←鬼)


次回更新は7/20、もう一つの黒船、露西亜艦隊の話になります。果たしてこちらの黒船はどんな対応をするのか?今回のペリーとの比較もお楽しみくださいませねv




あと、すっごくくだらないお遊びですが、浦賀奉行所与力・中島と話していた同心の加藤、『横浜慕情』に出てくる結衣のおじいさんという設定です(^^;)そして息子は新しく出来る横浜奉行所の同心に・・・・開港当時の横浜の話もそのうち書けたら良いんですけどねぇ。
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