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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第十二話 池田屋事変・其の肆

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怪我人の手当や捕縛者への取り調べなどで殺伐としていた祇園会所も、白々と夜が明け始める頃には落ち着きを取り戻しつつあった。軽傷者の手当は全て終わり、横たわっているのは池田屋で重症を負った藤堂、新田、安藤と暑気あたりを起こした沖田の四人だけである。

「そろそろ頃合いだな。」

 会津藩の与力が白み始めた空を窓越しに見つめながら呟いた。

「掃討ですか?」

 会津藩の与力に対し、近藤が訊ねる。暗がりの中、逃亡した浪士らの掃討を行えば闇討ちなどによって数の有利性を生かし切れないが、明るくなれば頭数で勝るこちらが断然有利だ。

「ああ、あまり遅くなっては捕縛の可能性がますます低くなる。尤も、頭に血が昇った奴等が仇討ちに出てくるやも知れぬが・・・・・会津藩の兵士はこれから市中掃討を行う!新選組で動けるもの、特に不逞浪士共の顔を見た者はできるだけ参加せよ。」

 確かにうろ覚えでも実際の浪士達を見ていれば、ちょっとやそっとの変装でも見抜くことが出来るだろう。与力のその言葉に近藤や土方、そして無傷は勿論、手当のすんだ軽傷の隊士が続々と賛同し、会津藩士五、六人に対し新選組隊士一、二人という組み分けがなされてゆく。

「私も・・・・・行きます。掃討に参加させてください!」

 目の前の光景に煽られたのか、沖田も掃討に参加すべく大小を掴み、立ち上がろうとするが、その瞬間眩暈が襲い膝を付いてしまう。

「総司、お前は無理をするな。」

 膝を付いてもなお立ち上がろうとする沖田を近藤が諭す。

「しかし・・・・・。」

「今のお前の状態じゃ足手まといになるだけだ。それはお前が一番よく判っているだろう。」

 股立を取り、臨戦態勢の土方の鋭い指摘に沖田はうっ、と言葉に詰まった。確かに今の沖田では自分自身が敵に倒されるだけでなく、仲間をも巻き込んでしまう可能性がある。悔しいがここは引き下がるしかない。

「一通り掃討が終わったら壬生に戻る。その道中に戦いになる可能性だってあるんだから今の内に養生しておけ。」

 近藤の慰めに沖田は無念そうに唇を噛みしめた。



 隊士の殆どが掃討に出て行ってしまった祇園会所はがらんとしていた。沖田の他、藤堂、新田、安藤がそれぞれ医師の手当てを受けて横になっている。奥沢の亡骸も菰にくるまれ横たえられており、沖田は寝転がりながらぼんやりとそれを眺めていた。

「小夜、焼酎を取ってくれへんか?」

 血で汚れてしまった新田の晒を取り替えている中年のかわた医者が娘に声を掛ける。どうやらこの二人は親子らしい。

(さ・・・・よ?)

 中年の医者の言葉に、沖田は思わず耳をそばだてる。

「へぇ、ただいま。」

 娘は可愛らしい声で返事をすると、焼酎の入った徳利を中年の医者に手渡した。そして血で汚れた晒を渡されると、すかさず水を張った盥の中につけ、もみ洗いを始める。

(お小夜さんっていうんですか・・・・・。)

 額に乗っている、ぬるくなった手拭いを外しながら沖田は小夜の動きをさり気なく目で追いかけた。夏の鋭い朝日が祇園会所に差し込み、蝋燭の光よりさらにはっきりと小夜の姿が確認できる。古ぼけ、つぎはぎだらけの万筋の着物に映える、かわた特有の浅葱色の半襟が涼しげだ。

(綺麗な色だったんですね、浅葱色って。)

 小夜の半襟に目をやりながら、沖田は小さな発見に驚く。

(浅葱色なんて・・・・・羽織の下染めの色なんて、大嫌いな色だったのに。)

