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「葵と杏葉」
葵と杏葉・外伝

鰯焼く姫君・前編(戦国時代もの)~葵と杏葉・外伝

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 それは赤とんぼが飛び交う、穏やかな秋の日のことだった。

「父上、只今帰りました!」

 突如先触れもなく、石井常延の屋敷に息子・常忠がやってきたのである。

「どうしたんだ常忠?大友の侵攻は防ぐことが出来たのか?」

 常忠は隆信の馬廻衆の勇将であり、侵攻してきた大友軍との戦いに出向いている筈である。それが帰ってきたことは、戦が終わったという事を意味する。案の定、常忠は白い歯を見せ父親に笑顔で応えた。

「ええ、取りあえずは、と言っておきましょうか。実は百名の兵士と共に御館様を門前にて待たせているのです。急で申し訳無いのですが、御館様と兵士達に昼餉を準備して戴けますでしょうか」

 あまりにあっけらかんとした息子の一言に、石井の顔から血の気が引く。

「ひ、百名!だったら何故先触れを出さないのだ、このうつけ者!皆の者、食事じゃ!百名分の食事の支度じゃ!」

 その一言で石井家は上を下への大騒ぎになった。いくら何でも百名分もの食材など置いていない。あるのは肥料に使ってくれと今朝方運び込まれた鰯くらいだ。己の主君に対して甚だ失礼だとは承知の上だが背に腹は代えられない。

「賄方!菜は鰯で!鰯を焼いて御前に!」

 その時である、常忠の先導で主君の龍造寺隆信、そして『龍造寺の仁王門』こと鍋島直茂らが入ってきたのである。

「石井よ、急に済まぬな。戦で疲弊して思ったより先に進まなんだ。少しばかりそちの屋敷にて休ませて貰うぞ。なぁに、儂は酒があれば充分じゃ!」

 熊のような大きな身体を揺すりながら龍造寺隆信は大声で笑う。一方、側近で隆信の義兄弟でもある鍋島直茂は『龍造寺の仁王門』の二つ名に似合わぬ、申し訳なさそうな表情を浮かべ、石井常延に頭を下げた。



 隆信や直茂を屋敷の中に案内し、兵士達を庭先に案内したはいいが、案の定なかなか食事は出来なかった。とりあえず隆信に対しては酒とのし鮑を出していたが、兵士達の分ができない。さすがにこれはまずいと石井がおろおろし始めたその時であった。

「なんて手際が悪いの!ちょっとどきなさいよ!私がやるから!」

 賄所から聞こえてきた怒声に、隆信の横で控えていた直茂が、まるで自分が叱られたかの如く背筋を正す。

「ああ、申し訳ございませぬ。至らぬ娘でして」

 男顔負けの威勢の良い怒声に、石井が身体を小さくして二人に謝った。どうやら下女達の手際の悪さに苛立ちを覚えた石井の姫の一人が下女達にはっぱを掛けたらしい。

「いや、このご時世、勇ましくて良いではないか!なぁ孫四郎よ」

 隆信は高笑いをして直茂の肩をばんばんと叩くが、直茂は何とも言えない苦笑いを浮かべる。だが、事はそれだけで終わらなかった。不意に庭先に炭を抱えた女性が現れたかと思うや否や、その炭を庭先にばらまき始めたのである。その大胆な行動に直茂は勿論、酔いがだいぶ回っているはずの隆信まで目を丸くする。

「こら、彦鶴!いくら庭先とは言え御館様の御前だぞ!いい加減にせぬか!」

 石井が顔を真っ赤にして炭をばらまいている女性を叱り飛ばしたが、そんな石井の叱咤をものともせず、女性は炭に火をくべ続けた。そして下女に鰯を持って来させると、次々に鰯を放り込み始めたのである。そして火が早く回るようにと自ら大団扇を手に鰯をくべた焚火を煽ぎ始めた。炭で頬や着物を汚し、額に汗しながら鰯を焼く姿は、相応の身分を持つ姫とは思えない。

