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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

次郎吉獄門・其の参~天保三年八月の伝説

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真っ赤な赤蜻蛉が青空の下、千住の刑場を飛び交ってゆく。その禍々しいほどの紅い姿を、まるで飛び散った次郎吉の血がそのまま凝り固まったようだと幸は感じた。

 涼やかな秋風が吹く中、次郎吉の身体を使った試し斬りが次々と刀を変えながら行われていた。何せ次郎吉一人の身体に対し、依頼を受けた刀が三十本近くとあまりにも多すぎるのだ。胴や腕、脚などそれぞれ二、三度斬ってはまた縫い直し、再びまだ刀が入っていないところを狙って試し斬りをしてゆく。後になればなるほど技術が必要となってくる、難しい務めである。
 そんな試し斬りの光景をただ一人、三十歳過ぎの女がじっと見つめていた。次郎吉の首が獄門台に乗せられたのを機会に帰って行く野次馬も多い中、その女はむしろ熱心に試し斬りを見つめている。
 そしてそれに気が付いたのは幸だけでなく、竹矢来の中で試し斬りをしていた山田浅右衛門の門弟達も同様であった。

「お師匠様、あの曰くありげな年増は・・・・・。」

 刀を取り替える振りをしながら為右衛門が吉昌にこっそり耳打ちをする。ただの好奇心で見つめているにしては、その女はあまりにも真剣すぎるのだ。他の門弟達も薄々感じていたのか、困惑したように吉昌の方へ視線を投げかける。

「次郎吉の女房か妾か・・・・おおかたそんなところだろうな。」

 吉昌はそう言うと、近くにいる同心の加藤や与力の前田を伺いながら懐からある物を取りだした。

「それは・・・・。」

 懐紙に包まれた『それ』を見つめながら、為右衛門はごくり、と唾を飲み込む。

「先程切り取った次郎吉の髷さ。」

 与力達に気付かれないよう低い声で為右衛門に語りかけると、吉昌は己の身体で与力達の視線を遮りながら懐紙を広げた。



 死罪以上の刑に処された犯罪者は基本的に埋葬を許されていないが、実は『裏技』とも言えるやり方がある。それが許されているのが山田浅右衛門の『髻塚(たぶさづか)』であった。
 髻塚は六代目吉昌が建立した供養塔であるが、死罪以上の罪人であっても髷のみ埋葬することが奉行所によって許されていた。これはあくまでも『務めで罪人を斬らねばならぬ山田浅右衛門の為』という建前であるが、実際は埋葬さえ許されない死罪以上の罪人の為、そして彼らを供養することさえ許されない家族の為に作られたものであることは暗黙の了解である。
 そしてごくたまに髻塚に納める髷からほんの少しだけ髪の毛を譲り渡すこともあった。さすがに髷全てを家族に渡す訳にはいかないが、髪の毛の十本くらいなら『風で飛んだ』事にすればお目こぼしをして貰える。問題は担当与力や同心に幾ばくかの金子を握らせなければならないところであろう。しかし、夜中に竹矢来を破り、遺体の一部を持ち出そうとする家族がいる事を考えれば、少しの金子で罪人を増やさず、全てが丸く収まるのであると考えることも出来る。

「おい、五三郎!ちょっと来い!」

 為右衛門は吉昌が差し出した髷から髪を十五、六本引っこ抜くと、与力や同心に見つからないよう手早くそれを懐紙に包み込んだ。

「何ですか、兄上。」

 為右衛門の呼びかけに、五三郎が抜き身を手に駆け寄って来る。どうやら五三郎も次郎吉の腕の二、三カ所は斬ることが出来たようで、手にした大刀の切っ先に血糊が付いていた。

