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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

次郎吉獄門・其の壹~天保三年八月の伝説

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暑さもようやく落ち着きを見せた八月一日、日の出と共に儀礼用の白装束を身につけた旗本達が江戸城へと向かう。
 八月一日、いわゆる八朔は、天正十八年のこの日に徳川家康が初めて江戸城に入ったとされることから、江戸幕府はこの日を正月に次ぐ祝日としていた。諸大名や旗本らお目見え以上の者達はこの日、白装束で江戸城に登城し将軍に祝詞を述べるのだ。
 実はこの行事、浪士ながら将軍家御様御用を任されている山田浅右衛門吉昌も出仕することになっている。吉昌は儀礼用の真っ白な素襖を身につけ、門弟達が道場にやってくるのと入れ替わるように江戸城に出向いた。

「あ~あ、気の毒に。お城に上がったらお師匠様の髪の毛、また薄くなるぞ。」

 五三郎が吉昌の白装束姿を見て、思わず隣にいた利喜多に呟いてしまう。

「五三郎さんもそう思いますか?この頃あちらこちらの大名から獄門の際の試し斬りの件でせっつかれているようですから。」

 まだ元服前の少年にさえ同情されてしまうほど、ここ最近の各大名家からの要求は目に余るものがあった。

「五三郎兄様、利喜多さん、お見送りはもう良いから土壇作り、そろそろ始めて欲しいんですけど。大先生が首を長くしてお待ちですよ。」

 いつまでも吉昌の背中を見送っている五三郎と利喜多に対し、幸が声を掛ける。そんな幸に対し五三郎は軽く頬を膨らませて言い返した。

「義理とはいえ娘なのに冷たいなぁ。お前、お師匠様が気の毒だとは思わねぇのか?」

 同情しきりの五三郎に対し幸は至って冷静である。

「そりゃ気の毒ですけど、それ含めて『山田浅右衛門』----------宿命なんですから。ちなみにこの前、酒井雅楽頭様直々に六代目に試し斬りを頼まれたそうですよ。」

「え!あの雅楽頭が?」

 利喜多が素っ頓狂な声を上げた。確かに酒井雅楽頭とは親交があり、藩主在府の時は山田道場の門弟達が挨拶に出向くほどであるが、まさか十五万石の大名直々に試し斬りを依頼するとは思わなかったらしい。そんな利喜多に対し五三郎は半ば諦めたような表情で呟いた。

「そりゃ『鼠小僧を斬った刀』ともなりゃ末代までのお宝だ。次郎吉人気にあやかって、半分は面白がっているんだろうけどな・・・・・ますますお師匠様が気の毒だ。」

 確かにそれは不思議な現象であった。金を盗まれ、矜持を傷つけられた筈なのに『たかが鼠に盗まれたものだから』と被害をうやむやにする大名や、今回の酒井焼火之間や川路聖謨らのように刀の試し斬りを次郎吉の胴で、と頼み込む大名、さらに藩士を試し斬りに立ち会わせようと広田を送り込んできた豊岡藩など、何かしら獄門と関わりたい大名の方が多く、むしろお祭り騒ぎのようになっていた。そして幸や五三郎達が心配する事態は八朔のこの日も起こってしまったのである。



 それは吉昌が腰物方の詰所である焼火之間に到着した時のことであった。

「失礼つかまつり・・・・・うわっ!!」

 吉昌が焼火之間の襖を開けた瞬間、直垂や狩衣を着込んだ武士----------つまり大名が吉昌に詰め寄ったのである。しかも一人ではなく二人である。

「浅右衛門よ、我が藩から送った藩士に鼠小僧の首を斬らせてほしい。この通り!」

「試し斬りの第一刀は我が藩の藩士に!藩随一の腕の持ち主、決して他の門弟達と比べて見劣りはしないはずだ。な、頼む!」

 それは豊岡藩の京極高行と守山藩の松平頼誠であった。二人は八朔行事の合間にわざわざ吉昌が居る焼火之間までやってきて直接交渉をし出したのである。

「お、お待ちください!こればかりは門弟の腕に因りますので・・・・。」

 と、吉昌が言ってもなかなか聞き入れて貰えない。とうとう大名同士つかみ合いになりかけたのを他の腰物方の役人と共に止めに入ったほどである。そしてその騒ぎを聞きつけた老中が吉昌を呼び出し、今回だけの特例として『一藩から一人ずつ』次郎吉の獄門に立ち会わせるよう命令が出された。
 本当であれば腕前の順に刑場に入れる門弟達であるだけに、これは異例中の異例である。それだけこの獄門の影響が大きかったと言えるのだが、この事によって昔から修行を行っている若手----------五三郎や芳太郎が、竹矢来の中に入れる可能性はさらに低くなっていったのである。



