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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第十四話 責姫の結婚と濱の直訴・其の貳

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 黒門に出向いた斉正は筆頭女官・篠川に対して筆姫への謁見を求めた。盛姫が生きていた頃には簡単な報告をしただけで、ふらりと盛姫のいる部屋へ入り込んでいた斉正であったが、環境の変化に敏感で時によっては手が付けられなくなるほどの恐慌に陥ってしまう筆姫に同じ事は出来ない。
 徳川の姫に対しての礼儀という点ではこの方が正しいのだが、以前が以前だっただけに未だに違和感を感じつつ謁見の許可を待ち続ける斉正であった。

「お待たせいたしました。今、姫様は落ち着いておられます」

 斉正が淹れられた茶を一杯飲み干した後、篠川がようやく戻ってくる。額に汗を滲ませているところを見ると少々筆姫を落ち着かせるのに難儀をしていたらしい。

「いつも済まぬな、篠川。だが、こんな苦労も暫くしなくても良くなりそうだ」

 斉正が篠川を労いながら話を切り出しはじめる。

「・・・・・・一体何故でございましょう?こちらに落ち度でもございましたでしょうか?もしそうでしたら改善をいたしますが」

 心配そうに斉正に訊ねるが、斉正はそうではないと篠川を宥めた。

「幕府から五年間、長崎警備に専念するようを命じられた。江戸には五年間参勤することはない」

「な・・・・・・!」

 斉正の思わぬ言葉に篠川の表情が強張る。

「それほど・・・・・・黒船の来襲問題は深刻なのでございますか?江戸は本当に大丈夫なのでしょうか?」

 斉正の言葉に怯え、がたがたと震え始めた篠川に対し斉正は苦笑を浮かべた。盛姫付きの女官――――――風吹や颯達であれば自ら武器を手に飛び出して行きかねないが、さすがに篠川はそうではない。否、むしろこの怯えの方が普通なのだろう。そして黒船の恐怖はこのように世間から隔絶され、奥まった大名家奥向きにまで影を落としていることに斉正は憂いを覚えた。

「篠川、そこまで怯えずとも良い。筆姫の事は福井公にも頼んでゆくし、私がいなくても佐賀藩の名にかけて筆姫は守る。黒門に居る限り、姫の安全は保証する」

 そう言い残し、筆姫の居室へ入っていく。そこには少々気が立っているのか、乱暴に人形を扱っている筆姫がいた。

「やす子、ととが来たぞ」

 舌足らずな筆姫にあわせ自らを『とと』と呼びながら斉正は筆姫に笑顔を見せる。

「あ~!と~と~さ~ま~」

 優しげな斉正の声を聞いた為か、急に機嫌が良くなった筆姫は人形を放り投げ、斉正の傍に近寄ってきた。



 斉正が黒門に出向き筆姫と謁見していたのと同じ頃、斉正の長崎警備の話を聞いた濱はかなり沈み込んでいた。斉正が責姫達の前から退出すると同時に濱も部屋を飛び出し、納戸に閉じこもってしまったのだ。納戸の表まで濱の嗚咽は聞こえ、他の女官達も声をかける事が出来ず、ただおろおろする。

「濱、ここに入っても良い?あなたの辛い気持ちも解るけど、皆が心配しているの」

 責姫が心配して納戸の外から濱に声を掛ける。

「姫・・・・・・さま。申し訳ございません・・・・・・」

 ぐずぐずと鼻を啜りながら濱は責姫に応えようとするが、涙に暮れてうまく応えることができない。そうこうしているうちに責姫ただ一人が納戸の中に入ってきた。他の女官達は外で待っているらしい。

「五年間は・・・・・・やっぱり長いよね」

 納戸の暗闇の中、責姫は外に聞こえないよう小声で濱に語りかける。濱の恋心を本当の意味で知っているのは、乳兄弟として共に成長してきた責姫ただ一人であった。それだけに濱の苦しい胸の内をどうにかしてやりたいという気持ちも強い。

「ねぇ、濱。佐賀に連れて行ってくださいって、父上に申し上げてみたら?」

 責姫が思い切った提案を濱に示した。

「しかし・・・・・・」

 斉正は長崎警備の為、つまり戦いの為に佐賀に五年間も詰めるのである。己の恋心というちっぽけな想いを押しつけ、佐賀に一緒に行きたいなどと言えるものではないと濱は涙ながらに首を横に振る。

