FC2ブログ

「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の弐拾・注連飾り(鍋島閑叟(斉正)&盛姫)

 ←葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参 →幕末歳時記 影暦 深雪(斉藤一&高木時尾 大人向け)
京都では薩長軍と幕府軍が一触即発だという状況の中、佐賀藩では未だどちらに付くか藩内でもめていた。だが、下の者がいくら議論を重ねても物事はそう簡単に動かない。
 そもそも決定権を持つ前藩主・鍋島閑叟が未だどちらとも決めかねているのだ。藩内の政治判断なら即断即決、むしろ若い者達でさえ驚愕する大胆な行動力を示す閑叟なだけに藩士達は苛立ち、えもいわれぬ不安に囚われてしまう。

「時流は朝廷側にあるのは明らか!何故大殿は判断を下されぬ!」

 待つことに飽いた若い藩士達がいきり立つ中、古参の藩士達はそれを押さえつけるのに必死だ。そんな状況を知りつつも、当の本人・閑叟はただ一人仏間に籠り、一つの位牌を手にしていた。

『孝盛院殿天譽順和至善大姉』

 と刻まれた黒く、艶やかに輝く位牌はあまりにも美しく、二十年前もの昔に作られたとは到底思えない。

「・・・・・国子殿、こんな時にこそ傍にいて欲しかったのに・・・・・何故あなたは遠くに逝ってしまったのですか。あなたの実家を裏切らねばならぬ、こんな時に。」

 妻が生きていた頃と同じように諱で呼びかけてみても、所詮位牌である。返事などある訳がない。閑叟は位牌を見つめたまま、切なげにため息を吐いた。



 継室も側室も自分に尽くしてくれるし子供にも恵まれている。それにも拘わらず二十年も昔に亡くした正室・盛姫を未だ忘れられずにいる事を誰も信じてはくれない。大名にとっての結婚はあくまでも家の為のものであって正室を愛欲の対象とするのは間違っているとむしろ奇異な目で見られ、気味悪がられてしまうのである。
 否、今に限ったことではない。数十年前もそうであった。せめて国許に居る時くらいは側室を夜伽にと有力各家からあらゆる女性を薦められたが、盛姫以外は指一本触れる気は毛頭無いと結局盛姫の御褥辞退の三十歳目前まで側室は持たなかった。後に側室との間に子供ができたから良かったものの、事と次第によってはお家取潰しにもなりかねない暴挙である。



 今も昔も、ただ自分の気持ちに忠実でありたいだけなのに、大名であるが故にそれが許されない。盛姫を失った今、せめて彼女の実家である徳川家くらい守りたいのに、それをしたら間違いなく佐賀藩が被害に遭うだろう。




「もし、あなたが生きてたら優柔不断な私の背を押してくれるのでしょうか。それとも・・・・・押しとどめてくれるのでしょうか。」

 手にした位牌にぽとり、ぽとりと涙が落ちる。最終的には領民の安全を、佐賀の利益を取らねばならぬことは判っている。だが、徳川を裏切ることはそのまま自分の恋心を裏切ることになるのだ。



 城の外から微かに賑やかな声が聞こえてくる。時期的にも注連の準備でもしているのであろう。鼓の胴型に藁を編んで作る独特の注連飾りは、江戸に数多ある大名屋敷の注連の中でも随一といわれたものである。
 『百日大名』であるが故、二年に一度、しかも年末年始にしか逢えなかった亡き妻との日々を思い起こさせる注連が飾られ、新年を迎えるころまでには決断を下さねばならない。閑叟は手にした位牌をぎゅっ、と握りしめ、年の瀬の冷たい空気を大きく吸い込んだ。



UP DATE  2009.11.30


Back


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

   
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






『幕末歳時記』もようやく最終回です。今回は『葵と杏葉』でも扱っている鍋島閑叟を取り上げさせていただきました。基本的に私が書く男性というのはヘタレで未練がましくて・・・・・というタイプが多いのですが今回はまさにその極みでしょう(笑)。
幕府に付くか薩長に付くかの政治判断に関しての詳細は『葵と杏葉』で書かせて頂きますが、今回はあえて二人の恋に焦点を絞った形で話を組み立てさせていただきました。しかし、連載でこの場面まで辿り着くのは何年後でしょう(爆)。

今まで二次創作で新選組だけを書き連ねていたので、少しは別の視点からものを見てみようと始めた『幕末歳時記』ですが、自分が思っていた以上に勉強になりました。来年からは時代を明治に移し、もう少し軽めの短編に挑戦したいと思います。今までの20話、最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参】へ  【幕末歳時記 影暦 深雪(斉藤一&高木時尾 大人向け)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【葵と杏葉世嗣編 第二十四話 雪華の君・其の参】へ
  • 【幕末歳時記 影暦 深雪(斉藤一&高木時尾 大人向け)】へ