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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第十七話 蛤御門の変・其の壹

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柴司の不幸な切腹の後、新選組の周囲は独特の緊張感はありつつも比較的落ち着いた状況が続いていた。軽傷の怪我人も徐々に巡察に戻り始め、池田屋事変の後体調を崩していた沖田もようやく巡察に出ることが出来るようになったのである。

「久しぶりの巡察、いいものですねぇ!」

 前川邸の玄関で、雪駄を突っかけた沖田が大きく深呼吸をしながら気持ちよさげに腕を伸ばした。その姿は池田屋前と比べ心持ち変化している。以前はごく普通の白い元結を使って結っていた髷を廻り髪結いに頼んで紫色の流行りのものにしてもらい、火熨斗のかかった小倉の袴を身につけている。夏らしい白地に紺の薩摩絣もおろしたてのものだろうか。夏の日差しを受けながら沖田は部下を引き連れ颯爽と屯所を飛び出そうとする。だが、そんな沖田を一瞬引き留めたのは、これから奉行所へ向かおうとしていた土方であった。

「おい、総司。本当に大丈夫なのか?」

 元気そうに見えるがつい三日前まで寝たり起きたりを繰り返していたのだ。心配するなと言う方が難しいだろう。しかし沖田は土方に対して満面の笑みを向けながら大丈夫だと胸を張った。

「ええ、副長助勤がいつまでも床に就いている訳にもいかないでしょう。もう大丈夫ですから・・・・・あたた!な、何するんですか、土方さん!」

 不意に土方によって髻を引っ張られ、沖田は身体の均衡を崩しそうになる。

「・・・・・確かに心配するこたぁ無さそうだな。生意気にこんなふざけた元結を付けているくれぇだから。」

「べ、別にいいでしょう!し、白の元結が切れてたんですよ!」

 しどろもどろになりながら言訳をする沖田であったが、そんな言訳を素直に信じる土方ではなかった。

「下手な嘘を吐くんじゃねぇ。しかも巡察如きで袴に火熨斗までかけやがって!」

 沖田の足に蹴りを一発入れると、土方は沖田を解放した。

「色気づくのは構わねぇが、しくじったら承知しねぇぞ!」

「勿論です!馬鹿にしないで下さい!」

 沖田は不敵な笑みを浮かべると、部下を引き連れそのまま屯所を後にした。



 一見すると今までと変わらず『池田屋事変の残党狩り』の為に巡察をしているように思える新選組であったが、本人達が知らないうちにその意味合いは変わりつつあった。
 八月十八日の政変で京都を追われた長州藩は、元治元年に入ると事態打開のため京都に乗り込もうとする積極策が国許で論じられていた。ただ、池田屋事変以前に於いては積極策を主張したのは来島又兵衛、久坂玄瑞らに対し、桂小五郎や高杉晋作は慎重な姿勢を取るべきと主張し、藩内の意見はまとまりを見せていなかったのである。
 しかし六月五日の池田屋事変により状況は一変した。新選組に有力藩士を殺された報がもたらされると、福原越後や益田右衛門介、国司信濃の三家老等の積極派が藩主の冤罪を帝に訴えることを名目に挙兵を決意したのである。慎重派の説得は功を奏さず、長州の兵士達は続々と出陣し、京都目前までやってきていた。



 長州藩が大阪に上陸し、近いうちに京都に攻め入ってくるらしい----------そんな噂を沖田が聞いたのは巡察に戻った数日後、六月二十日の事であった。

「あの、すみません。少々お話を伺っても宜しいですか?」

 噂話をしていた手代風の男達に沖田は近づき、声を掛ける。沖田の背後にいるガラの悪そうな隊士達を見て手代風の男達は一瞬眉を顰めたが、話かけてきた沖田が流行を意識しつつも身綺麗できちんとした格好をしていることに少し安心したのか、警戒感を緩めた。