「こいつをあそこにいる女に渡すよう、お幸に頼んでくれ。いいか、絶対にお前が直接渡したりするなよ。前田さんや加藤さんに見つかると後々厄介だ。」

 為右衛門はちらりと与力の前田の背中を見ながら小声で呟く。

「承知しました、兄上。じゃあ幸にこいつを頼んできます。あと、これをお願いします。このままだと血と脂で刀を痛めて、依頼人に文句を言われてしまいそうなので。」

 五三郎は渡された懐紙の包みを袂に入れると、血がこびりついた抜き身をそのまま為右衛門に渡し、竹矢来の外に出た。

「お~い幸!ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだ!それと猶次郎、大丈夫か?」

 五三郎の声に猶次郎の背中を介抱をしていた幸が吃驚したように顔を上げる。

「五三郎兄様、どうしたんですか?まさか兄様まで気持ち悪くなったとか。」

「あるわきゃねぇだろう!兄上から伝言だ。こいつをあの年増に渡してくれだとよ。」

 幸の質の悪い冗談に憮然としながら、五三郎は袂から懐紙の包みを取り出しそれを幸に渡した。

「やっぱりあの人は・・・・・。」

 幸は未だ竹矢来にしがみつき、じっと試し斬りの様子を見つめている女に視線を投げかけながら声を潜める。

「次郎吉のレコなんだろ。あんだけ露骨に竹矢来にしがみつかれてちゃあ、後々八丁堀に目を付けられかねねぇ・・・・・ってもう遅ぇかもしれねぇけどよ。」

 五三郎も周囲に聞こえてはまずいとばかりに、自身の小指を立てながら小声で呟いた。

「それより兄様は大丈夫なの?試し斬り・・・・。」

「おっと!早くも戻らねぇと。まずい!もう腕の辺りなんか捨てられちまってるじゃねぇか!じゃあ、頼んだぞ、幸坊!」

 五三郎の言うとおり、亡骸を入れる為の俵に細切れになった次郎吉の腕が放り投げられ始めている。現代人の感覚からすると異様に思えるこの光景もまた『刑罰』の一環なのである。五三郎は稽古に取り残されては堪らないとばかりに、幸達を残し慌てて竹矢来の中に戻っていった。



 懐紙に包まれた次郎吉の遺髪を手に、幸は竹矢来にしがみついている女に近づいていった。

「あの・・・・・すみません。少々宜しいでしょうか。」

 まさか自分が声を掛けられるとは思っても見なかったのか、驚いたように肩をびくり、と震わせ女は幸の方を振り返る。

「・・・・・なんだ、子供か。こんなおばさんに一体何の用だい?」

 幸が十代半ばの子供だと知った女はあからさまにほっとした表情を浮かべ、ゆっくりと身体を幸の方へ向けた。元々は男物だったと思われる、古ぼけた鰹縞の着物を身につけた女はかなり疲れ果てているのか目の下に濃い隈ができており、鬢からのほつれ毛もやけに目立つ。唇もかさつき、精気の欠片も無いが、目だけがやたらぎらぎらと輝いているのが異様であった。そんな女に対し、幸が艶やかな桜色の唇を開き大胆すぎる発言をする。

「もしかして鼠小僧次郎吉に所縁のあるお方でいらっしゃいますか?」

 子供だとばかり思って舐めていた幸の一言に女は表情を強張らせたが、幸はそのまま言葉を続けた。

「もしそうでしたら・・・・・義父からこちらを預かっております。」

 幸はそう言いながら懐紙をそっと開く。そこには曰くありげな十数本の髪の毛が包まれており、女はまさか、という驚愕の表情を浮かべた。その表情から、幸は女が大体の事情を飲み込んだことを理解する。

「あなたが想像している通りこれは次郎吉の遺髪です。与力達の目が厳しくてこれが精一杯なのですが・・・・・。」

 幸の言葉を聞いたその瞬間、女はわっ、と大声を上げて泣きだし、その場にしゃがみ込む。その嗚咽はなかなか収まりそうになかったが、それでも幸はただ黙って泣きじゃくる女を見つめ続けた。



 暫く泣き続けた後、女はようやく幸に己の身分を明かした。

「あたしは・・・・・次郎吉の最初の妻でトヨと申します。出会った時は盗みなんかする人じゃなかったのに・・・・・本当に馬鹿な人ですよ。」

 次々に俵の中に放り投げられてゆく次郎吉の亡骸の欠片を見つめながら、トヨと名乗った女は寂しげに呟く。

「あんな人でもね・・・・・最初は鳶人足なんかしてまじめだったんですよ。それが仲間から博打に誘われたばっかりに・・・・・。」

 博打の面白さを覚え、自分の給金だけではどうにもならないと盗みに手を染めたとトヨは半ば呆れたように呟いた。

「元々鳶の仕事で武家屋敷に入る機会も多く、大名家の警備が緩いのを知っていたのも仇でした。もう一回、あと一回と盗みを続けているうちにこんな事になっちまうなんて。」

 トヨはほろりと涙を零す。その肩に一匹の赤蜻蛉がふわり、と止った。それは泣き止まないトヨを慰めようとする、次郎吉の魂のようであると幸は感じる。

「でも、おトヨさんの着物を売ったり、遊里に売ったりはしなかったんでしょう?ひどい男だと平気で女房の持ち物や女房自身を売り飛ばしたりしますけど。」

 幸の言葉に、トヨはさらに顔を歪める。茜色に染まりつつある空の色を受けたその表情は、泣いているようにも笑っているようにも幸には見えた。

「ええ、おなごには本当に優しい人だったから・・・・・だからこそ、あっちこっちに女を作って、あたしと何度も大喧嘩をしたんですけどね。」

 女は悲しげに笑うと、千住の刑場をぐるりと見回した。すでに茜色に染まっている刑場には幸とトヨ意外の女は誰もおらず、ただ赤蜻蛉だけが片付けがほぼ終わった刑場に飛び交っているばかりである。