 そんな江戸城での騒動を知らず、ここ平河町にある山田浅右衛門道場は獄門に立ち会える十五名を目指して熱気に満ちた稽古が続けられていた。

「五三郎、お前はまた『腕』で斬って・・・・もっと刀を信じろ!」

 もう少し頑張れば確実に竹矢来の内側に入ることが出来る弟を慮り、為右衛門が弟の五三郎に付きっきりで指導に当たっている。

「しかし兄上、この刀・・・・・。」

 五三郎は困ったように手にした刀を見つめる。それは八代目和泉守兼定である。二代目の『之定』でも三代目の『疋定』でもないが、銘入りの業物であることに変わりはない。傷を付けてはまずいのでは、とらしくもない心配をしたのだが、それを為右衛門に一蹴される。

「言訳をするな!こんな事じゃ今度も竹矢来の外で指をくわえていることになるぞ!」

 為右衛門の一喝に五三郎は首を竦めた。

「・・・・・五三郎兄様は相変わらずだなぁ。」

 替えの刀を持ってきた幸がその様子を遠くから見つめ、呆れたように呟く。藩の務めをこなしながら、短い時間で効率的な稽古を重ねている前畑芳太郎や、新入りながら鼠小僧次郎長の獄門に間に合わせようと必死に稽古を積み重ねている広田猶次郎の方が師匠達の心証も良いし腕も上げてきている。
 五三郎も決して腕が悪い訳ではない。本気になれば頭一つ同年代の門弟から抜け出せる可能性があるにも拘わらず、妙な器用さが邪魔して『正しい試し斬り』ができないでいるのだ。
 それは五三郎の『刀好き』にも一因があった。幼い頃から刀が好きで、事あるごとに刀そのものを調べている五三郎である。それだけに刀剣の購入に幾らかかるか、手入れにどれほどの手間暇がかかるかという余計なことまで知っており、どうしても刀を傷つけないようにと斬り方を加減してしまうのだ。
 確かにそれも必要になる時があるが、試し斬りを極めていない五三郎にそれは早すぎる。正直五本、十本の刀を反故にするくらいの気構えが試し斬りの習得には必要なのである。

「ほら!まただ!刀なんざ、あとで修理に出せばいいだろう!」

 為右衛門の雷と拳骨が五三郎を直撃する。その時である。

「皆、稽古はそこまで!」

 江戸城の八朔行事から帰ってきた吉昌の声が庭に響いた。儀礼用の白装束が目に眩しい。その声、姿に門弟達は動きを止める。

「鼠小僧の獄門の日が決定した。立ち会う十五名をこれから選出するから片付けのあと、全員大広間に上がるように。」

 吉昌のその言葉に、その場の緊張感は一気に高まった。



 半刻後、秋の風に乗って臭い消しの香の香りが部屋に漂う中、片付けを終えた門弟達が一同に大広間に揃った。さすがに稀代の大泥棒・次郎吉の獄門に立ち会う人員の選出だけあって皆、緊張の面持ちだ。
 部屋に漂う香は、本来なら嗅ぐものの昂ぶった気持ちを鎮めるのだろうが、今回ばかりはその効果は望めそうもない。

「----------鼠小僧・次郎吉の獄門は、十九日に決定した。」

 着替えを済ませた吉昌の言葉に皆聞き入る。

「で、今度の獄門に立ち会う十五名を発表する。まず、後藤為右衛門。そして辻八平次・・・・・。」

 吉昌の口から次々に名前が呼ばれていく。常連の高弟三名の他は、各藩に気を遣ってか一つの藩から一人ずつが選出されている。

「・・・・・そして、広田猶次郎。」

 何と広田の名前が呼ばれたのだ。その顔が一気に明るくなる。

「以上十五名、千住での獄門に立ち会うことになるから藩の方に申し立てておくように。それと芳太郎、五三郎。」

「はい?何でしょうか?」

 先程の十五名から名前が漏れた二人が返事をする。

「今回、各国からの働きかけによりお前達を選出することは出来なかったが、当日何があるか判らぬ。予備人員として奉行所に届けを出しておくから準備を怠らぬように。」

 吉昌の言葉に二人は一瞬呆気にとられたが、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。

「はい!承知しました!」

 実力の上では今回選ばれた広田と同じかそれ以上の芳太郎と五三郎である。選ばれなかったのは正直悔しいが、予備人員に選ばれれば竹矢来の中に入ることができるかも知れないのだ。

「ま、今回はしかたねぇよな。」

 五三郎と芳太郎は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。しかし、次の日とんでもない事態に芳太郎が襲われることになったのである。