「へぇ。かまいまへんが?」

「長州藩が攻め入ってくるって話は本当なのですか?」

 沖田の問いかけに年かさの手代が大仰に溜息を吐いて沖田の質問に答える。

「ああ、ほんまやで。大阪に先発隊らしい兵隊が降り立ったからって大阪の店から連絡があってな。荒されんよう店の品をしまった方がええと今朝方一番に連絡があったんや。」

「へぇ。そうなると商売も大変ですよね。これから秋物を売り出さなければならないのに。」

 いかにも同情している風に沖田が手代達に同調すると、よっぽど鬱憤が堪っていたのかさらに手代達はぺらぺらと喋り始めた。



 手代達のお喋りから解放され、沖田達が屯所に戻ったのは昼過ぎであった。すでに奉行所から帰ってきていた土方にその事を報告する。

「おめぇもか。山崎からも同様の連絡が入った。どうやら長州藩が京都に攻め入ってくるかもって話は現実っぽいな。」」

 沖田の報告を聞いて土方がやっぱり、としょっぱい表情を浮かべる。

「今、近藤さんが黒谷に出向いている。もしかしたらそちらからも同様の報告があるかも知れねぇから心しておけ。」

「承知。」

 もしかしたら池田屋など及びもしない大きな戦いになるかも知れないという緊張感が沖田や土方の間に走った。そしてその半刻後、近藤が眉を顰めた、困惑の表情で帰ってきた。その表情から長州藩の動きについて会津から何か報告があったのかと思った土方であったが、近藤の口からは全く違う答えが返ってきた。

「歳、池田屋の直後にあった幕府からの内示、覚えているか?」

「ああ、『与力上席』にってやつだろ?忙しさにかまけて忘れていたが。」

 つい十日ちょっと前の話であるが、残党狩りや明保野亭の騒動に明け暮れてすっかり忘れていた。

「俺はてっきり冗談半分だと思っていたんだ。確かに池田屋の捕物はかなり大きなものだったが、今までのことを考えると池田屋一件だけでの取り立ては無いだろうと・・・・・しかし、どうやら幕府は本気らしい。」

「はぁ?」

 近藤の言葉に土方は素っ頓狂な声を上げてしまう。この一刻を争う緊迫した状況の中、幕臣への取り立て話などあまりにも間が抜けている。だが近藤の口調からするとその間抜けな話は現実らしい。

「今回、俺に両御番次席にって話があった。」

 土方の素っ頓狂な声を受け、近藤は懐から書状を取り出した。

「俺だけじゃない。見てみろ、『其の次与力上席、其次与力、其次与力次席、其次与力御徒席・・・・・』冗談にしては具体的すぎやしないか?」

 武功を認められ幕臣に取り立てて貰うという話は喜ばしい事であり、断るものではない。しかも近藤達は将軍を主君として今まで頑張ってきたのだ。だが、話があまりにもうますぎるし、時期的にも不自然である。

「何だか・・・・・長州の動きに呼応しての『餌』みてぇだな。」

「おい、歳!言葉が過ぎるぞ!」

 土方の悪態に近藤が気色ばむが、土方は構わず続けた。

「だってそうだろう。長州の兵が続々と大阪に上陸しているって話が京都の街にまで届いている。幕府がその動きを把握していねぇとは思えねぇ。幕臣取り立てを餌に俺達を働かせようとしている魂胆が見え隠れするぜ。」

 土方のその言葉は、近藤が薄々は感じていたことの代弁であった。それだけに近藤は何も言い返せず黙りこくってしまう。

「ま、どちらにしろ長州の動向が落ち着くまではほっといて、その後でじっくり幕府の出方を伺えばいいんじゃねぇか。そもそも今、幕臣取り立てどころじゃねぇだろう。」

 いつ長州藩が京都に攻め上がってくるか判らない状況の中、実現するか判然としない幕臣取り立て話にかまけている訳にもいかない。結局その話はそれで終わり、長州の大阪上陸の話へと流れていった。



 幕臣への取り立て話があった二日後、大阪に長州藩福原越後隊が海路大阪に入ったという報告が早馬にて会津藩にもたらされた。その報告を受け、近藤と土方が黒門へ呼び出される。

「近藤、土方。我々は桑名と共に九条河原にて長州藩を迎え撃つ事になった。帰ったら早速準備に取りかかってくれ。」

 そして準備が整った六月二十四日、新選組は怪我人を残したまま九条河原へと出陣した。街中は騒然としており、完全武装して九条河原へ向かう新選組や会津藩の兵士を心配そうに遠巻きに見つめている。

「さすがにここまで物々しい隊列は初めてですからねぇ。京都の町人も不安そうですよね。」

 隣にいた中村にそう言いながら沖田は遠く見える音羽山を見つめた。あそこの近くに小夜がいるかもしれないが、それを確かめる為には向かい来る長州勢を倒し、生きて帰ってこなくてはならない。この街が平和でない限り、自分のささやかな望みさえ叶わなくなるのだ。

(暫くは・・・・・・色恋はお預けですね。)

