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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第十二話 黒船来襲・其の参

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 一旦長崎を出航したプチャーチンだったが、上海における情報収集によりまだほんの僅かだけ戦況に余裕があると判断し、およそ半月後の嘉永六年十二月五日、再び長崎に戻ってきた。
 さすがに今回ばかりは無視することも出来ず、長崎にやってきた幕府全権の川路聖謨、筒井政憲と計六回に渡り会談する運びとなったのだが、日本側、特に川路の頑固さに交渉はまとまる気配さえ見せない。

『仕方ありませんね。我々には時間がないのですが、今まで多くの国と国交をしてこなかったあなた方に無理強いする訳にはいきません』

 いくら戦況が安定しているとはいえいつ何があるか解らないのが戦争である。クリミア戦争の状況を鑑みた場合、露西亜としてはいつまでも日本ばかりを相手にしている訳にもいかない。
 長崎市街に砲撃することも可能な戦力を持ちながら、プチャーチンはどこまでも我慢強く川路等と交渉を続け、最終的に『将来日本が他国と通商条約を締結した場合、露西亜にも同一の条件の待遇を与える事』などで合意した。



 結局露西亜にとって実入りの少ない交渉であったが、プチャーチンの努力は決して無駄ではなかった。武力を背景に恫喝的な態度を取っていた亜米利加使節とは対照的に、要領を得ない幕府に対して強行に出ることなく、対等の立場で交渉をし続けた露西亜に対し好感を持つ識者は多かったのである。
 その筆頭が幕府の全権としてプチャーチンと交渉に当たった外国奉行・川路聖謨であった。川路はプチャーチンのことを『軍人としてすばらしい経歴を持ち、自分など到底足元に及ばない真の豪傑である』と敬意をもって評している。
 さらに韮山代官の江川英龍は露西亜との通商を幕府に建議したし、勝海舟も露西亜を含めた亜細亜諸国との交易で西洋諸国に対抗すべきと主張するなど、世論は露西亜と手を結ぶべきとの流れになりつつあった。

 しかしこの日本国内における『露西亜贔屓』の世論は亜米利加にももたらされたのである。これもやはりお喋りな長崎奉行与力、そして出島に出入りする丸山遊女達から阿蘭陀人を通じての情報であった。
 そんな空気を察知したのか、『露西亜に後れを取ってはならない』とばかりに約束より半年も早くペリーが浦賀に再び来航したのは嘉永七年一月十六日のことである。



 黒船再来航の知らせは十六日のうちに参勤で江戸に上がっていた斉正の許にも届けられた。

「え、黒船が浦賀に?松根、それは本当か?」

 まるで子供のように目を輝かせて斉正は松根に尋ねる。

「ええ、一昨日に小さな帆船が一隻だけ来ていたみたいなんですが、旗艦は今日の午前中にやってきたみたいですよ」

 松根の言葉に斉正はさらに興奮する。

「浦賀なら、馬で行けば日帰りが出来る。さすがに今日は無理だが明日の朝にでも出立すれば日帰りで・・・・・・」

「殿!お止めください!ここは国許ではないのですよ!」

 斉正の大名らしからぬ発言に、松根は気色ばみ声を荒らげた。だが、こと船のことになると斉正もそう簡単に引き下がらない。特に長崎では福岡の立場を慮り長崎に出向けなかっただけに、今回は是非黒船を見たいとごね始めた。

「この前の来航の時だって見物人が多く浦賀に出ていたとちゃかぽん、じゃない掃部頭だって言っていたぞ?長崎御番の参考にもなるし・・・・・・な、この通り!」

 斉正が両手を合わせ、お忍びのお目こぼしを訴える。だが、万が一何かあっては佐賀だけの問題で収まらないと松根は渋い顔をしたままであった。その時である。

「失礼いたします。殿、老中から極秘裏の書状が届きました」

 参勤で斉正達と共にやってきていた井内伝右衛門が、斉正の前に現れ、書状を差し出した。

「老中が?」

 斉正は怪訝そうな表情を浮かべて井内からその書状を受け取ると、そのまま広げる。そして読み進める内にその表情にはしてやったりと言わんばかりの笑みが浮かび始めた。

「松根・・・・・・どうやらゆっくり黒船が見学できそうだ」

 不敵な笑みを浮かべて斉正はその書状を松根に見せる。そこには『極秘裏に黒船の検分を頼む』と書かれてあったのである。

「こんな事だったら本島か奇輔を連れてくるべきだった。川路殿が長崎に出向くからと佐賀に置いてきたのは間違いだったな」

 実際に露西亜船に乗り込んで説明を聞いている二人ならば、遠目からの検分でもある程度の情報を得られたかも知れない。だが、斉正の参勤と入れ替わりに幕府全権の川路等が長崎にやってくると聞き、何かしらの説明が必要になった場合を考慮して二人とも佐賀に置いてきてしまったのである。
 だが、それだからと言って浦賀へ行くことを躊躇う斉正ではない。