 半襟と言うよりは、そこから伸びている細い首筋に目が行っているだけなのだが、暑気あたりのせいか沖田はその事に気が付かない。
 小夜が動く度にちらりと見える、白く、細い首筋に沖田はいつの間にか見入っていた。普段の沖田であったら、自身のそんな行動を十代の小娘に気取られるようなへまはしなかっただろう。しかし、そんなところも沖田の体調の悪さだったのかも知れない。
 何となく感じる視線に気が付いたのか、まだ晒を洗っている途中だったにも拘わらず小夜が不意に顔を上げ、沖田と目があってしまったのである。

(うわ・・・・ど、どうしよう。)

 動揺してしまっている沖田とは対照的に、小夜は特に表情を変えることもなく立ち上がり、取り出した朝顔柄の手拭いで手を拭きながら沖田の方に歩み寄ってくきた。
 そんな小夜にどぎまぎしながらも沖田は目を逸らすことも出来ず、じっと小夜を見つめてしまう。

「沖田センセ、おつらくありまへんか?さっきより顔色が赤うなってはるような気ぃがするんですけど。」

 小夜はぬるくなった手拭いを沖田の額から取ると、小さな手を沖田の額に乗せた。先程まで晒を洗っていた所為かその手は程良く冷たく、心地良い。

「そ・・・・そうですか?だいぶ・・・・楽になったと思うんですけど。」

 小夜の手の心地よさに陶然としつつも、沖田はあることに気が付いた。

「あれ・・・・何で私の名前をご存じなんですか?」

 怪訝そうな沖田に対し、小夜はあっさりと種明かしをする。

「先程局長はんに頼まれたんおす。『沖田を頼む』と。」

「そう・・・・だったんですか。近藤先生も心配性だから。」

 大柄な近藤が、華奢な小夜に沖田の看病を頼み込む----------その様子が目に浮かぶようで、沖田は思わず吹き出してしまった。

「・・・・熱はだいぶん下がりはったようですね。砂糖水、お持ちいたしまひょか?それとも何かお腹にたまるモンの方がええですか?何でしたら桂庵先生に頼んで、仕出し屋はんに・・・・・。」

 身分的に小夜が直接仕出し屋に食事を頼みに行くのは憚られるのだろう。どちらにしろ、それほど腹も減っていなかった事もあり、沖田は食事はいらないと首を横に振る。

「食事は良いんですけど喉が・・・・・普通の湯冷ましをお願いできますが。あの・・・・・。」

 この一言を言っても良いのだろうか----------沖田はごくり、と唾を飲み込む。

「・・・・・・お小夜さん、お願いします。」

 勇気を出して口にしたその名前は砂糖水より甘く、沖田の舌の上を転がっていった。



 沖田が小夜に湯冷ましを頼んでいた頃、掃討作戦は苛烈を極めていた。新選組隊士の他、会津・彦根藩が各百五十名、桑名・淀両藩が百名、町奉行与力、同心七十名が参加したこの掃討では二条から祇園大仏付近まで探索、攘夷派志士二十数名を捕縛、または殺害した。
 この掃討作戦を記載した鍵屋長治郎の日記には三条河原町付近から二条にかけては特に大混乱になったと書いてあり、会津藩五名、彦根藩四名、桑名藩二名の即死者を出した。
 池田屋において新選組の即死者が一名だったことを考えると、むしろこの掃討作戦の方が激戦だったと言えるだろう。この日は一通りの掃討を終えてそれぞれ引き返すことになったのだが、この後、数日を掛けて攘夷派志士の掃討は続けられることになる。



 池田屋そのものに匹敵する激しい掃討を終えた新選組の仲間達が祇園会所に帰ってきたのは、明け五つ少し前の事であった。

「総司、待たせたな。」

 額に汗を滲ませ帰ってきた近藤の言葉に、沖田は困ったような苦笑いを見せる。

「いいえ。仕事もせずに休ませて貰っていたんですからそんな事は言えません。自分が参加できず、やきもきしていた分長く感じはしましたが。」

 近藤が想像していた以上に元気そうな様子で沖田は言葉を続けた。

「彼女の・・・・・お小夜さんの手当のおかげでだいぶ良くなったんです。これなら帰りは問題無く戦うことが出来そうです。」

 沖田の手放しの褒め言葉に、小夜は頬を染めながらはにかんだ笑顔を見せ、近藤に一礼する。確かに小夜の看病は的確だったのだろう。掃討に出ても問題無かったのでは、と思わせるほどの回復ぶりを見せる沖田に近藤を始め周囲の隊士達は感心する。

