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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第十四話 明保野亭事件・其の貳

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朝餉が終わり、のんびりとした空気が漂っていた壬生屯所に、突如武田観柳斎の怒鳴り声が響き渡る。

「大至急集まれ!祇園の南、明保野亭にて不逞浪士共二十名がいるとの供述があった!逃げられる前に明保野亭に向かうぞ!」

 その一声は、気怠げだった屯所の空気を一変させるのに充分であった。

「武田先生!それは本当のことなのですか!」

 蟻通勘吾が武田に駆け寄り訊ねる。その手には既に大小二本を携えていた。

「ああ、先程捕縛した聖護院内の雑掌二人の自供だ。ほぼ間違いないだろう。」

 確信に満ちた武田の言葉に、屯所内はさらに騒然とする。それは新選組隊士だけでなく助っ人として屯所にやってきた会津藩藩士達も同様であった。

「武田さん!我々も捕物に参加しても宜しいですか?」

 これから巡察に向かおうとしていた柴や常盤が武田の許に走り寄る。

「勿論だ。人数は多ければ多いほど良い。」

 普段は愛想の良い、というか人を食ったような笑顔を浮かべることが多い武田が真剣な表情で柴らに語りかける。そんな会津藩の若者達に後れを取ってはならないと新選組の平隊士達も十五名ほど集まってきた。会津藩士達と会わせると丁度二十名、潜伏している浪士達とほぼ同人数が揃う。これならば返り討ちに遭う危険性は少ないだろう。

「よし、行くぞ!」

 武田の声に二十名の若者達が鬨の声を上げ、早々に屯所をあとにした。

「・・・・・うらやましいな。」

 武田らが去っていったあとを見ながら沖田は呟く。体調不良は思ったより沖田の身体深く根を張っていたようで、なかなか巡察に出向く体力が戻らないのだ。本当であれば沖田自身も捕物に参加したいのだが、それもままならない。

「焦っちゃいけない・・・・・っていうのは解っているんですけどね。」

 不意に眩暈を覚え、沖田は近くの柱に寄りかかる。戦いに参加するにも巡察をこなすにも、とにかく身体を治さなければ----------不甲斐ない自分を恨みながら、沖田は唇を噛みしめた。



 壬生屯所をあとにした武田等が明保野亭に到着したのは、昼九つ頃であった。皆昼餉を取っているのか、昼にも拘わらず通りに人はまばらである。武田は隊士二人に、店先に一般人を近づけさせないよう見張っていろと言伝ると、明保野亭に入っていった。

「新選組だ。御宿改を行う。池田屋のような目に遭いたくなくば大人しくしていろ。」

 脅しとも取れる武田の一言に明保野亭の主は震え上がり、使用人達と共に玄関の外へと出て行った。それを確認すると武田等は店の中へ上がり込み、部屋の構造を確かめる。

「階段は二つか・・・・・柴殿、貴殿等会津藩はあちらの階段で待ち伏せをして戴けるだろう?」

 武田は裏口へ続く階段を指し示した。その階段は幅が狭く、待ち伏せするには適していると言える。

「我ら十五名はこちらの階段から一気呵成に攻め入る。すれば不逞浪士共は慌ててそちらに逃げるだろう。そこを召し捕れば貴殿等の手柄になる。」

 いかにも会津藩の若者達に手柄を譲ってやると言わんばかりの物言いをしたが、この時、武田の脳裏に浮かんでいたのは池田屋の裏口で討ち死にした奥沢や、未だ生死の境をさまよっている安藤や新田の姿であった。
 死にものぐるいで浪士達が抵抗してきた場合、受ける側が死傷する可能性は極めて高くなる。無意識のうちにそんな打算をしてしまう、それが武田という人物であったが、そんな武田の思惑を会津藩の若者が読み取れる訳もない。