「彦鶴・・・・・・せめて下女にやらせたらどうだ」

 あまりにひどい娘の勇姿に石井常延は頭を抱えるが、彦鶴と呼ばれた娘――――――というには少々『とう』がたっている女性が石井に言い返す。

「父上、百名もの兵士達を飢えさせておいて平気なのでございますか?命を賭け戦ってきたもののふ達に、鰯一匹差し出せないなどお家の恥でございます!」

「しかし方法というものが・・・・・・」

「手段をあれこれ考えているうちに好機を逃してしまえばそれまでです!」

 父親さえやり込め、それでも手を休めず鰯を焼き続ける彦鶴を、直茂は興味深そうに見つめる。炭で汚れてはいるが整った容姿をしているし、何よりてきぱきと物事をこなしていく機転の早さに魅力を覚えた。
 自分達に背を向け、鰯を焼いているほっそりとした背中を直茂が見つめているうちに鰯が焼け始めたのか、美味しそうな匂いが辺りに漂い始める。

「そろそろね。誰か笊を持ってきて!」

 そして焼きあがった鰯を笊の上に乗せて、灰をふるい落とし、素早く隆信らの膳に供したのだ。手際が良かった為かその焼き加減は絶妙で、下魚と揶揄される鰯とは到底思えない。隆信に至ってはあっという間に三匹も平らげてしまう。

「彦鶴とやら、なかなか良い焼き加減ではないか。褒めて使わす」

 炭でよがれた姿のまま庭先で頭を下げている彦鶴に対し、隆信が言葉をかけた。

「勿体ないお言葉、かたじけのうございます」

 娘に代わり、父親が返事をし、彦鶴はさらに深々と頭を下げる。その姿を直茂は礼を失していると思いつつ、熱っぽい視線でじっと見つめていた。



 鍋島直茂にはつい最近まで慶円という妻がいたが、つい二ヶ月前に離縁して現在は独身である。西高木城主・高木胤秀の娘である慶円だが、父親の胤秀が敵方の大友義鎮についてしまった為、やむなく離縁する事になってしまったのだ。

「彦鶴殿か・・・・・・」

 その夜自分の屋敷に帰った直茂は、石井の屋敷の方を見つめ、熱っぽい溜息を吐いた。

「御館様、どうなさったのですか?こちらに帰還してから溜息ばかりで」

 いつもと違う直茂の様子を心配した家臣の斉藤が、直茂に訊ねる。

「ああ、斉藤か・・・・・・実は慶円に負けず劣らず素晴らしいおなごに廻りあったのだよ。だが、彼女のことは何も知らないのだ」

 そう呟くと、直茂は斉藤に向き直った。その瞳はまるで十代の恋する少年の様に熱く、輝いている。

「殿の心をここまで捉えるとはさぞかし美しい娘御なのでしょう。で、どちらの娘御でしょうか?」

 仲の良かった妻と離縁したばかりの主が見初めるくらいだから、きっと若く、美しい姫だろうと斉藤は声を弾ませながら訊ねた。

「石井のところの彦鶴としか・・・・・・」

 斉藤が促すまま直茂が答えた瞬間、斉藤は一瞬何とも言えない複雑な表情を浮かべる。

「あの、もしかして三年前に夫に先立たれ、実家に戻ってきた若後家の彦鶴姫でしょうか・・・・・・確かもうじき三十路に差し掛かると聞いておりますが」

 てっきり若い娘と思っていただけに斉藤は明らかにがっかりした表情を浮かべるが、直茂は斉藤が漏らした彦鶴の情報に喰らい着いた。

「何だ、お前。彦鶴殿のことを知っているのか?」

「知っているも何も『石井の若後家』は気の強さで相当有名ですよ。兄君の常忠も『無双の荒武者』として名を馳せておりますが、男であったらそれ以上の活躍をしていただろうと父親自らが嘆いているくらいですから」

「常忠以上――――――確かにそうかも知れないな」

 彦鶴の昼間の采配を思い出しながら、直茂はうっとりと呟いた。

「あのような機転の利く女房を妻にしたいものだ」

 あのような気の強いおなごを嫁にしたら、確実に殿は尻に敷かれる――――――そう判りつつも主君の気持ちに添うのが家臣の役目である。直茂の切なげな一言に、斉藤は覚悟を決めた。



 そして十日後――――――。

「殿、お付きの女房につなぎを付けることが出来ました」

 斉藤が嬉しげに直茂に報告したのは、彦鶴との出会いから十日後のことであった。勿論直茂は即座に行動に移る。一番丈夫な馬を選び、それに乗ると斉藤一人だけを供に連れ、石井の屋敷へと向かった。