「お爺さまは数人の側室を国許に連れていったっていう話よ。それに濱の母上だって淳一郎の乳母として佐賀に行っているんだからおかしな話じゃないわ?ね、父上に申し上げてみようよ。五年間も幕府の務めで佐賀に詰めるのだから、幕府の許可だって下りるよ、きっと」

「お気遣い、ありがとうございます。ですが・・・・・・」

 濱を思い、必死に濱を説得する責姫だったが、濱は決して首を縦に振ることはなかった。



 斉正が筆姫を相手にしながら、五年間の長崎専任について黒門の女官達と具体的な打ち合わせをしている時、筆姫の兄・福井公慶永が黒門に来訪したいとの先触れがやってきた。

「では、私は席を外しておいた方がいいかな」

 慶永の来訪に気を利かせた斉正だったが、伝令の言葉を伝えた女官の翠はそれを止める。

「あの・・・・・・若様、もとい福井公は殿との謁見も求められているそうなのですが」

「私にも?まぁ、いいか。どちらにしろ長崎専任の五年の間のことを頼まなければならないし」

 そうこうしているうちに慶永が黒門にやってきた。

「佐賀公!五年間の長崎専任の話、誠でございますか!!」

 怒鳴り声に近い慶永の大声に、筆姫は恐慌をきたして大声で泣き出し、斉正を始め女官達は筆姫を落ち着かせる為に大わらわとなる。

「福井公、落ち着いてください。今、話しますから」

 泣きわめき、手足をばたつかせながら暴れる筆姫を抱きしめながら、斉正は慶永に語りかけた。

「あ・・・・・・申し訳ございません。つい興奮してしまって」

 顔を真っ赤にしながら慶永はその場に腰を下ろす。

「ところで佐賀公、長崎専任の話は・・・・・・」

「もう噂は流れているのですね。おおかたちゃかぽんあたりが吹聴したのでしょうけど」

 斉正は笑いながら詳細を話し始めた。

「ここ最近の外国船入港は、福井公もご存じだと思います。老中もそれを憂えていらっしゃるようでして」

「そうですか!ということは佐賀公は攘夷の先陣に立つと言うことなんですね!」

 やけに嬉しそうに慶永ははしゃぐ。その瞳はきらきらと輝き、まるで歌舞伎舞台の英雄を見つめる少年の様であった。

「いや、それほど大仰な・・・・・・今までの務めよりほんの少しだけ警備に専念するだけです」

「それだって大変なことですよ!私も許されるなら長崎に出向いて亜米利加や露西亜、その他夷狄を退治したいくらいですけど・・・・・佐賀公!是非とも夷狄どもを退治してください!」

 やけに興奮気味に語り続ける慶永に、むしろ斉正の方が押され気味であった。
 斉正としては日本の事情を鑑みず、強引に交渉を推し進めようとする亜米利加だけが気に入らないだけであり、事情を察して長崎に出向いてくれる他の国に対してはおおむね好意的な感情を抱いている。その点に於いて若い義兄の妙なやる気に違和感を覚えずにはいられない。

「とにかく、筆姫を含め、江戸は我々が護ります。佐賀公は心置きなく長崎に専念してください。ああ、それにしてもすごいですね・・・・・・私も叶うことなら長崎に出向きたいものですよ」

 斉正よりむしろ警備専任に向いているのではないかと思われる慶永に対し、苦笑を浮かべながら斉正はただ頷くことしかできなかった。



 長崎専任を命じられた約十日後、盛姫の祥月命日の法要が行われた。例年なら責姫もこの場所にいるのだが、今年は法要の直前に珍しく父娘喧嘩をしてしまい、責姫は前日に墓参を済ませてしまっている。その代わりに濱が責姫の名代も兼ねて法要に参加していた。

「殿、責姫様のご婚約者である八郎麿様改め松平直侯殿がお見えになっており、殿にご挨拶をと仰っておりますが」

 配下の者からもたらされた言伝を、松根が斉正に伝える。

「何?昨日もこちらに来ていたというのに?全く最近の若者は何を考えているのやら」

 斉正は少し不機嫌そうに松根に零す。斉正との喧嘩の挙げ句一人墓参に出かけた責姫が帰ってきた時、やたら機嫌が良かった。それとなく女官に話を聞いたら、あらかじめ責姫側から父娘喧嘩の事を連絡していて直侯と落ち合っていたらしい。