 音羽山から視線を外した次の瞬間、戦士の顔になった沖田は前を見据え、力強く歩き始めた。



 新選組が会津藩と共に九条河原に陣を敷いて数日間は緊張状態が続いた。特に二十七日には長州襲来の報がもたらされ、九条河原から東寺に近い四ツ塚へ転陣を余儀なくされたほどである。だが、七月に入るとにらみ合いの小康状態に陥り、変なゆとりが生まれつつあった。何せ京の街から九条河原に張った陣営を見ようと見物客が押し寄せるほどなのだ。そうなると気になるのが『見た目』である。藩に属している兵士達は野宿中とは言えそれなりに身なりを整えていたが、浪士集団の新選組はそうはいかない。あまりのむさ苦しさに、さすがに会津藩から土方が注意を受けたのである。

「おい、おめぇら。いい加減ひげぐれぇ剃ったらどうだ?ただでさえむさ苦しくてかなわねぇって言うのに。」

 日野に送る書状をしたためながら、土方は若い助勤達に文句を言う。二十四日に陣を敷いてから七日ほどが経過している。その間風呂にも入らず、ひげも剃らない状況であった。さすがに会津藩上層部との打ち合わせなどがある近藤や土方はきちんとひげを剃り、身なりも整えていたが、いつ長州藩が襲撃してくるか判らない状況の中、特に若手は身なりを整える余裕も無い。さらに河原に野宿となればむさ苦しさに拍車がかかる。

「そうは言ってもいつ長州の奴等が襲ってくるか。半分ひげを剃ったところで長州に襲われたらみっともねぇじゃないですか。」

「そうそう、ひげならまだしも褌も締められずに襲われたら末代までの恥ですよ。」

 永倉や原田が口々に文句を言うが、土方は安心しろとそれらの文句を一蹴する。

「暫くは大丈夫だろうよ。とりあえず交代で水浴びなり湯屋に行くなりしろ。『見物人』だっているんだ。あまりみっともねぇ姿はさらせねぇだろう。」

 土方の言葉に三人は頷く他無かった。そして年齢順に十人ずつ交代で近くの湯屋に出向くことになった。半刻ごとに交代で湯屋に出向き、永倉、原田等が帰ってきたのは日が西に傾きかけた頃であった。

「おう、総司、斉藤!待たせたな。なかなか良い湯だったぞ!」

 一番若い沖田と斉藤は一番最後になっていた。そんな沖田達に永倉等はすっきりした表情で肩を叩く。

「ええ、待たされましたよ。じゃあ行ってきますね。万が一襲撃があったら近藤先生をお願いします。」

 沖田も冗談半分そう言いながら斉藤等と共に湯屋に向かうべく九条河原の緩やかな崖を登った。その時である。仄かに赤みが増した夕暮れの光の中に、思わぬ人物を沖田は発見したのである。
 それは六月五日のあの日からもう一度逢いたくてやまなく、しかし七日も風呂に入っていないこの状況では絶対に逢いたくなかった人物であった。そして相手も沖田に気が付いたらしく、一瞬びっくりした表情を浮かべるも、次の瞬間花のような笑みを浮かべて沖田に会釈しながら近づいて来たのである。

「沖田センセ、お務めご苦労様どす。お身体、大丈夫おすか?」

 それは使いの帰りらしく、大きな風呂敷包みを抱えた小夜であった。



UP DATE 2011.08.19


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思わぬところで小夜ちゃんとの再会を果たした沖田です。よりによって七日間風呂にも入らず、ひげも剃らない状況で(笑)。元気になってから色気づいて、もとい身だしなみに気を遣うようになっていただけにこれは相当なダメージだと思われます。まぁ、最初の出会いだって決して格好の良いものじゃないですから、小夜ちゃんにとっては『こんなもんだろう』的な印象しか残らないんでしょうけど・・・・・ちょっと気の毒かも(爆)。恋愛でうまくいかない分は仕事で頑張って貰う事にいたしましょうv

そして幕臣への取り立ての話、この時期にすでに出ていたんですねぇ。てっきり新選組側だけが騒いでいたのだとばかり思っていたのですが(^^;)こんな話が結成一年ちょいで出てくれば確かにその気になっちゃいます。ただ、時期的にねぇ・・・・池田屋の直後に蛤御門の変があり、その後に第一次長州討伐、さらに孝明天皇や将軍家茂の逝去などもあり新選組の幕臣取り立てどころじゃなかった気がします。結局大政奉還直前ですものねぇ、幕臣取り立て(苦笑)。


次回更新は8/26、何故小夜が九条河原にいるのか、その理由を中心に物語は進みます。

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