「しかし・・・・・・何故夜這いなど。堂々と石井殿に彦鶴姫を嫁にしたいと言えば、石井殿は喜んで彦鶴殿を下さると思いますよ」

 確かに龍造寺隆信の義弟であり、その片腕として活躍している直茂が申し出れば領内の誰もが喜んで娘を差し出すだろう。しかも彦鶴は良人に先立たれた出戻りである。直茂が結婚を申し込めば願ったり叶ったりの喜び様だと思うのだが、直茂は首を横に振る。

「・・・・・・慶円と離縁したのは二ヶ月前だ。体裁が悪いし、あちらにも申し訳が立たん」

 家の都合で離縁した妻であるが、決して嫌っていた訳ではない。それだけに罪悪感が先立ってしまうのだろう。上背もあり、いかにも戦国武将然とした直茂であったが、その内面は至って繊細で、あちらこちらに気を遣ってしまう。悪く言えば『八方美人』的なところがある。それが斉藤にとって歯がゆい。

「そんなに体裁を気にするなら諦めますか?」

「いいや!」

 力強く言ってしまってから直茂は顔を赤らめた。



 四半刻後、石井の屋敷に到着した直茂は、お付き女房の手引きによって直茂達は彦鶴の寝所へ忍びこんだ。

「・・・・・・彦鶴姫、夜分に寝所に押しかける非礼、お許しくださいませ。拙者、先日貴女様をお見かけし、配下への采配のすばらしさに是非とも貴方を妻にしたいと思い通ってきた者にございます」

 真剣な面持ちで長々と口上を述べる直茂であったが、途中からくすくすと可愛らしい笑い声が衝立の向こうから聞こえてくる。

「・・・・・・本当に、兄から聞いたとおりの御方なのですね」

 この前の下女達を叱り飛ばす声とは打って変わって、甘く、蕩けるように低い声が直茂に語りかけてきた。その蠱惑的な声に聞き惚れそうになりながらも、彦鶴の兄・常忠が言っていたという内容が気になってしょうがない。

「兄とは・・・・・・常忠の奴が何か拙者のことを?」

 一体何を言っていたのだろうか?直茂は柄にもなく緊張してしまう。

「ええ。見た目の剛胆さとは違って、繊細で誰に対してもお優しい御方だと」

 その声と共に衝立の端から彦鶴の小さな頭がひょっこりと現れた。事前に通う者があると報告を受けていたのか、淡い夜化粧も艶めかしく直茂に対し人なつっこい笑顔を向ける。

「彦鶴姫・・・・・・!」

 まさか衝立から出てくるとは思わなかっただけに直茂は一瞬動揺した。だが、彦鶴も自分の事を難からず想っていてくれているようだと判り、次の瞬間ほっと胸をなで下ろす。

「だけど、私は兄から聞いた話でしか鍋島様のことを存じ上げません。もう少し深く・・・・・・貴方様のことを知りたいのです」

 灯明を受け、彦鶴の輝く黒い瞳が潤んでいる。誘うようなその色香に、直茂は思わず彦鶴に手を伸ばし、半開きになった彼女の唇に己の唇を重ねた。



UP DATE 2011.08.04


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こちらは予約投稿になっております。コメントへのお返事は帰省から帰り次第書かせて戴きますね。


鍋島家戦国もの『鰯焼く姫君』前編でございますv
一部の戦国ファンならご存じかも知れませんが、こちらの主人公は鍋島藩藩祖(初代藩主じゃありません。色々オトナの事情があって・笑)鍋島直茂とその後妻・彦鶴姫です。ロマンス・・・・・というにはいささか『ん?』と疑問符が付きますが、直茂としては彦鶴姫のたくましさに惚れちゃったんでしょうし、結構気遣い屋の直茂としてはこれくらい強い女性の方が楽だったのかも。
(直茂の気遣い屋は子々孫々まで苦しめております。本編で斉正が最初貧乏だったのも、そもそも直茂が領地を皆に分けちゃって自分の手許に10万石しか残さなかった所為ですし・・・夜這いに関しても各所に気を遣った結果だと思われます。)


後編は明日の予約投稿にて。このままエッチシーンになだれ込みますので苦手な方はご遠慮くださいませね。


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