「遅くなったらどこかの本陣で宿泊しても良いなんて、滅多にない。いかに幕府が右往左往しているか解るな」

 斉正は書状をたたみながら呟いた。

「明日の朝、早速浦賀に行く。松根、井内、お前達の他二、三名を見繕ってくれ。浦賀奉行にも先触れを。もしかしたら浦賀奉行が担当している西洋帆船の製造現場も見学できるかも知れない」

 幕府は嘉永六年九月十五日、今まで禁止していた大船建造を解禁していた。黒船来航を機に一気に世情不安が高まると、幕府もさすがに危機感を感じたのだろう。阿部は幕府水軍の創設・強化の必要性を悟り、大船建造の禁令を撤廃したのである。
 そして幕府も浦賀奉行与力・中島三郎助の意見書を受けて日本初の洋式軍・鳳凰丸の製造を浦賀奉行所の担当で行っていた。そのうち佐賀藩においても軍艦を造る可能性もあるだけに、是非とも見学をしておきたい。

「御意。では早速準備を致します」

 藩主の我が儘ならいざ知らず、老中首座の内々の命であれば止める訳にもいかない。松根と井内は早速浦賀へ行く準備に取りかかり始めた。



 次の日、斉正は日の出と共に佐賀藩邸を後にした。付き従っているのは松根と井内、その他二、三名だけという極めて少数である。さすがに朱引内では許可無く馬を走らせることはできないのでその歩みはゆったりしたものだったが、ひんやりとした早春の空気を感じながらの歩みは心地良いものであった。

「松根、暫く」

 品川の宿場に入って少ししたところで、不意に斉正が馬を止める。

「どうなさいましたか?」

 松根は怪訝そうに斉正に訊ねる。

「覚えているか?初の就封の時、国子殿が馬に乗ってここまで来てくれたことを」

 そこは本陣の前であった。借金取りに捕まり、行列を先に進めることが出来なかった斉正を助ける為、盛姫が馬を走らせここまで出向いてくれたのである。

「国子殿はこの景色を見ていたのだな・・・・・・」

 普段は駕籠で品川を通る斉正である。馬上からの品川の景色は初めてであった。左手に広がる広大な海に、船が何隻も停泊している。浪速や長崎に比べたら鄙びた感じは否めないが、美しい景色であることには変わりない。

「あの時、国子殿が身を挺して私を守ってくれたように、私はこの国を守ることが出来るのだろうか」

 朝日に照らされ、輝く海を見つめながら斉正は呟く。今、日本が置かれている危機は当時の佐賀の比ではない。それでも自分はこの国を守らなくてはならないのだ。斉正は輝く海を見つめながら決意を新たにした。



 浦賀に到着した斉正は、まずその人の多さに驚いた。

「まるで秘仏のご開帳じゃないか」

「言い得て妙、かもしれません。どちらもめったにお目にかかれるものではございませんので」

 井内が笑いもせずに応える。確かに秘仏であれば御利益こそあれ害はないが、こちらは事と次第によっては日本に害をもたらすものである。

「それにしても大きいな。一度、阿蘭陀の軍艦に乗船したことはあるが、あそこまでは大きくなかった」

「しかも今回は七隻ときております。一隻一隻は露西亜の軍艦ほどでは無さそうですが、ああ数が多いと・・・・・・」

「幕府から注文を受けた大砲の他、もう少し大きな大砲も納入した方が良さそうだな」

遠眼鏡で亜米利加の軍艦をつぶさに観察しながら斉正は言った。

「・・・・・・しかし、小舟で亜米利加艦隊に近づく者が居るとはまた大胆な」

 海の上に、木の葉のように漂いながら亜米利加艦隊へ向かってゆく小舟を見ながら松根が呆れる。

「気持ちは解らぬでもない。私も大名でなければ、あの小舟に乗っていただろう」

 実際今からでも小舟に乗って亜米利加軍艦を検分したいという思いはある。遠眼鏡での検分には限界があるのだ。

「そのうち刻限になれば空砲が撃たれるそうです」

「ではその時間まではちょっと様子を見てみよう。そして、昼餉のあと、検分をまとめる」

 斉正は遠眼鏡を目から外すと、松根に手渡した。



 斉正達が近くの寺社で昼餉を食していた頃、幕府の代表者も亜米利加側との会食に臨んでいた。出された料理はフランス料理であり、『日本人は鯛を喜ぶ』との情報を仕入れていた亜米利加側はわざわざ鯛を釣って料理するなど日本側に気を遣ったものだったという。
 一方、日本側の招待された面々は、十手と孫の手をナイフとフォークに見立てて作法の練習をしたという苦労話が残っている。また、仏蘭西料理のマナーについても日本側は知らないことが多かったらしく、最後に本来ならメニューを持ち帰るべきところを、料理その物をいっしょくたに懐紙に包んで持ち帰った事に驚いたと亜米利加側の記録に残っている。