「手柄を譲って戴いても良いんですか?ありがとうございます武田さん!」

 会津の若者五人は口々に感謝の言葉を述べると、喜々として裏口に回る。

「配置に就いたか・・・・・・よし、新選組、いくぞ!」

 会津藩の若者達が位置に付いたのを見届けるや否や、武田は新選組の隊士達に命じ、一気に二階へ上がっていった。



 どたばたとけたたましく階段を駆け上がる音が聞こえたと思った瞬間、勢いよく襖が開く音が階段下で待ち伏せしている会津藩の若者の耳に飛び込んでくる。

「新選組だ!長州の浪士共、神妙にお縄につけ!」

 武田観柳斎の声が響き、二階はにわかに騒動となった。

「始まったようだな。腕が鳴るぜ!」

 石塚雄吾が興奮を抑えきれない声で呟き、手にした槍を握りしめる。するとその瞬間、腰に大小を差した男二名が階段を転げ落ちるように駆け下りてきたのである。

「おい!その者は----------!」

 上の方から何か声がしたがよく聞き取れなかった。柴は逃がしてはならぬと槍を構え、浪士を取り押さえようとしたが、その槍を躱し浪士の一人が外へ飛び出す。

「逃がすか!」

 垣根を壊しながら逃げる浪士を柴は追いかけた。そして二つ目の垣根でまごついているところをとうとう追い詰めたのである。だが浪士も必死である。捕まって堪るかとばかりに無言のまま刀を抜き、柴に襲いかかる。

「うわっ!」

 柴は刀を避けながら、そのまま手にした槍を突き出した。体勢を崩しながらの突きは動きを封じられれば御の字、まず刺さらないだろうというへろへろ突きもいいところである。だが、偶然は柴に味方したのだ。

「うおっ!!」

 槍先に感じる確かすぎる手応えと共に、生臭い血の臭いが柴の鼻をつく。その槍の先は男の脇腹に突き刺さっており、槍に刺された状態のまま男はその場に崩れ落ちた。

「遅かったか・・・・・・・そいつは土佐者だ。長州者じゃない。」

 階段を下りてきた武田が顔面蒼白のまま呻くように呟く。だが、幸いなことに傷は致命傷になってはいなかった。それを確認して武田はほっとした表情を浮かべる。

「そなた、名は?」

 武田が脇腹を刺され、その場にしゃがみ込んでいる男に尋ねた。

「土佐藩家老・・・・・福岡宮内が組士・・・・・麻田時太郎・・・・。」

 その男の名乗りを聞いた瞬間、今度は柴の表情が強張った。その男は浪士でさえなく、れっきとした土佐藩士だったのである。

「誰か!金創医を!外科の出来る医者を呼んでくれ!それと駕籠だ!この者を土佐藩邸に連れて行かねばならぬ!」

 突発的に起こってしまった事故であるが、その傷口は小さければ小さいほど良い。麻田を生きたまま土佐藩邸に返すことで騒動を収めようという武田の一声で、辺りは一気に騒々しくなった。



 その後、医者による簡単な止血処置の後、麻田は新選組によって土佐藩邸の縁側まで運び込まれた。武田及び、明保野亭にいた土佐藩士等の説明により土佐藩側に事情説明がなされたのだが、さすがに当事者である柴ら会津藩の若者達は藩邸外で待つことになる。
 そしてこの事は黒谷の会津藩にも即座に知らされた。任務を遂行しただけとは言え、事と次第によっては会津藩と土佐藩の関係が悪化しかねないこの事件に、会津側に大きな動揺が走ったのは言うまでもない。



 一連の事後処理を終え、武田や柴が壬生屯所に帰ってきたのは八つ過ぎであった。その頃には明保野亭の騒動を聞きつけた芝司の兄・幾馬も壬生屯所にやってきており、新選組幹部等と共に事のあらましを聞く。

「・・・・・という訳です。先に刀を抜き、柴に襲いかかったのはあちら側です。柴に何ら落ち度はございません。」

 近藤や土方、そして他の幹部達や柴幾馬等の前で武田は淀みなく事情を説明した。

「確かに名乗りも上げずに刀で斬りかかられたら誰も同様の行動を取るな。」

 近藤は勿論、その場にいたものは全員納得する。

「たまたま明保野亭の傍に、池田屋の時我らを診てくれたかわた医者が近くに住まっておったのが幸いしました。彼らに治療を頼み、土佐藩士の傷を塞いで貰いましたのでそれほど大きな問題にはならないのではないかと・・・・・。」