「そうか。じゃあ歩いて屯所に帰ることが出来るな、総司。てっきりお前も大八車に乗せなきゃならねぇかと思っていたが。」

 そこに割り込んできたのは怪我人を運ぶ大八車や駕籠を手配していた土方であった。からかい半分の土方の言葉に沖田は目を丸くする。

「当たり前じゃないですか!いやですよ、ここから駕籠か大八車に乗せられて壬生まで帰るなんて、みっともない!」

 武士として、それ以上に男として小夜にそんな情けない姿を見られたくないという思いがちらりと胸を掠めたが、それはおくびにも出さず沖田は大仰に土方の言葉に否やを唱える。

「それだけ元気なら大丈夫そうだな。大八車が必要なのは新田と安藤くらいか。おい、平助!お前は駕籠に乗るか?」

 少し離れた場所で上体を起こし始めていた藤堂に、土方は声を掛ける。さすがに頭に大怪我を負っている藤堂を歩かせる訳にはいかないだろうと土方は気を遣ったのだが、それを断ったのは他でもない藤堂自身であった。

「いいえ、俺も歩いて帰れます。こんなの、かすり傷ですよ!」

 土方の気遣いを他所に、やたら声を張りから元気を見せる藤堂であったが、その視線が一瞬だけ小夜で止った事に誰も気が付かなかった。



 一仕事終えた新選組は祇園会所を出立、壬生屯所へ帰還し始めた。話を聞きつけた京都の町人達が沿道に押しかけ、戦い終えた彼らを讃える。そんな中、沖田は時折祇園会所の方を振り返りながら早朝の出来事を思い出していた。

(お小夜さんとは・・・・・もう逢えないんでしょうね。)

 花街の女とは違う清楚なたたずまいに、きびきびと怪我人の手当の補助や沖田の看病に動く機敏さ、そして沖田やその他の新選組幹部との会話でも物怖じしない芯の強さ----------そのどれを取っても沖田にとって好ましいものであった。
 だが、沖田と小夜ではあまりにも身分が違いすぎるし、年齢的にも小夜に許嫁が居る可能性は極めて高い。

(出来ることならば・・・・・もう一度だけ逢いたいな。)

 絶対に叶うことのない甘く、そしてほろ苦い気持ちを己の胸にしまい込み、沖田は壬生屯所へ帰還する行列の波に流されるまま歩いていった。



 池田屋事変により、御所焼き討ちの計画を未然に防ぐ事に成功した新選組の名は天下に轟いた。一方、尊攘派は吉田稔麿・北添佶摩・宮部鼎蔵・大高又次郎・石川潤次郎・杉山松助・松田重助らの逸材を失い、明治維新が一年遅れたとも、逆に一年早まったとも言われる。
 この事件は長州の強硬派を激高させ、それに引きずられる形で長州藩は挙兵・上洛することになる。



UP DATE 2011.07.15


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ようやく野暮天・沖田総司にも春の気配が漂ってきましたvひじょ~に微糖ですけど(^^;)それでも現時点の沖田にとっては充分なものだと思います。そもそもこの時点ではもう二度と逢うことは無いだろうと諦めておりますし。

しかし、沖田と小夜の運命の赤い糸はここで途切れることはなく、さらに偶然が重なって強く結ばれることになってゆきます。(最終的な後日談は『横浜慕情』にてv)その一つ目が次週から始まる明保野亭事件なのですが、事件のこと半分、沖田の変化半分の展開になりそう・・・・・多分歳あたりに『色気づきやがって!』と蹴り飛ばされることになるのでしょう(爆)。恋する男のかわいらしさ(おバカっぽさ?)を表現できたらと思います(^_^)

次回更新は7/22、尊攘派浪士掃討時に起こった悲劇・明保野亭事件に突入です。
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