 次の日、稽古に出てきた芳太郎が父の四兵衛と共に吉昌の前にやってきた。ちなみに四兵衛も山田道場の門弟である。

「誠に申し訳ございませんが、予備人員の中から息子・芳太郎を外して戴けませんでしょうか?」

 困惑の表情を浮かべ四兵衛が吉昌に頼み込む。

「それは構わぬが・・・・・一体どうしたんだ?」

「実は、芳太郎が獄門の試しに参加しないと聞き及んだ藩主から、獄門の際の説明をせよと仰せつかりまして・・・・・当日、伝達の最終を務めることと相成りました。」

 当の芳太郎は父親の隣で貌を強張らせている。それもそうだろう、芳太郎の如き御徒身分では顔を見ることはおろか、声を聞くことさえ滅多にない藩主に対して試し斬りの説明をせよと言われれば緊張するなと言う方が無理である。むしろ、次郎吉の首を斬るようにと言われた方がまだ緊張しないかも知れない。

「おお、それはめでたい!川越の殿様の期待に添えるよう、精進せよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 吉昌の激励に、顔を強張らせたまま芳太郎は一礼した。



 五三郎がその話を芳太郎から聞いたのはその日の午後の稽古時であった。

「そうか、大出世じゃねぇか。うらやましいなぁ。俺ンとこはそんな話、ねぇぜ。」

 試し斬りの稽古をしながら五三郎が芳太郎に話しかける。

「そうは言うけどな、何を聞かれるか判ったものじゃ無いし。胴の名称くらいならともかく、刀の銘まで聞かれたらそう簡単に答えられないぞ。これから立ち会い組全ての刀の銘と、試し斬りを注文された刀の銘を調べ上げなきゃならない。」

「へぇ、おたくの殿様は試し斬りの結果を鑑みて刀を購入するのか?まじめだなぁ。」

「ここ最近財政難だからな。同じ値段で買うなら良く斬れる刀を選ぶのが人情だろう。尤もここ最近国許じゃ死罪さえ年に一人か二人だからお飾りではあるけれど。」

 そう言いながら、近くに置いてあった五三郎自身の大刀を取り上げ、分解して銘を調べてゆく。

「おいおい、俺は控えだぞ?」

 いくら何でも控え人員の刀まで調べるとは----------その生真面目さに五三郎は苦笑いを浮かべる。

「何があるか判らんだろう。特に今回は獄門の為に藩から送り込まれた新入りが多い。御国の事情は判らないが、川越みたいに死罪さえろくにない、平和な藩からきた者だったらあれは耐えられんぞ。」

「確かに、今まで生きていた奴だしな。しかも刑場の胴は血抜きさえろくにしないだろうし。」

 稽古場で使用する胴は保存の為、内臓は取り出し、血も抜かれる。それは殆ど長吏達がやってくれるだけに普段はさほど気にならないのだが、いざ刑場となればそうはいかない。
 普段であれば小伝馬町の刑場で死罪直後の試し斬りに慣れていくのだが、鼠小僧が捕まった直後から盗みが激減し、小伝馬町での死罪も極端に少なくなったのである。
 なのでほぼぶっつけ本番で取り組む者も出てくるのだが、その際気分が悪くなる者も現れるだろう。

「ま、たぶん無駄になるだろうけどよ。いくら何でもおらが殿様の前で恥はかけないだろ?」

 それでも構わなければいいぜ、と五三郎は屈託泣く笑った。



 八月十九日まで残り半月、門弟達の稽古はますます熱を帯びていく。八朔の雪をも溶かすようなその熱気は、江戸の街全ての熱気と言っても過言ではなかった。




UP DATE 2011.08.01


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『紅柊』第二話、『次郎吉獄門』です。ようやく獄門の日程が決まり、竹矢来の中に入ることが出来る十五名も選出されました(^_^)
残念ながら『オトナの事情』で芳太郎&五三郎は十五名の中に入れませんでしたが、芳太郎は獄門絡みで藩のお仕事を得ることが出来ましたし、五三郎もチャンスがない訳ではなさそうですので、最後までどうなるか判りません(笑)。
是非とも五三郎も中に入ることが出来るよう、応援してやってくださいませv

獄門に対して何だか『お祭り』のようだと感じる方がいらっしゃるかも知れませんが、まさにその通りです。特に鼠小僧のように殺人をせず、お上から盗みまくったという大泥棒に至ってはヒーローそのものですので、彼の命を惜しむ声も少なくなかったとか・・・・しかも庶民だけではなく一部の大名からも(^^;)
『甲子夜話』で有名な松浦静山も家臣を使って獄門の様子を実況中継させたとか(伝言ゲーム方式なのか、今の裁判中継みたいに交互に現場に行く方法なのかいまいち判りませんが)
そんな空気を感じ取っていたんでしょうね。鼠小僧も市中引き回しの際、派手な着物を着て口紅まで差していたらしい・・・・自分の獄門までエンターティメントにしてしまう鼠小僧の大物ぶりがよく判ります。それを見た庶民はさらに熱狂したとか・・・・・。


来週は帰省の為『紅柊』はお休みさせて戴きますのでご了承ください。次回更新は8/15、獄門当日の狂乱が中心となります。


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