 そんなこんなで黒船検分は順調に終えることが出来た斉正だったが、西洋帆船製造の現場を見ることは出来なかった。

「申し訳ございません。上から内密に、ときつくお達しが出ておりますので、こればかりは佐賀公にもお見せすることはできないのです」

 洋式軍艦製造掛頭の中島三郎助はやんわりと、しかしきっぱりと斉正の申し出を断った。松根が心付けを渡そうとしても『受け取れない』との一点張りでにべもない。だが、こういう清廉潔白で、生真面目に仕事に打ち込む男だからこそ阿部は決して身分の高くない中島三郎助を軍艦製造の責任者に任命したに違いないと斉正は確信した。

「松根、無理強いは止めよ。その代わり幕府の許可を貰い、改めて造船について教えを請いに来よう。中島とやら、その時はよしなに」

 そのうち佐賀藩に対しても大砲だけでなく軍艦製造の命令が出るかも知れない。その時には中島三郎助の知識が必要となるだろう。斉正は改めての来訪を告げると、浦賀奉行所をあとにしたのだった。



 二日間の黒船検分を終えた斉正が、阿部に呼び出されたのは一月二十二日であった。

「こちらが今回、我らが見立てた黒船の報告書、そしてこちらが長崎にて検分した露西亜側の報告書でございます。一隻の大きさは露西亜軍艦の方が大きかったのですが、何せアメリカ側は数が多く、予断を許さないと・・・・・・」

 斉正は山のような報告書を一つ一つ広げながら阿部に見聞したことを報告する。

「そなたもそう思うか」

 広げられた報告書を、渋面で見つめながら阿部は斉正に訊ねる。

「はい。ですので、注文を受けました大砲二百門の他、150ポンド砲も二、三門納入致します。でなければ江戸湾の守護は心許ないかと」

 斉正のその申し出に阿部は目を見開いた。二百門を製造するのでさえ佐賀は今までの反射炉とは別個に反射炉を製造し、他藩からの注文や自藩用の大砲製造そっちのけで幕府に納める大砲を作っていると川路から報告があったばかりである。その上にさらに大型の大砲まで納めたいと斉正から申し出るとは――――――長崎で毎年阿蘭陀船に乗り込む斉正言葉だけに、阿部は改めて危機感を露わにした。

「やはり、我らは今までにない危機に直面しているのだな」

 阿部はそう呟くと、何か覚悟を決めたように重々しく口を開く。

「佐賀よ・・・・・・そなたには長崎警備を専任して貰う」

「専任、とは?」

 今までの長崎御番では不足なのか。阿部の言葉の真意を測りかね斉正が訊ねる。

「とりあえず状況が落ち着くであろう五年ほど、参勤はもとよりその他公役を全て免除する。幕府の目が届きにくい西の守護を・・・・・・頼む」

 苦しげに吐き出した阿部の一言に、今度は斉正が目を丸くした。



UP DATE 2011.07.27

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結局お忍びで斉正を浦賀に出張させてしまいました(^^;)折角参勤で江戸に滞在している最中にやってきた黒船ですもの。長崎御番で毎年頼まれもしないのに阿蘭陀船に乗り込んでいる斉正が見学しに行かない訳がないなと(苦笑)。
二度目の黒船来航の際は見物人もかなり多かったみたいですし、武士も来ていたとのことで斉正が紛れ込んでいても大丈夫かな、と(笑)吉田松陰に至っては小舟に乗って黒船に近づき、密航を申し込んだと言われていますのでそれよりはマシでしょう。やっぱり年を取って分別が付いてきているんだと思います。この時斉正四十一歳、さすがに十七歳の時みたいに強引に外国船に乗り込む暴挙はしませんって(爆)。

そして浦賀に来たついでに幕府の西洋帆船製造場所にちょっと立ち寄っております。中島三郎助、ヒ/ス/ト/リ/アでも取り上げてましたしねぇ(私は再放送派です)船に所縁が深い二人ですので会わせちゃいました。三郎助はこののち長崎の海軍伝習所にも行きますので以後も登場するんじゃないかと思われます。

最後に何と驚きの5年間の長崎警備専任!参勤もその他お仕事もせずにひたすら長崎警護をせよとの命令が下りました。五年間江戸にやって来ることが出来なくなる斉正、後妻の筆姫や娘達も逢えなくなってしまうことに・・・・・詳細は次回からの連載にて。


次回更新は8/3、長崎警護の詳細と責姫の身に起こる出来事が中心となりますv
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