「国子殿、あなたが涅槃に旅立ってしまってから健子はろくでもない不良娘になってしまいましたよ。やはり娘は目の届く国許で育てるべきだったんでしょうかね」

 盛姫の墓に愚痴を呟くと、斉正は直侯の謁見を許可した。

「佐賀公、お初にお目に掛ります」

 斉正の許可の後、盛姫の墓前にやってきた直侯はまず斉正に一礼すると、墓前に手を合わせる。噂では相当なやんちゃで現・川越藩主も手を焼いていると聞いていたが、そんな様子は一切無く至って生真面目に見えた。
 斉正の長崎警備の話を受けてつい数日前に元服をしたというが、その剃りたての月代が初々しく春の柔らかな日差しに映える。その横顔を斉正はじっと見つめていた。

「・・・・・・いつも我が娘が世話になっているようだが」

 直侯の祈りが終わった後、皮肉を含んだ一言を投げかけるが、直侯はほんの少しだけ顔を赤らめながら、しかしはっきりと斉正に答える。

「道理に外れているのは重々承知しております。しかしこれもそれがしが責姫に心を奪われました故・・・・・・本当は義父に持ちかけられました縁談でしたが、父から強引に姫を奪ったのはそれがしです」

 半月後には義理の父となる斉正を前に一切物怖じすることなく、まっすぐに見つめるその目はどこまでも力強いものがあった。それは恋する相手を想い、守ろうとする目に他ならない。

「責姫にまとわりつく悪い噂も勿論承知しております。だからこそかの人を・・・・・・責姫を守りたいのです」

 直侯の力強い言葉に斉正は、この青年になら娘を預けても大丈夫だろうという安心感と、子供だとばかり思っていた娘が一人前になり、巣立ってしまう一抹の寂しさを覚える。だがこれで心残りのひとつ――――――それも一番大きな懸案のひとつが解決し、心置きなく長崎警護に専念できるのだ。

「川越藩も江戸や相模の海防を任されている。長崎御番を務める藩の娘が、どこまで川越の役に立てるか判らぬが・・・・・・直侯殿、娘を頼んだぞ」

 それは斉正が直侯を認め、本当の意味で責姫の良人になることを許した瞬間であった。



 直侯がその場から離れていったのを見計らい、斉正は濱に声を掛けた。

「責姫の良人としてはなかなか良さそうな青年だな。濱、お前も責姫について川越に世話になるか?佐賀の藩邸にいても寂しくなるばかりだろう」

 斉正は濱に対して気を遣ったつもりでそう言いだしたが、その瞬間濱の表情が強張った。このままでは斉正と五年間逢えないばかりか、川越の屋敷にやられてしまいかねない。もしかしたら斉正の怒りを買うかも知れないと思いつつ、濱は意を決して斉正に『あの事』を申し立ててみようと覚悟を決めた。

「殿・・・・・・お願いがございます!」

 震える声で濱は斉正に語りかける。

「どうした、そんな思い詰めたような顔で・・・・・・言ってみてご覧」

 まるで果たし合いに立ち会うような表情の濱に対し、斉正は緊張を和らげてやろうとあえて穏やかに濱の言葉を促した。

「殿、後生でございます。私を・・・・・・佐賀にお連れくださいませ」

 そう叫ぶなり、濱はその場に土下座する。それは一世一代をかけた、濱の告白であった。



UP DATE 2011.08.17

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二週間ぶりの本編です。斉正の長崎警備にあわせてあちらこちらに動きが出てきました。責姫の結婚は前回からの流れですが、それにあわせて八郎麿こと直侯が元服をし、濱も大胆な行動に出てしまいました。殆ど若さのパワーのような気がしますが(笑)。
とりあえず筆姫の方は慶永がおりますので問題無さそうですが、彼も攘夷派の急先鋒ですからねぇ。これから歴史の荒波に思いっきり飲み込まれて行くことになりそうですし・・・・この時代、平穏な人生なんてありえなさそうです。


次回更新は8/24、濱の告白というか直訴の続きになります。果たして濱は佐賀に連れて行って貰えるのでしょうか?次回をお楽しみくださいませv
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