「結局いくら他の女に貢いだって、この場に来ている女はあたしだけ。本当に馬鹿なんだから次郎吉さんは・・・・・どうせ貢ぐなら最期まで看取ってくれる女を選べばいいのに、若くてきれいな娘ばかりに貢いじまってさ・・・・・男なんてどいつもそうなんだろうけど。」

 トヨは幸から遺髪を受け取りながら次郎吉に毒づくと、再びほろり、と涙を零した。



 試し斬りを終えた山田浅右衛門一門が千住の刑場を去り、獄門首の見張りを任されたひにん達が次郎吉の獄門首の近くで退屈そうに欠伸をしている。辺りは茜色から藍色に暮れなずみ、竹矢来の外に残っているのは次郎吉の女房・トヨだけであった。
 十九日の夜を照らす筈の臥待月は暫く昇ってこないだろう。頼りなげな提灯だけがぼんやりと宵闇に浮かび上がり、人の顔さえ判らなくなりつつあったその時、トヨは懐から一枚の紙切れを取り出した。暗闇で文面は見ることはできないが、それは次郎吉からの三行半であった。見えないはずの文面をじっと見つめ、トヨは涙に湿った声で呟く。

「・・・・・別れるなら喧嘩をした時に渡せば良かったものを、何で捕まった後に出すかねぇ。余計に未練が残るじゃないか。」

 一般的に『捕まる直前』に妻や妾達に渡されたという次郎吉からの離縁状であったが、それは幕府の面子を保つ為の方便であった。
 次郎吉に関わった女達はあまりにも多く、まともに連座に処したら多くの死人が出てしまうと次郎吉に泣きつかれた牢役人が、こっそりと三行半を女達に届けさせたというのが実情であった。そのおかげでトヨ達次郎吉に関わった女達は連座を免れたが、人の気持ちはそう簡単に割り切れるものではない。

「くそったれ!どうせ死ぬなら畳の上で死にやがれ!次郎吉の馬鹿野郎!!」

 その離縁状を取り出すと、トヨはそれをびりびりと破き始めた。何回も何回も気がふれてしまったのではと思うほど癇性に紙切れを破き続け、これ以上細かくできない程まで破くと、冷たさを含み始めた秋の夜風にそれを放つ。
 細かく千切られた三行半は風をはらみ、すっかり暗くなった千住の空に高く舞い上がりながら次郎吉の生首に降りかかった。

「次郎吉さん・・・・・これがあたしの気持ちだからね。絶対に・・・・・離縁なんかしてやらないんだから。覚えておいで。生まれ変わっても絶対に見つけ出して、あたしから逃げられないようにしてやるから・・・・・・。」

 トヨは涙に暮れた声で寂しげに呟くと、くるりと踵を返し竹矢来の前から離れていった。


UP DATE 2011.08.22


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『次郎吉獄門』の最終話です。謎の女の正体は何と次郎吉の最初の女房でした。調べたところによると次郎吉には四名の妻がいたとかいないとか・・・・・さらに妾は多数いたそうです。『義賊』として名を馳せた次郎吉ですが、実際の所は『飲む、打つ。買う』のオトコの道楽にお金を使い果たしちゃったようです。

そんなダメンズでも惚れ続けてくれる人はいるかも知れないと今回の話となった訳です(笑)。実際の所はどうなんでしょうかねぇ。江戸時代でも基本的には奥さんは一人の筈ですし・・・・将軍様だって『正室』は一人ですよ。それが四人って・・・・・どういう状況だったのかよく判りませんが、次郎吉は四人とも『奥さん』として扱っていたものだという設定でこの話は書いてしまいました。できることなら詳細を知りたい(色んな意味で。奥さんやお妾さんのところに通うローテーションとか・爆)

『次郎吉獄門』はこれにて終了、次週は拍手文になりますので『紅柊』はお休みです。そして九月からは『待宵花魁の恋~天保三年九月の情話』を開始します。こちらは『紅柊』初のR-18話になりますので苦手な方は避けてくださいませねv
(ま、最初の話なので比較的ぬるめを心がけるつもりではありますが、こればかりは感じ方は人それぞれですので・・・・。)
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