 かわた医者、という武田の言葉に反応したのは頭の傷をおして会合に出ていた藤堂であった。

「かわた医者って・・・・・・あの娘さんがいる人?」

 その藤堂の言葉に今度は沖田が反応する。

「娘さんって・・・・・お小夜さんの事ですか?」

「お小夜さん、って言うんだ。名前までは知らなかったけど父娘で丁寧な治療をしてくれたよね。」

 藤堂の言葉に沖田が頷いた。

「そうそう、あの娘御も来たぞ。沖田殿の暑気あたりを心配していたな。」

「え?武田さん、それ、本当ですか?」

 沖田は思わず声を上げてしまった。一方藤堂は少し不服そうな表情を浮かべる。

(よりによって・・・・・・。)

 自分が出動できなかった捕物の先に現れるとは----------無理を押して出動すれば良かったと、沖田は後悔に襲われる。
 だが、小夜が明保野亭の近くに済んでいるという事が判明したのは大きかった。体調が戻ったらその近くを探せばいい。

(また、お小夜さんを一目見ることができるかも知れない・・・・・。)

 沖田にとって、仕事に復帰するとのはまた別の理由で、身体を元に戻さなくてはという理由が出来たのは大きかった。今まで暇になるとついふらふらと屯所を歩き回り、症状を悪化させていた沖田であったが、この日から療養に専念し、三日後には巡察にも出ることができるようになったのは余談である。



 楽天的な武田の話を聞き安心したのか、幾馬はそのまま黒谷へと帰っていった。さらに事件の一報直後に会津藩公用方の手代木直右衛門が河原町の土佐藩邸に陳謝に向かっていたので、この件はこれで収束に向かうだろうと会津藩側の誰もが思い込んでいた。だが、事はそう簡単に運ばなかったのである。

「近藤さん!土方さん!土佐の奴等が明保野亭に集結しているそうだ!」

 巡察から帰ってくるなり原田が深刻な面持ちで局長室に飛び込んできた。

「土佐藩から会津藩に抗議があったって話も町中に流れているしよ・・・・・まずいんじゃないのか?」

「そんな事はないだろう。」

 そこへ帰ってきたのが柴幾馬を黒谷まで送りに行っていた斉藤であった。

「近藤さん、会津公用方は土佐側の公用方と面会が出来なかったそうだ。どうやら明保野亭に集結した若手を説得しに向かったらしい。土佐の上層部は会津側の言分を納得しているようだが、過激派の若者達は違うらしい。」

「何だって?」

 斉藤の報告に近藤と土方は驚愕する。

「万が一を考えて捕縛している奴等を六角獄舎へ移した方が良いかもしれないと、会津藩から言付かった。それと夜襲に対する準備を滞りなくと。」

 斉藤の言葉に、土方は現実を思い知らされる。もし、長州なり、土佐なりに屯所を襲われたら、間違いなく捕縛している者達を奪われてしまうだろう。守りを固める為にも捕縛者を六角獄舎に移した方が賢明だと土方は判断した。

「確かにな・・・・・斉藤、原田。お前達、そのまま奴等を六角獄舎に移送してくれ。その間こちらは土佐の襲撃に備えておく。」

「承知。」

 二人は周囲にいた隊士達に命じてすぐに行動に移る。

「柴は・・・・・・刀を抜いて襲いかかってきた輩を槍で突いただけじゃねぇか。京都守護職配下の藩士として任務をまっとうしただけなのに、何故こんな話になるんだ!」

 茜色の空に浮かぶ気の早い白い十日月を見上げながら、土方は忌々しげに吐き出した。



UP DATE 2011.07.29


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明保野亭事件、起こってしまいました(>_<)長州浪士が潜伏していると思い込んで出動したまでは良かったのですが、それが実は勘違いだったという・・・・。ここで柴君が土佐藩士・麻田君を殺してしまっていたら一気に会津藩と土佐藩の緊張が高まっていたでしょう。しかし、幸か不幸か麻田君は一命を取り留めました。
上の方としては『出来るだけ穏便に』としたいところなのですが、若者達が納得せず、明保野亭に集結しちゃったのですよね・・・・・果たしてこの若者達はどんな行動に出るのか。次回をお待ちくださいませv

そしておまけの沖田の恋(笑)。明保野亭で麻田君の応急処置をしたのが小夜ちゃんのお父さんでした。出動していたら逢えたのに・・・・これは日頃の行いの悪さゆえでしょう。大人しく養生をしていれば出動できたかもしれませんしねぇ(鬼)。沖田と小夜の再会はもう少し後になりそうです。


次回更新は8/5、土佐藩側の動向、そして新選組の守備の話が中心となります。
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